第三話
「あ、主様ー! 帰ってたんですか! お帰りなさいです。……その木刀は何です?」
「ああ、ミーナか。いつもなら今から槍の稽古なんだけどな」
「あら。もしかして今日は槍の稽古パスですか。私との稽古は嫌になったとかですか? ……え、嘘、違いますよね?」
「いやいや、そんなんじゃないさ。ただちょっとね」
「ごめんなさい、今度手加減しますから! 主様も勝てるように片足けんけんで戦いますから! ほんと調子乗ってごめんなさい! 捨てないでください!」
「いや捨てねえよ……。いや違うんだ。カイエンのことなんだ」
「……カイエンですか?」
「前々からおかしいと思っていたんだ。無意味に友を殺すような性格には見えないし、裁判の資料も何だか恣意的な操作が働いていたし、きっとアイツにも事情があったんだろう、と思っていたらまさかのドンピシャさ。それどころかアイツは完全な無罪だった。冤罪だよ」
「本当ですか? それ、だとしたらカイエンって余りにも……」
「ああ。……だったらするべきことは一つだけだ」
「何ですか?」
「情のない話だが、これでビジネスの憂いはなくなった。かつて凶悪な犯罪を行った奴隷を冒険者に仕立て上げて、これがモデルケースですだなんて喧伝するようなことになれば、この『人材コンサルタント・ミツジ』にどんな悪評が浴びせられるか分かったものじゃないが、冤罪ならば話は別だ。あいつを冒険者としてプロデュースするとも」
「おおぅ、ドライ……」
「もちろん風聞には気をつけて、あいつを冒険者としてプロデュースしたことは外には黙っておくとも。だが、俺の抱えている奴隷たちには事の真相を話してしまおうと思っている。冤罪を着せられて人生を滅茶苦茶にされた男でも夢を目指しなおせるっていうモデルケースは、相当強い。奴隷たちもそれなら俺もとやる気を出してくれるだろうさ」
「……カイエン本人はそれを望んでいるんですか?」
「望んでいる。だが、葛藤している。俺には何となく分かる。……今からすることはあいつの本心を問いただすことだ」
「本心、ですか」
「人の一生に関わる以上、キャリア・コンサルタントは提案以上のことをしてはいけない。……かつてそういう暗黙の了解があったのさ。だがこの世界は違う。それを俺はほんの少しだけグレーなことをして、プランニングまでしてみせようと思っているんだ」
「ええと、つまり」
「あいつの葛藤の答えを聞く。あいつの葛藤の理由の大本は分かっているから、あいつの本心を聞き出すんだ」
◇◇
冒険者ギルドから帰ってきたトシキは、疲れているだろうにも関わらずカイエンを呼びつけて、今から稽古をつけて欲しいと頼んできた。
突然の話だったが、カイエンに断る理由はなかった。
「……どうしたんだい、旦那。帰ってくるなり剣術の稽古を付けてくれ、だなんて」
「いや何、いつもならミーナに槍術を教えて貰うところなんだが、こう見えて俺は剣術も影で訓練しているんだ。だからちょっと自分がどれぐらい通用するか、腕試しがてらに挑みたくなってな」
そう言って木刀を構える新しい主人トシキの姿は、なるほど確かに様になっている。
カイエンはその様子を見て、どうやら型の基本ぐらいは身に付けているようだ、とトシキの力量を見抜いた。流石に自分より強いわけではないだろうが、うちの奴隷には基本が怪しい者もちらほらいるので、それらよりは骨がありそうだ。
こちらも指導する手前、泥臭く勝ちに行くのではなく手本になるように勝ちに行かなくては、とカイエンは思った。
「そういうもんかね。――まあいい。旦那のその構え、流派が何なのか分からねえが、構えがしっかりしていることだけは分かるぜ」
「ハシーシュ砂漠剣術。それと神道流太刀術、リヒテナウアー流両手剣術を少々。他にもヴェーダ流舞踊剣術とか、色々かじっている。シャムシール形の剣だからリヒテナウアー流の突き技、裏刃を使う技が大きく制限されていると思っていい」
「……俺より剣術に精通しているんじゃねえか? 逆に稽古して欲しいもんだ」
次々と自分の知らない型を述べるトシキに、カイエンはそう軽口を叩く。
トシキの剣術は、カイエンから見て異常の一言に尽きた。無形の剣に近い。だが無形の剣とは違い、元となる剣術の体捌きの名残が色濃く残っている。
この体捌きは、何か自分の知らない流派の剣術か、剣術の型を自己流で改良したかのどちらかだろう。
そして事実トシキは、カイエンの知らない流派の剣術を多く学んでいるようであった。
疑問は、いつ、どうやって、それらを身に付けたのかということだ。
自分はそんな剣術を教えていない、しかし自分以外に剣術を教えられるような奴隷はいない。ではトシキは誰を師として剣術を学んできたのか。
それに、トシキという男はひたすら忙しい毎日を送っている。今日も冒険者ギルドに向かって何やら調べてきたようだし、帰ってきてからも手紙を方々に送って(どうやら先代奴隷商マルクの頃からの顧客に挨拶の手紙を送っているようだ)奴隷商店の代替わりの連絡をしていた。
見るかぎりでは、ゆっくりじっくり剣術を学ぶ時間はなさそうであった。
「付け焼刃だが、これでもLv.1まで伸ばした。槍術Lv.1、剣術Lv.1、舞踊Lv.1、それらの合わせ技をお見舞いしようじゃないか」
「レベル1? なんだ、武道の段位とか許し状とかみたいなものか?」
「まあ、そんなところだな」
言いながら素早い太刀裁きを披露するトシキを見て、カイエンは気を引き締めなくては、と感じた。
速い。それに、見たことのない型だったが見事であった。
「さあ、俺の方はいつでもいいぞ、カイエン。かかってこい」
「……じゃあ遠慮なくいくぜ、旦那」
一体稽古をつけるのがどっちなのか分からないやりとりを交わす。しかしカイエンは泥臭く勝ちを狙うつもりはないとは言えども、本当に遠慮なく戦うつもりであった。
おそらくひどく衰えただろう自分に、手加減するほどの余裕はないはずなのだから。




