第四十二話 日葵 3
日葵は槙本家に泊まっていった。
元々アメリカからの長時間のフライトでヘトヘトであったにも関わらず、信介の為にと二人分(信介の母は帰って来れないと前もって連絡されていた)のそれなりの量の夕飯を作ったのだ。風呂に入ってパックなどの美容道具を使い、速攻でそのままリビングのソファで寝てしまった。
信介はそんな無防備に寝る日葵を、勉強会の時に女子陣が使用した自分の隣の空き部屋に布団を敷きそこに寝かした。運動部でもなんでもない筋肉など微塵もない信介であるが、細身の日葵を担いで二階にあがるのはそれほど苦労することはなかった。
そして横になりぐっすりと眠る日葵に薄い掛け布団を掛け、信介も直ぐに寝た。葵との連絡は流石に日葵の相手で疲れ出来なかった。
◇
「もう朝か」
翌朝、カーテンの隙間から照らしてくる陽光に強制的に眠りから意識を覚醒させられて起きた信介。まだ寝ぼけた体を動かし、学校に行くための身支度を整える。制服に着替え終わり、中身がほとんどない片手で軽々と持てるリュックを持ち部屋を出る。
その時日葵を寝かした隣の部屋が静かであった。まだ寝ているのか、とこっそり部屋の扉を開ける。そこには昨夜自分が日葵のために用意した客人用の布団一式セットと日葵のキャリーケースが横になって置いてあるだけの寂しい部屋だった。そして肝心の日葵は布団の中にいなかった。
(もう起きてるのか)
学校があり、その行きしに昼の飯確保に寄るコンビニの時間があるため普通に七時に起きた信介であるが、まさか日葵がそんな自分よりも早く目覚めているとは思ってもいなかった。
部屋の扉を閉め、一階へと降りる。
そしてリビングの扉を開ける。
「あ、信ちゃんおはよ~」
「おはよう」
日葵はリビングに入ってきた信介に元気よく伸びのある朝の挨拶をした。それを返す信介であるが、次にテーブルに並ぶ物に視線がいく。
テーブルには目玉焼きの乗ったトーストとコーヒーが二人分置いてある。そして方側の方には布でくるまれた物体が。
「何これ」
「お姉ちゃん特製の手作り弁当です」
まさか学校に持っていくための弁当まで作ってくれるとは思ってもいなかった信介は目の前にある弁当と日葵に視線を行き来させて驚きに包まれる。
「何故?」
「いや~、この二年でどれだけお姉ちゃんの料理スキルをが高まったのかもっと信ちゃんに分かってほしいのよ」
「昨日の和食で日葵の料理スキルの高さは理解しているつもりなんだけど」
「あれだけじゃ、信ちゃんに私のありがたみが分かるとは到底思えない!」
異様なやる気に満ち溢れている日葵を前に信介は作ってくれた弁当をリュックに入れる。中身がどんなレパートリーで構成されているのかは分からないが折角作ってくれた弁当を食べない程、信介は冷たい人間ではない。
日葵が用意してくれた朝ご飯を食べる。
顔を洗い、寝ぐせを直したりなど身支度を整え終わる。
「それじゃあ俺そろそろ行くよ」
日葵が弁当を作ってくれたおかげでコンビニに寄る時間の分余裕が出来たため、いつもより家を出る時間が遅い。
信介はリビングのソファでくつろぎながら朝のニュース番組を見ている日葵に言う。
「ほ~い。気を付けて行くんだよ~」
「幾つだと思ってんだよ」
「あ!」
「ん?」
「今日何が食べたい?」
「夜?」
「夜だよ!」
この返答に素直に迷う信介。
いつも夜は基本コンビニかスーパーのお惣菜で済ませる信介からしたらこの様に今日食べるメニューを聞かれると何を言えばいいのか分からない。
「昨日は魚だったから.......肉かな?」
昨日鮭の潮焼けを食べたので適当にその逆の肉と答えた。
「オッケー!!じゃあ、放課後買い物に付き合ってね」
「了解」
「と、言ったものの」
信介は学校までの登校中、自らの発言に後悔していた。
元々めんどくさがり屋な性格の信介は、買い物に行くのがめんどうで仕方ない。葵と言う彼女が出来てからは、二人でどこかに遊びに行って買い物をすることからその考えは徐々にではあるが薄まってきたが薄まるだけで消えはしない。
それも放課後に行くなど、疲れた体で更に労働を強いる加重労働だ。
しかし、自分の為に料理に使う材料を買いに行くとあれば流石に今更行かないなんて言えない。それは作ってくれる日葵に失礼に値する。
「行くしかないか」
信介は仕方のないと言わんばかりに、だるそうに決心した声を呟くのであった。




