9話
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成功した!何がって?鞣しにだ。一昼夜青汁もどきに漬け込み、川で水にさらし、陰干しで乾燥させたところ、柔軟性と頑丈さが増し、光沢が生まれ、腐らない、これを成功といわずしてなんと言おう。若干緑色になり、青臭さがあるものの、手作り感が出ていて逆にありだ。むしろこの青臭さが俺の体臭を消してくれ、隠密性UPと考えれば花丸の出来栄えではなかろうか。
自画自賛はさておき本日も出猟する。先日のコカトリスと大蛇は美味すぎたため4日で食い尽くしてしまった。主にタロウとシッペイが・・・こいつらの食欲半端ない俺の3倍は軽く食う。彼らを養うためにも、自分が生きていくためにも食糧を確保していかねばならない。
今日の狙いはずばり、魚だ、よって猟というより漁なのだが。
以前の猟で大きな川を見つけ泳ごうとしたのだが、寒さと何がいるかわからない危険性からやめていた。しかし気温の上昇と、この世界への慣れ、風呂に入りたい欲求から本日は漁とあいなったのだ。流石にお湯を大量に沸かすのは骨なのでせめて水浴びでもしたい。
川に到着。周囲の警戒をいつものように2頭に任せ、俺は準備をする。なんの準備ってもちろん釣りのだ。子供のころ癇癪もちで暴れることもあった俺に、じいちゃんが気持ちを落ち着ける方法として釣りを教えてくれた。まあ孫に自分の趣味を教えたいという単純な思いもあったのだろうが、おかげで待つこと、我慢することの大切さを学ぶことができ癇癪も収まった。ついでに釣りに大ハマりもしてしまった。よく家族で休日には釣りに行ったものだ。作った仕掛けは単純なもので浮きに錘に針、なんらの特徴的なことはないシンプルなものである。針に途中で捕まえたバッタのような虫をつけ、岩場の影を狙い竿を一振り、と投げ入れた瞬間即効で当たりが
「フィッーーシュ」
叫びながら竿を上げ、リールを巻くと40センチ大のマスっぽい魚が釣れた。簡単すぎる・・・渓流釣りは海釣りより難易度が高く、ルアーが主流なのだが、エサ釣りであっさり釣れてしまった。釣った魚を石をどかして作った簡易生け簀に入れて、同じポイントにもう一投、
「フィッーーシュ」
即効で釣れる。魚との駆け引き、まったりした時間の流れを楽しみにしていたので微妙な気分だが釣れるにこしたことはない、気を入れ替えて、つりというより作業と考え続ける。結果30分程で30匹釣れた。これはこれで楽しいからいいけどやっぱりちょっと違う気がする...
食事にするべく火をおこし、捌いて木の串にさした魚を遠火でじっくり焼いていく。川魚は遠火でじっくりことにより臭みをトバすことができる。しばらくするといい匂いが立ち込め食欲を刺激する。寝ていた2頭もなになに?ごはん?とこちらに来る、警戒はどうしたと言いたいがかわいいので許すことにしよう。軽く塩を振った魚を与えてみると匂いを嗅いでから、熱さをものともせずパクリと一口で食べ、ワンと満足そうに一鳴きしてくれた。生のもの与えてみるが焼いた方が口に合うらしく、火の方を目線で指す。贅沢なやつらだ。追加の串を作りつつ俺も一口、ホロホロと身が崩れ、まごうことなきマスの味わいが口の中に広がる。美味い。ただ塩をふって焼くといういたってシンプルな調理方だが最高の味だ、完成されているといっても過言ではない。瞬く間に10匹完食してしまった。少々物足りないので追加するべく、竿を振るうとまたあっさりと30匹ほど釣れた。我慢できなかったのかシッペイが釣った横から生のままガツガツとたべてしまったが。慌てて5匹ほど確保して焼いて食べる。人心地ついたので本日のメイン、水浴びを行う。川の水は飲めそうなくらい澄んでおり、目視できる限り危険は発見できない。2頭もリラックスしていることから、手早く全裸になって飛び込む。
冷たい、でも気持ちいい。この世界に来て150日くらいたつが初めて水浴びだ。洞窟の周りには湧水地、沢とあったが寒さと水深が足りなかったので顔と頭を洗うくらいしかできず、体は濡れタオルでふくだけだった。全身をこすり汚れを落としていく。5分ほどで水の冷たさがつらくなり上がったが生まれ変わったかのような爽快感が全身を駆け巡る。最高としか言いようがない。
全裸のままうつぶせ岩に寝転がり暖をとると、ポカポカ陽気も相まって一気に眠気が押し寄せる。流石に無警戒のまま寝るわけにもいかず渋々起き上がると風が全身を揺らす。清涼な風がもたらす開放感に全身がリラックスする。特に股間の開放感、爽快感が半端ない。流石に性的興奮は覚えないので露出狂の方々の気持ちは理解できないが、ヌーディストの方々の気持ちはわかるような気がする。全身を自然にさらし、全身で自然を感じ、自然と一つになる・・・世界は一つにつながっている、世界中のみんながこの感覚を共有すれば争いは無くなり、環境は守られるかもしれない。俺は今日ここに一つの真理に至った・・・
「ウォン!」
空気を切り裂く吠え声に、至ったはずの真理は一瞬で立ち消えてしまった。なんだと振り返ってみれば、川の中から1メートルはありそうな巨大なザリガニが3匹こちらに向かってきている。タロウとシッペイは既に臨戦態勢で威嚇しており、俺も急いで敵に向かう、全裸で。
巨大ザリガニはみるからに頑丈そうな真っ赤な殻を有しており、陸上でもそれなりの速さ行動できるようだ。まずはお約束の投石攻撃。20センチくらいの石を投げつける。砲弾と化した石の直撃を受けてやや怯んだようだが殻には傷一ついていない。結構自信があったのだが、この世界では野生のシカやゴブリンくらいにしかまともなダメージを与えられないようだ、何気にショックです。ならばと接近してすくいあげるようアッパーをお見舞いするが、鉄塊でも殴ったかのような衝撃に逆に拳が裂けこちらの方がダメージを負ってしまう。ありえない固さだ。しかしザリガニもダメージを負ったようで動きが多少悪くなっている。どうやらあの殻では衝撃までは吸収できないようだ。しかし斬撃などの攻撃に対して無類の強さを誇るようで、タロウとシッペイの爪や牙による攻撃をものともせず攻め込んでいる。まあ2頭にはザリガニの攻撃が遅すぎるようでかすりもしていないので心配はなさそうだが。とりあえずこちらの攻撃は当たれども効かず、向こうの攻撃は当たらないというのが現状だ。気長に削っていけばいつかは仕留められるだろうが、こちらの体力が持つかもわからないし、不足の事態(敵の数が増える、特殊な攻撃をしてくる)が起こるかもしれないので撤退すべきかどうか決断しなければならない。
投石をしながらそんなことを考えていると、ザリガニが2本のハサミを振り上げこちらを威嚇してくる。直感的にやばいとその場を離れると一瞬後、ザリガニの口から水弾が放たれた。
速い。
とてもではないが目視してからでは躱せない。目標を失った水弾は岩に穴を開けその威力をものがたっている。直撃すれば一撃で致命傷になりかねない。しかし予備動作が大きくタメもあることから避けることは可能だ、連射でもされればその限りではないが、どうやらその心配もなさそうだ、明らかに動きがにぶくなっている。おそらく体力とか魔力的なもの消費して発動する奥の手なのだろう。水弾とハサミに注意して投石を続行する。徐々にではあるが確実に弱っている。余裕ができたので2頭の様子を確認すると、シッペイに向かい水弾を放とうとしている、あいつなら躱すこともできるだろうが、直線状に俺がいる。
「シッペイ跳べ」
声をかけると同時に俺も飛び退くと、水弾は俺が相手をしていたザリガニに直撃した。左のハサミを失ったザリガニは瀕死のようですかさずとどめに頭を踏みつけると絶命した。2頭の援護にと投石攻撃。どちらもダメージをあまり与えられてないようであったがこれならなんとかなりそうだ。タロウも水弾攻撃を見ていたのか危なげなくかわしている。
20発ずつほど石をぶつけてやるとザリガニは沈黙した。2匹目のザリガニを倒すと、以前角クマを倒した時に感じた爽快感があったのだが・・・なんなんだろう。
かなり汗をかいたのでもう一度水浴びしたかったが、危険性が理解できたので手早く荷物と獲物をまとめ帰還した。ちなみに戦闘中はずっと全裸でした...




