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「ワオーン」
タロウとシッペイの吠え声で目を覚ます。明らかに危険を知らせる合図だ。テントから飛び出すと、2頭が暗がりの林に向かい唸り声を上げている。一見勇ましい姿に見えるが、どこか大人に対して虚勢をはる子供に見えるのは気のせいか・・・嫌な感じがする。
2頭の視線の先に注意を向けると姿は見えないが、ズズズッと何か大きく重いモノが向かって来る音が聞こえる。なぜかわからないが全身から冷や汗が噴き出す。この世界に来た初日と同じく、すぐそこに死があるとはっきりと感じられた。普通野生の獣は、強力な肉食獣であろうとも気配を隠すものだ。気配を隠すことで狩りの成功率を上げ、外敵からの襲撃を防ぐ。野生に生きるのであれば至極当然のことだ。しかし今迫っている敵であろうナニかは、気配を隠すこともせず、むしろ意図的にこちらにその存在を知らしめようとしている節が感じられる。よっぽど頭が悪いのか、気配を隠す術を持たないほど弱いということは、2頭の様子と俺の直観からいってありえない。こちらが逃げ出そうが、迎撃の準備を整えようが関係なく狩れるという自信、自があるのだろう。確実に命がけの戦いになる。
暗闇では満足に戦えないので焚き火を周囲に散らして光源を確保し、先ほど手に入れた棍棒を左手で握りしめ、その時を待つ。
現れたのは巨大な人型のナニカだった。緑色の皮膚を持つ、頭身のバランスがおかしい3メートル程の化物。特徴的なのは、極端に大きな頭と長く太く発達した腕。ゴリラのようにナックルウオークをしている。やばい。まず間違いなく戦いになれば負ける。それもあっさりと。勝つビジョンが全く想像できない。サイズ的には同等の獣と対峙して勝利を収めたこともあるが、今目の前にいる化物は次元が違う。この世界ではじめに遭遇した角クマと同格かそれ以上の存在だろう。俺が角クマに勝てたのはあくまでも相手が瀕死の重傷を負っていたからであって、全快の状態で対峙していれば、ものの数秒で食い殺されていただろう。
じりじりと後退する俺を睥睨した緑の化物は、こちらに興味がないのかあっさりと視線を外し、リザードマンの死体を貪り始める。ヤツにとっては俺の存在などそこらの石ころと同じなのか完全に無視している。
舐めるな!殺すぞ!
頭に血が昇り、跳びかかろうとした俺をタロウとシッペイが噛付くことで止めてくれた。露骨にアウトオブ眼中されたことで冷静さを失ってしまった。自分の力を全力で振るえる戦い、冒険は望むところであるが、そこに100%の死が予想されるのなら避けるべきだ。緑の怪物は相変わらずこちらのことなど無視して食事に没頭している。
悔しいがここは退くべきだ。今の俺たちでは逆立ちしても勝てないのだから。しかし必ずリベンジしてやる。今日この場で俺を、俺たちを見逃したことを、緑の化物に後悔させてやる。
化物を刺激しないよう荷物も放置して、俺たちは迅速に、しかし静かにその場を撤退した。
くそっくそっくそっくそが。
殺す殺す殺す。
腹が立つ。ムカつく。イラつく。
今まで生きてきてここまで己の存在を無視されたのははじめてだ。緑の化物には間違いなく知性があった。知性もなくただただ目の前にエサに心を奪われたのではなく、俺のことをとるに足らない、相手にする価値もない存在として無視したのだ。屈辱以外の何ものでもない。
地球では見たこともない生物を相手に挑み、勝利し、そして食らってきたことで醸成され満たされてきた俺のささやかな自尊心は粉々だ。
しかしそれ以上に自分に対して恥ずかしさと苛立ちがつのる。
別に自分のことを自己顕示欲の強い人間だと思ったことはないが、それでもかなりくるものがある。
『強さ』といものにそれなりに自信を持っていたのだから。
正直、地球では素手、もしくは原始的武器での戦闘なら俺は世界でも一、二を争える戦闘力を有していたと思う。自惚れでなく事実として。ベンチプレスでは500kgでも軽く持ち上げ、握力は300kg以上あり、背筋は測定不能、100m走では9sを切り、フルマラソンなら女子の世界記録並で走れる。高2の夏自分はどこまでできるのか試してみた結果だ。
俺の能力は間違いなく人類の範疇か大きく逸脱している。この結果には『普通』ではない母方の親類も唖然としていた。
戦闘、武術においては『技』『間』『心』などのファクターがかなり重要な位置を占め、力が強ければ、脚が早ければ単純に『強い』ということはならないが、それでも俺の身体能力ほど突出すれば、間違いなく『力』だけで全てを覆せる。
しかしこの世界では俺の『強さ』などそれこそとるに足らない、お山の大将、井の中の蛙程度のもでしかない。
その程度の『強さ』に浮かれていたことがとにかく恥ずかしい。
この屈辱は緑の化物をぶち殺し、その場で改めて自己を再認識することでしか払拭できないだろう。
幸いにも己の弱さを傷一つ負うことなく認識できた。
逆に、ポジティブにかんがえるなら目標ができたともいえる。今まで強くなろうとか、誰かに勝ちたいなんて思ったことはないが、『緑の化物を殺す』という明確な目標をもつことができた。
少し気分が高揚する。
目標を達成するため、現状を確認しよう。
まず一つ目として緑の化物の戦戦力についてだ。対峙してみた感じだが、それこそ子供と大人以上の差があることは間違いない。こちらが殴ろうが、蹴ろうが通痛痒の一つも向こうは感じないだろう。逆に向こうの攻撃を一発でももらってしまえば致命傷を負うことは必至だと思う。具体的なトロルの強さは、膂力、速さ、耐久力、持久力等全て未確認だが全てにおいて俺を上回ると予想される。できるならトロルの戦闘を一度でもいいから見ておきたい。
二つ目として俺の戦闘力についてだ。鍛えればまだまだ伸びしろはあると思う。というのも今まで、強くなるため、鍛えるための鍛錬らしい鍛錬をしたことがない。じいちゃんとの訓練はむしろ力を抑えるとか、今ある力を使いこなすためのものだったし、自主的に行っていた訓練(10mヒモなしバンジー、素手による樹木の伐採等)は訓練というよりもただのストレス解消だった。今後は地道な筋トレや、じいちゃんに教わった打撃、投げ技の型の反復等を実践していこう。加えて最も重要なのが『レベルアップ』だ。現状の俺の身体能力、戦闘手法を十全に発揮したとしてもトロルには勝てない。よって今後は今まで以上に積極的に狩りを行うことでレベルアップを目指し(これ以上上がるかどうかわからないが)かつ、戦闘経験を積むことが重要であると思う。
そんなことをつらつらと考えていたら拠点の洞窟が見えてきた。
心理描写がむずすぎる。
伝わってます?




