30 シェルリング 修
包囲内の中央に移動したシルルンたちは再びヒール屋を再開し始める。
「傷を治してほしいんだけど……」
腕の傷を手で押さえた女冒険者が痛みに顔を歪めている。
「その傷なら一万円だよ」
「分かったわ」
女冒険者は金袋から銀貨十枚を取り出してシルルンに手渡した。
「ヒールデシ!!」
プニがヒールの魔法を唱えて、女冒険者の腕の傷は一瞬で完治する。
「ありがとう」
女冒険者は頭を下げて去って行った。
「フフッ……こんな商売もあるのね」
ラーネは驚きの表情を見せる。
「うん、ギルドマスターに頼まれたんだよ。ポーションの三倍の額が報酬としてもらえるんだよね」
イネリアが不在なので稼いだ金が分るようにシルルンは銀貨十枚を地面に置く。
「私もヒールの魔法を使えるから手伝いたいわ」
(ヒーラーが危険な存在だとは誰も思わないわよね)
ラーネの口角に笑みが浮かぶ。
「うん、じゃあ、次のお客を任せるよ」
「おっ!! キレイな姉ちゃん入れたのか?」
腹部が血塗れの傭兵が嬉しそうにシルルンに尋ねる。
「うん、今日からだよ。じゃあ、ヒールの魔法で治してあげて」
頷いたラーネはヒールの魔法を唱えて、傭兵の腹部の傷が一瞬で回復する。
「フフッ……また来てくださいね」
「お、おう」
ラーネに銀貨十枚を手渡した傭兵は顔を赤らめて照れくさそうに去っていった。
その後はなぜか男の客が急増し、ラーネの前には長蛇の列ができたのだった。
そのため、シルルン前には女の客が多く並んでいる。
シルルンたちは五十人ほどの治療を行ったところで客が途切れたが、代わりにリザたちが休憩から戻ってきた。
「誰なのよその獣人は?」
リザは訝しげな眼差しをラーネに向けている。
「うん、訳あってペットになったラーネだよ。仲良くしてあげてね。決して怒らせちゃダメだよ」
シルルンは真剣な硬い表情で言った。
「じゅ、獣人もペットにできるの!?」
「まぁ、難しいけど半分は魔物だからテイムは可能だよ」
「……」
ラーネがペットだと説明されたリザは何も反論できなかった。
勝手に女を仲間に迎えたのなら文句の言いようもあるが、ラーネはペットなので魔物使いの領分に入るからである。
「ラーネはヒール、キュア、シールドの魔法も使えるし、恐ろしく強いからピンチなときには助かる存在だよ」
「フフッ……マスターのペットになったラーネよ。よろしくお願いね」
ラーネが軽く頭を下げると、リザたちは戸惑いながらも頷いた。
「これはすごい銀貨の数ですね」
地面に多数並んでいる銀貨を目の当たりにしたイネリアが驚きの声を上げる。
地面にはヒールの魔法を使用した客なら銀貨を十枚重ねて置いてあり、キュアの魔法を使用した客なら銀貨十枚を五つ纏めて置いてあるのだ。
客数はヒールの魔法の客が四十人でキュアの魔法の客が十人なので合計で二百七十万円の稼ぎになる。
「じゃあ、これで商人のところに行って装備を買いなよ。その皮の胸当ては壊れてるみたいだからね」
シルルンが金貨十枚をラーネに手渡すと、スラッグがシルルンたちに向かって歩いてきて話を切り出した。
「ちょっといいか? 軍の進軍が決定して先に進む冒険者を集めてるんだ。すでにラーグ隊、ホフター隊、リック隊が快諾してくれてアウザー教官にも了承を得ている。残りの冒険者たちはここに残って守りに入る。いつ上位種が現れるか分からんからな」
「ふ~ん、そうなんだ……頑張ってね」
シルルンはにっこりと微笑んだ。
「いや、君の隊も同行してくれないかと将軍からの強い要望があってここにきたんだ」
「でも、スラッグがここでヒール屋をやれっていうから僕ちゃんはここにいるんだよ?」
シルルンは不服そうな顔をした
「それは分かっている。だが、ハイ スパイダーを瞬殺した君の力を将軍は高く評価しておられるのだ」
「えっ? 僕ちゃんがハイ スパイダーを倒せる訳ないじゃん」
シルルンは呆れたような表情を浮かべている。
「嘘をついてまで行きたくないみたいだが、軍の進軍に同行してくれれば各隊に一千万円を支払うつもりだ」
「ていうか、超危険だし、僕ちゃんはここでヒール屋をやってるほうが稼げるしなぁ……」
「でも一千万よシルルン!? シルルンと私とエベゼレアとラーネの四人だから、一人あたり二百五十万円になるわ」
リザは期待に満ちた眼差しでシルルンを見つめている。
「ううん、ラーネはペットだから三人で分配することになるから、一人あたり三百三十三万円ぐらいになるね」
「えっ!? そうなるの……」
(そういえば、六匹のペットたちは分配計算に入っていないわね……そうなるとますますラーネに対して何も言えないわね……)
リザは複雑そうな表情を浮かべている。
「君は特に将軍の要望が強い。こちらとしてはギルドとしての面子もあるし、ここでヒーラーをやってくれと頼んだのも私だ。だから君個人にさらに一千万を支払う用意があるが、もちろん条件がある。私も同行するので私の仲間が傷を負った時にはヒールの魔法で助けて欲しい。あとは余裕があるのならば軍や冒険者にもヒールの魔法で助けてやって欲しい」
「う~ん……それって軍や冒険者を回復した時にはお金は発生するの?」
「ああ、もちろん、今まで通り三倍で計算してもらっていい」
スラッグは即答する。
「やろうよシルルン!!」
リザは目を爛々と輝かせてシルルンの両手を掴む。
「私も行きたい!!」
(ホフター隊が行くのなら私も行く)
エベゼレアは瞳に強い決意を滲ませている。
「マジで!? 超危険だよ? 死ぬかもしれないよ?」
「確かに危険だけど、アウザー教官が同行するのならいけると思うのよね」
リザは得意げな顔で言った。
「う~ん……分かったよ」
シルルンは仕方ないといった感じで了承した。
彼はアウザー教官だけが生き残り、あとは全滅するという展開もあり得ると思考を巡らせていたが、最悪の事態に陥ればラーネの『瞬間移動』で離脱すればいいという考えにシルルンは落ち着いたのだ。
こうして、シルルンは一千万円を受け取り、さらに一千万円をリザたちと分配し、シルルンたちは軍の進軍に加わったのだった。
シルルンたちは洞穴内の露天馬車で装備品や食料などを購入して進軍準備を整える。
ラーネは白皮の胸当てと白皮のブーツを新調し、鞄に収納していた漆黒の包丁を収めるための鞘も購入した。
進軍する部隊 軍の編成
全体の指揮を執るのはヒーリー将軍
ベル大尉と聖騎士が五名
上級兵士が百名
精鋭魔法師が十名
精鋭司祭が十名
冒険者の編成
ラーグ隊が十一名
ホフターが隊十名
リック隊が十名
アウザー教官
スラッグ、ベータ隊が六名
これにシルルンたちを含めたメンバーで、ヒーリー将軍が指揮する進軍部隊はA3eルートに進軍を開始する。
「あはは、楽だねぇ」
無邪気に笑うシルルンは魔物の死体を避けて歩いていた。
先陣の軍の部隊は魔物たちと戦闘を繰り広げているが、シルルンたちは最後尾を進んでいるのでただ歩いているだけなのだ。
三十キロメートルほど進軍した地点で、軍は東方向に伸びている洞穴を発見する。
だが、軍は東方向に伸びている洞穴を通過して直進し、さらに二十キロメートルほど進むと猛烈な暑さに見舞われた。
「どんだけ暑いんだよ……」
シャツと半ズボンという格好のシルルンですら汗まみれで、鎧を身につけているリザやエベゼレアは滝のような汗をかいており、水をガブ飲みしている状況なのだ。
しかし、プルたちやラーネは平気そうにしている。
軍はさらに十キロメートルほど進軍したところで、直径二キロメートルほどの部屋に到着した。
その部屋にはいたるところに溶岩が流れており、百匹ほどの魔物が展開していたが、上級兵士たちに瞬く間に殲滅される。
だが、溶岩の中から炎を体に纏った魔物の群れが出現した。
ファイヤ フィッシュ、ファイヤ ストーン、ファイヤ ウルフである。
ファイヤ フィッシュは溶岩の中から次々に這い出てくる。
その数は百を超えており、彼らは魚に短い足が生えたような姿をしている。
ファイヤ ストーンは巨大な岩石が炎に包まれたような魔物で数は三匹出現している。
ファイヤ ウルフの全長は三メートルを超える巨体で、全身に炎を纏った狼の魔物である。
数は一匹だ。
軍の魔法師たちが一斉にウォーターの魔法やブリザーの魔法を唱えて、ファイヤ フィッシュの群れに攻撃を仕掛けたことにより戦端が開かれる。
「あのファイヤ ウルフはいったい何なんだろうね」
シルルンは不可解そうな表情を浮かべている。
「どういうこと?」
リザは怪訝な顔をした。
「いや、だってウルフ種は森にいるじゃん。あのファイヤ ウルフは溶岩の中から出てきたんだよ」
「……言われてみればそうね」
「フフッ……完全な別種じゃないかしら。狼族で括るんじゃなくて火の魔物で括るといいんじゃないかしら」
「……なるほど。さすがラーネだね」
シルルンは納得したように頷いた。
一方、上級兵士たちや魔法師たちによってファイヤ フィッシュの群れは殲滅されたが、ファイヤ ストーンたちは強敵だった。
上級兵士たちの攻撃力ではファイヤ ストーンにダメージを与えることができず、上級兵士たちは壁になって魔法師たちを護り、魔法師たちが総掛かりで魔法を唱えることにより、かろうじてファイヤ ストーンたちに勝利したのだ。
この時点で上級兵士たちの大半がファイヤ ストーンたちの攻撃によって負傷していた。
そのため、ファイヤ ウルフに対して聖騎士たちが参戦し、彼らをもってしてもファイヤ ウルフはひと筋縄ではいかない相手だった。
部屋の中の魔物を殲滅した軍は休憩を宣言し、上級兵士たちの回復に努める。
「あつい……あつい……あつい……なんでこんなとこで休憩するんだよ……」
意識が朦朧としているシルルンは部屋の左側の洞穴に向かってふらふらとした足取りで歩いていく。
「おい、どこに行くつもりだ?」
手ぬぐいで汗を拭うスラッグがシルルンに声を掛ける。
「暑くて死にそうだから僕ちゃんあっちの洞穴で休むよ」
シルルンの後をペットたちが追従し、リザたちも後を追う。
「出発までには戻ってこいよ!!」
「……」
シルルンは振り向きもせずに片手を上げて応えた。
彼はあまりの暑さに頭が回っていないのだ。
洞穴に入ったシルルンたちは一キロメートルほど進んだところで足を止める。
「ここまで来たらだいぶマシだね。壁にブリザーの魔法を放ってよ」
「ブリザーデシ!!」
プニはブリザーの魔法を唱えて、凍てつく冷気が壁を凍らせる。
「ひゃあああぁ!!」
凍った壁に密着したシルルンは幸せそうな表情を浮かべている。
「気持ちいいデシか?」
満足げに頷いたシルルンはプニの頭を優しく撫でた。
プニは嬉しそうにブリザーの魔法を唱え続けており、巨大な氷がいたるところに出現し、あたりは一面の銀世界になる。
巨大な氷にしがみついたリザとエベゼレアはうっとりしたような表情を浮かべている。
ようやく頭が回り出したシルルンは辺りを見渡すと、少し先に洞穴が掘られていることに気づいた。
気になったシルルンはその洞穴に移動して、洞穴の中を覗き込んだ。
「ひぃいいいいいいいいいいいぃ!!」
信じがたい事態にシルルンは目を疑う。
そこには、シェルリングの姿があったのだった。
シェルリングは二回目の『未来予知』の結果を視て愕然としていた。
彼はA3ポイントから撤退後、スパイダー種の拠点を探していたのだ。
シェルリングたちは遭遇する魔物の群れをことごとく殲滅しながら進んでいたが、部屋内部でスパイダー種の群れと遭遇して戦闘になる。
このスパイダー種の群れにも三匹のハイ スパイダーが同行しており、ハイ スパイダーたちは地上に繋がる洞穴を塞いでいた。
この行動の意味を看破できなかったシェルリングは手下たちに攻撃命令を発し、マンティス種の群れがスパイダー種の群れを攻撃して大打撃を与える。
それでもハイ スパイダーたちは洞穴の前から動く気配はなく、シェルリングたちは嘲笑いながらハイ スパイダーたちが入り口を塞ぐ洞穴とは別の洞穴へと進んだ。、
しかし、これが誤りだったのだ。
洞穴を進むシェルリングたちは無敵だったが、これまでに挑んだ上位種たちと同じ過ちを犯していることに、シェルリングは気づいていなかった。
彼らが新たな部屋に突入すると千匹ほどの魔物の群れが展開しており、シェルリングは即座に魔物の群れを殲滅する命令を下したのだ。
だが、シェルリングたちが魔物の群れと戦いを繰り広げていると、スパイダー種の群れが洞穴から姿を現した。
これまでのスパイダー種は魔物の群れを標的にしていたが、打って変わってシェルリングたちに襲い掛かったのだ。
この戦闘ではハイ スパイダーたちが参戦したことにより、シェルリングが迎え撃ってハイ スパイダーたちを屠ることに成功したが、手下の三分の一を失う事態に陥った。
その後は、彼らが進む先に必ずスパイダー種が出現して戦闘になり、シェルリングたちの数は減少の一途を辿ることになる。
そのため、手下を全て殺害されたシェルリングは窮地に陥り、身を隠すために洞穴を掘って彼は『未来予知』を発動したのだ。
一度目の『未来予知』ではシェルリングは人族に敗れる未来だった。
二度目ではシェルリングがハイ スパイダーに食い殺される未来だったのだ。
この結果に、シェルリングは放心状態に陥ったのだった。
一方、シェルリングを目の当たりにしたシルルンは顔面蒼白になって後ずさる。
「な、なんでこんなところにハイ マンティスがいるんだよ……」
(この片手のハイ マンティスはA3ポイントにいた奴だよ……なんで『魔物探知』で探らなかったんだよ……)
シルルンは後悔の念に駆られる。
シルルンの悲鳴を耳にしたリザたちは視線をシルルンに転ずると、洞穴からハイ マンティスが姿を現した。
血相を変えたリザとエベゼレアは剣を抜き放つ。
「……なぜ、ここに人族がいる?」
(時間が経過したことによって未来が変わってきているのか? それならば戻ってハイ スパイダーと戦わず、逃げに徹したら結果は変わるのではないか?)
シェルリングは思い詰めたような表情を浮かべている。
「この場にいる人族を皆殺しにして戻るに賭けるっ!!」
シェルリングは意を決して大鎌を振り上げた。
「ひぃいいい!! えい、やー!!」
『集中』を全力で発動したシルルンは紫の球体を作り出し、紫の結界でシェルリングを包み込む。
「ほう、テイムの結界か……」
遥か昔の戦いが脳裏をかすめたシェルリングは不意に懐かしさを覚えて目を細める。
魔物使いは遥か昔には多数を占めていたのだ。
「ひぃいいぃ!? 人族語を話してる!?」
シルルンは雷に打たれたように顔色を変える。
ハイ マンティスは『斬撃衝』を放ち、風の刃が結界を切り裂いた。結界は球体を維持できなくなって歪な形に変形する。
「えい、やーっ!!」
『集中』を最大出力で発動したシルルンは必死の形相で紫の球体を作り出し、崩壊しかけた結界の上から紫の結界を重ねる。
結界は球体へと戻ったが、凄まじい負荷により脳がスパークしているシルルンの身体は激しく痙攣している。
「何っ!?」
(このままでは不味い……)
急速に力を奪われていることを感じ取ったシェルリングは、結界の一点に集中攻撃を繰り出して結界を破壊した。
「ひぃいいいいいいぃ!?」
「面白い見世物だったぞ!!」
シェルリングは大鎌をシルルンに目掛けて振り下ろした。
「ぎゃあああぁぁ!? し、死ぬっ!?」
シルルンに絶望の鐘が鳴り響いた。
だが、『瞬間移動』でシルルンの前に出現したラーネが漆黒の包丁で大鎌を弾き返す。
「なっ!?」
シェルリングは面食らったような顔をした。
「フフッ……マスターは殺らせないわよ」
「嘘でしょ!!」
リザの顔が驚愕に染まる。
「つ、強い……」
(だけどあの顔立ちと黒い包丁には見覚えがある――もしかしてアラクネッ!? そう言えばラーネの紹介のときにシルルンが絶対に怒らすなと言っていたわね……)
ラーネを見つめるエベゼレアはただならぬ表情を浮かべている。
シェルリングは再び大鎌をラーネに向かって振り下ろしたが、大鎌を紙一重で躱しながらラーネが漆黒の包丁でシェルリングの腕を切断した。
「馬鹿なっ!?」
腕が宙に舞ったシェルリングは信じられないといったような形相だ。
「あらあら、両腕がなくなっちゃったわね」
ラーネは意地の悪い微笑みを口元に浮かべている。
シェルリングはデスの魔法を唱えたが、紫の風をラーネは容易に回避する。
「フフッ……あなた分かってないわね。私はいつでもあなたの首を叩き落とせるのよ」
「……」
突きつけられた現実を受け入れることができないシェルリングはショック状態に陥る。
「本来なら、マスターを殺そうとしたあなたの罪は死に値するけど、マスターはあなたをテイムしようとしたことがあなたが生きていられる理由なのよ。選びなさい。死か、マスターのペットになるのかを」
「……ラ、ラーネは何を言ってるんだよ?」
シェルリングの動きを止めるためにテイムの結界を放ったシルルンは意識せずに疑問の声を漏らす。
「……そこの人族をマスターと呼んでいるということはお前はペットなのか?
「そうよ」
「……あり得ない」
(テイムの結界は我でも破れた……どういうことなんだ?)
シェルリングは困惑を禁じ得なかった。
「……あなたの手下はどうしたの? 眼が青く光るハイ スパイダーにやられたんでしょ? あの子は私でもてこずるからあなたでは全く歯が立たないわよ」
「な、なぜそれを知っている!?」
戦慄を覚えたシェルリングは背筋が凍る。
二度目の『未来予知』の結果では、眼が青く光るハイ スパイダーに彼は食い殺されるのだ。
「それでどうするの? 死ぬの? ペットになるの? 仮に私が見逃したとしても、あなたは必ずあの子に出会って殺されるわよ」
ラーネは獰猛な笑みを浮かべる。
彼女がシェルリングの状況を知っている訳は、アラクネだった頃に彼女自身がマンティス種を追い込むための計画を立てていたからである。
「我はまだ死ぬ訳にはいかぬ……この大穴の情報をクイーンに報告するまでは……」
「そうね……だったら私たちの目的が達成できたら一度あなたを地上の森に帰してあげてもいいわ。クイーンに報告するまでは死ねないんでしょ?」
「……その話に偽りないか人族のマスターに確認したい」
シェルリングはシルルンの顔を正面から見据える。
「ひぃいいぃ!! えっ!? う、うん、それでいいよ」
唐突に話を振られたシルルンは驚きと戸惑いの声を上げる。
「フフッ……決まりね」
切断されたシェルリングの腕と失われた左腕をラーネがヒールの魔法で再生させる。
これにより、シェルリングは両腕を取り戻し、シルルンはテイムの結界をシェルリングに放ってシェルリングのペット化に成功したのだった。
「まぁ、大穴の主を倒したら君は解放するからね」
「感謝する」
こうして、シェルリングがシルルンのペットに加わったのだった。
「そろそろ出発するみたいだ。準備をしろ」
スラッグが軍の会議から帰還し、ベータたちに指示を出す。
「やっとかよ!! こんなところで休んでてもよけいに疲れるだけだぜ」
ベータはうんざりした表情を浮かべている。
「……シルルンたちはまだ戻ってないのか?」
「いや、戻ってきたみたいですぜ」
洞穴を眺めるベータの言葉に、ベータの仲間たちや冒険者たちの視線が洞穴に集中した。
「――っ!?」
「おいおい、マジかよ!?」
「うぁあああああぁぁああああああぁぁぁ!?」
信じ難いものを目の当たりにした冒険者たちは真っ青な顔をして後ずさる。
「おいおいおいおいっ!! 何やってるんだシルルンは!?」
ひどく動揺したベータが声と表情を強張らせる。
「なっ!! 気づいてないのかシルルンは!?」
スラッグは呆然とした。
彼らはシルルンたちの背後からハイ マンティスが迫っていると勘違いしているのである。
「おいっ!! シルルン!! 後ろだ後ろっ!! 走れ走れっ!!」
ベータは必死の形相でシルルンに向かって声を荒げた。
だが、シルルンは片手を上げて応える。
「アホかっ!! 違うわっ!! 後ろを見ろって言ってんだよっ!! 暑さで頭がいかれてんじゃないのか……」
ベータは呆れたような表情を浮かべている。
「シルルン後ろだっ!!」
「振り返れ!!」
「後ろを見ろっ!!」
ベータの仲間たちは懸命に警告を発している。
騒ぎを聞きつけたベル大尉がスラッグたちの傍に駆けつけた。
「いったい何の騒ぎなんだ?」
ベル大尉がスラッグたちの視線の先に目を向けると、シルルンたちの背後から忍び寄るハイ マンティスの姿を目の当たりにしたベル大尉は目を見張る。
「シルルン!! 走るんだっ!!」
声を張り上げたベル大尉は張り詰めた表情で鞘から剣を抜き放つ。
しかし、シルルンは平然と水筒を口に運んで水を飲んでいる。
「なぜ気づかないんだ……」
釈然としないベル大尉は首を傾げた。
シルルンたちは何事もなかったかのようにベル大尉たちの前で歩みを止める。
周辺に静寂が訪れて、場に緊張感が張りつめた。
「ん? 皆どうしたの怖い顔して?」
「う、後ろを見てみろ……ハイ マンティスに気づいてないのか?」
緊張に表情を強張らせるベル大尉は視線をハイ マンティスから外さずに言った。
「あはは、シェルリングのことだね。大丈夫だよペットになったから」
「えっ!?」
スラッグたちは面食らってぽかんとする。
「そんなことより、ここから早く移動しようよ。暑くて死にそうだよ」
シルルンは身を翻して歩き出す。
「待て待て待てっ!? ハイ マンティスをペットにできるわけがないだろう!?」
ベル大尉は慌ててシルルンを取り押さえた。
「えっ!? なんで?」
「ハイ マンティスは狡猾な魔物だと聞く。君は騙されているんだよ」
ベル大尉はひどく神妙な表情を浮かべている。
「あはは、そんなわけないじゃん」
シルルンは呆れ顔だ。
「……」
(やはり、シルルンは完全に騙されている……どうしたらシルルンを説得できるんだ……)
ベル大尉は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。
「『魔物解析』で視てみたらちゃんとペットになってるわ」
『魔物解析』でシェルリングを視たゼミナは信じられないといったような表情を浮かべており、スラッグたちや冒険者たちの視線がゼミナに集中する。
「『魔物解析』だと……『鑑定』とは違うのか?」
ベル大尉は怪訝な眼差しをゼミナに向ける。
「『鑑定』では視ることができない【身分】も『魔物解析』では視れるのよ。【身分】の項目がペットになってるからそのハイ マンティスは完全にシルルンのペットになってるわ」
スラッグたちや冒険者たちは絶句して、シルルンとハイ マンティスを交互に見つめている。
「ほ、本当にペットにしたのか……?」
ベル大尉は得心のいかないような表情を浮かべている。
「うん、だから言ってるじゃん。めんどくさいと思うけど皆に挨拶してよ」
その言葉に、スラッグたちや冒険者たちの注目がシェルリングに集まる。
「我の名はシェルリング。よろしく頼む」
虫が自己紹介を行うというあり得ない現象にスラッグたちや冒険者たちは愕然とした。
「あはは、これで紹介は済んだね。じゃあ、暑いから早く先に進もうよ」
先へと続く洞穴へと向かってシルルンたちは歩き出す。
シルルンに追従するシェルリングを目の当たりにしたスラッグたちや冒険者たちは、呆然と立ち尽くしたのだった。
面白いと思った方はブックマークや評価をよろしくお願いします。
ファイヤ フイッシュ レベル1 全長約1メートル
HP 300~
MP 90
攻撃力 150
守備力 120
素早さ 100
魔法 ファイヤ
能力 火吸収
ファイヤ ストーン レベル1 全長約3メートル
HP 1000~
MP 350
攻撃力 550
守備力 350
素早さ 200
魔法 ファイヤ アース
能力 火吸収
ファイヤ ウルフ レベル1 全長約3メートル
HP 900~
MP 400
攻撃力 700
守備力 450
素早さ 550
魔法 ファイヤ
能力 火のブレス 火吸収




