95 ダンジョン都市アダック⑥ 修
時間は少し遡る。
二十階の安全地帯内で一人の戦士風の女冒険者が壁際でへたり込んでいた。
「……あなた、さっきからずっとそこにいるけど仲間はどうしたの?」
女冒険者は見るに見兼ねてへたり込んでいる女に声を掛けた。
「十決で私だけが生き残った……悪いが放っておいてくれないか……」
女は顔も上げずに答えた。
「……そう、あなただけでも生き残って良かったわ。もし、良ければ私の隊に入らない? 進むにしても地上に戻るにしても一人では無理なんだから気持ちの整理がついたら声を掛けてくれればいいわ。私たちはしばらくここに留まって回復に専念するつもりだから」
「……」
女は何も返さずに沈黙したままだ。
女冒険者は悲痛な表情を浮かべていたが、それ以上は何も言わずにその場から離れたのだった。
女の名はロシェール。
彼女の隊は何日も転移エリアを彷徨い続けて出口を探していたが、この時点では体力も食料も十分にあったので何の問題もなかった。
しかし、次の魔法陣に向かう途中で十匹を超える魔族が上空から飛来した。
ロシェールは十決を決意して仲間たちを次の魔法陣へと逃がし、自身は命を賭して魔族の前に立ちはだかったのだ。
「お前は逃げないのか?」
女サキュバスが鋭い視線をロシェールに向ける。
「無論だ。可能ならそちらの一番強い者との一騎打ちを望む」
「へぇ、あなた人族のくせに肝が据わってるわね」
女デーモンの顔にうっすらとした笑みが浮かんだ。
「……」
ロシェールは何も答えずに周囲の気配に注視する。
どんなことをしても十分間は次の魔法陣に近づかせるわけにはいかないからだ。
「私たちの中で一番強いのは私よ」
「待てよ。この人族はどう見ても戦士だろ。なら戦士では最強の私が相手をしたほうが面白いだろ」
女サキュバスは探るような眼差しを女デーモンに向ける。
「……フフフッ、確かにそのほうが面白そうね」
「そういうことで私が相手だ。いつでもいいからかかってこい」
「魔族にも話が通じる者がいるのだな……」
(魔族は人族の仇敵で極悪非道だと聞いていたがどうなっているんだ?)
ロシェールは戸惑うような表情を浮かべていたが、じりじりと距離をつめからて一気に加速し、鋭い剣の突きを放つように見せかけて盾を前面に出しながらそのまま突撃した。
だが、女サキュバスは驚きながらも難なくロシェールの体当たりを避けた。
「――!?」
(意表をついた初撃ですら触れることもできないのか……)
ロシェールは愕然とした表情を浮かべている。
「くくく、人族はおかしな攻撃を仕掛けてくる」
ロシェールは圧倒的な戦力差を感じながらも『鼓舞』を発動し、自身の士気を上昇させて凄まじい速さで突撃して女サキュバスとの距離を一気につめて剣の連撃を放った。
だが、女サキュバスは剣の連撃を槍でこともなげに弾き返し、槍でロシェールの心臓に目掛けて突きを放った。
ロシェールは咄嗟に盾で受け止めたが盾は拉げて弾け飛んだ。
「ま、魔族とはこれほどまでに強いものなのか……」
ロシェールは額から汗が噴き出して戦慄を覚えていた。
「なぁ、この人族は成りたてより強いんじゃないか?」
「そうね、確かにいい動きはしているわね」
女デーモンは同意を示して頷いた。
彼女らの言う成りたてとは、デーモン種が下位種から通常種に進化したばかりの個体のことである。
「人族でのお前の強さはどのくらいの位置なんだ?」
「……私は最上級職の聖騎士だ。つまり、私は人族の中では高い位置にいる」
「ということはお前よりも強い人族がまだまだいるってことなのか?」
「そういうことになる」
「そうか!! それなら人族に会うのは楽しみだな」
女サキュバスは満面の笑みを浮かべて宙に浮かび上がる。
「こ、殺さないのか!?」
ロシェールは面食らったような顔をした。
「お前は殺すには惜しい人族だ。腕を磨き再び私に挑んで来い」
女魔族たちも宙に浮かび上がり、女サキュバスたちはロシェールから遠ざかっていく。
女サキュバスたちがロシェールたちが転移してきた魔法陣に向かったので、ロシェールはホッと安堵のため息をついた。
「……さて、仲間たちを追いかけるか」
ロシェールは通路を進んで魔法陣を踏んでその姿が掻き消えた。
だが、十分が経過しているので魔法陣の転移先は変わっており、彼女の仲間たちがいる可能性は極めて低くい。
「馬鹿な……」
転移したロシェールは通路の先に見える魔法陣を見つめて呆然と立ち尽くしていた。
先に見える魔法陣が出口に繋がる魔法陣だったからだ。
ロシェールは仲間たちが出口に辿り着いている可能性を否定できずに、出口に繋がる魔法陣を踏んだ。
そして、現在に至る。
ロシェールは地面にへたり込んで同じ思考がぐるぐると回り続けて自責の念に囚われていた。
つまり、十決が間違いだったのかという問いだ。
勇気あるリーダーならば最小限の犠牲で切り抜ける為に、自分と同じ考えにいたるはずだと彼女は考えていた。
しかし、有能なリーダーならばあの状況でも十決を選択しなかったのではないかという考えにロシェールは囚われていた。
そのため、彼女は自分の判断に自信がもてなくなっていた。
ロシェールのように挫折を知らない完璧主義者は挫折を経験するとポッキリ折れてしまうことがままあることで、それは彼女にも当てはまっていた。
ロシェールは考えれば考えるほど十決を決意した自分は無能だと思い込んで、意識は深い闇に落ちていくのだった。
「ちくしょう!! ちくしょう!! ちくしょう!!!」
ダンジョンのどこかにある部屋で玉の黄が激しく転がりながらのたうち回っていた。
「無様だな」
怪しい男が壁から出現して、ふんと馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「見てたのか!?」
玉の黄は大きく目を見張った。
「あぁ、見てたさ。お前が敵前逃亡してここでのたうち回っているのをなぁ!!」
「奴は颯爽と登場した俺の話も聞かずにいきなり撃ってきたんだぞ!! 信じられるか!? 普通は聞くだろ……てか、聞けよ!!」
「お前は馬鹿なのか。敵が待ってくれるわけがないだろ」
怪しい男は呆れたような表情を浮かべている。
「ちきしょう……正直にいう……俺は恐ろしくてびびっちまったんだ……おかしいか?」
玉の黄は苦悩の表情を露にした。
「クズだな」
「なんだと!? この野郎っ!!」
玉の黄は逆上して怪しい男に襲い掛かる。
「……魔族たちが安全地帯に入った」
その言葉に、玉の黄の動きがピタリと止まった。
「なっ!? い、今、なんて言った!?」
「魔族たちが安全地帯に入ったと言ったんだ」
「馬鹿なっ!? ここで発生した魔物は安全地帯には入れないはずだ……どうやって入ったんだ……」
「あの人族の職業は魔物を統べる者だ。後は分かるな?」
「――っ!? またあの狂った人族の仕業か!!」
玉の黄は苛立たしげに声を荒げた。
「そういうことだ」
「……も、もしかして、全ての魔族が安全地帯に行ったのか?」
「いや、二十匹ほどだ」
「そ、その中にアリスたちはいるのか!? あれが動けば三十階は簡単に突破されてしまうぞ!?」
玉の黄は顔面蒼白になって全身から血の気が引いていくのを感じていた。
「アリスとベルフェゴールは動いてはいない」
「そ、そうか……それならチャンスはまだあるな」
玉の黄の顔に虚脱したような安堵の色が浮かんだ。
「勝算はあるのか? アリスやベルフェゴールがいないとはいえ魔族たちは十分に強く、あの人族も強い」
「何をいけしゃあしゃあと言いやがる!! あの狂った人族はお前が強くしたんだろがっ!!」
「勘違いするな。お前が勝負に負けたから強くなったのだ」
「ぐっ、まぁいい……今までとは戦い方を変えるつもりだ」
「ほう」
玉の黄は不敵な笑みを浮かべるのだった。
「冒険者たちは部屋の中央に集まってるはずよ」
「へぇ、私たちが潜ってたときと変わらないのね。とりあえず中央に行くわよ」
アニータの言葉に、リザは懐かしそうに言った。
リザたちが歩き出すとプルを頭にのせたブラックが先頭に進み出た。
プルは振り返ってリザたちをじーっと見つめている。
「あのピンクのスライムちゃんはなんでこっちを見ているのかしら?」
「……たぶん、シルルンに私たちを守るように命令されているのよ」
「へぇ、主人が近くにいないのに命令通りに動くなんてすごいわね」
「あの……この安全地帯には店があると聞いたことがあるんですが本当なんでしょうか?」
女怪盗は恐縮そうにリザに尋ねた。
「変わってなければあるはずよ。ただし、値段は地上の十倍から二十倍だけどね」
「た、高いですね……」
女怪盗は表情を曇らせた。
「仕方ないわよ。商人がここまで商品を運ぶには青の転移石が必要で、青の転移石の相場は一千万円以上と言われているから」
「そ、そうなんですか……」
女怪盗たちは金袋の中を見つめて大きく溜息を吐き、苦悩の表情を浮かべている。
彼女らは隊長が不在で今後の予定は不明だが、進むにせよ戻るにせよ食料は大量に必要になるのだった。
リザたちが安全地帯の中央に到着すると、そこには魔法陣があった。
魔法陣の直径は十メートルほどで、少し離れたところに巨大なテントが三つ並んでおり、その近くには多数のテントが張られていた。
巨大なテントは商人たちが作成した店であり、多数のテントは冒険者たちが設置したもので、現在、安全地帯には十隊ほどの冒険者が留まっている。
「とりあえず、この辺りで休みながらシルルンを待つわよ」
リザたちは適当な場所に座り込んだ。
すると、ブラックはリザたちの前面に出て辺りの様子を監視しており、プルはじーっとリザたちを見つめている。
「むっ? なんだこの魔物は……悪いが通してくれないか? ペット化された魔物なら俺の言葉を理解できるはずだ」
男冒険者は戸惑うような表情を浮かべている。
プルはブラックの頭の上で素早いパンチの連打を披露して男冒険者たちを威嚇している。
「……な、なんなのこのピンクのスライム……超可愛いじゃない!!」
女冒険者は歓喜の声を上げてプルの頭を撫でようと手を伸ばす。
「ビリビリデス」
プルは『ビリビリ』を放って電撃が女冒険者に直撃した。
「ぎぃやぁあぁ!?」
女冒険者は全身が痺れて膝をついて前のめりに倒れた。
「むやみにプルを触ろうとすると『ビリビリ』でそうなるのよ。敵意はなさそうだから通していいわよブラック」
(私もプルの頭を撫でようとして同じ目にあったから気持ちは分かるけどね)
リザは苦笑しながらブラックに声を掛けて、ブラックは頷いて道を譲った。
「そ、そんな……この私が一撃で動けなくなるなんて……」
女冒険者は信じられないといったような表情を浮かべている。
「へぇ、プルの『ビリビリ』をくらって意識があるなんてあんた相当強いわね」
リザは感心したような顔をした。
プルのレベルはカンストしており、リザが『ビリビリ』を受けた時とは威力が比較にならないが、プルは殺さないように手加減していた。
「……お、おい、お前はリザじゃないのか!?」
男冒険者は驚きのあまりに血相を変える。
「アンディ、あんたもきてたのね……」
「くくくっ、俺もお前もとんでもなく諦めが悪いよな!! 俺は心のどこかでお前もくるんじゃないかと思っていたぜ」
「何の話よ?」
リザは困惑したような表情を浮かべている。
「とぼけるな!! お前は木偶車を倒すために修行の旅に出た。そして、強くなり仲間を連れて帰ってきた……この俺と同じように……違うか?」
「違うわよ」
「……えっ!? 違うのかよ!?」
アンディは愕然とした。
「私がここにきたのは偶然よ。だけど、あんたが言うように木偶車はいつかは倒そうと思っていたわ。けど、今の私じゃまだ無理ね」
「な、何ぃ!? どういうことだ?」
アンディは驚きの表情を見せる。
「どうもこうも私はあれから転職できてないのよ……要するに私の職業は下級職の剣士のままなのよ」
リザはバツが悪そうに俯いた。
「なっ!?」
これにはアンディはおろかアニータや女怪盗たちも面食らったような表情を浮かべていた。
「……俺は上級職の騎士に転職できた。だが、俺たちがパーティを組んでいたときは全員が下級職であるにもかかわらず、俺たちはここに辿り着いた。それは俺やお前が強かったからだ。しかし、俺たちは木偶車に敗れたが俺は学習したんだ」
「……何が言いたいのよ」
リザは怪訝な表情を浮かべる。
「俺はここに辿り着いた隊に声を掛けて回っているんだ。前回の失敗を繰り返さないようにな。つまり、俺たちと組んで木偶車を倒さないかということだ」
アンディはリザの顔を正面から見据えた。
彼の傍にはアンディの考えに賛同した三隊の冒険者がアンディ隊の横に並んでおり、リザとアンディの話に耳を傾けていた。
「なるほどね……でも、その話は私に決められないわ」
「なぜだ!? 理由を聞かせてくれ」
「私はリーダーではないからよ」
「ば、馬鹿なっ!? じゃあ誰がリーダーなんだ!?」
「シルルンよ」
「シルルン? そのシルルンはどこにいるんだ?」
「ここにはいないわよ。私たちもシルルンを待ってるところなのよ」
「そうなのか……それなら俺たちも待たせてもらう」
「好きにすればいいわ」
アンディが地面に座り込むと、アンディの仲間たちも地面に座ってくつろぎ始めた。
「久しぶりねアンディ」
「アニータか!? なぜアニータがここにいる?」
「十六階で偶然にリザと会ったから案内もかねてついてきたのよ」
「なるほどな……しかし、このパーティは女ばかりだな……」
「元々は私を含めて四人だったのよ。残りの九人は道中で助けを求められてリーダーが助けてここまで連れてきたのよ」
「なっ!? 四人で潜るとはチャレンジャーだな……」
「けど私は道案内で、もう一人は盗賊だから実質的にはリーダーとリザだけよ」
「リザの強さは知っているがさすがに無茶だろ……よくここまで辿り着けたな」
アンディは表情を強張らせた。
「そのリザも十六階から一度も戦ってなくて、リーダー一人でここまできたのよ」
「なっ!? シ、シルルンという奴はそんなに強いのか!?」
アンディは雷に打たれたように顔色を変える。
「戦っていたのはペット化された魔物よ。リーダーの職業は魔物使いだから」
「ま、魔物使い……た、確かにそれなら頷ける……」
「リーダーの凄いところは十匹ものペットを同時に使役できる魔物使いな上に本人も無茶苦茶強いということね」
「十匹だと!? ……しかし、それほどの冒険者なら噂になるはずだが全く聞いたことがない」
「このダンジョンも初めて潜るみたいだから他国の冒険者だと思うわ」
「なるほどな……しかし、それほど強いならなにがなんでも仲間になってもらいたいものだな」
すると、シルルンたちがリザたちに向かって歩いてきた。
「戻ったよ。待たせてごめん」
シルルンは申し訳なさそうな表情を浮かべているが、傍らにはスライムメタルたちと女魔族たちの姿があった。
「お、おいっ!? あ、あれは魔族じゃないのか!?」
「こ、ここは安全地帯だぞ!? なぜ魔族がいる!?」
「なんてものを連れてきやがるんだ!?」
女魔族を目の当たりにした冒険者たちは顔面蒼白になって後ずさる。
「あはは、大丈夫だよ。魔族たちに攻撃する意思はないからね」
シルルンはにっこりと微笑んだ。
「う、嘘をつくなっ!!」
「信じられるかよ!!」
「お、お前は魔族に操られてるんだよ!!」
「う、うわぁああああああぁ!?」
冒険者たちは激しく狼狽して場はパニック状態に陥った。
「あはは、そんなわけないじゃん」
シルルンは呆れたような表情を浮かべている。
「ピーピーうるさいんだよ!! 人族は私たちを見るといつもそうだ」
リャンネルはシルルンに抱きついていたが、シルルンの前に立って『魅了』を発動してその瞳が怪しく光った。
すると、それを見た男冒険者の一人が棒立ちになる。
「お前は鼠だ」
それを聞いた男冒険者は四つん這いになって「チューチュー」と鳴きながら動き始めた。
「なっ!? こ、これは『魅了』……」
「サ、サキュバスもいるのか……」
「……だ、だとするとあいつはやっぱり操られているんじゃないのか!?」
冒険者たちは思わず額から汗が滲み出た。
サキュバス種は生まれた時から人型で、その姿は人族と酷似しているのだ。
サキュバスたちは冒険者たちに向かって一斉に『魅了』を放ち、彼女らの瞳が怪しく光る。
瞳を見てしまった男冒険者たちは次々と四つん這いになり、「チューチュー」と鳴きながら地面を這いずり回る。
「か、かっこ悪……」
「……ダサッ」
「さ、さすがにこれはキツイわね……」
顔を顰めた女冒険者たちは思わず本音を漏らした。
「ア、アンディ……」
リザとアニータはひどく羞恥の表情を浮かべて俯き加減に視線を逸らした。
アンディも「チューチュー」と鳴きながら地面を這いずり回っているからだ。
「ちょ、ちょっとぉ!! 『魅了』を解除しなさいよ!!」
「なんでこんなことをするかなぁ……」
「そうよそうよ!!」
男冒険者たちに好意的な女冒険者たちが険しい表情で訴えた。
「文句があるなら私の前に出てきてみろ。鼠ではなく裸踊りを命じてやる」
「うぅ……」
リャンネルの言葉に、文句を言った女冒険者たちは一斉に俯いた。
「じゃあ、君たちのペット化を解除するよ。解除したら君たちはこの安全地帯から出ると二度とここへは戻ってこれないと思うけどそれでいいんだよね」
シルルンは真剣な表情でセルキアに尋ねた。
「えぇ、構わないわ」
「私はペットのままがいい」
リャンネルは決意に満ちた表情を浮かべていたが、一転して恍惚な表情を浮かべていた。
「なっ、何を言っているのよリャンネル。あなたはサキュバス種のリーダーなのよ」
「ペットのままでも先には進める」
「……そ、それはそうだけど……仕方がないわね、リャンネル以外のペット化の解除をお願いするわ」
「うん、分かった」
シルルンは一瞬でリャンネル以外のペット化を解いた。
「――なっ!?」
ペット化を解かれた女魔族たちは戸惑うような表情を浮かべている。
彼女らは捨てられた子犬のような目をシルルンに向けており、体の真ん中に巨大な大穴が開いたような喪失感に襲われたいた。
「……こ、これがここに入れた代償なのね……そ、それでも私たちは先に進む」
セルキアは仲間たちに目配りした後、シルルンに背を向けて出口へと歩き始める。
すると、冒険者たちが巨大なテントに向かって歩いていきた。
「離してくれ!! 私は仲間のところに……今も戦っている仲間のところに行かねばならないんだ!!」
「まずはちゃんと食べて体力を回復するのよ。それに一人じゃ無理だと言ってるでしょ」
「では、どうすればいいんだ……私に仲間を見捨てろというのか?」
リャンネルは視線を冒険者たちに向けていたが、不敵な笑みを浮かべて冒険者たちに向かって歩き出した。
「また会ったな女戦士。揉めているようだがどうしたんだ?」
「お、お前はあの時の女魔族!?」
ロシェールの顔が驚愕に染まる。
魔族と聞いた冒険者たちは即座に後方に跳躍して警戒を強める。
「この魔族は仲間が多数いたにもかかわらず、私との一騎打ちに応じた武人だ。警戒する必要は皆無だ」
「……極悪非道の魔族が一騎打ちに応じた? 信じられないけどあなたがいうのなら本当なのでしょうね」
冒険者たちは距離をとったまま近寄らず、警戒を維持したまま事の成り行きを静観する。
「それでどうしたんだ? 困っているなら力になるぞ?」
「いったい、どういう風の吹きまわしだ? 私はあの時にはぐれた仲間を捜しに行こうとしているだけだが、私が一人だから危険だとそこの冒険者たちに止められていたんだ」
ロシェールは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。
「ほう、そういうことか……それなら私がついていってやろうか?」
「なっ!? 確かにそれなら心強いがなぜそうまでしてくれる……正直、私には見当がつかない」
ロシェールは不可解そうな顔をした。
「お前は人族にはまだまだ強い奴がいることを教えてくれた。そして、私は出会ったんだ……私よりも強い男の人族に」
「な、なんだと!?」
(この魔族よりも強い人族がそれほど簡単に見つかるはずはないはずだ)
ロシェールは不審げな表情を浮かべている。
「あそこにスライムと一緒に人族がいるだろ? あれが私のマスターだ」
リャンネルは後方にいるシルルンを指差した。
「マ、マスター!? それはどういう意味だ……そ、それに……ど、どう見ても少年にしか見えないが……」
(ま、まさかこれほどの魔族がペットになったというのか……)
ロシェールは大きく目を見張って絶句した。
「私が全力で放った一撃を軽々と弾き返されたんだ。だから私はマスターのペットになったんだ」
リャンネルは自信に満ちた表情を浮かべている。
「そ、そんな馬鹿なっ!?」
ロシェールは放心状態に陥って、体の中で何かがパリンと砕け散るのを自覚した。
「リャンネル!! あなたはなぜついてこないのよ!! 危うくあなたを残して外に出るところだったじゃない!!」
「……うぅ、すまない女戦士よ……そして、マスターしばしのさようなら……また絶対に逢いにくるから……」
リャンネルはセルキアに引きずられて出口に向かったが、ロシェールはリャンネルの言葉など聞こえていなかったのだった。
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