第二十一話 小瀧瑛
『イマスグシンジョウアオイカラハナレロ』
手紙の内容はシンプル且つ読み難いカタカナで書かれていた。
「え〜っ、「今すぐ新城葵から離れろ」だって」
だが急にこのような不気味さの増す手紙を送りつけられた信介は手紙を持った状態で固まった。
その横から信介の手元を覗く木村が手紙の内容をそのままに読み上げた。
「そんなの見れば分かる。読み難いけどな。それにしても、なんだこれ」
「う〜ん、普通に考えてこの手紙を書いた人は信と新城さんを男女の関係と勘違いしてるんじゃないかな?」
「それで手紙を出したって事か?」
「......................」
近藤と木村の2人が手紙についてあれこれ考えている中信介は良くよく手紙の文字を何度も読み返す。
真っ白な綺麗な紙に書かれたカタカナ文字。
裏からでは薄っすらとしか見えなかった筆圧があまり掛かっていない。
そして問題のこの内容。
新城葵に近づくな、と言うなんともシンプルかつ曖昧な内容だと信介は思う。
この手紙を送ってきた人は“離れろ”と書いているがそれは物理的な距離感なのか、それとも友人付き合いをするなと言う意味で書いたのか。
勿論そんな事は普通気にならないと頭では分かっているのだが、信介の性格上このような曖昧な内容を言い渡されると深く追求したくなってくる。
例えそれで相手側に屁理屈だと言われようともだ。
ガラガラガラガラ
あっ、先生だ
はい、席について〜
担任の先生が教室に入って来た。
それを確認したクラスメイト達は、先生に言われるがままに自分達の席に移動し始めた。
近藤もそれに習うように「じゃあまたな!」と一声信介と木村に告げてから自分の席に戻った。
この後数分もしないで朝のホームルームの時間を知らせるチャイムがなり、日直の声で一斉に席から立ち号令、そして着席。
それを終えると先生はクラスの全員がいる事を名簿を見ながら確認した。
そして今日の予定などを話していく。
だが信介の頭はそんな先生の話よりもリュックの中に入れ直した手紙の内容で一杯いっぱいだった。
手紙の内容的には信介は対して気にはならないのだが、信介が最も気になるのはこの手紙を誰が書き誰が自分の靴箱の中に入れたのかだ。
何故か誰が書いたのかも分かっていないのに、信介は不思議と恐怖を感じる。
ホームルームも終わり、直ぐに午前の授業が始まり次々と試験結果を貰い赤点を回避するも、いつもなら喜んでいるのに手紙の事が気になり素直には喜べなかった。
そして迎えた昼休み。
いつもの近藤と木村の2人とコンビニで買ったパンを食べながら、今朝の手紙の話をする。
「やっぱり新城さんの事が好きな誰かが書いたって説が一番有力では?」
木村は弁当に入っていた冷凍のえだ豆を食べながら言った。
3人で手紙を書いたのは誰か話し合った結果、可能性がある人が絞られてきた。
1に新城に好意を抱いている男子生徒の誰か、2にファンクラブのメンバーの誰かが代表して書いた、だ。
特定の人物を絞る事は出来なかったが、3人共手紙を書くならこの人物だと思った。
しかし、この学校に新城葵に好意を抱いている男子生徒など数えられない程おりこれまで新城に告白して振られた人達の人数まで合わせたら大変な数だ。
ファンクラブの方も、あるには有るもののこちらも人数が多過ぎて誰が書いたのかも分からない。
「やっぱり個人で書いた感じ?」
「俺はそう思うね」
えだ豆を食べ終えて弁当の中がえだ豆の殻だけになると木村は弁当に蓋をしてリュックに仕舞い出した。
そして机を2つくっつけその間に置かれた手紙を手に持ち中身を確認し始めた。
「..........何回読んでも気持ち悪いなぁ。もっと分かりやすく書いてよ」
「それも信に嫌がらせの意味があるんじゃないか?」
3人の中で誰よりも早く昼飯を食い終えた近藤はスマホをいじりながら横から口を出す。
確かに、嫌がらせの意味では無かったら態々手紙の文字全てを読み難いカタカナで書くのはおかしいと思った。
「それにしても...........」
「ん?」
スマホをいじるのをやめ、近藤は視線を手紙にではなく教室内を見る。
それが不思議に思えた信介は近藤の見ている方へ振り向く。
するとこちらを見ていたと言わんばかりのクラスメイト達があからさまに視線を外し自然な風を装って会話をし始めた。
「手紙の事もそうだけど、今日1日で信は校内の有名人になっちまったな」
「なりたくてなってる訳じゃないんだけど........」
信介はそれに関しては触れるなと言いたくなる程話題を出されただけで疲れていた。
信介と新城の関係性を疑う人達は信介の思っていた人数よりも多かった。
休憩時間になれば毎時間のようにクラスメイト数人が新城との関係性をしつこい程聞いてくる。
適当に「友達だ!」と貫いているが、噂の原因となった試験終わりの金曜日の時に教室にいたクラスメイトが「いや、あれはどう見ても友達よりも深い関係に見えた!」と余計な事を口走ったせいで信介の友達発言は全く効果を示していなかった。
「俺の言葉が信じられないなら、直接アオに聞いてくれよ」
自分の言葉を信じてくれないクラスメイト達についそんな本音が飛び出る。
「新城には聞き辛えからお前に聞いてんだろ?噂は出ても新城は男子から見たら高嶺の花。そんな噂が気になる程度で本人に聞いたら『もしかしたら機嫌を損ねるかもしれない』って思うかも」
「だからって俺ばっかりに聞かれても」
「もうさあ、『俺達実は付き合ってるだ』って大声で発表した方が良くない?」
「それはそれで後々新城に好意を寄せてる奴等かファンクラブの連中に痛めつけられる可能性がある。却下だ!」
「流石にそこまではしないでしょ」
「現にこうやって、手紙で警告されてるんだけど?」
ほんと、信介にとっては今日は厄日だ。
唯一良かった言えば今日返された試験の強化の中に赤点が1つも無かったぐらいだった。
これが明日以降も続くとなると気が重くなる。
クラスメイト達に見られているが直接何かされる訳ではないので、今のこの時間を大事にしようと残りのパンを食べる。
そしてラスト一口を口に入れる。
その時ーーー
「このクラスに槙本信介って奴はいるか?」
廊下側から信介の名前を呼ぶ声が聞こえた。
口に含んだパンを噛んで飲み込んだのちに信介は呼ばれた方を向く。
そこには茶髪が目立つ男子生徒が近くにいるクラスメイトの女子数人に話しかけているのが見えた。
男子生徒の方はぱっと見遊び人のようであると信介は思う。
「あれ、3年の小瀧先輩じゃん」
近藤はどうやらその男子生徒を知っているようで、思い出した様に言う。
「誰?」
「3年の小瀧瑛。バスケ部のキャプテン。背も高いし成績も優秀。見るからにカッコいいからうちの女子生徒から結構人気なんだよ」
「へ〜」
「噂では、入学したばっかりの新城に告って振られてるらしい」
「...............出来れば今聴きたくない情報だったかも」
「だろうな」
信介を見る近藤の顔は悪戯が成功した子供のような顔だ。
この状況を楽しんでいる近藤を睨む。
その間に教室を訪れた3年の小瀧は話しかけた女子生徒に信介のいる場所を聞き出し、真っ直ぐ信介の方へ歩み寄る。
教室に上級生が訪れる事などただ事ではないと昼食途中であった生徒も箸を止め小瀧に集中する。
そして信介の前まで進むと足を止め、体勢上仕方がないのだが小瀧が信介を見下す様な形になった。
「お前が槙本信介?」
「...........そうですけど」
いきなり目の前に立たれたと思いきや、これまた急に名前をフルネームで呼ばれた。
小瀧の声に若干強気な姿勢を感じた信介は、上級生と言う事もあり自分なりに慎重に言葉を選ぶ。
それをどう受け取ったのかは知らないが「ふ〜ん.......お前が」と小瀧は信介を注視する。
まるで品定めされている様な、完全に信介を見下している、そんな風に感じて嫌な気持ちになる。
「お前、新城と付き合ってるの?」
小瀧と言う先輩は物事をはっきりと言う性格なのか、信介の目の前で堂々とした態度を崩さずに聞いてきた。
そしてそんなあまりのどストレートの質問に少しびっくりする。
「.............付き合ってはいませんよ。友達としての付き合いが少しあるぐらいです」
「............本当に?」
「ええ。疑うなら本人にも聞いて下さいよ。俺の口からだと信じない人が多いですから」
小瀧に言いながら信介はチラッと、こちらの様子を伺っているクラスメイト達に目をやる。
信介の見たのは休憩時間に色々と新城との関係性をしつこく聞いてきた人達で、信介の視線に気付いたクラスメイト達は図星なのか少し視線をずらした。
「先輩は態々こんな事を聞く為に下級生の教室まで来たんですか?」
信介は少し失礼かと思ったが小瀧に聞く。
少し間を置くと、小瀧は訳を話し始めた。
「3年の間でも新城は人気が有ってな。噂でもショックを受けてる友達が新城と噂になってるお前に「真実を聞いてきてくれ!」って煩いんだよ。それで代表して俺が聞きに来たってわけ。ちなみに何で俺なのかはジャンケンで負けたからだ」
「ジャンケンって...........ただの罰ゲーム」
「大変ですね」
「ほんとだよ。俺1度新城に告ってるから更に誤解を招きそうで」
「.....................」
「その様子からして知ってるんでしょ?」
「ええ、まあ。だから先輩が来た時は少し怖かったですよ」
好きな相手にまさかの相手がいる。
そんな噂を聞き、小瀧が自分を痛めつけると心の底で少なからず思っていた。
だから今の小瀧のラフな態度は信介からしたら拍子抜けも良いところだった。
「俺はとっくに新城の事は諦めてるよ。振られた相手をずっと想うっていうのも大変だからね。まあ、今回の噂については面白そうだなってぐらいかな」
「面白がられても俺は疲れるだけです」
「ははは、だろうな。さて、俺はそろそろ戻るわ。友達には“今のところ”何にも無いって伝えておく」
「今のところって.......これからも何もないですから」
付け加えて言った信介の言葉を背に小瀧は教室から出て行った。
最初は、初対面で少し怖い印象だったが話してみればそんな事はなく軽い感じだった。
あれで成績も優秀、運動も出来ると近藤の言っていた女子から人気なのも納得の言える人物であった。




