84 スライム店員と掘り手の募集
シルルンは個室のベットで目覚めて、ムクリと上体を起こした。
「う~ん、やっぱり魔車で寝るより、ベットで寝るほうが体が楽だね」
シルルンは寝ぼけた顔をしながら食堂に移動した。
すると、仲間たちはテーブルを囲んで、談笑しながら飯を食べていた。
シルルンは辺りを見渡してみると、石のテーブルの上に寸胴鍋が並んでいた。
「まだテーブルとかが足りないようだね」
シルルンは魔法の袋から大きいテーブルを三台取り出し、石のテーブルの横に並べて食器類も多数取り出して大きなテーブルの上に置いた。
「テーブルが一台余ったね」
シルルンは魔法の袋から針百本と大量の糸、糸車と織機、麻ボルトと綿ボルトを一本ずつ取り出して、テーブルの上に置いた。
「何にしようかな……」
シルルンは寸胴鍋の前に移動して、考え込むような顔をした。
寸胴鍋は四つ並んでおり、ミルクをふんだんに使ったシチューと、たっぷり卵が入ったスープと、肉がたくさん入った豚汁と、色とりどりの野菜やキノコのスープが入れられていた。
その横には鉄板が置かれていて、焼かれた肉や魚が並んでいた。
シルルンは木の器を手に取って、お玉でシチューをすくって木の器に入れる。
「やるデス!! やるデス!!」
「デシデシ!!」
プルとプニは『浮遊』でふわふわと移動して、『触手』で木の器を掴んで寸胴鍋の前を行ったり来たりしている。
プルは『触手』でお玉を掴んで、豚汁をすくって木の器に入れた。
プニは卵のスープの前で止まり、『触手』でお玉を掴んで卵のスープを木の器に入れた。
「あはは、上手くできたね」
シルルンはプルとプニの頭を撫でる。
プルとプニは嬉しそうだ。
シルルンは焼かれた肉を木の皿に取ると、ブラックも『触手』でフォークを掴んで木の皿に焼かれた肉や魚を大量にのせた。
シルルンたちは空いているテーブル席に移動して腰掛けた。
すると、ラフィーネが歩いてきて、シルルンたちが座るテーブル席に腰掛けた。
「マスター、少しよろしいでしょうか?」
ラフィーネは神妙な面持ちでシルルンに尋ねた。
「ん? どうしたの?」
「はい……最近ラーネさんの様子がおかしいのです。話しかけても止まりもせず、洞穴内をすごい速さで動き回っているんです。これは推測ですが、ラーネさんの存在が揺らいでいるのではないでしょうか……」
ラフィーネは泣きそうな顔で訴えた。
「えっ!?」
シルルンは面食らってポカンとした。
「フフッ……私ならここにいるわよ」
ラーネはシルルンのシャツの中から出てきて、テーブルの上に飛び下りた。
「……えっ!?」
ラフィーネは視線をラーネに向けて、呆けたような顔をした。
「あはは、そういえば言ってなかったね。ラーネは体を手に入れたんだよ。だから動き回ってるスライムはクロロなんだよね」
「えっ!? えっ!? そ、そうなんですか!?」
ラフィーネは恥ずかしそうな表情を浮かべていたが、すぐに安堵したような顔をした。
「うん、そうなんだよ。心配させたみたいで悪かったね」
シルルンは申し訳なさそうな顔をした。
「い、いえ、ラーネさんが無事でしたらいいんです」
ラフィーネはこぼれるような笑みを浮かべた。
「あはは、皆にもラーネはスライムじゃなくなったって伝えておいてよ」
「は、はい、分かりました。それでは私は失礼します」
ラフィーネは席を立ち、洞穴の外へと歩いて行った。
「……ラフィーネは優しいね」
シルルンは穏やかな表情を浮かべながら、シチューを口に運んだ。
「うん、おいしいよ。乳牛のミルクを使ってるのかな」
シルルンは満足そうな表情を浮かべている。
プルとプニも『触手』でスプーンを掴んで、スープをすくって『捕食』している。
ブラックは山盛りの肉と魚を一瞬で『捕食』し、ラーネは小さい体のままでシルルンが持ってきた肉に豪快にかぶりついている。
シルルンたちは食事を済ませると、シルルンは「手が空いている者はいないか」とメイに尋ねた。
すると、メイ、アキ、ゼフド、ヴァルラと元娼婦たちが名乗り出た。
「じゃあ、出かけるから準備して」
メイたちは頷いて足早に各自の個室に向かうが、メイだけが残っていた。
「シルルン様、お風呂場の部屋から西にある部屋に、採掘道具やベットなどが置かれている部屋があるのですが、あの部屋はどのような部屋なのでしょうか?」
「うん、あれは倉庫だよ。だから欲しい物があれば使っていいよ。管理はメイに任せるよ」
シルルンはにっこりと微笑んだ。
「分かりました」
メイは満足げな笑みを浮かべて頷いた。
準備を整えたシルルンたちは『瞬間移動』で掻き消えたのだった。
ちなみに、倉庫に置かれているベットや家具は、数が少ないので奪い合いになったのだった。
シルルンたちはルビコの街の北の門の前に出現した。
ルビコの街の北の門の周辺には、十万を超える人々が難民生活を強いられており、難民は今も増え続けていた。
北の門から北に五十キロメートルほど進むと砦があり、その砦には二万人もの兵士が守りを固めていた。
そこからさらに北に進むと国境があり、その先にはサンポル王国があるのだ。
シルルンたちは北の門から西の方角に歩いていく。
「俺たちがいたときよりもキャンプの数が増えてるな」
ゼフドは複雑そうな表情を浮かべている。
「……そうね、マジクリーンもヤバいんじゃない?」
「だろうな」
アキの言葉に、ゼフドは表情を強張らせて頷いた。
キャンプの数が増えているということは、マジクリーン王国から私財を持って逃げてきた者たちが増えているということになる。
そのため、難民たちにも格差が生じ始めていた。
シルルンたちは西に向かって歩いていくと、キャンプのエリアを通り過ぎて難民たちが多数集まる場所に出た。
「僕ちゃんたちもこの辺りで陣取ろうか」
シルルンは地面に座り込んで、魔法の袋から立て札看板を取り出して、看板に字を書き始めた。
「……」
仲間たちはシルルンの作業を無言で見つめている。
しばらくすると、シルルンは立て札看板二本を地面に突き刺して、魔法の袋から樽を取り出して地面に置き、シャツの中からパプルを引っ張りだして樽の上に置いた。
「なるほど……掘り手とスライム屋さんの店員を募集するのですね」
メイは立て札看板に目を通し、納得したような表情を浮かべている。
立て札看板には【掘り手募集 勤務地 ルビコの街から南下した鉱山 報酬 能力による】と書かれており、もう一本の立て札看板には【スライムを世話する人募集 勤務地 トーナの街 報酬 五千円から】と書かれていた。
「うん、メイはスライムの方を担当してよ。残りは掘り手の方を任せるよ」
メイたちは頷いて持ち場に移動した。
シルルンは地面に座り込み、魔法の袋からブドウ酒とコップ二つと豆類が大量に入った袋を取り出して、地面に置いた。
ブラックはコップを『触手』で掴んで、ブドウ酒を注いで飲み始めた。
プルとプニは『触手』で豆類を一つずつ掴んで『捕食』しており、ラーネは小さい姿のままで豆をバリバリ食べている。
「むふぅ、マスターずるい! 私もお酒がいい」
ヴァルラは不満そうな顔でシルルンの傍に詰め寄った。
「あはは、まぁ、人は足りてるからいいけどね」
シルルンは魔法の袋からコップを取り出すと、ヴァルラは素早くコップを取ってブドウ酒を注いで飲み始めた。
「こ、これは奴隷の募集じゃないんじゃないか!?」
難民の一人が立て札看板に目を通し、驚きの声を上げた。
すると、難民たちは騒ぎ出して立て札看板の前に集まり始めた。
「か、確認したいんだが、スライムを世話する人募集というのは奴隷の募集なのかどうかを聞きたい」
難民の男は期待に満ちた目でメイを見つめている。
「はい、奴隷の募集ではありません」
メイはにっこりと微笑んだ。
「おおっ!? 天の助けだ!!」
男は喜びに打ち震えている。
言うまでもなく、難民たちの現状は酷いものでほとんどが奴隷の募集だ。
「そ、それで、俺は雇ってもらえるのか? 立て札看板には性別や年齢は書かれてないんだが……」
「判断基準は一つです。スライム適性を調べますので、こちらの樽の前に移動してください」
「あぁ、分かった」
男は不安げな表情を浮かべながら、樽の前に移動した。
だが、パプルはピクリとも動かない。
「パプルちゃんが動きませんので、スライム適性がないということですので、申し訳ありませんが不採用になります」
「マ、マジかよ!? なんてこった……」
男は空を見上げて、がっくりと項垂れた。
「よろしければ、あちらで掘り手の募集も行っておりますので、ご興味がおありでしたらお寄りください」
「あ、ありがとう……しかし、掘り手かぁ……」
男はぶつぶつ独り言を呟きながら去っていった。
「……おい、面白そうだな」
「しかし、スライムの世話ってどんな仕事なんだ?」
「関係あるかよ。そんなもんは適性あっての話だろ。先に行かせてもらうぜ」
静観していた難民の一人が樽の前に移動した。
しかし、パプルはピクリとも動かない。
「残念ですが不採用です」
「なっ!?」
男は放心したような表情を浮かべて身じろぎもしない。
「どきなよ!! 次はあたしがやるよ。スライムちゃんよろしくね」
女は放心した男を押しのけて、樽の前に立ってパプルの前で手を合わせて拝んでいる。
だが、パプルはじーっと女を見つめているだけだ。
「残念ですが不採用です」
「えっ!? 嘘っ!? お願いだからスライムちゃん動いてよ!?」
女は樽の前で両膝を地につけて、両手を合わせて目を閉じた。
その姿は神に祈りを捧げる聖女のように美しかった。
しかし、パプルは知らん顔だ。
「……おい、見苦しいぞ」
男が女の肩を掴み、女を下がらせた。
「私に触るな!! もうちょっとで祈りが通じるところだったのにあんたのせいよ!!」
女は怒りの形相で声を張り上げた。
難民たちは顔を顰めたが、女の喉元に大剣の切っ先が突きつけられた。
「判定の邪魔だ。失せろ!!」
ゼフドは鋭い眼光で女を睨みつけた。
「ひぃいいぃ!?」
女は驚愕して尻餅をつき、這い蹲って大急ぎでその場から逃げ去った。
「……判定を続けてくれ」
大剣を背中に収めたゼフドは、アキたちの方へ歩いて行った。
「……」
(ゼフドは女にも容赦ないんだね……)
シルルンは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「俺は掘り手をやったことがないんだが、それでも雇ってもらえるのか?」
痩せこけた男は不安そうなにアキに尋ねる。
「あは、やってみたらいいじゃない」
アキは平然とした表情で返した。
「えっ!? そ、そんな軽い感じで大丈夫なのか?」
男は困惑した表情を浮かべている。
「リスクは何もないんだから試してみたらいいじゃない」
アキはにんまりと笑った。
「……あ、あぁ、分かった。あんたの言うとおり試してみるよ」
男は合点がいったような表情を浮かべている。
「じゃあ、後ろで待っててちょうだい。まだまだ掘り手は雇うつもりだから」
「……分かった」
男はアキたちの後方まで歩いていくと大きく目を見張った。
少年と女獣人と魔物たちが酒盛りをしているからだ。
「ここで飲んでるってことは、あんたらも掘り手の移動待ちなのか?」
男は訝しげな眼差しをシルルンに向けた。
「ヒック、そんなわけないじゃん。ていうか、その痩せた体で掘り手はキツイんじゃないの?」
シルルンは心配そうな顔をした。
「まぁ、そうなんだが、やってみないと分からないだろ? それに他は奴隷の募集ばかりで選べる状況でもないんでな」
男はそう言いながら、シルルンの傍に移動した。
「あはは、ヒック、そうなんだ。食べるかい?」
シルルンは魔法の袋から干し肉を取り出して、男に見せた。
「い、いいのか?」
男はゴクリと喉を鳴らした。
「まぁ、僕ちゃんもそんな痩せた体でいきなり掘れとは言わないから、ゆっくり体を作ってからやればいいと思うよ」
シルルンは干し肉を男に手渡した。
「す、すまない……」
男は干し肉を受け取ると、獣のように食らいついた。
しかし、彼はシルルンが雇い主だとは微塵も思っておらず、この酔っ払いは何を言ってるんだと思っていた。
「俺は採掘経験者だ。一日あたりの日当はいくらなんだ?」
ゴツイ男がドスの利いた声で言い放つ。
「そんなの分かんないわよ。立て札看板にも書いてあるでしょ、報酬は能力によるって」
「あぁ? お前は人を舐めてるのか? 立て札看板でこと足りるなら、お前は何のためにそこに立ってるんだ?」
ゴツイ男の目は異様に殺気立っていた。
「あんたみたいなのを雇わないためよ!!」
アキは怒りの形相で言い放った。
ゴツイ男とアキは対峙して、火花が散るほど睨み合っている。
「ヤ、ヤバイってあの子……」
「こ、殺されちまうぞ……」
難民たちは一歩も引かないアキの態度に絶句している。
「……まぁ、待て。鉱山は発見したばかりで掘り手が二十三人しかいないのが現状だ」
ゼフドは睨み合う二人の間に平然と割って入った。
「……」
ゴツイ男は細い目をよりいっそう細めて、ゼフドを睨みつける。
「その中で男は十人だけでその全員が熟練炭鉱夫だ。あんたはその熟練炭鉱夫の下についてもらう」
ゼフドはゴツイ男の顔を正面から見据えた。
「ほう……」
「そして、あんたの腕は熟練炭鉱夫に評価され、採掘責任者に報告されて採掘責任者と拠点責任者が協議し、あんたの日当が決まる」
ゼフドは難民たちを見渡しながら言った。
彼の声は低いがよく通る声で、説得力があった。
「……なるほどな。だが、結局は分からんということだな」
ゴツイ男は複雑そうな顔をした。
「その通りだが、あんたのような経験者は優遇するよう俺からも打診するつもりだ。それでどうだ?」
ゼフドは瞳に強い意志を込めて、ゴツイ男を見つめた。
「……ほう、そこまで言うなら、あんたのところで働かせてもらうとしよう」
ゴツイ男は今まではとは打って変わり、屈託のない笑みを浮かべた。
「助かる……俺たちは掘り手をまだまだ雇うつもりだ。どこか適当な場所で待機していてくれ」
「分かった」
ゴツイ男は頷いて歩き出し、目を見張った。
酒盛りをしている連中がいるからだ。
「お前たちも移動待ちなのか?」
「ヒック、飲みたいから飲んでるだけだよ。おっちゃんも飲むかい?」
シルルンは魔法の袋からコップを取り出した。
「おっ? いいのか?」
ゴツイ男はシルルンからコップを受け取り、シルルンはコップにブドウ酒を注いだ。
「うん、ヒック、ていうか、さっきはケンカにならなくて良かったよ。あの立て札看板書いたの僕ちゃんなんだよね。日当も書いとくべきなんだけど僕ちゃん知らないんだよ」
シルルンは申し訳なさそうな顔した。
「……」
(このガキは何を言ってるんだ?)
ゴツイ男は訝しげな顔をしながら、コップの酒を一気にあおった。
「ねぇ、掘り手は女でもできるのかい?」
十人ほどの酷く痩せこけた女たちがアキに尋ねた。
「無理なんじゃない?」
アキはバツが悪そうに目をそらした。
「どんな雑用でもやるから雇ってもらえないだろうか? 私たちはもう何日も何も食べてないんだ……」
女たちは苦渋の表情を浮かべている。
「……今回は掘り手の募集だから無理よ。隣のスライム適性は調べたの?」
「もちろん調べたけどダメだった……私たちは多くは望まない……日に一度の食事でいいから雇ってもらえないだろうか?」
女たちは縋るような目でアキを見つめている。
「……悪いけど無理よ。他をあたってくれないかしら」
アキは顔を背けて、きつく唇を噛みしめた。
「……そ、そうか」
女たちはがっくりと肩を落して、女たちの顔から希望の色が消えていく。
そして、周辺は重い空気に包まれた。
「……わ、私、マスターに聞いてきます!!」
元娼婦たちの一人が血相を変えて、シルルンの元に駆け出した。
「マ、マスター!? お願いがあります!!」
元娼婦は地面に突っ伏して、頭を地面につけたままシルルンに向かって叫んだ。
「ん? ヒック、頭をあげなよ。で、いきなりどうしたの?」
シルルンは軽く眉を顰めている。
「もう、何日も何も食べてない女の人たちがいるんです。雑用でもなんでもするそうなんで雇ってあげてほしいんです!! お願いします!!」
元娼婦は頭を地面につけたまま、一気にまくしたてた。
「ヒック、僕ちゃんは頭をあげろと言ってるんだよ」
「す、すみません……わ、私が雑用の他にも選鉱や料理も教えますから、ど、どうか、どうか雇ってあげてください!! お願いします!!」
頭をあげた元娼婦は感極まって顔をぐちゃぐちゃにして、泣きじゃくりながらシルルンに哀願した。
「どうかお願いします!!」
元娼婦たちも駆けつけて、地面に突っ伏して頭を下げた。
彼女らは地獄だった娼婦時代を思い出し、その記憶が難民の女たちに重なって見過ごすことはできなかったのだ。
「……まぁ、ヒック、働くんならいいんじゃない?」
「えっ!? いいんですか!?」
元娼婦は驚いて大きく目を見張った。
「うん、いいよ。ヒック、そんなにお願いされたら断れないじゃん」
シルルンは自嘲気味に肩をすくめた。
「あ、ありがとうございます!!」
元娼婦たちは満面の笑みを浮かべて、難民の女たちに向かって走り出した。
「あ、あなたたち、雇ってもらえることになったわよ!!」
元娼婦は会心の笑顔を見せた。
「……あぁ、あんたらの行動は見ていた。なんで、見ず知らずの私らにそこまでしてくれるんだ?」
難民の女たちは不可解そうな表情を浮かべている。
「それは私たちも難民だったからよ。その辛さは誰よりも分かってるわ」
元娼婦たちは深刻な表情を浮かべている。
「そ、そうだったのか……なんにせよ、私らはあんたらに返しきれない恩を受けた。私らはあんたらの下につかせてもらうよ」
難民の女たちの瞳から感謝の涙が溢れ出ていた。
「な、何を言ってるの!? あなたたちを受け入れてくれたのはマスターよ」
元娼婦たちの顔が困惑に染まる。
「それは分かっている。けど、私らが受け入れられたのはあんたらが動いてくれたからだ」
「……もう、困らせないでよ」
元娼婦たちは弱りきった表情を浮かべている。
「そんなつもりはない。雇い主の命令はちゃんと聞く。けど私らの心の主人はあんたらだ」
難民の女たちは恐ろしく真剣な表情を浮かべている。
だが、静観していた女難民たちが、元娼婦たち向かって押し寄せた。
「私も雇ってよ!!」
「なんでもするから雇ってよ!!」
「ちょっと邪魔しないでよ!!」
「お願い!! お願いだから雇ってよ!!」
女難民たちは必死の形相で元娼婦たちに訴える。
「ちょ、ちょっと皆さん落ち着いてください!?」
元娼婦たちは真っ青な表情で息を呑む。
「まぁ、こうなるとは思ってたけどね」
(一人でも受け入れれば、際限なく増えるのは当たり前の話よ)
アキはやれやれといわんばかりの露骨な表情を浮かべた。
「……だな」
ゼフドは同調して頷いた。
「は、話を聞くのでこっちへ来てください!!」
元娼婦たちはそう叫んで後退したが、女難民たちは次々に押し寄せた。
ゼフドは苛立たちそうに女難民たちに向かって歩き出す。
「ここまでだ!!」
ゼフドは女難民たちに割って入り、女難民たちを分断した。
「そ、そんな!?」
「私も入れてよ!!」
「ずるいわよ!!」
分断された女難民たちがゼフドに抗議した。
「黙れ!! 際限なく雇えるわけがないだろが!!」
ゼフドは不快そうに女難民たちを怒鳴りつけた。
「はいは~い、あとは他をあたってね~」
アキは怯んだ女難民たちを押し返していく。
ゼフドは立て札看板まで戻り、女難民に囲まれている元娼婦たちを見つめて大きく溜息を吐いた。
押し寄せた女難民の数が千人を軽く超えているからだ。
「どうするのよこれ?」
「……シルルン様がこの数を受け入れる気があるのかが問題だな」
アキの言葉に、ゼフドは沈痛な面持ちで返した。
しかし、シルルンはそんなことには気づきもせず、五本目のブドウ酒を飲み始めてヘロヘロになっていたのだった。
樽の上のパプルはビクビクと身体を震わせた。
「おめでとうございます」
樽の前には白で統一された装備を身に着けた優男が立っており、メイはにっこりと微笑んだ。
すでにスライム店員は女二名が合格しており、目の前の男が三人目の合格者だ。
パプルは眠たそうな表情を浮かべており、樽から飛び降りてシルルンのシャツの中に入った。
それを見たメイは、立て札看板を地面から引き抜いて、地面に伏せた。
「勤務地はトーナの街ですがいつから働けますか?」
メイは目の前の男に尋ねた。
「美しい……君はなんて美しいんだ!!」
男は感嘆の声を上げた。
「……」
その言葉に、メイは胡散臭そうな顔をした。
「俺は冒険者だからスライム店員なんかに興味はない」
男は涼しげな表情を浮かべている。
「……それでは辞退するということでよろしいのですね?」
「いや、俺の目的は君だ。君が美し過ぎるから俺はここに導かれたのだ。君との繋がりを切るなんてありえないことだ」
男は大げさな身振り手振りを交えながら訴えた。
「……では、スライム店員になるのですね?」
メイはむっとしたような顔で尋ねた。
「いや、スライム店員にはならない。逆に君がスライム店員を辞めるといい」
男は当たり前のように言った。
「……あなたはさきほどから何を言っているのですか?」
メイの声には非難の色が混ざっていた。
「俺は絶対に君を幸せにしてみせる。俺と結婚してくれないか」
男はメイの前で跪き、メイの手を取って愛の告白をした。
「お断りします」
メイは不快そうな顔で即答した。
「ぎゃははははは!?」
「なんだこいつ!? いきなり振られてやがる!!」
遠巻きに状況を静観していた難民たちが爆笑した。
「な、なぜだ!? 他に好きな男でもいるのか?」
男は恐ろしく真剣な顔つきでメイに尋ねた。
「特に理由はありません。ですが、私の身分は奴隷ですので勝手な行動はできません」
「なっ!? き、君ほどの者が奴隷なのか!? ……君のマスターはどこにいるんだ?」
男の目は異様に殺気立っている。
「……そのような目をされる方に、主人の所在を教えるわけにはいきません」
メイは冷たい目の色で蔑むように男を見つめた。
「なっ!? わ、分かった……君のマスターには手を出さないことを君に約束する。だから君のマスターと話をさせてくれないか?」
男は顔面蒼白になりながらも、必死の形相で訴えた。
「……約束されても私はあなたのことを信用できません。ですのでリスクを回避したいと思います」
メイはシルルンの元まで移動すると、男も慌ててメイを追いかけた。
「ラーネさん、この方がシルルン様にお話があるようなのですが、何かあるようならお願いします」
「フフッ……あなたが私にお願いするなんて珍しいわね」
ラーネは不敵に笑った。
「肩にスライムをのせてお酒をお飲みになられている方が、私のマスターのシルルン様です」
「ありがとう。では話をさせてもらうよ」
男は嬉しそうに頷いて、シルルンの前に移動した。
「君がシルルンかい? 俺はセルガードという者だ。君と話がしたいんだ」
「えっ!? ヒック、何の話?」
シルルンは怪訝な表情を浮かべている。
「スライム店員を募集している可憐なメイドは、君の奴隷だと聞いたんだが間違いないかな?」
セルガードは探るような眼差しをシルルンに向けた。
「うん、ヒック、メイは僕ちゃん奴隷だよ」
「「!?」」
(ま、まさか目の前の少年は雇い主なのか?)
ゴツイ男と痩せこけた男は顔が青ざめて固唾を呑んだ。
「おぉ、名前はメイというのか!? こんな美しい響きの名前は聞いたことがない!! メイ、メイ……」
セルガードは歓喜に身体を震わせている。
「ぷっ!? ヒック、聞いたことがないっていうのは大げさだろ」
シルルンは呆れたような表情を浮かべている。
「メイ……メイ……メイ……メイ……」
しかし、セルガードはメイの名前を呟やき続けて、シルルンの言葉など聞いてはいなかった。
「で、ヒック、君はいったい何の話があるんだよ!?」
シルルンは苛立たしげに声を強めた。
「そ、そうだった。……俺はメイに心を奪われた。絶対に幸せにしてみせる!! 絶対にだ!! だから、メイと結婚させてくれ!!」
はっとしたような顔をしたセルガードは、シルルンと鼻が接触するような距離で言い放ち、セルガードの唾がシルルンの顔にビチャビチャと掛かった。
「……うん、ヒック、君の気持ちは分かったけど、問題はメイの気持ちだね……」
シルルンは魔法の袋からハンカチを取り出して顔を拭いた。
「……シルルン様、私はこの話をお断りしました」
メイは真面目な硬い表情で言った。
「えっ!? ヒック、じゃあ、ダメじゃん」
シルルンは目をパチクリさせて、顔をセルガードに向けた。
「い、いや、ちょ、ちょっと待ってくれ!? それはメイが君の奴隷だからだろう!!」
セルガードは非常に狼狽えた様子で叫んだ。
「メイ、ヒック、セルガードに正直な気持ちで答えてあげなよ。これは命令だよ」
シルルンは真剣な表情でメイに言った。
「お断りします」
「速ぇなっオイッ!!」
シルルンはびっくりして目が丸くなり、顔をセルガードに向けた。
「いやいやいやいや、俺は認めない。君らはこういうことがあることを想定して初めから仕込んでいるんだろ。例えば「これは命令だよ」と言うと違うことを言うようにとかね」
セルガードは自信に満ちた表情で言った。
「横から悪いが、そもそも奴隷なのにそんなことをする意味がどこにあるんだ?」
ゴツイ男は訝しげな顔でセルガードに尋ねた。
「奴隷だけど実際には惚れられているってことを演出しているのさ。要はプライドの問題だ」
セルガードは勝ち誇ったような顔をした。
「なるほどな……しかし、動機としては弱いな……」
ゴツイ男は腕を組んで唸っている。
「ヒック、じゃあ、どうしたら君は納得するんだい?」
シルルンは馬鹿を見るような目でセルガードに尋ねた。
「ここに一億円がある。メイに値段をつけることはできないが、俺の手持ちは今はそれしかないんだ。必要なら後でいくらでも払う。だからメイを奴隷から開放してくれ。頼む!!」
セルガードは神妙な面持ちで腰に下げていた硬貨袋を外して、シルルンの手に押しつけた。
「い、一億だと!?」
ゴツイ男と痩せこけた男は目を見張った。
「いや、ヒック、お金じゃないんだよね。メイ自身が奴隷契約を望んでるから、ヒック、僕ちゃんが勝手に奴隷契約を破棄できないよ」
「おい、嘘をつくな。望んで奴隷になる奴がいるわけないだろ?」
セルガードは得心のいかないような顔をした。
「それについては俺もそう思うぜ」
ゴツイ男は顔を顰めて、セルガードに同調した。
「う~ん、ヒック、だったらメイに聞いてみたらいいじゃん」
「いや、それだとさっき言ったように君はメイに仕込んでいるのだから、結果は変わらないだろう」
セルガードはしたり顔で言った。
「僕ちゃんは、ヒック、約束を軽視したくないんだよね。だから、この話はなかったことにするよ」
シルルンはセルガードに硬貨袋を投げ返した。
「なっ!?」
セルガードは面食らったような顔をした。
「シルルン様、奴隷契約の破棄をお願いします」
メイは思いつめたような表情を浮かべている。
「えっ!? ふはははははは!! そりゃそうだろう!! これで君はメイとの奴隷契約を破棄しなければいけなくなったね」
(この少年は自ら墓穴を掘ったんだ!!)
セルガードは呆けたような表情を晒していたが、一変して高笑いした。
「うん、ヒック、分かったよ……僕ちゃんはメイの奴隷契約を破棄する!!」
シルルンは自分の胸から取り出した奴隷証書に奴隷契約の破棄を宣言するとシルルンの手から奴隷証書が四散し、メイの胸の中にあった奴隷証書もそれと同時に四散したのだった。
「シルルン!! 君に心から礼を言う。これは君の物だから受け取ってくれ」
セルガードはシルルンに深々と頭を下げた後、硬貨袋を再びシルルンの手に握らせた。
「……ヒック、別にいらないんだけどね」
シルルンは眉を顰めて苦笑した。
しかし、セルガードはシルルンの声など聞いておらず、意気揚々とメイの元に立った。
「俺は絶対に君を幸せにしてみせる。俺と結婚してくれないか」
セルガードはメイの前で跪き、メイの手を取って再び愛の告白をした。
「お断りします」
メイは嫌そうな顔で、冷ややかな声で言った。
「速ぇなっオイッ!!」
(でも何で断ったのか分からないね……)
シルルンは困惑した表情を浮かべている。
「ぷっ!!」
「また振られてやがる!!」
遠巻きに状況を静観していた難民たちは状況を静観していた難民たちが失笑した。
「そ、そ、そんな馬鹿なぁ!?」
セルガードの顔は生気がごっそり抜け落ちて、視点の定まらない目でメイを見ている。
「サッパリ分からんな……奴隷契約を破棄したのはセルガードと結婚するためではなかったのか?」
ゴツイ男は不可解そうな表情を浮かべている。
「ヒック、そんなの僕ちゃんに聞かれてもヒック、分かんないよ」
シルルンは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「……まだだ、まだ俺は諦めないよ。諦めるわけがない……」
セルガードは放心した虚ろな顔で呟いている。
「おい……ひとまずはその辺にしておけよ……」
男がセルガードの肩を掴み、セルガードはゆっくりと振り返る。
「セリックか……」
「……押してだめなら引いてみろって言うだろ」
「そうだな……今日のところは引き上げることにしょう。また逢おうメイ……」
そう言って、セルガードは肩を落として去っていった。
「それ、ヒック、ジェリーフィッシュ種だよね?」
シルルンは興味深げな眼差しを男の足元にいるクラゲの魔物に向けた。
「あぁ、そうだ。そういうお前の肩にのってるのはスライムか?」
「うん、そうだよ。ヒック、僕ちゃんはシルルンっていうんだよ。ヒック、ジェリーフィッシュ種はどこで捕まえたの?」
「俺は名はセリックだ。ジェリーフィッシュ種はマジクリーン王国にいる」
「そうなんだ、ヒック、マジクリーンにいるんだ。教えてくれてありがとう。ヒック、機会があれば捕まえてみるよ」
「物好きだなお前も。ジェリーフィッシュ種はすごく弱い魔物だぞ。お前のスライムも弱いだろ?」
「えっ!? プルとプニは結構強いよ。『触手』で殴ったりできるし」
シルルンは自信ありげな表情を浮かべている。
「わはは、嘘をつけ!! スライムが強いわけがないだろう。俺もジェリー(セリックが連れてるペットの名前)を鍛えるのに苦労してるしな」
セリックは深刻な表情を浮かべている。
彼は魔物使いだが、その体は鍛え上げられたガチムチだ。
その理由はジェリーが弱すぎて、セリックが魔物をぶちのめしているからだ。
「あはは、ヒック、プルとプニは特別だから強いんだよ」
シルルンはフフ~ンと胸を張った。
「おいおい、しつこいぞ!! そんなにいうなら俺を殴ってみろ」
セリックはプルに向かって指をクイクイして挑発した。
「プルスクリューパンチデス!!」
プルは触手の先端部分を拳に変え、体から拳までの触手をミリミリと圧縮しながらキリキリと捻ってパンチを放った。
「ぶふぅ!?」
プルのパンツがセリックの顔面に突き刺さり、セリックは鼻血を噴出して大きく目を見張った。
「おかしいデス!! 倒れないデス!?」
プルは不満そうな顔をした。
セリックは鼻血を垂らしながら、シルルンの前まで移動した。
「お前すげぇなっ!? どうやってスライムをこれほどまでに鍛えたんだ!?」
セリックは全身を震わしながら感嘆の声を上げた。
「ヒック、だから、ヒック、プルとプニは特別だって言ってるじゃん!!」
「いや、きっと何かあるはずだ。頼むからそれを教えてくれないか」
セリックは真剣な硬い表情を浮かべている。
「う~ん……」
シルルンは『魔物解析』でレッサー ジェリーフィッシュを視た。
すると、レベルが一だった。
「てか、ヒック、レベルが一じゃん!! どんだけ甘やかしてんだよ!!」
シルルンは呆れたような表情を浮かべる。
「い、いや、弱らせたレッサー ラットを攻撃させようとするんだが、怖がりな上に優しいから触手で『麻痺』させて戻ってくるんだ」
セリックは乾いた声で笑った。
シルルンは視線をセリックの後ろに隠れて様子を窺うピンク色のレッサー ジェリーフィッシュに向けた。
「へぇ、僕ちゃんが一番欲しいカラージェリーフィッシュだよ」
シルルンは嬉しそうな顔をした。
ジェリーはシルルンと目が合うと、セリックの後ろから出てきてシルルンを見上げた。
シルルンはジェリーの頭を優しく撫でた。
ジェリーは嬉しそうだ。
「……お、お前……ほ、本当にすげぇなっ!! ジェリーは人見知りで俺以外に体を触らせた奴は今まで一人もいなかったんだぞ……」
セリックは感心したような顔をした。
「う~ん……ヒック、『麻痺』しかできないんなら『麻痺』ばっかりやらせればいいんだよ。ヒック、それでもレベルは上がるからね」
「何ぃ!? そ、それは本当なのか!?」
セリックは雷に打たれたように顔色を変える。
「ヒック、うん、本当だよ。ただ、気が遠くなるほど繰り返さないといけないし、ヒック、結局はレベルが上がっても敵を倒せないという問題はそのままだけどね」
「いや、レベルがあがるだけでも十分だ。お前もその方法でスライムのレベルをあげたのか?」
「ううん、ヒック、さっきもいったけどプルとプニは強いから、そんなことする必要はないんだよ、ヒック」
シルルンは自慢げに言った。
「……」
(このスライムのレベルはいくつなんだ?)
セリックは『魔物解析』でプルとプニのレベルを視た。
「なっ!? レベル九十九……カンストしてるのか……」
セリックはガツンと頭に衝撃を受けたような顔をした。
「あはは、ヒック、まぁね。けど、進化条件が分からないんだよね」
「こ、今後は師匠と呼ばせてもらうことにする」
セリックは尊敬の眼差しをシルルンに向けている。
「えっ!? ヒック、気持ち悪いからやめてよ」
「いや、師匠と俺は呼ぶ。とにかく、師匠がいったことを試したいから俺はこれで失礼する」
セリックはシルルンに頭を下げた後、足早に去っていったのだった。
「シルルン様、今までお世話になりました」
メイは悲しげな表情で、シルルンに深々と頭を下げた。
「ヒック、うん、これを持っていくといいよ」
シルルンはセルガードが残していった硬貨袋をメイに手渡した。
「シルルン様、これは頂けません」
メイはシルルンに丁重に硬貨袋を返した。
「でも、ヒック、メイはお金持ってるの? ヒック、行くあてはあるのかい?」
シルルンは戸惑うような表情を浮かべている。
「……失礼します」
メイは憂鬱そうな表情で踵を返して歩き出した。
しかし、そこにアキとゼフドが立ち塞がる。
「……」
三人は見つめ合うだけで何も語らない。
同時期にシルルンつきの奴隷として共に邁進した絆があるからだ。
「……私にはどうしてもシルルン様が嘘つき呼ばわりされたことが我慢できませんでした」
メイは悔しそうに固く唇を噛みしめている。
彼女は自分の意思でシルルンの奴隷になったが、セルガードがそれを嘘だと断じたのだ。
この瞬間、メイは反論しようとしたがなんとか思いとどまった。
だが、話の流れは変わらずにシルルンが嘘つきのまま話が決着しそうになり、メイは頭ではここで動いてはいけないと分かりつつもシルルンに奴隷契約の破棄を申し出てしまった。
無論、それはシルルンの潔白を証明するためだ。
しかし、潔白が証明されたはいいが、メイから奴隷契約の破棄を申し出ておいて、再び、シルルンの奴隷にしてくれと器用に立ち回れる人間ではなかった。
そもそも、シルルンが言ったように、約束を軽視したくないという言葉や、シルルンの母であるメアリーと約束したシルルンの力になるという約束すら、無意識に体が動いたとはいえ破ったことになり彼女にとってこの約束は軽いものではなかった。
「……そうか」
(俺も同じことをしたかもしれんな……)
ゼフドの拳はきつく握られ血が滴り落ちていた。
「……私はここまでですが、どうか二人はシルルン様をお願いします」
メイはアキとゼフドの間を通りぬけて歩き始めた。
「メ、メイ!? い、行ったらダメよ!!」
アキがメイを追いかける。しかし、ゼフドがアキの腕を掴んでアキを止めた。
「……やめろ、メイが決めたことだ」
そう言うゼフトの顔は鬼の形相を浮かべていた。
「だ、だってあの顔は死……」
アキの目の中に絶望の色がうつろう。
「メイ!!」
シルルンは顔を強張らせて声を張り上げた。
その言葉に、メイは歩みを止めた。
シルルンは酒盛りしていた場所からメイの後ろまで歩いていく。
「一応、聞いてみるけどスライム店員をやる気はないかい?」
「……わ、私は奥方様との約束を破ってしまったのです……」
メイは悲痛な表情を浮かべて、弱弱しく言った。
「ていうか、奴隷契約を破棄したからってなんで約束を破ったことになるの?」
「そ、それは、シルルン様の奴隷として力になると奥方様に誓ったからです」
「うん、あたり前だけど奴隷契約の破棄は僕ちゃんしかできないんだよ。つまり、メイには破棄できないんだからメイには関係ない話じゃないの?」
「で、ですが私がシルルン様に奴隷契約の破棄を申し出ましたのでそれ自体が裏切り行為になると私は思うのです」
「だったら例えば、僕ちゃんが悪人に捕まってメイの奴隷契約の破棄を要求されたとして、それを知ったメイが奴隷契約の破棄を申し出たとしても裏切り行為になるのかい?」
「そ、それはシルルン様をお守りするためですので裏切り行為ではないかと思います」
「うん、僕ちゃんを守るためだったら奴隷契約の破棄は裏切り行為じゃないってことだよね。つまり、今回もそれがあったってことだよね」
「――っ!?」
メイははっとしたような顔した。
「だったらいいじゃない」
シルルンは穏やかな表情で言った。
その言葉に、メイは感極まって顔を両手で覆って泣き崩れた。
「アキとゼフドもそう思うよね?」
「はい!!」
「はっ!!」
アキとゼフドは安堵したように微笑んだ。
ちなみに今回の影の功労者はプニだ。
彼はシルルンが唸っているのを目の当たりにして、頭が痛いのだと思ってキュアの魔法で酒という毒を消したからだ。
これにより、シルルンはメイを引き止めることができたのだ。
しかし、アキに「メイをまた奴隷にしてあげて下さい」と懇願され、シルルンは再び、困惑したのだった。
それから数時間が経過する。
「シルルン様、募集人数の途中経過をご報告いたします。スライム店員が女性が二名、掘り手の男性が五百名、雑用の女性が千名となっております」
「へっ!? 雑用の女性が千名って何?」
シルルンは驚いて目を白黒させる。
「シルルン様が女性の雑用を雇ってもよいと了承なさったので、一気に押し寄せたのです」
「マ、マジで……」
(多くても二、三十人だと思ってたよ……)
シルルンは呆けたような表情を浮かべている。
「契約内容は日に一食というものです。人数を絞りますか?」
「い、いや、そんなことをしたら暴動になるかもしれないよ。ていうか、掘り手が五百人も集まったんならそろそろ引き上げ時だね」
「分かりました。アキとゼフドに伝えてきます」
メイはシルルンに一礼して、アキたちのほうに歩いていく。
「シルルン様がそろそろ引き上げると仰っています」
「あは、分かったわ」
アキは立て札看板を引き抜き、メイに渡した。
すると、二人組の男がゼフドたちの前に歩いてきた。
「おい、ここはガダン様の縄張りだ!! 何やってんのか分かってんのか!!」
二人組の男は怒りの形相で叫んだ。
怒鳴っている男は軽装で髭面だが、もう一人の男は鉄の装備を身に着けていた。
「ふっ、それがどうした?」
ゼフドが鼻で笑う。
「なっ!? ガダン様に逆らうとどうなるか分かってんのか!?」
「どうなるんだ?」
ゼフドは不敵に笑った。
「おい、体に教え込んでやれ」
髭面の男がもう一人の男に目配せすると、男は剣を鞘から抜いて構えた。
しかし、ゼフドは裏拳を繰り出して男の顔面に叩き込み、男は一撃で失神して倒れた。
「ば、馬鹿なっ!?」
髭面の男の両眼が隠しきれない驚愕に染まった。
「こ、こんなことをしてただで済むと思うなよ!?」
髭面の男は倒れた男を放置したまま、必死の形相で逃げ出した。
「くくく、追いかけるとするか」
「あは、私も行くわ」
ゼフドとアキは歓喜に顔を輝かせて、髭面の男を追いかけたのだった。
「シルルン様、ご報告致します。アキとゼフドがガダンという者の拠点に乗り込みました」
メイは不安そうな表情を浮かべている。
「えっ!? ガダンって誰なんだよ!?」
シルルンは不可解そうな顔した。
「はい、この辺りの支配者だと思われます」
「えっ!? 相手はこの国の貴族ってこと?」
シルルンはびっくりして目が丸くなる。
「いや、ガダンはこの辺りを仕切ってる奴隷商人の一人だ。おそらく、大量に難民を雇ったのが気に入らないんだろうな、奴らからすれば難民は収入源だからな」
ゴツイ男は難しそうな顔した。
「えっ!? 商人なんだ」
(だったら、問題ないじゃん)
シルルンは安堵したような顔をした。
「で、どうするつもりなんだ?」
ゴツイ男は渋い顔でシルルンに尋ねた。
「まぁ、話し合いで解決できたらいいけど、最悪、戦うことになるだろうね」
シルルンは複雑そうな顔をした。
「おいおい、勝算はあるのか?」
ゴツイ男は訝しげな眼差しをシルルンに向けた。
「それについては負ける気はしない」
シルルンは瞳に強い決意を滲ませている。
「なっ!?」
ゴツイ男は目を大きく見開き、絶句したのだった。
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