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スライムスライム へなちょこ魔物使い  作者: 銀騎士
鉱山 採掘編

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40/310

40 過去 修修


 シルルンたちは冒険亭の個室に案内されて、テーブル席に腰をおろす。


「なんでも好きなものを注文していいよ」


「マジかよ!? なんでもいいのか!?」


「ていうか、さっきの人攫いは賞金首だったみたいで五百万円もらったよ。だから半分をゲシュランに渡すね」


 シルルンは金貨二十五枚を魔法の袋から取り出して、テーブルの上に置く。


「いらねぇよ!! あの人攫いはお前が倒したんだから賞金は全部お前のものだろ」


「でも、ゲシュランは物乞いでしょ? 貰えるものはなんでも貰うのが物乞いじゃないの?」


 シルルンは訝しげな眼差しをゲシュランに向ける。


「確かに俺は物乞いだがああいうクズは鉄拳制裁と決めている。だからクズを倒して金を貰おうとは思わん」


「ふ~ん、そうなんだ」


 微妙そうな顔のシルルンが金貨を魔法の袋にしまう。


「だが、お前に飯は奢ってもらうけどな」


 ゲシュランはニヤリと笑う。


「あはは、なんでも好きなの頼めばいいよ」


「俺も何頼んでもいいんすか?」


「うん、いいよ」


 ゲシュランたちはメニューを食い入るように見つめている。


「俺はこの一万円のステーキセットにする」


「あっ!! それいいっすね!! 俺もそれにするっす!!」


「あはは、じゃあ、全員それにしようか。飲み物は何にする?」


「俺は水でいい」


「俺も水でいいっす」


「私もお水でいいです」


「えっ!? マジで? 皆はお酒飲まないんだ」


 シルルンは店員に一万円のステーキセットを八つ注文し、ぶどう酒を一本注文した。


 しばらくすると、ステーキセットとぶどう酒を店員たちが運んできて、テーブルの上に並べて去っていった。


「う、うめぇ!!」


「マジでうまいっす!!」


 ゲシュランとヘーモは肉にかぶりついて感嘆の声を上げる。


 ステーキセットは、ステーキとサラダとスープのシンプルな組み合わせで、プルとプニは『触手』を出して、器用にナイフで肉を切り分けてフォークを使って肉を『捕食』している。


 それを目の当たりにしたメイは目を見張る。


 ブラックはトレーごと『捕食』して、トレーと皿だけをきれいに吐き出した。


 パプルは肉だけを『捕食』して、サラダやスープには興味がないようでシルルンのシャツの中に入っていった。


「おいしいけど牛の味じゃないね……もしかして魔物の肉かもしれないね」


 シルルンは複雑そうな表情を浮かべている。


 魔物は時間が経過すると消滅するが、その前に解体した素材は消滅しないが、大半の魔物の肉は不味いので食用になることはほとんどないのだ。


「それで、ママの言付けって何なの?」


「はい、奥方様が亡くなられる時にメローズン王国にシルルン様がいらっしゃるかもしれないから、捜して力になってくれとのことでした」


「ふ~ん、そうなんだ」


「私たちは北にあるマジクリーン王国に逃げ込んで、そこでシルルン様がいないか捜していたのですが見つからず、隣のサンポル王国も捜しましたが見つかりませんでした。そこで奥方様が極度の精神疲労と魔物から受けた傷が悪化し、お亡くなりになられたのです。奥方様の遺言がメローズン王国を捜してシルルン様を発見できなければ奴隷契約を解除し、好きに生きろと言われたのです」


「えっ!? そうなんだ!? でも、僕ちゃんは大丈夫だから君たちは自由に生きてくれていいよ」


「そ、そんな……シルルン様を見つけてしまったからにはマスターである奥方様のご命令は絶対なのです」


「じゃあ、いったん僕ちゃんがマスターになってから契約を解除してあげるよ。それで問題なく自由になれるよ」


 その言葉に、メイの瞳にみるみる涙が溜まり、今にも零れ落ちそうになる。


「シルルン様には私たち奴隷はいらないということなんですね……」


「えっ!? そうじゃなくて僕ちゃんの奴隷でいるより、自由に生きれるほうがいいと思って言ったんだよ」


「そもそも、私たちが奥方様に買われたときに念を押されたのが、将来、シルルン様の力になってくれとのことが最大の条件でした」


「えっ!? そうなの!?」


 シルルンは面食らったような顔をした。


 話は過去に遡る。


 屋敷の執務室にはテーブル席に腰掛けるシルルンの母の姿があった。


 名をメアリーといい、傍らにはメアリーの専属メイドであるミズナが控えている。


「……よろしいのですか? 今、シルルン様を止めないと面倒なことになると思うのですが……」


 ミズナは不安そうにメアリーに尋ねる。


 シルルンは中流貴族の生まれで将来当主になるはずだったが、当主になるのは嫌だと逃走したのだ。


「家での訓練や学習程度で逃げ出す子です。家出してもすぐ泣いて戻ってくるでしょう」


 メアリーは小さなため息をついた。


 しかし、家出したシルルンは一ヶ月が経過しても家に戻ってこなかったのだった。















 逃走したシルルンは商人たちの馬車の荷台を乗り継いで、住んでいた街から遠く離れた森にたどり着いた。


「……怖いけど、なんとか暮らせる森だといいなぁ」


 不安そうな表情を浮かべていたシルルンは意を決して森の中に入って行く。


 彼は森の中を歩き回って木の実、果物、茸などを探して食べており、木の上で眠っていた。


 だが、森に慣れてきたシルルンは森の奥まで進んでいくと狼と遭遇した。


 狼はシルルンに向かって襲い掛かってきたが、彼は獣ごときに遅れをとるほど弱くはなかった。


 この時点でのシルルンの職業は【街人】で攻撃力は三十五だ。


 狼の攻撃力は三程度で、一般的な成人男性の【村人】や【街人】の攻撃力は五程度である。


 つまり、一般的な尺度で言うと、シルルンは圧倒的に強いのだ。


 だが、ハズキたちはシルルンと出会った時点で【剣士】に転職できており、彼女らの資質を含めるとその攻撃力は二百に迫っていた。


 そのため、シルルンは数年もの期間ハズキたちにぶちのめされ続け、それでも抗い続けたが自分は弱いのだと思い込まされたのだ。


 仮にシルルンが【戦士】や【剣士】などの戦闘職に転職できていれば、このような事態に陥ることはなかったが、彼には資質がないので無理な話だった。


 狼の群れはシルルンを囲んで、一斉に襲い掛かるがシルルンは容易く躱して歩いていく。


 狼たちは何度もシルルンに飛び掛ったが、シルルンは全て回避して去っていった。


 それから数日が経過し、シルルンは森の奥での生活に順応しており、様々な動物たちがシルルンと目が合うとシルルンの傍に寄ってくる。


 シルルンは動物たちの頭を撫でて餌をあげると、動物たちは嬉しそうに瞳を輝かせるのだった。



















「あの子はまだ十歳なのよ。森で生きていけるはずはないのに……」


 メアリーは苦悩の表情を浮かべている。


「シルルン様はすでに森に適応されております。ご自身の意思でお戻りになることはないかと思います」


 ミズナは表情を変えず、冷静な口調で答えた。


「そ、そんな……」


 メアリーは大きく目を見張った。


 彼女はミズナの進言を聞き入れるべきだったと今頃になって後悔していた。


「あの森には魔物もいます。シルルン様は今まではうまく立ち回り、魔物から逃げ回っていますが、それがいつまでも続くとは思えません」


 ミズナが切実な表情で訴える。


 彼女がシルルンの状況を知っているのは、彼女の部下が森に入ってシルルンを影から見守っているからである。


「……分かったわ、私の降参よ。シルルンを連れ戻してちょうだい」


 メアリーは苦渋の表情を浮かべて大きな溜息をはいた。


「よろしいのですか? とても怨まれると思いますが……」


 探るような眼差しをメアリーに向けるミズナは、最初の段階でもっと強く警告すべきだったと自責の念にかられていた。


「あの子が死ぬよりはマシよ……もう、これ以上は間違えないわ」


 そう言ったメアリーの顔からは、すでに迷いの色が消え去っていたのだった。

















 木の上で目覚めたシルルンは、いつものように動物たちが集まる場所に向かって歩いていく。


「なんか、すごく嫌な感じがするよ」


 シルルンは訝しげな表情を浮かべて立ち止まる。


 この時点で彼は『危険察知』に目覚めているが、そんなことはシルルンは知らない。


 シルルンは動物たちのところには行かずに、茸や果物を採取してその日を過ごした。 


 次の日、シルルンは動物たちが集まる場所に行ってみると、動物たちは一匹もいなくなっていた。


 動物たちは魔物の群れに襲われて全滅したのだ。


 シルルンはキョロキョロと辺りを見回して周辺を探して回っていると、潜んでいた男四人が姿を現してシルルンを囲む。


「シルルン様」


「ひぃいいいいぃ!? 」


 シルルンは唐突に声を掛けられて目を白黒させる。


「奥方様のご命令により、シルルン様を連れ戻しに参りました」


「え~~~っ!? なんでだよ!? だいたい、ママが家を出て一人で生きていけるならやってみろって言うから僕ちゃんは森に来たんだよ!!」


 シルルンは怒りの形相で訴えた。


「そのことは奥方様も非を認められた上で、家に戻ってきてほしいとのことです」


「え~~~っ!? やだよ!!」


 シルルンは身を翻して逃げ出し、男たちは慌ててシルルンを追いかける。


 振り返りながら逃げるシルルンは、このままでは捕まると思ってあえて危険を感じる方向に進むと、魔物の群れが佇んでいた。


「なっ!? レッサー ウルフだと!!」


「しかも、六匹もいるのか!!」


 シルルンは魔物の群れにぎりぎりまで接近してから右に曲がって逃走し、男たちはレッサー ウルフの群れと戦闘になる。


 レッサー ウルフの群れを殲滅した男たちが必死にシルルンを捜したが、発見には至らなかった。


 数日後、男たちは捜索人数を百人増やして森の中を捜索していたが、半年もの時が経過してもシルルンの姿はおろか、影も形も見ることはなかった。


 そのため、シルルンはすでにこの世にいないと断定されて百人の捜索隊は帰還したが、最初の男たちだけで捜索にあたることになる。


 しかし、それからたったの三日後にシルルンは発見されて捕縛された。


 彼は捜索隊が帰還したことにより油断して、木の上で寝ていたところを捕縛されたのだ。


 捕縛されたシルルンは酷く痩せこけていたという。


 家に連れ戻されたシルルンはメアリーと対面する。


「一体、僕ちゃんに何の用があるんだよ!!」


 シルルンは憤怒の形相で叫んだ。


 彼は切り捨てられたと思っていたが、メアリーからすれば護衛をつけており、トラブルに巻き込まれても大丈夫だと考えていたのだ。


「森での生活はとても過酷だったようね……」


 メアリーは悲痛な表情を浮かべている。


 彼女は骨と皮だけになって帰ってきたシルルンを目の当たりにして、なんともいえない気持ちになった。


「はぁ!? 何言ってるんだよ!! あんたが百人も追手を差し向けたから、こっちは逃げるのに必死で寝るのも食べるのもろくにできなかったんだよ!!」


「そ、そんな……」


 メアリーは顔面蒼白になる。


「もう僕ちゃんのことは放っておいてよ!! 僕ちゃんは当主になんかならないし、これからは一人で生きていくからさ!!」


「分かりました。今後、あなたの生き方に干渉しません。ですが、この家で暮らすのが条件です」


 メアリーは淡々とした口調で言った。


「な、何を言っ……ん!? あれ? 干渉しないって本当? 僕ちゃんは当主にならないよ?」


 シルルンはジト目でメアリーを見つめる。


「この半年の間、あなたの死を告げる悪夢を何度も見ました。それに比べればあなたが当主にならないことなど取るに足らないことです」


 シルルンを見るメアリーの瞳には涙が浮かんでいる。


「ふ~ん……いまいち信用できないけど、嘘だったらまた逃げるからね」


 シルルンは不審げな表情を浮かべている。


 彼はもし逃げることになったら、今度は追手を出しにくい他国に逃げると心に決めたのだった。


 シルルンはメイドたちに久しぶりの風呂に入らされ、大量の飯を食べさせられて自室のベットで爆睡していた。


「このような体で生きているのが信じられん……これでは餓死した難民より酷い有様だ」


 医者は骨と皮だけのシルルンを見て絶句し、絶対安静だと診断した。


 メアリーはベットで眠るシルルンの寝顔を見つめていた。


 彼女は貴族の務めと領民のために全力で働いてきたが、シルルンのことを省みなかった。


 それというのも、シルルンが生まれた時にメアリーが所持する『人物解析』でシルルンを視たからである。


 生まれたばかりのシルルンは、能力を一つも所持していなかった。


 だが、それが普通であり、能力を所持している者のほうが稀なのだ。


 メアリーの家系は『人物鑑定』や『人物解析』を所持している者が多く、彼女は今は能力に目覚めていなくても、いずれはシルルンも目覚めるかもしれないと期待していた。


 そして、メアリーの目に留まったのが、成長の項目だ。


 この項目は『人物鑑定』では視ることはできず、『人物解析』か『解析』でしか視ることはできない。


 成長の項目は一から十で表示されており、当然、値が大きいほどレベルアップ時のステータスの上昇は高い。


 メアリーの値は五で夫は六だ。


 だが、シルルンは八だったのだ。


 メアリーはこの数値を視て歓喜に打ち震えて、この子は自分たちを超えてすごい子になると有頂天になり、他の項目を視るのを怠ったのだ。


 メアリーはシルルンが三歳の時点でシルルンを転職の神殿に連れていった。


 転職は早ければ早いほど良いからだ。


 三歳から十歳までの職業は【子供】であり、より上位の【村人】【街人】には転職できない子供がほとんどだが、シルルンは三歳で【街人】に転職できた。


 メアリーはこの子は絶対にすごい子になると確信し、この子にふさわしい家にしなければという想いが仕事に没頭させる原因の一因となる。

 

 だが、十歳の時点でシルルンはほぼ全てが及第点という結果だった。


 シルルンが十歳になるまでに、メアリーはシルルンの成長速度がおかしいと疑問を覚えていた。


 シルルンの成長の値は八だからだ。


 しかし、メアリーはシルルンの指導につけている指南役が悪いと判断し、より評判のいい指南役に代えるだけだった。


 彼女の頭の隅に『人物解析』で、シルルンをもう一度視るべきだという考えはあったが、メアリーは自分の息子の成長の値は八だと思いたかったと同時に答えを知るのを恐れたのだ。


 自分の息子に何かしら重大な欠陥があることを……


 だが、メアリーが逃げ続けた結果、シルルンは家出してしまい、見るも無残な骨と皮だけになって生きているのが不思議な状態で帰ってきたのだ。


 今はシルルンが生きているだけで、心から嬉しいとメアリーは素直にそう思えた。


 だからこそ、『人物解析』でシルルンを視なければいけないと、メアリーは険しい表情を浮かべていた。


 自分の息子をどう支えていくべきかを知るためにだ。


 メアリーは断腸の思いで『人物解析』でシルルンを視る。


 だが、メアリーは目を見張る。


 生まれたばかりのシルルンは、能力を一つも所持していなかったにも拘わらず、現在は四つも所持していたからだ。


 シルルンは『逃走癖』『集中』『危険探知』『魔物探知』を所持していた。


 『人物鑑定』では人族の能力を視ることができるが、効果までは視ることはできない。


 『人物解析』『解析』では人族の能力の効果まで視ることができるのだ。



 『逃走癖』


  戦うよりも逃走を好むようになる能力である。


 『集中』


  時間が止まったような感覚になり、集中力が跳ね上がる。主に【弓使い】の職業が所持していることが多い能力である。


 『危険探知』


 『危険察知』の上位の能力であり、危険を探知する能力である。だが『気配探知』の劣化能力でもある。



 『魔物探知』


 『魔物察知』の上位の能力であり、魔物を探知する能力である。だが『気配探知』の劣化能力でもある。



 メアリーはシルルンが『危険探知』『魔物探知』に目覚めていたから森の中で生き残れたのだと理解し、『人物解析』でシルルンの詳細項目を視ていく。


 頭脳、運動神経、芸術など全てが数値化されており、『人物解析』を所持する者を相手に交渉するのは、全てを裸にされたも同然で最悪な相手なのだ。


 そして、メアリーの目が性格の項目で留まった。


 そこには、基本的にヘタレと表示されていた。


「そ、そんな……」


 メアリーは顔から希望の色が消え失せていた。


 それでも彼女は詳細項目を視ていくと、やる気の項目で目が留まってメアリーは放心状態に陥った。


 やる気の値が三だからだ。


 この値は六以上が普通で、五や四で働かなくなり、物乞いや乞食になるのだ。


 だが、シルルンの値は三なのだ。


 このような数値は『人物解析』で膨大な人を視てきたメアリーですら視たことがない数値だった。


 つまり、三以下は死んでいるのだ。


 メアリーはこれが原因だと直感し、いくら成長の項目が八であろうとやる気がなければ意味はないと思い、よく生きていてくれたと感極まって大粒の涙を流した。


 それと同時に彼女は、シルルンの成績が及第点であることが驚異的な事だと気付いたが、その反面、地獄のような日々だったのだろうという思いに至った。


 しかし、それに気づいたメアリーは、それが正確に的を射ていることに気づかされることになる。


 詳細項目の嫌いな人の項目で、メアリーの名が一番最初にあったからだ。


 つまり、シルルンがこの世で一番嫌いな人が母であるメアリーなのだ。


 メアリーは衝撃の事実の連続で頭がくらくらとして呆然としていた。


 彼女は『人物解析』という稀な能力を所持しているにも拘わらず、自分の息子の状態すら把握できていなかったのだ。


 だが、メアリーは母として今度こそシルルンを守ると心に誓ったのだった。


 そして、彼女は親である自分たちが生きている間はシルルンを守ることはできると思ったが、自分たちの死後はシルルンが一人になってしまうことを危惧した。


 メアリーはまずはできるだけの財産を残すことで金で苦労することはないようにし、あとは結婚相手を探さなければならないと考えた。


 彼女は頭が良くて残した財産を運用し、増やしてくれそうな女性が理想だと思案した。


 だが、メアリーはその考えにはっとしたような顔になった。


 彼女はそのような頭の良い女性がシルルンの元にずっといてくれるのかと懸念したのだ。


 離縁されるだけならいいが、財産を奪われてしまう可能性もあるからだ。


「そもそも、シルルンはまだ十歳だから結婚にはまだ早いのよ。シルルンを支えてくれるような優秀な者たちを集めるのが先ね」


 メアリーは額に手を当てて顔を顰める。


「……私は何を考えているのかしら」


 メアリーは自嘲して鼻で笑う。


 彼女は『人物解析』で多数の人々を視てきたが、一面では信頼できるが全面的に信頼できるような者はいないことを思い出したのだ。


 メアリーは逡巡して奴隷証書で契約した奴隷なら裏切ることはないという考えに至って安堵したが、何気にシルルンの職業を視て愕然とした。


 職業が【街人】だからだ。


「……ど、どういうことなの? 【街人】で攻撃力三十五……?」


 メアリーは信じられないといったような表情を浮かべている。


 シルルンのステータスが及第点とだということにはカラクリがあった。


 指南役たちはシルルンの職業が【街人】であることを知っており、その上で【剣士】として教育していた。


 つまり、あなたのご子息は下級職に就けないから資質がありませんとは言えず、その代わりに下級職としては及第点と言ったのだ。


「な、何もかもが嘘じゃないっ!!」


 メアリーはへたり込んで項垂れた。


 彼女は指南役たちに怒りを覚えたが、全面的に信頼できるような者はいないという先ほどの考えがブーメランのように返ってきて心に突き刺り、それもこれも視る術があるにも拘わらず、人任せにしていた自分自身こそが何よりも腹立たしかった。


 メアリーは即座に指南役を解雇したが、嘘をついていたことには言及しなかった。


 彼女自身がそういう雰囲気を醸し出していた自覚があるからだ。


 その後のメアリーはメイたち奴隷を買って、ある魔導具を探す日々を送ったが入手することはできなかった。




















「ですので、奥方様との約束を守るのは大前提なのですが、私自身がシルルン様にお仕えしたいと切に願っております」


 メイは怯えるような眼差しをシルルンに向ける。


「まぁ、僕ちゃんは構わないけどほんとにそれでいいの?」


「は、はい!!」

 

 メイは弾けるような笑顔を見せた。


「それではこれをよろしくお願いします」


 メイが胸の中から奴隷証書を取り出し、シルルンに手渡した。


 シルルンは奴隷証書を手に持って、メイは奴隷証書に手をあてる。


「私はシルルン様の奴隷になります」


 奴隷証書は二枚に分かれ、一枚はシルルンの胸の中へ、もう一枚はメイの胸の中へ吸い込まれた。


「それでママが死んだのは分かったけど、パパもやっぱり死んだんだよね?」


「はい……お館様は私兵を率いて住民を護りながら魔物と戦い、マジクリーン王国を目指していたのです」


「そうなんだ……僕ちゃんは逃げ回ってたらメローズンだったんだよ」


「そうだったんですね」


 メイは嬉しそうに頷いた。


「それで、パパは何で死んだの?」


「……私たちの後方から魔物の大群が押し寄せたからです。お館様は私兵を率いて反転して決死の突撃をなさいました。それがなければ私たちは生きてはいなかったでしょう。その後は奥方様が指揮を執られ、なんとかマジクリーン王国に辿り着いたのですが、マジクリーン王国でいつまで待っても、お姿をお見せにはなられませんでした」


「ふ~ん……パパらしい最後だね」


 シルルンは感心するような顔をした。


 彼は父親のことは嫌いではなかった。シルルンが武術や学術などから逃げ回っていても怒らなかったからというのもあるが、ほとんど顔を合わせる機会がなかったのも理由の一つであり、悲しみも薄かったのだ。


 彼は父親の言葉を思い出す。


『シルルンよ、逃げるのは悪くはない。だが、お前に本当に護りたいもの、それは意志でも人でも何でもいい。それができたときにお前はそれを護れるのか?』


 シルルンにとって、謎かけのような言葉だったので彼は覚えていたのだ。


 その時のシルルンは単純に逃げてもいいんだと思うだけだったのだが、今なら少しは分かる。


 父親は護りたいもののために命を懸けたのだと。


「お前の親父はすげぇじゃねぇか!! ていうか、お前は貴族の息子だったのかよ」


 感嘆の声を上げたゲシュランの表情が一転して神妙な表情を浮かべる。


「うん、そうだけど当主なんてできないから、僕ちゃんの代で潰れてたけどね」


「ま、まぁ、そうだな……」


 ゲシュランは納得したように頷いた。


 食事を済ませたゲシュランたちは満足そうで、シルルンは店員に会計の八万五千円を支払って店から退店した。


「それで、お前はスライム屋の店員を探すのか?」


「うん、探すけど西の難民の人たちの多くは、魔物に襲われて奴隷商人たちのところに並んでるから今は無理っぽいよ」


「それなら、いっそ奴隷を買ったらどうですかね?」


「う~ん……できたら僕ちゃんは難民の人たちを雇いたいんだよね」


「でも、難民の多くが奴隷になろうとしてるって言いましたよね? それなら、今、奴隷市場に売られている奴隷は元難民たちとも言えるんじゃないっすか?」


「あっ!? そうかも……」


 シルルンは驚いたような顔をした。


「まぁ、買う買わないは置いといて、この近くに奴隷市場があるんで行ってみましょうよシルルンさん!!」


「う~ん……どうしようかなぁ……」


 シルルンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。


「いいじゃないっすか!! 人助けになるかもしれませんし、行きましょうよ!! 行きましょうよ!!」


 ヘーモは必死にシルルンに強請り続けた。


「……わ、分かったよ」


 シルルンは根負けして了承し、シルルンたちは奴隷市場に向かったのだった。

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