第二十五話 新城葵 殻をやぶる 前編
信介が風邪で寝込んでいる頃、校内では相変わらず噂話で盛り上がっていた
校内にいる教師陣以外の全校生徒が同じ話をしていると言う事は無いのだが、新城葵に好意を抱いている男子生徒達の大体の話はそれであり女子生徒は単に面白半分ともう半分は相手が信介と言う意外性から盛り上がっていた
信介と新城の在籍する2年の生徒は信介がどのような人物であるか大体は把握している為、これまで何ら接点のなかった2人が急に噂になった事で
2人とも帰宅部で校内1とも言える新城葵の事は1年と3年は分かっているが、特に何もない信介を誰も知らないので「どのような人物」「イケメンなのか?」など様々な憶測が飛び回っている
中には2人と同じ代である2年の先輩に信介の事を聞き出している生徒もいるらしい
「はあ」
自分の想い人が人知れず有名になっている事に未だ気付いていない新城葵は自分の席に座ったまま溜息を漏らす
それを遠巻きに見ている同じクラスのクラスメイト達は最初は心配そうに見守るが、新城の溜息をつく姿も絵になると最後には得をした気分へと変わる
しかし新城の顔はそんなクラスメイトとは変わらず暗いままであった
表面上は
(このまま信くんが他の女の子に取られたらどうしよう)
自分今とても真剣に悩んでるんですと思わせた顔をしていながら、頭は信介の事を考えていた
今回の噂で新城は特に困る事はなく逆に信介とは真逆の嬉しさがあった
新城も恋する乙女で想っている相手と交際していないにも関わらずこのように噂されて少しではなく内心かなり嬉しいのだ
しかし新城の性格故の優しさから信介に迷惑を掛けているのではないかと言う懸念もある
だがそれは昨晩に信介と通話で話し合い、直接会わないと言う取り決めが出来た
その分スマホを通して連絡しても構わないと信介から返事をもらっている新城はこれで大した理由もなく信介に連絡を取れる様になった
そして次々と問題が消えていく中で新城の中で次に問題となるのは、噂によってこれから出て来るであろう信介の魅力に気付く女の子の脅威だった
(う〜〜......信くんに直接聞きたいけど、流石にこんな質問は怪しまれそうだよ)
今と同じで新城と信介は1年の頃は別の組であった
それ故に新城は信介が学校の女の子達とどれほど交友関係があるのか全くと言っても良いほど把握していない
唯一知っているのは自分と中条、宮野の3人と話し1年の頃同じクラスだった中条と仲が良いと言う事
基本フレンドリーで頼れる姉御肌的存在の中条が話しかけて仲良くなったのだろうと想像出来る
だが、知り合って数分の宮野と信介が軽い自己紹介をしてからそれ以降ちょくちょく話しているのを教科書を借りる時に目の前で見ている
なので別段女の子と会話が出来ないわけでもないと思っている
(良く考えてみれば私、そんなに信くんの事知らないんだ)
信介の好きな物に誕生日に至るまで、新城は何一つ信介の事を知らず、知っているのはめんどくさがり屋で歌が上手い事
そして優しい事
「葵〜!おはよう!」
「おはよう葵」
「千鶴、遥」
想い人の事をあまり知らない事に少しショックを受けていると中条と宮野が新城に近く
新城が「おはよう」と挨拶をかわすと2人はいつも一緒にいる新城が少しだけ元気がない事に確信は持てないが気付いた
「何か元気ないね葵」
「どうしたの?」
「えっと、実はね.......」
遅かれ早かれ2人にはこの悩みを打ち明けようとしていたので新城は訳を話した
信介の女の子に限定した交友関係、それによって明らかとなった自分が信介についての情報が無いという事
好きな人を振り向かせるにはどうしたら良いのか
新城がその方法が分からないのは信介が喜びそうな物を熟知していないから
「.......って言う事なの」
「.........」
「.........」
悩みを打ち明けると中条と宮野は黙った
それに気付かないで新城は再度悩んでます顔をする
「はあ.........」
「信の誕生日は11月20日」
「ん?」
「好きな食べ物はラーメン。但しインスタントラーメンは食べないよ。食べるなら家から出て店まで行くんだって」
「................」
新城はバッ!と顔を中条と宮野へと向ける
「何で知ってるの?」
中条はまだ分かる
信介とそれなりに仲も良く、1年の頃に聞いていたのなら説明だってつく
しかし、それをここ最近信介と知り合ったばかりの宮野が自分の知らない信介の好物を声に出して言っていることに、新城は疑問でしかなかった
困惑する新城を他所に2人は近くの空いている席に座って口を開き、話してくれた
「いや、これくらい日常会話で話すよ」
「私も。話の流れで。それより、葵が知らないのがびっくりだよ。いつも連絡取り合ってるんでしょ?」
「何話してるの?逆に聞くけど」
「え.....学校であった事とか、今何してるの?とか。あとは休みの日の過ごし方とか?」
「それで普通なんで信の事がわからないの?聞かないの?」
「そ、そんなの聞かないよ!」
だったら何を話すんだよと2人は思う
今日起こった出来事をずっと話すのも早ければ数分で終わる
それを目の前にいるこの新城葵は長々と想い人に話しているのかと
(私だったら出来ないな)
3人の中で唯一彼氏持ちの宮野はある意味凄い事をしている新城を多少尊敬する
良い言い方をするならくだらない話を長時間話せるものだ
それに未だに気付かない新城に2人はいよいよ危機感を感じる
「大丈夫なの?その調子で」
「だ、だって.........そもそも私同年代の男の子と何を話せば良いのか良く分からないし。どんな話題を出せばいいのかも知らない」
周りとは1、2段上の容姿をしている新城はその美しさから今までまともに男子生徒と話した事がない
あっても男子生徒の方から話題提供をされているのでその人の好きな話題しかした事がなく、新城は女の子から男子への話の切り出し方が分からないのだ
「信は基本的に聞けば言うよ」
「言うね。私は祐樹くんとそう言う話になって偶々近くに居た槙本くんに聞いただけだよ」
「そうなの?」
「まあ、でも案外それが1番信には良いかもね」
「なんで?」
「信ってあんまり自分の事は言わないんだよね。聞けば言ってくれるけど。でも、聞きすぎたら逆効果もあるし信はあんまりしつこく聞くと多分その人に苦手意識を持つから注意!」
「...............」
「そもそもの話、槙本くんって女子から人気あるの?」
槙本信介と言う男を説明するなら「めんどくさがり屋で休みの日は家から出ようとしない引きこもり」と信介とある程度接している人達は口を揃えて言うだろう
そんな信介が新城以外の女子から好意を持たれているのは、危なさを感じている新城本人でさえ想像出来ない
「私はそこら辺知らないから」
信介と仲の良い中条もそこまでの事は把握してはいない
「でも普通に女子とは話すよ」
「うっ.....」
「はいはい。葵はそんな事でやきもち妬かないの」
女子と会話すると言うだけで表情が硬くなった新城とそれを宥める宮野
前まではこのように他人に嫉妬する事など性格を知っている2人からすれば考えられない事だが、それを変えてしまうほど新城が信介に夢中だと言う事だ




