第五十一話 槙本翔子
翌日、信介は前日同様に学校に姿を見せなかった。先生たちも事情を全く聞いていないようで少し問題になりそうな気配をさしている。相変わらず既読にならないトーク画面と通じない通話音。信介との連絡は途絶えたままだった。
その日の放課後、信介を除いた裕樹、駿、葵、遥、千鶴の五人は揃って信介の家に向かっていた。
「あいつ、本当に学校来なかったな」
「電話も出ないし。なにやってんだろ」
「.........部屋で倒れてるなんてことないよね」
「やめてよ千鶴!そんな事言うの」
「ごめん」
「でもそれぐらいないとここまで連絡が取れない理由に説明つかないよね」
信介は基本連絡の伝達が早い。L○NEの既読は送られてから秒で既読、返信は一分と掛からないで返す。これに関してその相手が異性の存在であれば直ぐにでも勘違いをしそうなものだが信介の場合それは起こらない。常日頃暇を持て余している信介は葵という彼女が出来てもそれは変わらない。信介自身、相手を待たせないようにという相手への気遣いと溜めておくのが嫌なだけだが。
そんな信介からの返信が全くない。これは完全になにかあったとしか思えない事態。
「もし体調不良とかで休んでるなら何か買ってくか。あの家何もないし」
それを聞いて皆の記憶には一学期にあった信介の家での勉強会兼お泊り会の時に見た槙本家の冷蔵庫の中身を思い出す。中に入っているのはお茶やコーヒーと言った飲料水やソースなど料理に掛けるものなど真面にお腹に溜まるものはない。つまり液体物しかなく固形物がない。
いつも食べているのはコンビニ弁当などでバランスを考えていない食生活を送っている。葵が彼女となって少しは改善されたがそれでもまだ不健康な食生活を送っていることに変わりない。
しかし今回外に出掛ける事も出来ない程だったらそれも出来ない。満足に食べる事も出来ない。
それがこの五人は理解していて裕樹のその提案には即答で賛成の声を上げた。コンビニによりミネラルウォーターなど取り合えず風邪と時に必要であろう物を買いそろえ再び五人揃って信介のいる家へ向かう。
そしていよいよ槙本家の前にやってきたとき
「あら、信介のお友達?」
インターホンを鳴らそうと裕樹がボタンをその声が止めた。五人は声のした方を見る。そこにいたのは美人な大人の女性だ。五人は突然の事で固まった。しかし、女性の口にした信介の名前に五人の中でいち早く信介の彼女である葵が動いた。
「えっと.......すいません。貴女は?」
「私?私は槙本翔子。信介の母よ」
◇
槙本家の稼ぎ頭、槙本翔子。
大学を卒業し、卒業後は大手出版社に勤め僅か数年で課長にまで上り詰めた仕事の出来るキャリアウーマン。その時、仕事関係で知り合った男性と結婚、その一年後に信介を身籠り、出産。仕事もでき、その立場も確立、結婚までして子供にも恵まれた。誰がどう見ても幸せ者だと思う。しかし、信介が五歳の時、夫との何気ない喧嘩からそれまで順風満帆な生活は一転、その夫とは離婚。そこからは女手一つで信介を育てる。仕事で忙しい中まだ幼い信介の世話と、大変な生活を送る。それが変わったのは信介が小学校高学年に上がった時だった。仕事で何日か帰られなくなった時、仕事疲れでヨレヨレの身体をひきずって家に帰ると信介は何事もなく普通に生活をしていた。そこからだった。母翔子が仕事で家を留守にし、会社に寝泊まりするような生活が始まったのは。最初は違和感こそあり、ましてや我が子を一人家に残していたこともあり心配の気持ちがあったがそれも信介が歳を重ねるごとに成長していく姿を見ていくうちに段々と薄れていった。一週間家に帰らないことなんてざらで、一月に一度帰ってくれば御の字ともいえる。一応毎度信介の学校行事に足を運ぼうとするもお抱えの作家さんの締め切り問題に直面しあまり顔を出せていない。
そんな翔子の案内で五人は槙本家へ上がる。
「へえ、信介にはちゃんとした友達がいるのね」
リビングに案内された五人は翔子に学校での信介との付き合いを話す。翔子はあまり信介から学校での様子を聞いていないので話すときなんとも新鮮な顔をする。
「私心配だったのよ。なんせ信介って少し性格に難があるでしょ?人付き合いも苦手でめんどくさがって。あまりにも学校での事を話さないもんだから三者面談とかでつい先生に聞いちゃうのよね。”信介に友達はいるんですか”って」
え~~~~~~~
皆の考えは一致した。
「でも安心。貴方たちみたいな子が信介の友達なら学校ではうまくやっているのでしょうね」
翔子は心の底から安堵した。家に帰る回数が減り信介と顔を合わせる回数もそれに応じて減っていき息子が自分に期待をしていないと思っていた。それでも一日に数回L○NEや電話などでやりとりをしなんとか母としての立場を保っていっている。その状況で学校生活までもが苦であるならば信介にとって日常は地獄。それが心配だった。
だけど安心した。わざわざ学校を休んだ信介のお見舞いをしに来てくれる辺り心を許せる友達が出来たのだろう。
「それであの......信介は?」
「多分二階の自分の部屋にいると思うわ。ちょっと待っててね確認してくるから」
そう言って五人をリビングに残し、翔子は一人部屋を出て二階にある信介の部屋へと向かう。それを見届けた五人は少し緊張して固まった体を休ませる。
「信の母さんめちゃくちゃ綺麗だな」
「でもそこまで似てるわけじゃないし、信は父親似かもね」
「俺、初めてあった」
「葵は何回かあってるの?」
「..........」
「.....葵?」
各々が翔子と会ってみての感想を口にしている中、葵は無言になっていた。それに葵に問いかけをした遥が違和感を感じた。
「どうしたの?」
「いや.........とても綺麗なお母さんだなって」
「そうだね」
「それで日葵さんもすごい綺麗な人なの」
「あ~槙本くんの従姉弟のお姉さんだっけ?」
「うん........」
会話は成立しているものの明らかに家に入る前よりも葵のテンションが少しおかしい事に遥はおろか異常を感じ取った他の三人は黙って遥と葵の会話を聞く。
「私.............自信がなくなってきた」
葵は信介の実母翔子、そして従姉弟という身近な存在をその目で確認してみてある一つの可能性を思いついた。それは信介の女性を見る目がかなり厳しいのではないかという問題。昔からあんな綺麗どころの人物たちと接しているのだ。信介の思う”美人に綺麗”と思うレベルが高いのではないか。そして肝心な話、自分はそれに見合っていないのではないか。葵は急に不安になってきた。
葵だって当然美少女の範囲に入っているし校内での男子人気は言わずもがな。だがそれでも不安になってしまうくらい翔子と日葵の容姿の整い方は完ぺきに近い。
「そもそも付き合う時に信くんが想いを自覚したって言ってくれてたけどそれって前まではそこまで想われてなかったって事だよ。私がかなり頑張ってアピールしてたけど信くん普通にそっけなく返事返して来るし全然女として見られてなかったよね」グチグチ
「あ、葵?」
「私に問題があるんじゃないかと思ってたけど信くんの方が全然問題ありだよ。あんなに綺麗な人達が周りにいるんじゃ私なんて全然可愛くないし綺麗でもないよ」ズゥーン




