第三十八話 その帰りにて
俺と裕樹は、大人しく木村の言うがままに誰か分からない人のお墓を掃除した。しかしやるからには一生懸命やったつもりだ。墓石にこびりついた苔や周りに生えた雑草を抜いたりと、がっつりと普通にお墓掃除をしていた。
そして気づけば全身汗だく。それもそのはず。掃除しているお墓には太陽の光を遮るものはなく、掃除をしていた約三十分はずっと直射日光を浴びていたのだから。
「疲れた~」
「いやあ、良い汗かいたぜ」
掃除を終えた俺と裕樹、木村の三人は霊園の園内にある日陰の休憩所のベンチに座って疲れた体を休ませる。掃除をしてくれた、と休憩所の傍に設置されている自動販売機にて木村は俺と裕樹に飲み物を奢ってくれた。
なんとも太っ腹な木村である。そんな木村は霊園で借りた掃除道具を返しに行っているため離脱中である。
俺は買ってくれたアイスコーヒーを飲みながら、ただ動かないで本当に疲れた体を癒す。その隣では、墓掃除で流れた汗を良い汗と、まるで運動部の部活終わりの台詞のような言葉を口にする裕樹がいる。まあ、墓掃除で流した汗だから良い汗と言われればその通りだろう。
「あれ?そういえば駿は?」
清々しい台詞を吐いた裕樹はそこでこの場に木村が居ない事に気づく。
「掃除道具を返しに行くって言ってた」
「結局、あれ誰の墓なんだろうな」
裕樹の疑問は俺も同じだった。
掃除をしている時、何度も墓石に書かれたお墓で眠っている人の名前を、木村には悪いと思いつつチラ見して確認した。そこに書かれているのは
"草加之家”
と俺の記憶の中には該当する者はいない苗字があった。
ーくさか
親族なのか、遠い親戚なのか。ともかく、俺と裕樹の知らない木村にとって、とても親しい人なのは確かであった。
「なんか聞きにくいよな」
裕樹は少し申し訳なさそうに、本人がいないにも関わらず小声でつぶやいた。しかし気持ちが分かる俺はその呟きに共感した。
墓に入っているという事は、既に木村がこの霊園に来た目的となる人物はこの世にいない。つまり亡くなっている、死んでいるということだ。その時点で場の空気が重くなるのは目に見える。なにより木村の口から語らせるのが友達として胸が痛い。
◇
霊園の休憩所で休んだ後、掃除道具を受付に返しに行った木村と合流して、三人そろって霊園を出た。
その時の空気感は
「........」
「........」
「........」
重たく、暑さとは関係ない息苦しさを感じるものとなっていた。
俺と裕樹は気を使い過ぎて何を口にすればいいか分からず、結局どのような言葉を言うかで悩み、肝心の木村は元々そんなに話すタイプではないので、当然のように場の空気は自然と重くなってしまった。
別に無言の場が嫌いではないが、霊園の後だとどうもいつもの無言とは感じが違う。
それはおそらく俺達三人の中で一番言葉を発する裕樹がとても感じているだろう。
「.......この後どっか行くか?」
そして耐えかねて裕樹は言葉を発した。
「行くって......どこに?」
「.......ファミレスとか......カラオケとか?」
裕樹なりに考えて場所を言っているのだろう、どれも少し騒げる場所だ。どうしてもこの重たく感じる空気を壊したいようだ。
俺と裕樹はこの後の予定を話し合う。
すると
「.....二人とも」
霊園からここまで無言を貫いた木村が口を開いた。
「気を使わせてるなら......ごめん」
口から出た言葉は俺と裕樹に対しての謝罪だった。
「気にすんなよ。別に気を使ってるって訳じゃねえから!」
「..........」
それに黙る俺だが、裕樹は謝罪する木村に「気にするな」と言う。
しかし、そんな裕樹の言葉とは関係無しに木村の言葉は続く。
「いやいや。あれだけ無言な裕樹はおかしいでしょ。信なら兎も角」
俺ではなく、裕樹がいつもの学校で見られる態度と違うことで木村の中では確信へと変わったらしい。
「あんまり人に言うような話じゃないんだけどね」
「なら別に話さなくても」
「でも話さないと裕樹のよそよそしいと言うか、変に空気を読む感じが......ね?」
変に言葉を濁した木村。要するに、裕樹の態度が気持ち悪いらしい。
「それに信と裕樹も、自分たちが掃除した墓にどんな人が眠っているのか知らないままだと、何となく嫌でしょ?」
木村の言葉に確かにと思う。あれだけ綺麗にしたのにどんな人の墓なのか分からないままでは気になって仕方ない。
それは裕樹も同じで「....まあ、気にならないとは言えない...な」と本当は物凄く気になっているのに、少ししか興味のないふりをしている。本当に意味が分からないが。
木村は少し間を開けると口を開いた。その口調は淡々と何もなかったように、平然といつもの様子で話し始めた。
「信と裕樹が掃除してくれた墓。そこに眠っている人の名前は草加雫。二年前の今日、事故で死んだ俺の初恋の人」
その時の木村は、今にでも泣きそうな悲しい顔をしていた。
次回木村視点です。
ではまた、次回。
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