第六十一話 覚悟
「...........」
「...........」
現在冬のクリスマス数日前の平日金曜日深夜。まもなく日付を超える時間に差し掛かっているこの頃。暗くなった室内を照らす物はなにもないこの状況の中、二人の若い男女が同じベットで寝ている。
しかし片方は目を瞑っているがそれでも二人の意識ははっきりとしており、眠気何て微塵も感じていない。寧ろ自身の身体の奥から手を当てなくても感じる激しい心拍のせいで落ち着きがない。
(まさかアオがここまで積極的だとは思わなかった)
男女の片割れの男の方、信介は現在自分の置かれている状況を部屋の壁を見詰めながら冷静に整理しようとする。
ギュっ
「.....っ!」
信介は自身の身体に回されている腕の力が強まった事にピクリと体を反応させる。
今信介とその彼女である葵の置かれている環境は簡単に言えばめちゃくちゃ密着しているのだ。信介のベットの大きさは人二人は余裕で並んで寝られる程で二人も並んで寝ている。信介が壁側の方におり壁の方に身体を向けている。だから当然視界に広がるのはいつも見慣れている白い壁紙だ。信介の方にはこれといって問題はない。
問題があるのは葵の方だった。
本来葵が寝る場所は他にある。信介の部屋中央に敷かれた布団一式。これは事前に信介の部屋で一晩を過ごす希望を葵から聞いた翔子が敷いていったものだ。しかし、肝心のそこで寝る予定であった葵が何故信介のベットの方で寝ているのか。それも体勢は信介の方を向いて信介の身体を自身の身体とこれでもかと言うほど密着させ、信介が逃げないようになのか信介の身体に手を回している。
実際には壁の方にいる信介はこの状態になる以前に葵がベットに入った時から逃げる手段はなくなったのだが、元々信介が葵から逃げるという行為はよほどの理由がないかぎり実行しない。
(全然寝れない。冬なのに熱い)
信介はこの状況になるまで完全に意識を無くし静かに寝ていた。最初の方は同じ部屋に風呂上がりで学校でもプライベートの時と違った無防備な寝間着姿の葵がいる事に緊張して寝れなかったのだが、長時間にも及んだ聴取の疲れがここで信介を襲いいつの間にか意識をなくしていた。
次に意識を現実に浮上させたのは信介が眠りについてから数十分後。もぞもぞと何かが近くで動いている音を感じ少し起きた。その時までまだ寝ぼけていて夢かと判断して再度眠りにつこうと目を瞑ろうとするのだが次に信介を襲ったのは背中から感じる熱い感覚。そして柔らかい何か。
そこで眠りにつこうとしていた信介の意識を目覚めさせた。
真冬のこの時期、信介の部屋にはエアコンがついており夏には冷房冬には暖房がついている。しかし夜になれば信介は切る予約なしに自分でエアコンをきっている。かなり自分に掛けている毛布の枚数が多く温かくなった部屋で寝るには少々暑いからで、朝の寒い時にはちょうど良いからだ。だから今回も葵が部屋に居ようとそれを行った。当然寝る前に事前に葵にも確認を取り行った。
部屋もすっかり寒くなり布団の中は温かくなっているが、何かが信介のベットに侵入し同じ毛布を共有、それも完全に密着された状態にまで行くと数分もすれば暑く寝苦しい。
信介はそーっと静かに体と顔を動かして自分に引っ付いている正体を確認する。そこには自分の背中に顔を埋めている髪の長い女がいた。葵だというのはすぐに分かった。ギリギリ視界に見える葵専用の布団はもぬけの殻になっているのも確認出来た。
「.....起きてる?」
信介は引っ付いたまま動かない葵に声を掛ける。違和感を感じてすぐに信介は起きたので葵が毛布の中に潜り込んでからそれほど時間が経過していない。寝つきが良ければ寝ている可能性があるが、毛布の中に加え顔を背中にくっつけているので絶対に息苦しいはずだ。
「........」
ギュっ
しかし葵は信介の声に反応する事はない。その代わりのようにまた信介を抱きしめる力が上がった。
「なんだ、起きてるじゃん」
少し笑って言う。しかし葵は全然口を開こうとしない。
(静かだな。もう母さんも寝たのか)
もう翔子も寝てしまっているのだろうか。家の二階と言ってもある程度家の中での音は部屋にいても信介の耳に微かに入ってくるのだが今は何も音がしない。
「......信くんはさあ」
「ん?」
そんな中ようやく背中に引っ付いていた葵が声を発した。距離がゼロだから何を言っているのかも全て鮮明に信介の耳に入る。
「私と........付き合ってて幸せ?」
何を言うのかと思えば葵はそんな質問を信介にぶつけた。
信介はそれを聞くと葵の方に体を向ける訳でも顔を向ける事もなく、ただ目の前に広がる白い壁紙を見詰めて葵の質問に口を開く。
「そりゃ幸せだね。だって好きな人と彼氏彼女の関係になっているんだ。俺の人生の中では今のところ今が一番幸せ」
「........信くんって、たまに聞いてて恥ずかしくなる言葉を平気で言うよね」
「酷いな。自分から聞いて来た癖に」
葵の言葉に妙に真剣な感じが伝わりそれを信介は悟りかなり真面目に答えたつもりだったのだが、まさかの葵の返しに真剣な話をする時にある独特な空気感が軽くなったように感じる。
「じゃあ次の質問」
「何個あるんだよ。眠くないの?」
「今はこの時間を大切にした方が良いと思います」
「.........それで質問って?」
「えーっとね....」
そこから信介と葵は何故か深夜の時間、同じベットの中で身体を密着させた状態で質問コーナーのような時間を過ごすことになった。葵が適当に質問をしそれに信介が答える形で展開されていく。
「私の買い物に付き合ってくれる時、正直な所めんどくさい?」
「服を選ぶ時、俺の意見を聞いてくるけどその時は少し思うかな。俺あんまりセンスないし流行が何かなんてさっぱりだから。めんどくさいって思うより困る」
「私が時々外で手をつないだり腕を絡ませたりするけど、どう思う?」
「単に嬉しいし成長を感じる。出会った時から考えると凄い積極的になってくれてる。それにしてくれるって事は望んでそうしてるんだから俺は良いと思う」
「じゃあ付き合う前と付き合ってからの期間、それぞれで一つずつ私との印象に残るエピソードはある?」
「付き合う前はあの時かな。入学式の次の日に職員室で会ってその帰り。助けた相手とはいえ初対面の男子の連絡先を直に聞いてくるって凄いなって驚いた。付き合ってからは夏祭りにキスした事。めちゃくちゃ緊張した。でもアオがしてきてくれたって言うのが殆ど頭に残ってる理由」
「っ..........次!私への不満はある?」
「今のところ特になし。あ、でも強いて言うなら裕樹達に俺の授業態度の確認するぐらいかな」
「それは信くんがちゃんと授業を受けてたらいいだけでしょ」
「言っておくけど裕樹と木村の二人も俺とそんなに変わらないし。それに眠いものは眠いんだ」
まるで幼い子供の会話のような雑談が深夜の暗い部屋の中一つベットの中で行われている。
(本気で分かんねえ。何で急にこんな事しだしたんだ?)
この状況にこれまで葵の質問を素直に何の躊躇も無く答えてきた信介も流石に葵から繰り出させる質問の数々に葵の真意が段々と気になってきていた。
その後も質問は続いて行った。葵も葵で飽きずに良く質問がどんどん出てくるものだと質問に答えながら信介は感心してみる。しかし徐々に葵の質問を口にする速さが最初の方よりも遅くなってきている。
「じゃ、じゃあ次は......」
「.......次は?」
「待って。少し時間を頂戴」
このタイミングだと信介はすぐ行動に移す。
「じゃあ質疑応答時間は終わり」
「え、ちょっ!?」
信介から出された終了のお知らせに葵は動揺を隠せなかったのか少し時間を考えない声を出してしまった。そしてそれに気づくと静かになった。
「今度は俺が質問する番」
そう言い信介は質問を口にした。
「......もしかして緊張してる?」
何故か質問する方の信介が緊張しているような口調で言ってしまった。
「.............うん」
物凄い間を置いて信介の耳に入ってきたのはとても小さい声で、声音に色っぽさを感じながらも緊張しているのが分かるものとなっていた。
「もしかしたら........って」
「......案外アオはむっつりなんだな」
「ち、違う。今日お泊りって決まった時に千鶴と遥にその事を言ったら.......その....”覚悟はしといた方が良い”って言われたの」
「あの二人は.......」
しかし、確かに千鶴と遥の二人の助言はこの状況になる事を想定していれば言うのは当然の事ではあると信介は思う。
若い高校生の男女二人が夜一つの部屋に同じベットで寝ていると当然の如く、性の問題に直面する。これはどの年代でも問題になると思うがこれに関しては個人差などがあるため遅い早いがある。しかし、カップルという関係がある以上必ず来る問題だ。
信介と葵が正式に恋人関係になったのは夏休みに入る少し前。そこから現在の冬の季節にかけて約五か月近い日数が経過している。元々付き合う以前からカップルのような事をしていたのと葵が信介に片思いしていた時期が長いのもあり二人の信頼関係は半年未満の関係値ではなく年単位で連れ添ってきているような落ち着きがあり高い。
これまで信介と葵が歩んできた道のりは手を繋ぐという言うなら序盤から夏祭りにした初めてのキスまでが現在まで二人が乗り越えてきた道だ。
そして次に二人の前に立ちはだかる壁こそ現在二人が言葉を敢えて言わないでいる行為。
その事を思春期同士であり知識だけはある二人は現在に至るまでに可能性の一つとして頭の隅にそれはあった。
「私は......」
気まずい空気を破るように葵は自身の心中を語りだす。
「いづれは信くんとそんな事をするって思ってる。だから今日のお泊りが決まって千鶴と遥の二人が言葉をくれてある程度の覚悟は出来てる....つもり」
「.......そう」
葵の言葉の意味をくみ取った信介が返した言葉はその一言だけ。そして葵の方を向かずに信介も自身の想いを口にする。
「俺も」
「ん?」
「俺も同じような事は考えてた。でも、俺はお遊びで付き合ってる訳じゃない。この関係を続けていきたい。高校を卒業しても大学に行って社会人になっても。それで、この恋人って関係が終わるのは”家族”になる時がいい」
随分先の未来の話でありそれが全て自身の望んでいる願望である事は重々承知している。しかしこうして言葉にして真意を相手に示すのもこの先葵と共に人生を歩んでいきたいという願望を叶える為には必要な事だと思っている。
「.....何か話が脱線してる気がするけど、今夜はとにかく俺から何か行動を起こすって事はしない。大事にしたいから」
「そっか.......」
「ごめん、俺ヘタレで」
「ううん。大事にされてるって思うとそんなの些細な問題だよ」
葵は更に身体を信介に密着させる。
「おいおい。俺の自制心が揺れるんですけど」
「寒いんだよ。だから、ね?」
「.........じゃあ、こうすればもっと温くなるな」
「え....わっ!」
そう言って信介は身体を逆向きに反転させる。そして目の前になった葵を今度は信介が包み込み、葵の顔は信介の胸部に収まった。
「ちょっと苦しい」
「なんだよ寒いんだろ。嫌なら離すけど」
「じゃあこのままで」
流石に苦しいかと思い信介は少し空間を開けて葵を抱きしめ直す。
そして今度こそ日付の超える数分前にその日の終わりの挨拶をかわす。
「おやすみ」
「うん、おやすみ」
この数分後、二人は夢の中へと旅立った。両者いつもと違う点を挙げるとすれば好きな人とずっと居れる事だろうか。寝る時も、そして朝起きれば好きな人物が目の前にいて同じ時間を共にする。その幸福は人それぞれであるだろうが、信介と葵の寝ている表情はとても幸せそうに寝ている所からどれだけ互いの存在が必要であるか物語っていた。
時は進み、数年後。
次回最終回
読者様の思っていた展開、想定していた通りにはなっていないとは思っております。しかし私個人としては満足しております。これだけは伝えておきます。
では、次回。この作品最後の投稿をお待ちください。




