第三十六話 花火大会
アオに引っ張られる形となって辿り着いたのは花火大会のメイン通りである川沿いの土手から少し外れた森の中だった。
その森は近所では有名の山の一部で、中には公園だったり少し広いステージだったりと各場所に点々と設置されている。
最初、アオとこの山に入った時は目的地はこの山の山頂にある展望台に行くのかと思った。そこなら花火の綺麗な画が見えると言うのは昔から近くに住んでいる俺は知っている。勿論この地域に住んでいるアオも同様だろうと。
しかし、アオの案内する道は舗装されている整備された道から途中で外れ、徐々に茂みの中に入っていく。
「アオ、どこまで行くの?」
辺りは草草草。近くでそれなりの規模で開催されている花火大会があるとは思えない程真っ暗とした暗闇とじめじめした森特有の熱気が体に巻き付く嫌な感覚を覚える。幸いなのは遠くの方から花火大会の人混みの声が聞こえる。それがこの暗闇の森から感じる恐怖心を和らいでくれる。
俺は手を引っ張りながら前を進むアオに訊ねた。それにしても良く浴衣姿でこの森の中を進めるものだ。
「もうちょっとだから」
アオは俺の方を見ないで言った。その声から少し息が上がっているのが分かる。
どんどん俺とアオは森の中を進んでいく。しかしようやく目的地に着いたのか前を進むアオの足が止まった。
「ついたよ。ここ」
「おお......!」
俺は思わず感嘆の声を上げてしまった。
アオに連れてこられた場所は、人二人がようやく座れる大きさの大木が倒れている森の中だった。そしてその大木の正面にはまるで狙ったかのように茂みが張れ、綺麗な夜空が広がっていた。
「綺麗でしょ?」
嬉しそうに言うアオは疲れた体を大木の上で休ませようと腰を下ろした。
「ここ、私が子供の頃に見つけた場所なんだ」
アオはそこからこの場所の思い出を語り始めた。俺はそれをアオの隣の座って聞く。
まだアオが小学生の頃、友達とかくれんぼをして遊んでいた時にこの場所を見つけたそうだ。隠れられる場所を必死に探そうと森に入って少し歩いた先でこの幻想的な場所にたどり着く、それ以来ここはアオだけが知る秘密の場所となったらしい。
「誰にも言ってないから、この場所は私と信くんだけの秘密」
アオは本当に嬉しそうに話す。
「でもここから花火って見れるの?」
秘密と言われても、問題はこの場所から花火が確認出来るんのかということだ。森の一部に突如開かれた場所から見る花火はとても綺麗に感じる事だろう。
「一回だけ花火大会の日に一人で来たことがあるんだけどここから綺麗に見えるんだよ」
それを聞いて納得だ。まあ、花火大会に来たのに花火を見ないでただ森に来るなんてことしないか。
それにしてもここは森のむしむしとするが、その熱さを回避するように風が吹けばとても心地の良い風が吹く。ここまで来たことで少し汗をかいているが、風が吹けば熱くなった体を冷やしてくれる。しかし、それが時折肌寒くもなる。
「.........あと一分」
時間を確認をすると、花火の打ち上げ予定時間になりそうであった。ここまで来るのにちょうどよい時間が経過したようだ。
そして二人で空を見ているとついにその瞬間がやってきた。
ヒゥ~~~~~~~~~~~~~~ー
バ~~~~~~ン!!!!!!!!!!!!!!!!!
色鮮やか花火が暗い空を照らした。
「......綺麗」
「......すげえ」
隣で花火を見て感動するアオの声を聞きながら、俺は素直にこの今の画がとても良かった。本当にこの森の葉が開かれているのは極一部なのだ。そこの間から丁度良い大きさで花火が収まっている。これが一枚の花火の絵のように、花火のために出来た空間のような奇跡の光景だった。
花火は様々な形を作る。
数年ぶりに眺める花火は、俺の目にはとても魅力的で長らく感じていなかった心の底から感じる綺麗と思う感情を思い出させてくれる。
(思ってた以上の思い出が作れたな)
この夏休みでアオとの思い出を作れるだろうかと、最初は心配すらしていたがその心配を吹き飛ばすほどの良い思い出を作ることに成功した。アオだけが知る場所で二人っきりで森の中、そこから幻想的な空間で見る花火はおそらく俺の人生の中で上位に食い込む出来事だ。これはこの先、夏が来るごとに脳裏によみがえるだろう。
トントン
脳裏にこの光景を埋めようと食いつくように見ているとアオが俺の肩をつついてきた。
「どうした?」
「.......」
「アオ?」
彼女の様子がどこかおかしかった。顔を下に向けてよく表情を確認できないが、耳がとんでもなく赤くなっているだけは花火によって生じた明かりで分かる。
彼女は、アオは顔をあげた。その顔は赤かった。
そしてそのまま俺に顔を近づけ
「..ん」
「!?」
俺の口に自分の口を重ねた。そして数秒としないうちに離れた。
俺の思考は一気にパニック状態に陥った。
(.....今、キスしたよな)
人生で始めてした異性とのキス。俺はこれまで経験したことのない幸福感と何故か分からない恥ずかしさを覚える。
それは恋人同士となって早数か月経過しているのだからそろそろかと言われればそうなのだが、実際にしてみては気持ちの整理が意外とすぐにはつかない。海外では仲の良い友人同士で頬にキスをすると聞いたことがある。
俺も頭のどこかでキスをするという考えはあったのはあった。でもやったらやったでアオに気持ち悪がられると思ってしまい勝手にその望みを諦めていた。
でもまさかのアオの方からしてきた。動揺しながら俺はアオを見る。
「う~~~~~~~~!!!!」
顔を両手で隠しながら、そんな声を出し悶えていた。どうやらアオ自身も相当恥ずかしかったようで、今がそのピークらしい。
可愛い、と思うのは自然の事だった。
「大丈夫?」
おそらくこの場合で彼女に聞くことではないのだが、一応この場を和まそうと試みる。
「緊張したよ~」
「......そうだな」
するとまた詰め寄ってきた
「引いた!?引いちゃった!?」
自分からやっておいてかなり俺の反応を気にしているようだ。
「驚いただけ」
「....本当?」
「本当だって」
渋々納得してアオは俺から離れる。
「......でもなんで急に?」
俺は少し緊張感が消えたことで疑問をぶつけた。確かに恋人同士でキスという行為は、互いの愛情確認のためにすると思うが何故今日なのだろうかと。
「だって.......晴れて信くんと付き合うことになったのに対して進展しないし、それに信くん全然私に手を出してこないでしょ?」
「あ.......」
確かに俺は自分からアオに手を出してはいない。良いところ手を繋ぐ、体を密着させるぐらいで俺はやめている。
「だから私、信くんに魅力的に映ってないって思って。それで考えたの。信くんが手を出してこないなら私からいっちゃえばいいって」
「え」
おかしい。付き合い始めてからアオが積極的過ぎる。
「それでやったと」
「.....はい」
別に攻めている訳ではないがアオは委縮する。
(仕方ないか)
アオがここまで勇気を出してくれたんだ。
俺は決心する。
「....アオ」
俺はアオを呼んだ。そしてアオが俺の方を見ると、俺は先ほどのアオと同じ行動に出た。
「ん」
「ん!?.....ん」
最初は驚くアオであったが、すぐに力を抜いた。そして離れた。
そして俺は不安になっているアオに想いを伝える。
「これが俺のアオに対しての気持ちってことで。不安に思うのは仕方ないけど、今はこれだけで我慢して欲しい」
俺が今一生懸命出来るのはここまでだ。それも花火大会というイベントパワーを借りた形でだ。これでは彼女からしたら物足りない、不安に思うのも仕方ないかもしれない。言い訳になるから口にはしないが、アオが初めての彼女ということで俺は彼女相手にどのような対応をすればいいのか判断がつかない。
でもそれは本当に言い訳で、自分の不甲斐なさが招いているのがこの結果だ。
俺の想いが伝わってくれたのかアオは顔を紅くさせてただ一回頷いてくれた。
「ねえ、......もう一回」
納得はしてくれたが、これをきっかけに更に積極的になりそうな気がする。
これで花火大会は終わりです。
次回は少し遅い投稿になります。




