83 プルとプニ初めての本屋
シルルンたちは奴隷屋の長い階段を下りて端に寄った。
「う~ん、人通りが多すぎるね」
(『瞬間移動』はできるだけ見られたくない……)
シルルンはめんどくさそうな顔をした。
奴隷たちは四十五人もいるので注目の的で、四人いる牛の獣人の女たちが子供の獣人たちを優しく宥めていた。
彼女らは、人族よりの獣人で痩せこけている割には、とんでもない巨乳だった。
子供の獣人は十人が人族寄りで、残りの十人が獣寄りだ。
だが、子供の獣人たちは不安そうな表情を浮かべて落ち着きがなく、その瞳には明らかに怯えの色が窺えた。
「子供は僕ちゃんの前に並んで」
シルルンはにっこりと微笑んだ。
子供の獣人たちは恐る恐るといった感じで、シルルンの前に集まった。
シルルンは魔法の袋から干し肉を取り出して、子供の獣人たちに手渡していく。
「た、食べていいの?」
子供の獣人たちは瞳を輝かせた。
「あはは、食べていいよ」
シルルンはにんまりと笑った。
「わ~っ!! ありがとう!!」
子供の獣人たちは干し肉にかぶりついて歓喜の声を上げた。
「ん?」
(何か視線を感じるね)
シルルンは不意に振り向いた。
すると、奴隷たちがシルルンを見ていたが、すぐに目を逸らした。
「……お腹が減っている人は手を挙げて」
その言葉に、奴隷たち全員がビシッと手を挙げた。
シルルンは魔法の袋から干し肉を取り出して、奴隷たちに配った。
奴隷たちは干し肉を貪り食っており、通行人たちはそんな奴隷たちの姿を不審げな眼差しを向けて通り過ぎていき、シルルンは乾いた笑みを浮かべるのだった。
シルルンたちはメイン通りを歩きながら路地に入るが、狭すぎて再び出てきてメイン通りを歩き、また路地に入ることを繰り返して時間は掛かったが、四十五人が入れる路地裏を発見し、シルルンは安堵したような顔をした。
「じゃあ、皆は手を繋いでね。絶対に手を離したらダメだよ」
奴隷たちは頷き、シルルンたちは『瞬間移動』で掻き消えて、鉱山の拠点の前に出現する。
「ご、ご主人様!? こ、ここはどこですか!?」
セーナは辺りを見回して不思議そうな顔をした。
奴隷たちも辺りを見回して驚き戸惑っている。
「うん、ここは僕ちゃんの拠点だよ。『瞬間移動』でここまで飛んだんだよね」
シルルンはしたり顔で言った。
「なっ!?」
奴隷たちは驚きのあまりに血相を変える。
「じゃあ、洞穴の中に入るよ。ついてきてね」
シルルンが洞穴の中に入ると、奴隷たちはシルルンの後を追いかけた。
「な、なんだこりゃ!?」
「い、石で坑内を補強しているのか!?」
「こんなん初めて見たぜ……」
炭鉱夫たちの顔が驚愕に染まる。
シルルンはホールの中央まで進んで、歩みを止めて振り返った。
奴隷たちも足を止めて、辺りを見回している。
「最初に言っておくけど僕ちゃんの職業は魔物使いなんだよ。だから、この洞穴にいる魔物は僕ちゃんのペットだから怖がることはないからね」
奴隷たちは神妙な面持ちで頷いた。
「それで何か質問はある?」
シルルンは奴隷たちの顔をゆっくりと見渡した。
「長年、炭鉱夫をやっていた者から言わせてもらうと、ここは石で補強してあることには驚いたが他がなってねぇ。まず、採掘した鉱石を中央に置いてるのは無用心じゃないか?」
ガチムチの男が言い放った。
彼はセーナが最初にシルルンに薦めた炭鉱夫で、名はシャットという。
「う~ん、そうだねぇ」
シルルンは納得したような顔した。
「まぁ、俺たちは奴隷だから盗むことはできないが、俺たちを買ったということは掘り手を雇う予定なんだよなぁ?」
「うん、どんどん雇う予定だよ」
「だよなぁ、だったら対策はしといたほうがいいぜ。それと出入り口に門番すらいないのはダメだろ」
「だよねぇ」
(そこは分かってるんだけど、人がいないんだよね……)
シルルンは複雑そうな顔をした。
そこにメイたちとリジルが、シルルンたちに向かって歩いてきた。
「シルルン様、お帰りなさいませ」
メイはにっこりと微笑んだ。
グレイとブラウンは鉱石を山ほど積んだ台車を押して進んでいき、中央の鉱石置き場で足を止めて、台車を傾けて鉱石を鉱石の山に流し込んだ。
エメラリーやスカーレット、バイオレットはメイたちを護っており、マーニャはメイに抱かれている。
「ま、魔物に台車を運搬させてるのかよ」
炭鉱夫たちは驚きのあまりに血相を変える。
「リジルはアミラたちと盗賊たちを呼んできてほしんだよ」
「分かったわ」
リジルは頷いて、風のように消えていく。
「シルルン様、この方たちはどうされたんでしょうか?」
メイは軽く眉を顰めた。
「うん、買ったんだよ」
「……」
(シルルン様は奴隷を買うことに躊躇いがあったはずです……)
メイは困惑した表情を浮かべている。
「で、彼女はこの拠点の責任者のメイだよ。分からないことがあればなんでも聞くといいよ」
「メイです。皆さん、よろしくお願いします」
メイは軽く頭を下げた。
「それで、セーナはメイの指示に従ってよ」
「分かりました」
セーナは頷き、メイの元まで歩るいていく。
「メイさん、よろしくお願いします」
セーナは深々と頭を下げた。
「こちらこそよろしくお願いします」
メイは深々と頭を下げてにこやかに微笑んだ。
「アミラさんたちを連れてきたわよボス」
リジルはそう言って、風のように消えた。
「彼女は採掘責任者のアミラだよ。採掘経験者の二十人はアミラの指示に従ってもらうよ」
採掘経験者たちは真剣な表情で頷いた。
ちなみに『強力』を所持する奴隷十人は女で、高い採掘スキルを所持する奴隷十人は男だ。
「聞いた通り、採掘を仕切ってるアミラだ。このポイントは掘り始めて間もないからあんたらを歓迎する」
「アミラ、今日は採掘しなくていいからね」
「はっ」
アミラは嬉しそうな表情で頷いた。
「で、牛の獣人たちと子供の獣人たちは、メイの指示に従ってもらうよ」
牛の獣人たちと子供の獣人たちは、メイを見つめながら頷いた。
「分かりました」
メイは素直に頷いた。
「まぁ、今日はいろいろ説明してあげて、働くのは体力が回復してからでいいからね」
その言葉に、奴隷たちは目を見張った。
彼らは馬車馬のように働かされると思っていたからだ。
「パプルちゃん、こっちでちゅよ~! 干し肉はここでちゅよ~!」
間の抜けた声が坑内に響き、奴隷たちは呆気に取られる。
ラフィーネは後ろ向きに歩いており、手には干し肉が握られていて、パプルがそれを追いかけているのだ。
彼女はパプルの親愛度を上げるために必死に餌付けしていた。
ラフィーネは石のテーブルまで移動すると、パプルが石のテーブルの上に跳びのった。
パプルは石のテーブルの上でピョンピョン跳ねている。
ラフィーネが干し肉をパプルの前に差し出すと、パプルはぱくっと干し肉を『捕食』し、ラフィーネはこぼれるような笑みを浮かべた。
「あのスライムはパプルって名前だけど、激しく弱いから叩いたりしたら死んじゃうからダメだよ」
シルルンは真面目な表情で子供の獣人たちに言った。
「はーい!!」
子供の獣人たちは手を上げて答えた。
そこに、リジルが男盗賊たちを連れて戻ってきた。
「ボス、連れてきたけどメットはビビィと狩りに出てるから近くにはいなかったわ」
「そうなんだ」
シルルンは辺りを見渡すとヴァルラを発見し、リジルと男盗賊たち、ラフィーネとヴァルラを連れて『瞬間移動』で掻き消えたのだった。
シルルンたちは第二区画の武器・防具屋の前に出現する。
「リジルたちにはアイテムを鑑定してきてほしいんだよ。ラフィーネとヴァルラはリジルたちのガードをお願い」
その言葉に、リジルたちとラフィーネは頷いたが、ヴァルラは酒の飲みすぎで千鳥足だ。
「ボス、どんなお宝なの?」
リジルは興味深げな眼差しをシルルンに向けた。
「うん、いっぱいあるよ」
シルルンは魔法の袋から宝玉と巨大な宝石を取り出し、リジルに手渡した。
「こ、これ絶対高いやつですよ!!」
リジルはうっとりした目で宝玉や宝石を見つめている。
「で、鑑定したやつは値段を紙に書いて、ひとつずつ袋に入れて分かるようにしてほしいんだよね。鑑定したアイテムがマジックアイテムだった場合、鑑定書を作成してもらってもいいからね」
シルルンは魔法の袋から、大量のアイテムが入った袋と一千万円をリジルに手渡した。
「こ、こんなにあるんですか!?」
リジルは袋の中を確認して、面食らったようなような顔をした。
「まだまだ、あるけどね」
その言葉に、リジルたちは大きく目を見張って息を呑んだ。
「とりあえず、大量の袋と人数分の紙とペンを買ってきて」
リジルが男盗賊の一人に金貨一枚を投げて渡すと、男盗賊は風のように消えていった。
「マスター!! あのお店はなんデスか?」
プルが『触手』を伸ばした先には、本の絵が描かれた看板が店の前に置かれていた。
「あはは、あれは本屋さんだよ」
「やっぱりデスか!! 欲しい絵本があるデス!! 買ってきていいデスか?」
「デシデシ!!」
「うん、行っておいで」
「買ってくるデス!!」
「デシデシ!!」
プルとプニは『浮遊』で浮き上がり、フワフワと本屋に向かって飛んでいった。
「た、大変です!? プルちゃんとプニちゃんが飛んでいきました!!」
ラフィーネは声と表情を強張らせた。
「うん、本屋に行ったんだよ」
「えっ!? そ、そんな……危ないです!! 危険です!!」
ラフィーネは深刻な表情を浮かべており、今にも飛び出していきそうだ。
「そんなに心配ならバレないように見てきたらいいじゃん」
「はい!! バレないように見守ります」
ラフィーネはプルとプニの後を追いかける。
「じゃあ、僕ちゃんも買い物にいってくるから鑑定は頼んだよ」
「了解、ボス」
シルルンは『瞬間移動』で掻き消えたのだった。
プルとプニは本屋の扉の前で止まった。
「ここデス!! このドアから入るデス!!」
「デシデシ!!」
プルは『触手』を伸ばして、ドアを掴んだ。
だが、扉が開いて、店の中から客が出てきた。
「ドアが勝手に開いたデス!!」
「デシデシ!!」
プルとプニは不可解そうな顔をした。
「あらあら、可愛いお客さんね」
扉を開けた婦人はにこやかに微笑んだ。
プルたちは店の中に突入した。
「広いデス!!」
「本もいっぱいあるデシ!!」
プルとプニはフワフワと浮きながら辺りを見渡している。
「うわっ!? スライムが浮いてる!?」
「か、可愛いわね」
「何か探してるみたいね……」
「きっと、迷子になったのよ。それで、ご主人様を探してるんだわ」
客たちは遠巻きにプルとプニを見つめている。
「おいっ!? なんだいありゃ!? うちの店に魔物がいるじゃないか!? 叩き出してやろうかい!!」
ゴツイ婆はホウキを手にして息巻いている。
「て、店長!? あれは有名なスライムのプルちゃんとプニちゃんですよ」
眼鏡をかけた女店員は呆れたような表情を浮かべている。
「なんだいそりゃ!?」
「えっ!? 知らないんですか!? あの『ダブルスライム』のペットちゃんじゃないですか!?」
「『ダブルスライム』は知ってるさ。この国の英雄の一人だろ」
ゴツイ婆はしたり顔で言った。
「だから、あのスライムちゃんは、その『ダブルスライム』のペットなんですよ!?」
「ほ、ほんとなのかいそりゃ?」
ゴツイ婆は信じられないといったような表情を浮かべている。
「ホントですってば!!」
「そ、それなら仕方ないねぇ」
ゴツイ婆はホウキを定位置に戻した。
だが、何者かがゴツイ婆の後ろでミスリルソードを抜き放ち、鎌首をもたげていたが、すぅ~と消えていった。
しかし、その何者かの手帳にはゴツイ婆の名前が書かれており、その横に三角のマークが書かれていた。
三角のマークの意味は要注意だ。
「でも、叩きに行かなくて良かったですよ店長」
「どうしてだい?」
「ピンクのほうのプルちゃんは近づきすぎると『ビリビリ』っていう電撃を出すんですよ。その電撃は冒険者でも失神するぐらいですから、店長なら死んでましたよ」
「なっ!?」
ゴツイ婆の顔が驚愕に染まる。
「あっちに行ってみるデス!!」
「デシデシ!!」
プルとプニはフワフワと店の奥に飛んでいった。
「奥にいっちまったよ。まぁ、なんかあったら責任はダブルスライムに取ってもらおうかねぇ」
「大丈夫ですよ。プルちゃんとプニちゃんは特別ですから」
プルとプニは本棚に並べられている本を見ていく。
「違うデス……ここにもないデス」
「……デシデシ」
プルとプニは本棚に並んでいる本を次々と確認していく。
「スライムちゃんが、う、浮いてる!?」
「わぁ~可愛いわね」
客たちはフワフワと通り過ぎていくプルとプニを見て振り返り、感嘆の声を上げた。
「ないデス……」
「あったデシ!!」
プニは平積みされた絵本の区画を発見して叫んだ。
絵本は人気があるので、特別区画を設けられていることがよくある。
プルとプニは嬉しそうに絵本の区画を見て回る。
「これデス!! この絵本デス!!」
「デシデシ!!」
プルは『触手』で絵本を取った。
絵本のタイトルは【ぶちのめしてやるⅡ】と書かれてある。
この絵本の内容は、自ら魔法を封印した大魔導師であるリッチが、拳で敵を倒していくという物語である。
プルとプニが『触手』を拳に変えて殴ったりしているのは、この絵本の影響だ。
だが、強敵と戦い追い込まれてピンチになると、自ら封印したはずの大魔法で敵を消滅させ「力こそ全てだ!!」と高笑いするのだ。
シルルンはタイトル詐欺だと絵本を投げ捨てたが、プルとプニはこの絵本をとても気に入っており、リッチが大魔法を使うシーンでは大喜びしているのだ。
なぜだか分からないがこの絵本は子供たちに絶大な人気を誇っていた。
「Ⅱと……Ⅲもあるデス!! 両方買うデス!!」
「デシデシ!!」
プルはⅢも取るが、プニは三冊持っていた。
「同じ絵本を買うデスか?」
プルは訝しげな顔をした。
「予備で買うデシ!!」
その言葉に、プルは納得したような顔をした。
プルたちは絵本を持って、カウンターに向かう。
「あれデス!! あそこでお金を払うデス!!」
「デシデシ!!」
プルとプニはカウンターにポヨンと着地し、絵本を置いた。
「ほぉ、こりゃ驚いたね絵本を持ってきたよ。だが、あげるわけにはいかないよ。欲しけりゃマスターを連れてきな」
「て、店長違いますよ。値段を言ってくれるのを待ってるんですよ。プルちゃんとプニちゃんは人族語を理解してるんですよ」
「ほ、本当かいそりゃ!? なら、ピンクのスライムは十万円。白いスライムは十五万円だよ」
プルとプニは口の中に『触手』を突っ込み、プルは金貨を一枚、プニは金貨を二枚取り出してカウンターに置いた。
「まあ~ほんとだよ!? スライムは賢いんだね」
ゴツイ婆は今までとはうってかわって上機嫌になる。
眼鏡の店員はプルとプニにおつりを渡しながら、ゴツイ婆をジト目で見つめる。
プルとプニはおつりと絵本を『捕食』して浮き上がる。
「また来ておくれよ」
上機嫌なゴツイ婆はプルの頭を撫でようと手を伸ばすが、その手は掴まれる。
「て、店長死ぬ気ですか!?」
「あっ、そうだった……か、可愛いものだからつい……」
プルとプニはフワフワと飛んでいき、本屋を後にした。
プルとプニの初めての買い物の一部始終を目に収めたラフィーネは、感激のあまりに目に涙が溢れていたのだった。
シルルンたちは第二区画で一番大きい雑貨屋に来ていた。
「大量購入するから偉い人を呼んでほしいんだよ」
シルルンは近くにいた店員に話し掛けた。
「それなら私で問題ありませんよ」
男店員は満面の笑みを浮かべる。
「じゃあ、この五万円のベッドは在庫はどのくらいあるの?」
シルルンは木製の一人用のベットを指差しながら尋ねた。
「そのベッドでしたら倉庫のほうに百台以上はあるかと……」
「じゃあ、百台買うよ」
「ひゃ、百台ですか!? ありがとうございます。ベッドの運搬は専用の馬車一台でベッド五台が限度ですので、馬車二十台分の運搬料金が別にかかりますがよろしいでしょうか? 」
「いや、だから偉い人を呼んでって言ったんだよ」
「……といいますと?」
店員は不可解そうな顔をした。
「うん、僕ちゃんなんでも入る魔法の袋を持ってるから、ここにベッドを持ってきてほしいんだよ」
「そ、そのような魔法の袋が本当にあるのですか?」
店員は信じられないといったような表情を浮かべている。
「じゃあ、やって見せるよ」
シルルンは展示されている5ベッドを魔法の袋に入れた。
「なっ!? 本当に存在したのですね」
店員は申し訳なさそうな表情を浮かべて頭を下げた。
「うん、だからここにあと九十九台のベッドを持ってきてほしいんだよ」
シルルンは魔法の袋から金貨袋を取り出して、店員に手渡した。
「か、かしこまりました。少々お待ち下さい」
店員は一礼して、どこかに歩いて行った。
シルルンたちはしばらく待っていると、店員が屈強な男たちを連れて戻ってきた。
屈強な男たちは肩にベット二台を担いでおり、シルルンの前に置いて去っていく。
「あと、このテーブルを二十台とこっちのテーブルも百台追加で」
シルルンは魔法の袋から金貨袋を取り出して、店員に手渡した。
「は、はい!! ありがとうございます!!」
店員はこぼれるような笑みを浮かべている。
シルルンは拠点で必要な物を次々に買っていき、店員は屈強な男たちに指示を出していく。
屈強な男たちは次々に商品をシルルンの前まで運び、シルルンは魔法の袋に買った物を入れていく。
買い物が済んだシルルンたちは『瞬間移動』で掻き消えて、店員は呆然と立ち尽くしたのだった。
シルルンたちは第二区画の奴隷屋近くに出現した。
そこからシルルンたちはブラックに乗って疾走し、活版印刷屋に移動した。
スライム屋の広告を印刷するためだ。
シルルンは広告を百枚注文し、二十万円を支払って活版印刷屋を後にした。
彼は食料品店を回り、食材を買い占める代わりに、スライム屋の広告を貼らしてくれと交渉し、百枚全てを張り終えた。
シルルンたちはブラックに乗って疾走し、第二区画で一番大きい牧場に到着した。
シルルンはブラックから下りて、厩舎に向かって歩いていく。
「いらっしゃい!! 乗馬なら隣の厩舎だよ」
麦わら帽子を被った店員はにんまりと笑った。
「いや、家畜を買いにきたんだけど」
「ありゃ、そうですかい。何をお探しで?」
「とりあえず鶏かな。何羽ぐらいいるの?」
シルルンは探るような眼差しを店員に向ける。
「五万羽はいると思いますぜ。うちの鶏は一羽五千円で売っとります」
「じゃあ、とりあえず千羽買うよ」
「ありがとうございます。値段は五百万円になりますぜ」
シルルンは魔法の袋から金貨袋を取り出して、店員に手渡した。
「牛や羊なんかもいるの?」
「もちろんいますぜ。牛が一頭百万円、羊、山羊が一頭十万円、豚が一頭五万円ですぜ」
「じゃあ、牛を十頭、羊と山羊を百頭ずつ買うよ。全部一歳から一歳半ぐらいでお願い」
「あ、ありがとうございます」
「あと乳牛は売ってる?」
「五歳、六歳の乳牛なら売りますぜ」
「じゃあ、それを十頭買うよ。全部でいくらになる?」
「値段は全部で四千五百万円になりますぜ」
「うん、あと餌も買うよ」
「鶏の餌は一袋三十キログラムで三千円、干し草は一束三十キログラムで五千円ですぜ」
「鶏の餌は千袋、干し草も千束買うよ」
「えっ!? 運搬のほうはどうしますかい? これだけの数となるとかなりの数の馬車が必要ですぜ?」
店員は戸惑うような表情を浮かべている。
「説明がめんどくさいから先に餌を置いてある場所に連れてってよ」
「へ、へい……」
シルルンは魔法の袋から金貨袋を次々に取り出して、店員に手渡した。
「確かに……こっちですぜ」
店員は金貨を数えて、歩き出した。
シルルンたちは店員の後についていき、大きな倉庫に到着して中に入った。
「これが鶏の餌ですぜ」
餌は十袋ずつ重ねられて、きれいに並べられている。
「じゃあ、買った千袋をもらうね」
シルルンは『念力』で鶏の餌を百袋浮かせて、魔法の袋に入れた。
「なっ!? ど、どうなってるんだ!?」
店員の顔が驚愕に染まる。
シルルンは同じことをあと九回繰り返して、一分もかからずに作業は終了した。
「じゃあ、次は干し草だよね?」
「えっ!? は、はい……」
店員は呆けたような表情を晒していたが、シルルンの声で我に返った。
「こ、こっちですぜ……」
店員は複雑そうな表情を浮かべながら歩き出した。
シルルンたちは店員の後についていき、巨大な塔型のサイロに到着して中に入った。
サイロの中は干し草が、所狭しと積み上げられている。
「へぇ、干し草って大きいね」
シルルンは意外そうな顔をした。
干し草は長さが三メートルほどで、高さも一メートルほどあり、ガチガチに圧縮されていた。
シルルンは『念力』で干し草を掴んで、次々に魔法の袋に入れていく。
「……」
その光景を目の当たりにした店員は、狐につままれたような顔を晒していた。
「次は鶏だね」
「へ、へい……」
店員は顔を顰めて何度も頭を振っていたが、歩き出した。
シルルンたちは店員の後についていき、厩舎に到着して中に入った。
「この厩舎にいる鶏は全部が売り物なので、千羽選んで下さい」
「うん、分かったよ。おっちゃんはこの厩舎の前に買った牛、羊、山羊を連れてきといてよ」
「……へい」
店員は不服そうな表情を浮かべていたが、結局何も言わずに厩舎から出て行った。
鶏の雄は一羽ずつ飼育されており、雌はまとめて飼育されていた。
雄が一羽ずつ飼育されているのは喧嘩対策だ。
シルルンは『魔物解析』で鶏を視ながら歩いていき、雄が飼育されている区画で足を止めた。
「ここら辺が生後半年くらいの雄の個体だね」
シルルンは『念力』で雄のゲージの扉を開けていき、シルルンの後ろに雄の鶏が並んでいく。
「うん、雄は百羽いればいいよ」
シルルンは雄の鶏を引き連れて、雌が飼育されている区画に移動した。
「雌も生後半年ぐらいがいいよね」
シルルンは『魔物解析』で鶏を視て、『念力』で雌のゲージの扉を開けていき、雌が次々にシルルンの後ろに並んでいく。
「あはは、千羽はなかなか壮観だね……」
シルルンは振り返って整列する鶏たちを見つめて。満足そうな笑みを浮かべて厩舎から外に出た。
シルルンたちは厩舎の前でしばらく待っていると、店員たちが牛、羊、山羊を多数引き連れて歩いてきた。
「なっ!? あんたすげぇなそれ!? どうなってんだ!?」
店員は信じられないといったような表情を浮かべている。
シルルンの横には千羽の鶏が、軍隊のように整列しているからだ。
「僕ちゃんは魔物使いだからね。これくらいは簡単だよ」
「い、いや、俺の知り合いにも魔物使いはいるが、そんなことはできなかったですぜ」
店員は呆れたような表情を浮かべている。
「まぁ、相性があるからできない人もいると思うよ。それより、千羽いるかどうか数えてよ」
「へい……」
店員は従業員に目配せすると、従業員は鶏を数え始めたが、すぐに数え終わった。。
整列しているから簡単に数えられるからだ。
「で、僕ちゃんが買った数より多くない?」
シルルンは怪訝な表情を浮かべている。
店員が連れてきた家畜たちは、シルルンが買った数より倍ほど多かった。
「へい、雄と雌の比率が分からなかったので、良い個体を適当に連れてきたんでさぁ」
「ふ~ん、そうなんだ」
シルルンは納得したような顔をした。
店員の右隣には牛が十頭、左隣には牛が四十頭ほどいて草を食べており、その後方には二百頭ほどの羊と二百頭ほどの山羊がいた。
多数の従業員たちは家畜たちを囲むように展開して見張っている。
「こっちの十頭は乳牛でさぁ」
店員は右隣の牛たちを指差した。
「うん」
シルルンは『魔物解析』で牛を視ていき、一瞬で雄二頭と雌八頭を選んで頭を撫でた。
すると、頭を撫でられた牛たちは、嬉しそうにシルルンの横に整列した。
「あ、あんたいったい何者なんだ!?」
店員たちは目を剥いて驚愕した。
「あはは、だから魔物使いだってば」
シルルンは乳牛、羊、山羊の頭を撫でると、家畜たちは嬉しそうにシルルンの横に並んだのだった。
「……その便利な袋には動物も入るんですかい?」
「あはは、大きめの動物は無理なんだよ。けど『瞬間移動』があるから大丈夫なんだよね」
「しゅ、瞬間移動……?」
店員は訝しげな表情を浮かべている。
「うん、そうだよ。皆ぎゅっと固まって」
シルルンがそういうと家畜たちはシルルンを起点に身を寄せ合い、シルルンたちは『瞬間移動』で掻き消えた。
「なっ!?」
残された店員たちは、絶句して立ち尽くしたのだった。
シルルンたちは拠点前に出現した。
「……」
(何か忘れてるような気もするけど、まぁ、いいか……)
シルルンは一瞬複雑そうな顔をしたが、洞穴の中に入った。
「シルルン様、おかえりなさい」
アキはにっこりと笑った。
「うん、ただいま」
シルルンは辺りを見渡して、三匹並んで歩いているアース ゴーレムに向かって歩いていく。
「どこにいくんですか?」
「うん、アースゴーレムのところ」
「あは、私もいきます」
アキがシルルンの横に並んで歩き、シルルンたちはアース ゴーレムの傍に移動した。
シルルンは『魔物契約』でアース ゴーレムたちに「まだペットになる気はあるか?」と尋ねると、アース ゴーレムたちの返答は凄まじく早く、「なってもよい」と三匹ほぼ同じに返ってきた。
彼らはペットになれるのは、早い者勝ちと思っていた。
シルルンは巨大な透明の球体を作り出した。
「それがテイムの結界なんですか?」
「うん、そうだよ。基本的には結界が破られたらテイムが失敗したってことになるね」
シルルンは巨大な結界でアース ゴーレムたちを包み込み、一瞬で三匹同時にテイムが成功した。
「し、失敗したんですか?」
アキは戸惑うような表情を浮かべる。
「ううん、成功したよ。これで三匹とも僕ちゃんのペットになったよ」
「えっ!? 早いですね。前に見た女魔物使いはもっと手こずっていたのに」
アキは驚いたような顔をした。
「……」
しかし、シルルンは反応せずに押し黙っている。
「……ど、どうしたんですかシルルン様」
アキは困惑した表情を浮かべている。
「……うん、ちょっと名前がね」
(デクしか思いつかない……もう名前は無しにしょうかな……)
シルルンは視線をアース ゴーレムたちに向けると、アース ゴーレムたちは期待に満ちた眼差しでシルルンを見つめていた。
「……うぅ」
シルルンは額に脂汗が滲み出る。
「あの、私も考えましょうか?」
「えっ!? マジで? じゃあ、考えてみてよ」
シルルンは嬉しそうな顔をした。
「はい……えっと、チョコ、ココア、マロンでどうですか?」
「えっ!? 早いね!?」
(女の子がつける可愛らしい名前だけど、デクよりは遥かにマシだよ)
シルルンは満足そうな表情を浮かべている。
「どうですか?」
「うん、採用!!」
シルルンは『魔物契約』でアース ゴーレムたちに名前を伝えて、魔法の袋から鉄の塊を手渡した。
チョコたちは鉄の塊を体内に取り込んで、嬉しそうに微笑んでいる。
シルルンは魔法の袋から武器を取り出して、チョコに鉄の剣、ココアに鉄の槍、マロンに鉄の斧を手渡した。
「……?」
チョコたちは不可解そうな表情を浮かべていたが、武器を体内に取り込みそうになった。
シルルンは慌てて武器だと教えて、チョコたちは嬉しそうに武器を振り回して嬉しそうだ。
「グレイはどこにいるかな」
シルルンたちは石のテーブルがある食堂に移動した。
すると、グレイはメイたちと一緒にいた。
「お帰りなさいませ、シルルン様」
メイは微笑みながらシルルンに向かって歩いてきた。
「うん、ただいま」
シルルンは思念で「グレイとブラウンはついてきて」と指示を出した。
グレイとブラウンは頷いて、シルルンの傍に歩いてきた。
「シルルン様、人が増えましたのでこのままでは食料が足りません」
メイはシルルンの耳元で囁やいた。
「うん、だろうね。ちょうどいいからメイもついてきて。行くよグレイとブラウン」
シルルンは踵を返して歩き出した。
だが、グレイとブラウンはついてこない。
「シルルン様、グレイさんとブラウンさんがついてきていません」
「えっ!?」
シルルンは振り返ると、グレイとブラウンはしょんぼりしており、チョコたちを羨ましそうに見つめている。
チョコたちが武器を此れ見よがしにブンブンと振り回しているからだ。
シルルンは慌てて魔法の袋から鉄の剣を取り出して、グレイとブラウンに鉄の剣を手渡した。
グレイとブラウンは嬉しそうに鉄の剣を振り回している。
「ご主人様、私もついていってよろしいでしょうか?」
「うん、いいよ」
セーナも加わり、シルルンたちは洞穴から出た。
「うわっ!? 動物がいっぱいいる!?」
アキたちは面食らったような顔をした。
「うん、買ったんだよ」
シルルンは東の方角に歩き出した。
すると、家畜たちも整列したままシルルンに追従する。
「あは、軍隊みたい」
「ま、魔物使いはこんなこともできるんですね……」
セーナは目を大きく見開き、絶句したのだった。
シルルンたちは百メートルほど進んだ場所で歩みを止めた。
「じゃあ、グレイはこの辺に小屋を作ってよ」
シルルンは縦横の長さが分かるように、地面に印をつけた。
「プルたちは石を……」
(あっそうか……プルたちを迎えに行くのを忘れてたよ……まぁ、完成してからでいいか……)
シルルンは思念で「ブラウンたちはグレイの前に砂を集めて」と指示を出した。
ブラウンたちは頷いて、グレイの前に大量の砂を集めて、グレイは砂を石に変えて小屋の土台を作っていく。
「で、高さはこれぐらいね」
シルルンは『念力』で石を掴んで十メートルほどの高さまで持ち上げた。
グレイは頷いて、凄まじい速さで小屋が作成されていく。
「こ、こうやって石の部屋は作られていたんですね」
セーナたちは驚きのあまり血相をに変える。
しばらくすると、縦横の長さが百メートル、高さが十メートル、厚みが一メートルの小屋が完成し、小屋の近くには巨大な大穴も出現していた。
シルルンは大穴を石で固めるようにグレイに指示を出し、巨大な大穴は石で覆われた。
「この大穴は家畜たちの水飲み場にいいかもしれないね」
シルルンはグレイと一緒に小屋の中に入り、グレイに指示を出していく。
グレイは五メートルほどの高さに天井を作成し、小屋は二階建てになった。
シルルンはさらに二階を二分割する壁を作成し、二階から下りるための坂道と強度を上げるための柱をグレイに作成させた。
「ここが君たちの家だからね。牛、羊、山羊は一階だよ」
シルルンの言葉に、家畜たちは頷いて、牛たちや羊たち、山羊たちが小屋の一階に入り、シルルンは鶏たちを誘導して二階に上がった。
メイたちもシルルンを追いかけてに二階に上がる。
シルルンは二分割にした左の部屋に雄百羽と雌三百羽を誘導し、残りの六百羽の雌を右の部屋に誘導した。
「シルルン様、なぜ鶏を分けているんでしょうか?」
メイは興味深げな表情でシルルンに尋ねた。
「うん、左の雄がいるほうは有精卵を産ませて数を増やしたいからだよ。右のほうは雄がいないから卵は全て無精卵だから卵は回収して食料にしていいよ」
「なるほど。分かりました」
メイは納得したような表情で頷いた。
「牛はミルク、羊と山羊は毛とミルクが取れるから、どんどん増やしていくつもりだよ。この家畜たちも任せたよ」
シルルンは屈託のない表情を浮かべて、メイに丸投げした。
「は、はい」
メイは満足げな笑みを浮かべた。
シルルンは家が貴族であるため、商人が頻繁に出入りしており、その商談によく立ち会わされていた。
そこから学んだ彼の結論は、仕組みを考え土台を作ったあとは、丸投げすれば儲かるというものだった。
シルルンはその考えを自信満々に母親に話すと「それは商人の考え方で、貴族の考え方ではない」と一蹴される。
そして、貴族ならば領民が安心して暮らせる法律や環境の整備を優先し、金儲けなど二の次だと母親に説教された。
しかし、最早彼は貴族ではないので、自分の考えを実践する。
現在、シルルンは鉱山を所有しているので、莫大な金が手に入る。
次にスライム屋だ。これは現時点では全く儲かっていないが儲かるはずだと彼には自信があった。
そして、最後に彼が選択したのは畜産業で、子供たちの将来を考えて出した結論だ。
シルルンは子供の獣人たちを買ったときに考えた。
能力のある者とない者のことを。
この能力のある者を指す意味は、魔法や能力の所持、あるいは高いスキルを所持している者のことだ。
魔法や能力、高いスキルを所持している者は、容易に職につくことは可能だ。
だが、スキルは鍛冶の修行をしたとして、自分の店を持てる鍛冶屋になれる者は多くはない。
そのため、高いスキルを所持していない者たちの多くは兵士になる。
死ぬ可能性はあるが、その分報酬は悪くはない。
だが、問題は兵士を選択しなかった人々なのだ。
つまり、能力のない者たちとは、兵士になりたくないスキルの低い者たちや子供や老人のことだ。
このような人たちに職はない。
なぜならば奴隷がいるからだ。
本来ならば単純作業、重労働、汚れ仕事などは、兵士を選択しなかった者たちがつける職だが、奴隷の存在が阻害していた。
そのため、シルルンは子供たちに畜産を学ばせようと考えており、彼が見据えているのは奴隷に落ちずに暮らしていけるように高いスキルを身につけさせることだった。
無論、子供の獣人たちが成長して開放したときに、兵士や冒険者を選んでもシルルンは何も言うつもりはなかった。
畜産業が盛んではない理由は、馬一頭で二百万もの費用が掛かり、買った家畜の繁殖に失敗したり、病気になれば破産するからだ。
「あと、これが鶏の餌だよ。餌は無くなる前に教えてね」
シルルンは魔法の袋から鶏の餌を次々に取り出して、地面に置いた。
「分かりました」
メイは素直に頷いた。
シルルンは一階に下りて、魔法の袋から干し草を次々に取り出して地面に置き、食料品店で買い占めたトウモロコシや大豆なども地面に大量に置いた。
「これが牛たちの餌だよ。干し草だけじゃなく、トウモロコシや大豆も混ぜて食べさせてね。あと、お乳がでるのはこっちの十頭だけだからね」
当たり前だが、シルルンが買った若い牛や羊や山羊は、赤ちゃんが産まれないとお乳はでないのだ。
「分かりました」
シルルンは家畜小屋から出て、思念で「家畜小屋と洞穴の入り口を守れ」とチョコ、ココア、マロンに指示を出した。
チョコたちは頷いて、チョコが家畜小屋の前に立ち、ココアとマロンが洞穴の入り口へと歩いて行った。
「ブラックは土を『捕食』してくれないかな」
シルルンは土を『捕食』する場所を指差した。
「フハハ!! 簡単ですな」
ブラックはすぐに家畜小屋近くの土を『捕食』した。
シルルンは魔法の袋からリンゴの木を取り出して、『念力』でリンゴの木を掘られた穴に五メートル間隔で置いていく。
「ブラックは森で『捕食』した土を吐き戻してよ」
ブラックは頷いて、『触手』でリンゴの木を掴んで立てながら、土を吐き戻して植えていく。
ちなみに、シルルンが植えたリンゴの木は五十本程度で、うまく育つようなら残りも植える予定だ。
「このリンゴも食料として食べていいからね。地面に落ちたリンゴは牛たちにあげたら喜ぶよ」
シルルンは魔法の袋から木の脚立を一台取り出して地面に置いた。
「分かりました」
メイは満足そうに頷いた。
シルルンたちは洞穴の中に戻り、石のテーブルまで移動するとタマたちが佇んでいた。
シルルンは魔法の袋から巨木を三本取り出して、地面に置いた。
すると、タマたちはすぐに巨木の傍に駆けてきて、物欲しそうな表情でシルルンを見つめている。
「食べていいよ。残った木はすごく煙が出ると思うけど、誰かに斬ってもらって薪にしたらいいよ」
その言葉に、タマたちは嬉しそうに葉っぱを食べ始めて、メイは頷いた。
シルルンは石のテーブルの奥に進んで、思念で「部屋を作ってくれ」とグレイに頼んだ。
ブラックは土を吐き戻し、その土を材料にグレイは一瞬で部屋を作成した。
部屋は縦横が十メートルで、高さは天井と繋がっている。
シルルンは部屋に入ると魔法の袋から、大きいテーブルを三台、小さいテーブルを十台、食器棚を十台を次々に取り出して地面に置いた。
「この部屋を調理場にするよ」
「は、はい」
メイはこぼれるような笑みを浮かべた。
シルルンは魔法の袋から木の皿を百枚、木の器を百枚、鉄のスプーン百本、鉄のフォーク百本、包丁十本、鉄板を十枚、鍋を十個、鉄のお玉を二十本を取り出して、大きいテーブルの上に置いた。
するとメイは、アキに食器棚の位置を指定して動かしてもらい、次に何が出てくるのかシルルンを見つめている。
シルルンは魔法の袋から鉄の焚火台を十台、寸胴鍋を十個、樽を十個取り出して、地面に置いて、大量に買った調味料と食料を大きいテーブルの上に置いた。
メイは調味料を手に取って、嬉しそうな表情を浮かべている。
「皿とか調味料とか食材もまだまだあるから、足らないなら言ってね」
「ありがとうございます」
メイは深々と頭を下げた。
元娼婦たちも調理場の中に入って騒がしくなった。
シルルンは調理場から出て、魔法の袋から大きいテーブル十台と椅子六十脚を『念力』で一気に並べて、ブラックとグレイを連れて風呂や便所を作った区画から、少し西に歩いた位置に部屋を二つ作成した。
部屋の大きさは縦横二十メートル、高さは天井まで繋がっている。
シルルンは左の部屋に台車百台、鉄のスコップ千本、鉄のツルハシ千本、木の脚立五台を置き、鉄の槌十本と金床と溶鉱炉を置いて、右の部屋には、ベット、小さいテーブル、椅子、タンス、小さい棚、全身鏡を適当な数を出して置いて、糸車や織機も一台ずつ置いた。
そして、シルルンたちは『瞬間移動』で姿を掻き消した。
シルルンたちが鑑定屋の前に出現すると、プルは瞳をうるうるさせてシルルンの胸に飛び込んできたが、プニは平気そうだった。
「いつのまにこんなデカイ石ができやがった!?」
ハイ タイガーは怒りの形相で前脚の爪の一撃を石の防壁に叩き込んだ。
すると、三メートルもの厚みがある防壁が、揺らいで亀裂が入った。
「ちぃ!! 手間取りそうだぜ」
ハイ タイガーは視線を防壁の上に向けた。
「ここは我が主であるシルルン様の縄張りだ。雑魚は立ち去るがいい」
シャインは防壁の上から射抜くよう鋭い眼光をハイ タイガーに向けた。
「あぁ? 誰に向かって雑魚って言ってやがる!!」
「ここには貴様しかいないだろう」
シャインは防壁の上から飛び下りて、地面に着地した。
「ほぉ、金色の狼か……ここらでは見ない顔だな」
「我の役目は貴様のような雑魚を屠ることだ」
「くくく……教えてやるぜ……お前のような奴が井の中の蛙って奴だ、狼」
「虎ごときが図に乗るなよ」
シャインとハイ タイガーは対峙し、互いに凄まじい速さで突撃して交差した。
「ば、馬鹿な……こ、この俺がたったの一撃でこれほどのダメージを負うとは……」
ハイ タイガーは首筋から大量の血が噴出していた。
「笑わせるなよ。縄張りを持つこともできない雑魚が」
シャインは振り返り様に言い放った。
「ぐっ…… ま、待て!? ヒール!!」
ハイ タイガーは必死の形相でヒールの魔法を唱えて、首筋の傷を塞ぐ。
「死んで防御を学んでこい」
シャインは凄まじい速さで突撃して前脚の爪をハイ タイガーの首に叩き込み、首が宙に舞ってハイ タイガーは胴体から大量の血を噴出させて力尽きた。
彼らの戦いは、シャインの圧勝のように見えるが、ハイ タイガーは『剛力』を所持しており、その力は拮抗していた。
だが、ハイ タイガーは攻撃に固執するあまりに防御が疎かになる傾向があり、さらにヒールの魔法を所持していることがそれを助長し、そこをシャインに突かれたのだった。
シャインは討ち取ったハイ タイガーの死体を拠点の洞穴の中に持ち帰り、何も言わずに置き去りにした。
そのため、何も知らないシルルンの仲間たちは驚愕した。
ちなみに、ハイ タイガーの毛皮は剥ぎ取られ、洞穴の中で敷物になっていた。
「おいっ!! 本当なのかよ!? オリバーたちが殺られたってのわ!?」
ワーゼは殺気だった表情でポリストンの元へ詰め寄った。
「あぁ、本当だ……」
ポリストンは苦悩の表情を露にしている。
「な、何に……いったい何に殺られたんだよ!?」
「ハイ センチピード(ムカデの魔物)らしい……」
「なっ!? ……クソがぁ!!」
ワーゼは憤怒の表情で傍にあった巨大な岩を殴りつけて、岩は砕け散った。
「このままでは仲間たちも恐怖で萎縮して訓練どころの話ではない。だから拠点を移動しようと思うがお前はどう思う?」
ポリストンは探るような眼差しをワーゼに向けた。
「なっ!? ……おいおい、冗談だろ? オリバーたちの仇を討たないで逃げる気かよ!?」
ワーゼは信じられないといったような表情を浮かべている。
「だが、アントンたちの話では上位種は二匹いるらしい」
ポリストンは沈痛な面持ちで言った。
「……だから、なんだってんだよ!?」
ワーゼは不服そうな顔をした。
「オリバーたちはアントン隊を含めて四隊いたんだ。いずれの隊も精鋭で二隊に分かれてハイ センチピード二匹を迎え撃ったらしい。だが、オリバーたちが戦ったほうの上位種が化け物だったらしく、それを見たアントンたちは一隊をオリバーたちの援軍に送り、アントンたちはもう一匹の上位種を引きつけて、オリバーたちと距離をとり持久戦にもちこみ、なんとか追い払うことに成功したアントンたちが戻ってみるとオリバーたちの姿は消えていたらしい」
「だから、何が言いたいんだ」
ワーゼは鋭い眼光でポリストンを睨みつけた。
「精鋭三隊で挑んで勝てない相手だということだ」
ポリストンは不愉快そうな顔で言った。
「三隊で勝てないなら四隊で挑めばいいだけの話だ。違うか?」
ワーゼは揺るぎない眼差しで、ポリストンの目を正面から見つめた。
「――っ!?」
その言葉に、ポリストンは面食らったような顔をした。
「それにだ。こっちはアントンたちが生還してるんだ。強さを見たあいつらが勝てると思う編成で挑めば勝てるはずだ」
ワーゼは自信に満ちた表情で言った。
「……なるほどな。お前にしてはいい考えだ」
ポリストンは満足げな笑みを浮かべている。
「お前にしてはは余計だろ」
ワーゼの口角に笑みが浮かんだ。
「実際、俺も腸が煮えくり返っていたんだ……よし!! アントンたちをここに呼んで作戦会議に入るぞ!!」
ポリストンは意を決して立ち上がり、高らかに宣言した。
静寂に包まれていた場が、一気に熱気をおびて活気を取り戻した。
「ポリストン!! 俺たちの隊を連れて行ってくれ!!」
「いや、待て!! あいつらの仇は俺たちが討つ!!」
怒りが爆発した仲間たちが、ポリストンの元に押し寄せる。
状況を静観していたへレンは踵を返し、ポロンの元に歩き出した。
「話はオリバーたちの仇を討つってことに決まったよ。私らはどうする?」
「司祭の数が足らなければ協力するけど、私にはこの子たちがいるから……」
ポロンは難しそうな表情を浮かべている。
あれからレッサー スパイダーが三匹増えて、ポロンの前には七匹もの魔物がいた。
「……だな。そいつらは便利だが下位種だから上位種相手にはキツイからね」
ヘレンは納得したような顔した。
「……うん。でも、ポリストンたちは勝てるのかしら?」
「さぁな。上位種は二匹いるらしいが片方は化け物らしい」
ヘレンは顔を強張らせた。
「……」
(嫌な予感がするわね……)
ポロンは思いつめた表情を浮かべながら頭を何度も振った。
だが、彼女は不安を拭いきれなかったのだった。
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シルルンが買った物
ベッド×100台 500万円
大きいテーブル×20台 60万円
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小さい棚×100台 100万円
全身鏡×100台 200万円
食器棚×10台 100万円
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木の器×1000枚 100万円
鉄のスプーン×1000本 50万円
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鉄の包丁×100本 100万円
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寸胴鍋×10個 100万円
鉄板×20枚 20万円
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大量の調味料 100万円
針×100本 1万円
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麻ボルト×10本 20万円
綿ボルト×10本 50万円
糸車×10台 100万円
織機×10台 200万円
細工道具 10万円
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鉄の槌×1000本 1000万円
金床×5 250万円
溶鉱炉×5 250万円
台車×100台 500万円
鉄のスコップ×1000本 1000万円
鉄のツルハシ×1000本 1000万円
木の脚立×10台 10万円
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