第二十五話 新城葵 殻をやぶる 後編
「新城さん.....?」
数分前までの教室内の賑やかさは何処へやら
今はそんな賑やかだった空気感も嘘のように静まり返ってしまっていた
チラチラと教室で昼を過ごしていたクラスメイト達はこちらの様子を伺う
その表情は驚愕なものに田中と言うクラスの汚点とも言える人物を見て事情を口には出さないが察するものの2通りがあった
田中は今まで見た事のない怒った顔をした新城を見て背中に嫌な汗をかきながら動揺を隠し切れていない声で彼女の名前を言う
「信くんの事。何も知らないよね田中くん」
初めてだった
ここまで人の事を馬鹿にされて腹を立てている自分がだ
自分がどれだけ酷い顔をしているのかは分からないが、視界に入って見える位置にいるクラスメイト数人の顔を見て今まで校内で見せて来た顔よりも違う事は明らかだった
だけどこれ以上好きな人を馬鹿にする言動を許すつもりはない
新城はこれまでの自分の校内でのイメージをガラリと変えたとしても後悔はない
その覚悟が今の新城にはある
「どうしてそんなに信くんの事を悪く言うの?」
淡々とシンプルな質問を田中にぶつける
田中はいつも見て来た新城とは違う空気を纏っている彼女に動揺するが、直ぐに優位性を保とうと表情だけは冷静さを取り戻したような不安定な状態で答える
「ぼ、僕は事実を言っているだけであって槙本くんの事を悪くいっているつもりはないんだ。それに僕は噂の件で困っている新城さんの為を思ってーー」
「どうして信くんの事が私の為なの?」
言葉を遮った上で新城は再度質問をぶつける
日頃怒らない人物が怒ると怖いと良く言うが、新城の怒った様子はまさしくそれだとこの時クラスメイトの気持ちは一つとなった
「そ、それは........」
あまりにもいつもと違う空気を纏う新城に田中は上手く言葉が出せない
それでも新城は田中を逃すつもりはなかった
これまで散々と信介の事を目の前で馬鹿にする発言を繰り返して来た田中によって積み上げられてきた怒りと言う感情の塊をこの場で発散しなくてはいけないと考えなくても本能が新城に訴えかけてくるからだ
「そもそも君と槙本くんは釣り合っていないんだ!君に好意を抱く者はいれど槙本くんと言う同じ男として情けない地位に位置する奴なんかと噂になるのはどう考えてもおかしいじゃないか」
「おかしくないよ?」
「君だって困っているだろう!?」
「困ってないよ。それに逆にこの噂が流れて少し嬉しい気持ちもあるから」
「嬉しい?は?君は何を言っているんだ?」
冷静を装っていた表情も外れ、動揺が表情だけでなく言葉にまで現れた田中に新城はある一言を言う
「だって私信くんの事が好きだから」
それを言うと田中は驚きで膠着した。
そしてこの話を聞いていたクラスの反応はと言うと、女子は堂々とした新城の発言により“キャ〜〜!!”と黄色い歓声をあげ、男子はと言うと新城に好意を抱いていた複数人は“マジか〜!!”と口を揃え、少数の好意を抱いていない組は“へ〜”と納得した感じであった。
隣で新城と田中の攻防を見守っていた中条と宮野の2人は思った
((わざと皆に聞こえる声で言ったね))
2人は新城の堂々とした告白がいつもより大きな声で新城が話したと気付いた
(あ〜言っちゃったよ〜!)
自分がどれほど大胆な事をしたのか、それが分かったのはクラスの反応を見てから襲いかかって来た羞恥心により判明した
顔が段々と熱くなっているのが分かる
迷惑を掛けないと思ったばかりなのに、さっそうと教室内での公開告白に多少やってしまった感が否めない
しかしやってしまった事を後悔したところで既にやってしまった事だ
「そんな訳ない!」
多種多様の反応を示す中、田中の声が教室に響き、またもや静寂が教室内に訪れた
「どうしてだ!新城さん!どうして君と言うものが槙本くんなんかを好きになるんだ!」
まだ納得していない様子なのは田中以外の教室にいる皆が理解した
それと同時に田中がここまで酷い人間だとは思わなかったと思う者もいるだろう
「新城さん!君は自分の魅力に気づいていない!」
「自分の魅力って自分で分かるもの?」
「え?」
「私は確かに自分の魅力?って分からないよ。だって私はそれが普通だと思うから。皆自分の良い点なんて理解してない。だから皆悩んだり考えたりしてるんだよ。田中くん、君が自分の魅力にも気付かない奴はダメだって思うなら私はその程度の存在なんだよ。田中くんは私を買いかぶり過ぎたんだよ」
「そんな訳ない。僕は君に勝る存在はまずこの学校にはいないと断言出来る!それに君の隣に立てる人物もこの僕しかいないとも思っている!」
「...............そうなんだ」
「そうだ!だから槙本くんなんかをーー」
「でも私は信くんが良い」
「っ.......!」
「それだけ私の事を評価してくれのは正直嬉しい。ありがとう田中くん。でもね、私は過大評価をしてくれる田中くんじゃなくて信くんが好きなの」
信介への想いを口に出すにつれて抵抗感も羞恥心も回数を重ねる度に緩和されていく
吹っ切れた気分で言葉を繰り出すが、それでも田中は諦めない
教室にいる誰もがこの言い合いの勝負が既に決着している事に気付いている
それは田中も勿論分かっているはずなのに、それでも尚続けようとする
「何で.........何で槙本くんなんだ!僕の方が彼より優れているかなんて誰もが分かっている事じゃないか!」
「.............そうだね。確かに勉強も運動も信くんは得意じゃない」
「それならどうして!」
「私は田中くんが言う人の優劣を決める判断材料だけで人を判断しない。確かに信くんは勉強も得意じゃないしインドアで休みの日なんかは家から出ようともしない引きこもり」
かなりボロクソな判断を下している新城だがその声をとても優しく、信介の事を話している時はとても穏やかな顔をする
「でもそんな信くんを好きになっちゃったんだよ。まだ信くんの事をあまり知ってはいないけど、残念な部分を知っても私は信くんの事を好きで居続けるよ。それに出会い方が違ったとしても私は多分信くんを好きになってた。それだけ、私の目に信くんは魅力的に映ってるんだ」
高校入学の日に助けて貰い
連絡を交換し
偶にではあるが夜にメッセのやり取り
2年に上がってからは直接的な付き合いまで進展した
どれも新城にとってかけがえの無い思い出だ
信介への愛を熱弁した新城
それを直に浴びた田中は先程までの威勢は何処に行ったのかと言うレベルにまで意気消沈した様子で静かに自分の席へ戻っていった
そして女子からは“葵カッコよかったよ!!”“私応援してるからね!など男子からは“あれだけ言ってたら益々好きになるわ!”“綺麗でカッコいいとか反則だろ”など両者共新城への恋を応援してくれる姿勢を見せた
まさかの反応に羞恥心は完全に消え、クラスの皆の反応に困る新城だが最後には笑顔となりクラスメイト達の暖かさに感謝した
そして時間は一気に進み新城はある場所へ向けて教室から走って向かう
「はあ....はあ......はあ」
その場所へつきインターホンを数回押すが目的の人物から応答はない
寝ているのかと思うが最悪な場合も考えれる為、新城は不法侵入を承知で玄関の扉を引いた
鍵が掛かっておらずすんなり建物へ入る事に成功した新城は靴を脱ぎ2階へと通ずる階段を上がる
そして廊下を少し進みある一つの部屋の前で呼吸を整えてノックをし反応がない事を確認するとドアノブを回す
そしてベットで目的の人物が寝ている事を確認、部屋の隅に鞄を置きベットの側へ腰を下ろす
「.......ん」
少し物音を立ててしまったか寝ている彼は少し目を開けた
そして自分の方へ見た
もう少し寝顔を堪能していたかったが、目覚めてしまっては仕方ない
「あっ、目が覚めた?」
「..........え?」
彼は自分の一言で意識がハッキリしたのか少し戸惑いの声を上げた




