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第五十二話 願いは肝心な所で叶わない

遅くなってごめんなさい


「.......工場だな」

「工場だね」


 男性陣が口にしたように五人の前にはどこにでもある工場だ。しかし、夜の月の明かりしか見えない中で見る工場は昼間に見る雰囲気を一段と変え、不気味さを肌で感じる。


 何故こんな夜の時間に葵、遥、千鶴、裕樹、駿の五人が制服姿で冬の寒い中こんな場所に来ているかと言うと槙本家において数分前の事。




「信介部屋にいないわよ」

「え.....」


 信介の母である槙本翔子は、葵達の待つリビングに入ってくるなり葵達に向かって衝撃的な発言をした。


「そんな筈はないんですけど....」

「でも現に部屋には誰も居なかったわよ?」


 きょとんとした軽い感じで翔子の言った事に葵達は驚きを隠せない。


 信介が家にいない。


 この選択は五人の中になかった事でまずあり得ない事だった。だからこそ驚きを隠せない。


「今日信介学校には来なかったの」

「今日....というより昨日もですね」

「......」


 翔子は何も聞いていなかった。


 常日頃から顔を合わせる回数が減った分スマホを通じて信介との連絡を怠らずにきた。信介が学校を休む時、信介は自身で学校に連絡を入れる。しかし学校への連絡の前に信介は翔子に休むことの連絡を入れてから学校に続く。


 それに翔子は返事する暇はないが、それでも心配する内容を信介に送る。息子が家で一人苦しんでいるがそれでも仕事が忙しく家に帰れない事に翔子は毎度信介に対しとんでもない罪悪感を抱いていた。


 だからこそ、今日翔子は信介と久しぶりに過ごすという事で夕食を豪華にしようと思っていたのだ。


 食卓の上には買い物を終えてそのまま食料品が入ったエコバッグが家に帰ってきてからそのまま置かれている。


「じゃあ、お願いがあるのだけど」


 信介の行方がいよいよ分からなくなった事にリビングが重たい空気になっている中、翔子は目の前にいる自身の息子の友人に口を開けた。


「今から信介を迎えに行ってもらえないかしら?」

「.....え?」


 その発言に再度空気が変わった。


「分かるんですか?信介がどこにいるか」

「母として息子がどこにいるのかなんて簡単............って言いたいところだけど本当に信介とは会う事がないからね。母親として不甲斐ないけど今信介がどこにいるのかは携帯無しじゃ分からないわ」


 そう言って翔子は自身のスマホを取り出してあるアプリを開いた。


「皆は若いから.....これ、知ってるでしょ?」


 五人は翔子のスマホの画面を覗き見る。


「これって」

「.....GPSアプリ」


 近年のスマホでは様々なアプリが存在し、今五人が翔子に見せられたアプリは若者でかなり知られているスマホのGPS機能を使ったアプリだった。それは互いが今どこにいるのか分かると言うアプリなのだが、お互いがお互いを認証しなければいけないというルールの元作られている。


 翔子がこのアプリを入れているのはせめて息子が危険な目に合っていないかという心配から来ており、信介自身も別に母親に居場所を知られても何の支障もないだろうという先の事を全く考えて居ない事で簡単に翔子にアプリの事を許した。


 翔子はアプリを開き、今現在信介のスマホがどこにあるのか探る。


「......今信介はここにいるのね」

「.........」


(((((怖い)))))


 信介の居場所が分かると、今までお気楽な口調と雰囲気であった翔子の纏う空気がズッと重たくなった気がした五人。


「あら、でも移動してるわね」


 アプリで信介の居場所が分かる翔子は、信介の位置を示す点が動いている事に気づく。地図上での道を点で表示されている信介のスマホがゆっくりと進んでいっている。これは信介が現在この道を歩いているという事を表している。


「じゃあ皆で、信介をここに連れ戻してくれない?誰か私と連絡先を交換してこの位置情報を共有しましょう」

「じゃあ葵が」

「え!」


 突然遥から自分の名前が飛び出た事に思わず彼氏の母親の翔子の前で間抜けな声を出してしまった葵。葵は遥の耳元に近づく。


「なんで私なの」小声

「彼女でしょ。彼氏の母親とは接点持っといた方が良いし、滅多に家に帰って来れないんだから連絡先の交換なんて面と向かって出来るのは今しかないと思うよ」小声

「....それはそうかもしれないけど」


 付き合って既に数か月経過した信介と葵。しかし、その数か月の間二人の話題には出るものの葵は翔子に会った事もなく声も聴いたことが無かった。だからこそ初対面を果たした今しがた翔子の容姿に少し心が折れそうになった。


 葵は翔子が会社でどのような立場でどれほど仕事が忙しいのか信介から聞いていたので顔を合わせる機会が少ないという事は察していた。今回翔子に会えたのは奇跡に近い。遥はこのチャンスを逃すまいと葵にチャンスを振った。


「それともなに。彼氏の母親との接点を作りたくないの?それぐらいの想いで槙本くんと付き合ってんの?」

「勿論長い付き合いになるけど。でも心の準備が」

「....そんなにおばさんと連絡先の交換をしたくないの?」


 翔子はスマホを葵に向けながら言った。


「い、いえ。そういう訳じゃないんです」

「じゃあなに?」

「え.........その」

「この子、おたくの息子さんの彼女なんです」

「千鶴!?」


 まさかの彼氏の母親への暴露。それを男性陣は


「....ふふ」

「....ふっ」


 なんとか笑いを耐えるのに必死。この場に味方がいない葵だった。


 息子の彼女。このキーワードを聞いた翔子は少し凍結(フリーズ)するがそれは本当に一瞬の事だった。


「貴女が信介の彼女なの!?」

「.....はい。すみません、挨拶がこのような形になってしまいまして」

「え!?ちょっと待って!私、信介(あの子)から”彼女が出来た”なんて報告貰ってないわよ!?」

「普通、親に言う事でもないですよ」

「そうなの!?ああ、でもこんな可愛らしい子ならなんか安心ね。家庭的で信介を支えられそうだし、なんか家に入る時”妙に入り慣れ”してるな~と思ってたけど」

「すいません!!」




「それにしても本当に信の母さんと新城のやり取りは凄かったな。どっちも動揺し過ぎて」

「会話になってなかったよね!」

「千鶴が言っちゃうからでしょ!本当は自分の口から言いたかったのに!」

「だって、全然言わないもんだから.....おもわず?」

「中条、俺はあれナイスだと思う」

「ほら!木村だってこう言ってるよ」

「う~~~~!でもぉ」

「はいはい落ち着いて葵。そのおかげで漸く挨拶できたんだからいいでしょ」


葵と翔子の会話が面白かった裕樹、千鶴、駿の三人。ちゃんとした挨拶を自分からしたかった葵とそれをなだめる遥。夜七時を回った冬の暗い中さびれた工場の前とは思えない程似つかわしくない雰囲気の高校生だ。


「でも、本当にここなの?」

「うん。翔子さんから送られてきた場所だと確かにここだよ」

「......翔子さん」

「良いでしょ!本人はそう呼んでってお願いして来たんだから」


”私の事は翔子って名前呼びでお願い!私も葵ちゃんって呼ぶから”


 槙本家を出る前、翔子にお願いされた葵。


「でもここ、マジで普通の工場だよな」

「今は使われてなさそう」

「なんで信はこんな場所に?」


 この二日間、信介の行動は全て意味の分からないものばかりだ。学校と友人への連絡なしの無断欠席、音信不通、家にも帰っていない。全て信介の普段からの行動とは思えない事ばかりだ。


「じゃあ、入ってみる?」

「入るしかないでしょ」

「ちょっと不気味なんだけど」


 工場など夜の学校のように昼間で見る雰囲気とは違い不気味さの度合いが段違いに違う。女性陣が怖がる中裕樹と駿の二人は入り口に向かおうとする。


「あ」

「なに?」


 すると裕樹の足が突然と止まった。


カツカツカツカツ


「誰か来る!隠れろ」

「え、ちょっ......!」


 工場の中から足音が聞こえた事にいち早く気づいた裕樹は駿の後ろの襟を引っ張って逃げるように後ろにいたまま立ち尽くす女性陣の所にまで後退する。


「何々!?」

「誰か工場から出てきそうなんだよ。隠れるぞ」

「信くんじゃないの!?」

「それもあるかもだけど、もし違って通報でもされてみろ。今俺達学校帰りそのままで制服姿なんだぞ。顔は見られなくても制服でどこの学校の奴かはバレる」


 マズいと判断して五人は隠れるため脇道に急いで移動する。裕樹はそこから顔をそっと出して工場から出てくる人物を確認する。


「首めちゃくちゃ絞まったんだけど」

「悪い悪い」


 謝る裕樹だが顔は工場の入り口に向けたままだ。


「お、出てきたぞ」


 工場の入り口らしき場所から出てくる一つの影。その人物を確認した裕樹は目を見開いた。


「田中だ」

「は?」

「え」


 まさかの人物の名前を呟いた裕樹に他の四人は動揺の声を出した。そして裕樹と同様にこっそりと相手に見えないように顔を出す。


 そこには同じ高校に通っている、葵と遥、千鶴の三人と同じクラスの田中がいた。


 田中も五人と同じようで学校帰りそのままらしく制服姿で工場から出てきた。そして五人には気づかずに五人がいる方向とは逆の方向に歩いて行った。五人は田中の姿が確認出来なくなってから隠れている場所から道に出た。


「なんであいつがこの工場から出てくるんだよ」

「そんな事私が知るわけないでしょ」


 田中が信介のスマホの位置情報と同じ場所にいた。それに五人は怖い気持ちが芽生えた。


 田中と言えば信介を含めこの五人の中での印象は最悪に近いものがある。元々クラスでも嫌われ者扱いを受け、それを自覚せず無駄に近いレベルの高いプライドの持ち主で嫌われ者の周りの人間が離れていくタイプの本格的に人から避けられる。それでいて学校のマドンナの葵に好意を持ち、自身に向けられる筈だったと勝手に言っている葵の気持ちを独占している信介にあからさまな悪意を見せている。


 信介と葵が付き合い始めてからは分かりやすい行動には出ていなかったが、それでも想っていた相手を信介に取られてしまった事を恨んでいたのは裕樹や駿から見て明らかであり、友達として心配もしており警戒もしていた。


 そんな存在が信介がいるとする工場から姿を現した。裕樹と駿の心は穏やかではなかった。


ピロん♪


 そんな時葵のスマホが音を鳴らした。


「あっ翔子さんからだ」


”今移動してるみたいだけど信介と会えた?”


 葵は翔子から来た文面を四人に見せた。


 四人の間には共通して田中に対する恐怖心が寒気となって体をぞっと走った。


「もしかしなくても」

「.....そういう事だよね」


 言葉にしなくても察する。


 今、信介のスマホを持っているのは田中であるということ。


「.......工場に行ってみるか」


 沈黙を破った裕樹の一言で恐怖で体を固くした三人は勇気を奮い立たせた。脳内に最悪な光景が広がっている今、経験したことのない胸のざわつきが四人を襲っている。本来なら生きていく中でこんな経験はしないと誰もが思っている事で願っていることでもあるのに。


 田中が戻ってこないかと警戒しながら四人は、田中が出てきた場所から工場内部に潜入する。


「暗いな」


 今は使われていない工場で電気の類は完全に機能を停止しており、内部は使われなくなってそのまま放置されている機械が暗闇の中に置かれているだけ。しかし、どれも触れたら傷でも出来そうなもので迂闊に動けない。


「ライトライト」


 スマホのライトをつけてどうにか前方は見えるように各々行動に出る。


「.....まじでここに信がいんのか?」

「居たらいたでホッとするけど、田中が関係してるって思うと見付けるのが怖いよね」


 駿が口にしたことは皆の想いの代弁だった。


 少し距離を開けて歩く裕樹と駿、その後ろにいる葵と千鶴、遥の三人は固まって前を歩く二人の後に続く。


「ちょっと二人とも、あんまりくっつかないで。動きにくい」


 千鶴は自分の身体にぴったりとくっついている葵と遥の二人に言う。


「怖すぎるよ」

「寒い時期にするもんじゃないよ。早く槙本くん見つけて」


 五人は工場内部にどんどん進んでいく。


「おっ、月光」


 前を歩いていた裕樹が工場の天井の一部がない所から工場内部に月の光が入っている事に気づきそんな声を出した。


 五人は取り合えず明かり目的で月光が射している場所を目指して突き進む。


「信くん....どこにいるの」


 葵は怖い心を必死に耐えながらスマホのライトを頼りに千鶴に引っつきながら信介を探す。


 二日間、連絡の取れない事に一番不安を抱いていたのは葵だった。こんな事今までなかったから。そして同時に自分がどれだけ信介に依存に似た何かを宿していると知った。


 信介がいないとダメ。


 既に葵にとって信介は自分がこの世界で生きていくためには必要不可欠な存在になっている。


 だからこそ











 額から血を流して朦朧とした視線を下にした信介を見たくなかった。

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