第二十五話 新城葵 殻をやぶる 中編
午前の授業が終わり学生の待ちに待った昼休憩
新城、中条、宮野のいつもの3人は固まり各自で持ってきた弁当を食べながら女子トークの代名詞とも言える恋話に花を咲かせていた
「やっぱり信にはもっと積極的にした方が良いと思うんだよ!」
「これ以上積極的になられても見る側の私達には甘過ぎるよ」
新城にもっと積極的にしろとアドバイスをするが、これまでその光景を見ている1人である宮野はやめて欲しいと口には出さず遠回しにその意味を含んだ言葉を繰り出す
「それなら、まずこの集まる視線をどうにかして欲しいよ」
「あ〜」
「..............ごめんね2人共」
宮野は顔を動かさないで辺りには聴こえない声で2人に言う
中条はそれに同意し、新城は罪悪感から2人に謝罪する
噂は翌日になっても尚収まる気配はなく、信介同様に新城もクラスメイトから浴びる視線がある
興味本位で見るものや、噂の話をしてチラチラと新城の様子を伺う者など様々な思惑の籠もった視線が新城葵1人に集中する
それを一緒にいる中条と宮野の2人は自分で無いことは分かってはいるのだが一緒になって見られている気分になる
そんな中、1人の人物が3人の元へ近づく
「新城さん」
「田中くん.........」
3人に近付いたのは田中と呼ばれる男子生徒だった
かつて信介に『新城へ近づくな』と物凄くストレートな物言いで発言をし、それを呆気なく信介に正論で返された事のある校内で新城に想いを寄せる男子生徒の一人だ
「..........」
「..........」
田中が新城に話しかけるや否や中条と宮野の2人は一気に自身の中で田中に対しての警戒レベルを上げる
噂が出始めた前日、真っ先に新城に噂の事実確認を行ったのは実は今目の前にいる田中なのだ
しかもその聞き方は「槙本くん何かと付き合ってるって噂になってるけど大丈夫?」や「あんなのと噂が立つなんて可愛そうだね」と信介を完全な格下相手であり見下す様な言い方をしてくるのだ
これにはその時も一緒に中条と宮野も口には出さなかったが内心では腹をたてていた
中条は1年の頃からの付き合いであり、宮野は2年に入ってから仲良くなったが2人共信介とは友達と呼べる存在になっており、目の前でその信介をバカにしている発言を繰り返した田中には一発でも殴ってやろうかと思った
しかしそれは2人には出来なかった
(葵............)
(...........)
何せ信介を本気で想っている新城が何も言い返さずに田中の相手をしているからだ
それも田中には見えない位置にある手を拳にして握り締めてまで田中への怒りを我慢しているからだ
普通ならこのような場面で怒っても良いが新城はそれを顔にも出さない
噂が本当になれば新城自身はとても嬉しい
だがそれによって大好きな信介に迷惑が掛かると言う懸念がある
それがあるから新城は田中の言葉に耐えているのだ
「........」
「........」
それを心配の眼差しで見詰める中条と宮野
そんな3人の気持ちなどいざ知らず田中は相変わらずの態度で新城に話しかける
「新城さん、相変わらず噂が学校中で流れてるけど僕は気にしてないからね」
「うん。ありがとう」
「それにしても本当に酷いものだよ。ただの親切心から槙本くんと接してただけなのにこんな事になるなんて。噂が出たのも新城さんでなく槙本くんが悪いんだよ」
田中は最後まで噂の件を利用して新城の中での信介に対する印象を悪くしたいようだった
しかし信介への想いが自身の予想を遥かに超えて強い事を知らない田中はただただ自身の印象を悪くしている事に気付かない
「運動能力に勉強。それだけじゃない。槙本くんは殆どが平均以下だ。それにあの無愛想な態度。彼に好意を寄せる女子なんてこの学校には居ないと思うんだ」
(目の前にいるよ)
(目の前にいるね)
口には出さないが2人は心の中で同じ事を呟く
「それに槙本くんは今日学校を休んでるようだしね」
「え..........」
「あれ?新城さん知らなかった?」
新城は今日は一度も信介とはメッセでのやり取りをしておらず、ましてや隣のクラスにいる信介の状況なども把握していないのだ
だから昼休憩になって初めて信介が今日学校に来ていない事を知った
「あ〜、確かに今日は槙本くん休んでるみたい。祐樹くんが『信の奴熱が出たらしいから今日休むって』って聞いたら返って来た」
「そうなんだ..............大丈夫かな」
態々彼氏の近藤にまで聞いてくれる友達に内心で感謝しつつ直ぐに新城は信介の身を案じる言葉を口から出す
信介の家に家庭状況と、いつものメンツはある程度知っている
仕事が忙しくて母があまり家に帰って来ないので信介がいつも一人家で過ごしている事を
それは体調不良の時も同じで、熱がどれほどのものか知らないが同じ人間であり熱だって出る新城からすればどれほど辛いかなど身を持って知っている
そしてどれだけ心細くなるのかも
新城の気持ちなど知れず、田中は止まらない
「新城さんが気にする事じゃないよ。これは報いだよ。新城さんに迷惑を掛けたね」
「..........ちょっと田中」
これに口を出すのは中条
表情は険しく、それは怒っている顔だ
「流石に言い過ぎ。噂が出たのは信が悪い訳じゃないでしょ」
「何を言ってるんだい中条。そもそも噂がここまで大事になっているのは新城さんの相手が槙本くんと言うどう見ても新城さんと釣り合いが取れていない男だからだよ。これが新城さんと釣り合いレベルの男だったなら噂話を口にしている皆んなもここまで疑問にはしないんだ。それに、今日学校を休んだのだって本当に体調不良なのかも僕としては怪しい所だよ」
「は?信が嘘ついてるって言いたいの?」
「噂が出た次の日だからね。この状況に“逃げた”とも解釈出来るよ」
淡々とかなり酷い事を言っているが、田中の言っている事もまた可能性の一つとしてある
田中は口は悪く態度も悪いが言っている事は正論な事が多い
「........あんたね...っ!」
それが分かっている中条は態度には出るものの上手く言葉が言い返せない
それを見て自分が優位だと分かると田中は更に信介を悪い方へと立たせようとする
「所詮その程度なんだよ槙本くんは。こんな状況に噂の相手となっている新城さん一人を放っておいて一人逃げたんだよ。最低だと思わない?」
同意を求められた3人だが何も口には出さない
3人は信介がどんな人物なのかを理解し、信介がこの事態に新城一人を残して逃げるとは考えられなかった
本当に熱が出て学校を休んでいるのだろう
だが“もし信介と仲良くなっていなければ”と中条と宮野の2人は思う
恐らくその時自分達は今と同じ考えに至れるだろうか
田中と同じ考えにならないと自信を持って言えるのだろうか
「ほら。答えられないって事は少しはそう思っていると言う事じゃないか!」
「信くんはそんな人じゃないよ」
完全な優位に立ったと思った田中の言葉を遮ったのは、これまで我慢をしていた新城だった
「......あ、葵」
2人は新城を見る
その顔は今まで優しく接して来た新城とは違い、初めて見る怒った顔をした新城葵がそこにはいた




