第四十話 木村の助言
木村の語った事は想像以上に重たく、悲しい出来事だった。
とてもじゃないが、多くの家族連れで込み合う全国チェーンのファミレス店の一角でする話ではない。
「......」
「......」
俺と裕樹は話を聞いて黙るしかなかった。木村の話は俺達の思っていたよりも重たいものであった。突如、平穏であった幼馴染の初恋相手、雫さんとの関係が終わり目の前で事故に遭うなど運命のいたづら(いたずら)としか言いようがないものだ。
「それで今日は雫の三回忌でね。雫の両親とは無理を言って時間をずらして貰ったんだ」
事故で雫さんを亡くした木村は、すらすらと気にしていないようにふるまってくれている。雫さんとの思い出を語ってくれている時の木村は懐かしそうに、そして雫さんを思い出しているのだろううっすらとした笑みを時折浮かべていた。
そこで木村にとって本当に雫さんが大事な人であるのが分かった。
ーー後悔しないようにね
夏休みの初め、こうして三人で出かけた際に木村から言われた台詞。
俺はそこで気がついた。あれは、木村の後悔であり実体験に基づくアドバイスだったのだと。
「俺は、二年経った今でも後悔してるんだ。雫に想いを伝えてないし、雫とやってみたい事も沢山ある。唯一の救いは、幼馴染で昔から一緒に遊んでお互いの親が俺と雫が映った写真を撮ってくれてたことかな。思い出も、あるにはあるから」
木村は持っていた鞄の中からある物を取り出し、机の上に置いた。
「それって.....」
机の上に置かれたのは表面が傷ついた状態のメモ帳だった。
「うん。俺が雫の誕生日にプレゼントしたメモ帳。雫の親がね、くれたんだ」
木村は優しい手つきでメモ帳を撫でるように触る。
「事故の二日前が雫の誕生日で贈ったんだ。事故の時、俺が......雫だと感じた物」
木村に中身を見せてもらった。そこには、雫さんが書いたであろう文面がその頁ぎっしりに書かれていた。
ー八月△日
今日、このメモ帳を私の大事な幼馴染である駿が誕生日プレゼントとしてくれた。嬉しかった。駿は、ゲームが好きで少し顔が良い私よりも二つ歳が下の男の子だ。そんな駿との出会いは、私が大変だったという記憶しかない。最初の駿は今よりもずっと、数十倍人見知りで私の事を嫌っていたであろう。でも、私はそんな駿と仲良くなりたかった。それがかなり印象的だったのか、よく私のお母さんと駿のお母さんはその時の私たちの話で盛り上がっている。だけど苦労してでも仲良くなった甲斐があった。今ではこうして私の誕生日にプレゼントを贈ってくれるまでになったから。最初に書くから駿の事ばかり書いてた。私も駿の誕生日には駿が嬉しがる事をしないとね。
最初の一頁目。おそらく木村からこのメモ帳をプレゼントされた日に書いたのだろう。文章には、プレゼントした木村の紹介から始まって最後まで木村の話で終わっている。
次の頁を見る。その頁にも同じように文章がびっちりと書かれている。これはメモ帳というより、その日あった出来事などを記載する日記のようなものだ。しかし、次の頁をめくってもその二頁しか文字はない。
本当にこのメモ帳を雫さんが使用したのは二回だけだったという事だ。
俺は中身を読み終えた後、そのメモ帳を木村に渡した。木村はそれを両手で大事そうに持つと、慎重に元の鞄の中に入れた。
「俺は今でも雫を想ってるし、この気持ちは変わらない。だから二人が気にする事じゃないよ。裕樹は宮野と、信は新城さんをちゃんと幸せにしないと。終わってからじゃ何もかも遅いからね」
木村は微笑んで言った。
その表情とは違い、言葉は重く木村の後悔の重さを乗せていた。俺と裕樹の二人は流石に頷くしかなかった。
これまで知らなかった木村の過去。目の前で幼馴染である雫さんを事故で亡くした。その苦しみは俺の想像をはるかに超える。
俺達は話を聞き終えた後ファミレスを出た。
「じゃあね。あ、今日の話は他言無用でね」
「....わかった」
「了解」
木村は俺と裕樹を残して先に帰っていった。夕日に照らされて歩く木村の後ろ姿は漢だった。
少なくとも俺にはそんな風に感じた。




