第四十二話 日葵 2
葵と別れた信介がほぼ全速力で家の玄関前に着いたのは、呼び出した張本人である日葵からの”早く帰ってこい”とのL○NEを貰ってから五分が過ぎてからだった。家から葵と途中までいた場所はそこまで離れてはいないが、それほど近いという訳ではない。五分ちょっとで家の前まで戻ってこれたのは信介がそれほど頑張った結果であった。
「ハア...ハア...!..暑い」
夏休みが明けて少し経ったとはいえまだ夏の時期は終わらず、放課後でもまだ暑いのは変わらない。そのような嫌な熱気を感じながら走った信介は学校指定のシャツの下で嫌な汗を大量にかき家の前までついた。
そして玄関前には一人の人物が体育座りで座っているのが見えてしまった。ショートボブの綺麗な黒髪で、無地の少し大きく見える白のTシャツに黒のスキニーパンツとファッションに疎い信介から見てシンプルな服装をしている。数年ぶりに見るがその人は日葵であった。
日葵の周りには大きな黒色のキャリーケースと両手では持てないような数の大量の紙袋が置いてある。その大きさは様々だ。
「あ!信ちゃ~~~~~~~~ん!!」
日葵は疲れ切った様子の信介を見るなり辺りに響き渡る声で信介の愛称を叫ぶ。
手を勢いよく振りながら自分の名前を呼ぶ日葵を見て、信介は”ああ変わってない”とテンションの違う日葵に懐かしさを想う。
じりじりとまだ沈まない夕焼けの照りを感じながら日葵へと足を進める。
「うわあ!大きくなったね」
日葵は至近距離に来た信介を見上げて言った。
「そりゃ二年も会わなかったらな」
信介と日葵がこうして直接顔を合わせるのはおよそ二年ぶり。日葵が急に”アメリカに行く!”と宣言のような事をした親戚の集まりで会ったのが信介の記憶では最後になる。それ以降は、ちょくちょく不定期でスマホを通じて連絡を取り合ったはいたが。
それでも二年も会わなければ成長期真っ盛りの信介の体と心が二年前よりも成長しているのは当然で、そんな成長した信介を見て日葵が驚くのも当然であった。
「男前になっちゃって。お姉ちゃんは嬉しいよ~」
「そういう日葵は全然変わらないけどな」
”むっ”と両頬を膨らませる日葵を見て改めて変わらないと感じる。主に精神面で。
「それにしてもなんだよこの荷物」
そんな子供のような日葵から視線を移し、信介が見るのは玄関前の扉の前に大量に置かれている紙袋だ。そのあまりの量に少し移動させなければ玄関の扉が開きそうにない程だ。
信介は近くにある小ぶりの紙袋を手に取り中を見る。そこには英語で書かれた箱が一つ入っていた。そして一番大きな文字で書かれている部分を見る。
「チョコレート.......何で?」
「お土産!それはアメリカで出会った私が一番好きなお店のなの!」
”有名店のじゃねえのかよ”と思うが、自分の好きなものをお土産に選ぶ当たり日葵らしいと納得する。
その袋以外にも、家の中には入らずに玄関前で大量の袋の中を確認する。お菓子に面白い怪物がモチーフに作られたお面、あと何故か暗めの色が多い服があった。
「お菓子とか、変な物はまだお土産として納得できる。だけど何で服?」
それも改めて確認するとどれも今の夏の季節では着ないような長袖など厚い生地で出来た、どうみても冬服がほとんどである。
「信ちゃん昔から服とか、ファッション全般に対して無頓着でしょ?だからお姉さんが態々信ちゃんの為に似合いそうな服を選んであげたのだよ」
「これ、俺が成長してる前提で買ってる?」
二年前の自分の背丈を参考にしているのなら間違いなく入らない。それを心配して信介はこの大量の服を見ながら日葵に聞く。
「大丈夫!私が思ってたより少し低いぐらいだから少しブカブカなぐらいだよ」
(悪かったな思うように背が伸びなくて)
◇
日葵からの大量のアメリカ土産を二人でリビングに運び入れ、現在日葵はーー
「~~~~~~♪」
(ノリノリだな)
ご機嫌な様子で鼻歌を口ずさみながら台所で料理を作っていた。それをお土産の整理をする横目で信介は見る。
この家に来る道中、和食が食べたいとの事だったのでスーパーに寄り食材を買っていたらしい。あんな大量のお土産と大きいキャリーケースを持っているのにどうやって買い物をして来たのか疑問に想い本人に聞いてみた。すると「え?普通にタクシーに待ってもらってだよ?」と逆に不思議そうに言われた。
(....にしても)
信介は終始ご機嫌な様子で調理をしている日葵を見る。
アメリカに単独で行ってから二年もの間があったが、信介は日葵の表面上の成長に感心していた。ショートボブの綺麗な黒髪に収まる女の人でも小さい顔にバランスの取れた顔を構成する一つ一つのパーツに一切シミの無いこれまた綺麗な肌。うっすらと化粧をして隠しているのかもしれないが、それでも日葵は十分に信介から見ても綺麗な女性に見える。
それこそ彼女の葵に負けないレベルだ。
「信ちゃ~ん、ご飯できたから机拭いて....って」
そこで信介と日葵は見つめ合う形となる。
「何々お姉ちゃんの顔を凝視して......見惚れちゃった?」
「あほか」
身体をくねくねとさせて恥ずかしがる様子を取る日葵であるがその表情は楽しんでいる。
「家系的に俺だけ容姿が優れないのはおかしいと思って」
「ちょっと~?あんまり叔母さんの事悪く言わないの」
「母さんの悪口は言ってないだろ」
信介と日葵は従姉弟だ。母親同士が姉妹で信介の母が日葵の母の妹に当たる。生まれた頃からの付き合いとはそういう事だ。そして日葵は今年で二十二歳の大人だ。
日葵に言われた通りに信介はウエットティッシュを二枚手に取り普段は殆ど使っていないテーブルを拭く。最後に使ったの裕樹や葵と言った学内でいつもいるメンバーで試験勉強をしたお泊り会の時以来であると信介は拭きながら思う。
そうこうしていると次々と日葵は作り終えた料理を拭いたテーブルに置いていく。
「鮭の塩焼きに味噌汁...切り干し大根に冷奴。本当に和食で済ませたな」
テーブルに並べられた献立はものの見事に和食であった。しかしおいしそうである。
「えへへ、どうしても食べたくて」
無邪気に笑って日葵はテーブルの椅子についた。信介もその前につく。
信介は箸を手に持ち、日葵の作った味噌汁から手を付ける。そういえばと、こうして日葵が一から作った料理を食べるのは初めてではないか。そう思うと変な緊張感を感じだして味噌汁に口を付けるだけで動悸がおかしくなる。
味噌汁の入った器を持ち、淵に口を付けて汁を口内に入れる。丁度よい温度の味噌汁が口内全体に広がる。
「....うま」
汁を飲み込んで一言目に出た言葉は自然に、何の違和感も無しに出た。
「美味しいでしょ?」
それを聞いていた目の前の日葵は、嬉しそうな笑みを浮かべて信介に聞いた。
「普通に美味い。日葵って料理出来たんだ」
「失礼な。私がアメリカでジャンクフードばっかり食べてるとでも思ったの?」
心外だな~と不貞腐れるように鮭の塩焼きの身をほぐし、やわらかくホクホクした身を小さい口で食べる日葵。
「だって、アメリカに行く前は料理なんてしてなかっただろ」
信介は二年前までの日葵を思い出してみる。しかし、二年前とは言わずそれよりも思い出せる限りの古い記憶を掘り返してみるが日葵が台所に立って料理をしている場面は見たことがない。料理をしていると言う話だって一度も聞いてことがない。
「それはそうだよ。家に居ればお母さんが料理を作ってくれるからね。私が作る必要はないんだよ。でもアメリカは色々と日本と違っててね。最初は買って食べてたんだけど、流石に金銭的にマズいと思って自炊を始めたのだよ」
信介はそれを聞きながら少しずつ日葵の作った料理を食べていく。
「それでまあ、アメリカからカナダに行ってカナダからもう一度アメリカに戻って」
「ん?」
カナダ?と鮭を口に入れた時に信介は不思議に思う。
「ずっとアメリカに居たわけじゃないの?」
「え違うよ?」
「......」
信介はまさかの新事実に箸の動きを止めた。日葵はそんな信介を気にしないで言葉を続ける。
「アメリカが一番長いかな。その次にカナダ、メキシコ、ロシア、キューバかな。あとはアメリカ圏だけどハワイだね」
「めちゃくちゃ移動してるな」
「でも殆どアメリカと隣接だったり海を挟んで向こう側だったりだから思ったより移動はしてないんだよ~」
お気楽に話す日葵は二年前と変わらない陽気なキャラのまんまであった。
食事の感想は本当に良かった。海外にいる時にも何度か作っていたのだろうか。信介は日葵の作った和食の料理を味わい、海外で一人日本を懐かしんで作る日葵の姿が思い浮かぶ。
「.........」
食事を終えた信介は一人リビングのソファに座りスマホをいじっていた。
日葵は、信介と自分の分の食べ終わった食器類を洗い終えた後に現在風呂に入っている。
「..........悪くない」
こんな賑やかな夜は悪くない。
信介は一人リビングの天井を見上げながらそんな言葉をもらした。
ありがとうございました




