反省するなんて信じていない
短めです
「サラ、レヴィ、おかえり」
「伯父様もお疲れ様です」
ジェフリーの邸からサラとレベッカが戻ると、ちょうどロバートが本邸に戻ったところに出くわした。
「剣術訓練はどうだった?」
「体力が無いことを実感しました。ジェフリー卿からもまずは体力づくりって言われました」
「ははは。それは僕も言われたよ」
「ロブの場合は過去形じゃないと思うわ。運動不足なんじゃない?」
「伯父様、お腹周り大丈夫ですか?」
「二人で僕を運動不足のオヤジみたいに言うのやめてくれるかな」
「えっと…伯父様が運動不足の三十路なのは事実ですよね?」
「ソウデスネ…」
横領事件の対応に追われ、過労で倒れる寸前だったことを考えれば、ロバートが運動不足になるのも仕方ないといえば仕方がない。だが最近は執務メイドのお陰で仕事時間にもメリハリが生まれ、休憩時間には軽食やおやつが出されるため、お腹周りが緩んできたような気がするのも確かであった。
既に夕刻であったため、三人はそれぞれ自室に戻って身支度を整えると晩餐室へと向かった。
「うーん。サラにお腹周りの指摘をうけたせいで、食事することに罪悪感を覚えるよ」
食前酒を断ったロバートは、サラダを多めに盛るよう指示を出した。
「そんなに気にされました?」
「まぁちょっとね。運動不足解消のためにサラと遠乗りするかな」
「それいいですね! 私も乗馬訓練頑張らないと」
「うーん。サラがジェフのとこにばかり行くようになりそうだ」
「その代わりに座学はこっちに来てくれますよ。ダンスも」
「ダンスはパートナーがいる方が上達は早いものね。サラさんに良い練習パートナーができて良かったわ」
「身長的には、スコットよりもブレイズの方がパートナー向きかもしれないですね」
聞き覚えのない名前を聞いて、ロバートがサラに尋ねた。
「ブレイズって誰だい?」
「この前の、魔法を暴走させた少年です」
「あぁあの子か。炎を操る魔法使いらしい名前だね。暴走しないようきちんと導いてやらないと」
「そうねぇ…ブレイズはサラさんとは違う意味でとんでもない魔法使いよね」
「魔法の訓練もするんだろ?」
「そのつもりではあるのだけど、サラさんと一緒に練習してみて、ブレイズが委縮してしまうようなら難しくなるでしょうね」
「私も今は魔力コントロールの精度を上げたいかなって思ってるんで、それほど派手な魔法を披露するつもりないのですが」
「そのあたりはサラさんの常識を少し疑ってるわ」
「レベッカ先生酷い!」
だが、この指摘に関して言えば、ロバートもレベッカと同じ気持ちだった。それほど狩猟場でのサラは非常識であった。
「そういえば、スコットが幼少期に使っていた馬具があるんですって。ひとまずサラさんの乗馬訓練にお借りしようかと思うの」
「新しいのを誂えなくていいのかい?」
「伯父様、子供用なのですから十分ですよ。それより私は馬にお金を掛けたいです!」
「それは父上が嬉々としていい馬を贈るだろうね」
「やったー」
『自分の馬を持つなんてテンション上がるなぁ。さすがに前世じゃムリだったもんね』
「父上も明日の午前中にはグランチェスター城に到着するそうだ」
「祖父様は随分急いで馬を走らせたようですね」
「まぁ後始末はまだ残ってるしな。それに狩猟大会が近い」
「近いうちにとエドとリズたちも来るわね」
ぴりっと空気が緊張し、レベッカの表情が硬くなる。
「いつかは会わねばなりません。いつまでも避けておくことはできませんから」
「だけど無策のまま会うのは無謀よ」
「では事前に対策を練っておきましょう。まぁあちらの様子についても、少々妖精から聞いてもおりますしね」
「そうなのかい?」
「ミケは祖父様とお酒を飲んだ上に、同じベッドで眠ってきたらしいです。おまけに祖父様のことをウィルって呼んでました」
この情報にはレベッカもロバートも驚きを隠せなかった。
「サラさんの妖精は変わってるわね」
「父上をそんな風に呼ぶのは母上以来だろうね」
「それと…大変申し上げにくいのですが…妖精の友人が増えました」
「あら。サラさんは本当に妖精から愛されているのね」
「今度はどんな子なんだい?」
「それが、その……執事です」
「は? 僕の聞き間違いかな。執事って聞こえたんだけど」
「その通りです。伯父様」
「なんで妖精が執事なんだい?」
「私にもよくわからないのですが、人の形をして黒い執事のような服を着ております。王都にある貴族の邸をウロウロしてた妖精らしいです」
「そ、そうなんだ。へぇ…」
どうやらロバートはリアクションに困ったらしい。そんなロバートに追い打ちをかけるように、サラは人払いを命じ、メイドや侍従たちが出ていくと再度口を開いた。
「新しいお友達の名前はセドリックです。まぁさまざまな貴族家に出入りしていたお陰で、情報通な妖精です」
「サラさん、もしかしてその妖精は…」
「はい。人の営みに興味を持ち、さまざまな情報を収集することを楽しんでいるのです」
「なんだと!」
「先日は、アヴァロン王宮にロイセンの王太子が秘密裡に訪れていたことを教えてくれました」
「まぁ、なんてこと!」
「サラ…それはとんでもないことだよ」
「はい。わかっています。あまりにも魅力的過ぎて、友人になりたいという誘いを断れませんでした」
「そうでしょうね。ますますサラさんが規格外になっていくわ…」
レベッカはとうとう頭を抱えてしまった。
「レベッカ先生だって、誘われたら揺れませんか?」
「当然よ! 揺れるなんて生易しいわ。即陥落よ」
「ですよね」
サラとレベッカは顔を見合わせて頷きあった。
「セドリックから聞いた話では、エドワード伯父様とエリザベス伯母様は、私をイジメたことで従兄妹たちを激しく叱ったそうです」
「いまさら?」
「私が池に落ちたことを『最近知った』という風体で、祖父様の前で伯父様との離婚と子供たちの廃嫡を口にしたそうです」
「侯爵閣下の前で騒ぐことに意味があったのね?」
「おそらくそうだろうと、セドリックは言ってます。彼曰く『小侯爵夫妻は、妻の知恵で保たれている』だそうですから」
「「それは正しい!」」
レベッカとロバートが見事にハモった瞬間であった。
「そんなわけで、小侯爵一家がこちらに着いたら、おそらく私に謝罪すると思うんですよね。祖父様の前で大袈裟な感じで」
「いまさら形だけの謝罪をしたところで、何の意味があるのかしら」
「面倒臭いだけですね。従兄妹たちが簡単に変わるわけもないので、きっと形だけ謝罪するんだと思います。正直スルーしたいですね。時間の無駄ですし。あの従兄妹たちが反省するなんて欠片も信じられないですから」
「僕とレヴィもサラを全力で守るよ」
「いえ、できれば手を出さないでください。この程度のことで伯父様やレベッカ先生のお手を煩わせるつもりはありません」
「そうか。じゃぁ応援だけに留めておくけど、駄目そうだったら遠慮なくいってくれよ」
「はい。ありがとうございます」




