21 絶体絶命 修
シルルンたちが大穴に落ちてから四日が経過していた。
すでに食料は底を尽いており、ペットたちは倒した魔物の死体を食べることが可能だが、シルルンたちには無理な話だった。
彼らは少数なら殲滅、多数なら逃げるという行為を繰り返していたが、後方から接近する多数の魔物の存在をシルルンが捉える。
これに対してリザ、トーラス、シレンが反転して迎撃し、シルルンたちは先へと歩を進めていた。
だが、押し寄せる魔物の群れは大群であり、壁や天井を駆け抜けてリザたちを突破し始めたことにより、彼女らは後退しながら魔物の群れと戦うことを強いられる。
それでもシルルンたちはゆっくりと先に進んでいたが、シルルンが前方から接近する多数の魔物を捉えたことにより、彼らは後退を余儀なくされた。
これにより、シルルンたちは前後を多数の魔物の群れに塞がれた状態で戦いを継続しており、すでに十時間が経過して彼らは追い詰められていた。
現在は前方の魔物の群れに対してトーラスが対峙しており、後方からの魔物の進行をシレンが食い止めている状況だ。
彼らが放つ『威圧』により、魔物たちが恐怖に萎縮していることにより現状を保持できているのである。
ちなみに、洞穴の幅や高さは十メートルほどだ。
リザとシルルンは前後から突破してきた魔物の対処に追われており、タマたちとテックのレッサー ピルパグは中間地点でテックとミーラを護りながら戦闘を繰り広げている。
ブラックに乗って魔物と戦うシルルンの左手には、リザに借りた予備の鉄の剣が握られていた。
シルルンがブラックに乗って戦闘を行うとミスリルダガーでは下段攻撃が届かないからだ。
シルルンは右手にミスリルダガー、左手に鉄の剣を持っており、鋼のクロスボウはテックに貸し与えていた。
テックの矢による攻撃は命中率が悪くほとんど当たっていないが、彼らの気持ち的にはないよりはマシだろう。
シルルンたちは後方で魔物の群れと戦いを継続しているシレンの傍に移動し、プニがヒールの魔法を唱える。
シレンの傷が回復するが全快には程遠い。
「マスターの傷も治すデシか?」
「いや、僕ちゃんはいいよ」
魔物との戦いによりシルルンは傷を負っているが、彼は前後の壁であるトーラス、シレンの回復が最優先だと考えていた。
シルルンたちは前方で戦うトーラスの傍まで移動し、プニはヒールの魔法を唱えて、トーラスの傷が全快する。
「あんまりダメージを受けてない……トーラスはシレンより強いみたいだね」
シルルンはにっこりと微笑んだ。
トーラスはシールドの魔法で魔物の攻撃を上手く防いでおり、魔物の密集ポイントにウインドの魔法で攻撃して効率良く魔物を処理しているのだ。
「マスターの傷も治すデシか?」
プニは心配そうにシルルンに尋ねた。
「いや、僕ちゃんはまだいいよ」
シルルンはにんまりと微笑んでプニの頭を優しく撫でた
「……」
プニは不満そうな表情を浮かべている。
シルルンが状況をプニに説明してもプニはあまり理解していなかった。
いや、彼は理解しているのかも知れないが、プニにとってシルルンは絶対のマスターであり、何よりも優先してしまうのだった。
引き返したシルルンたちは中央に戻ると、リザが一撃でレッサー モールの首を刎ね飛ばした。
リザは全域をカバーしているので、その負担は計り知れない。
シルルンたちはリザの傍に移動すると、プニはヒールの魔法を唱えて、リザの体力が回復する。
シルルンは鞄からファテーグポーションを取り出してリザに手渡した。
ファテーグポーションを一気に飲み干したリザのスタミナが全快する。
「ありがとう、助かったわ」
リザは天井から降ってきたレッサー ラット三匹を一瞬で斬り裂いて、シレンに向かって駆けて行った。
「マスターの傷も治すデシか?」
プニは不安そうにシルルンに尋ねた。
「いや、僕ちゃんはまだいいよ。それよりあと何回ヒールできる?」
「あと三回デシ」
「……ヒールの魔法とキュアの魔法はどのくらい魔力を消費するの?」
「同じぐらいデシ」
その言葉に、シルルンは表情を強張らせた。
この大穴に出現する魔物の大半が毒系の能力を所持しており、キュアの魔法の使用頻度は高く、すでに毒消しやキュアポーションは使い切っているからだ。
ちなみに、プルとプニは『MP回復』を所持しているが、彼らの『MP回復』は一時間ごとに最大MPの十パーセントが回復する能力で回復が遅いのだ。
そんな中、後方を守るシレンとリザを突破したモールが天井を駆けながらアースの魔法を唱えて、無数の岩や石がシルルンたちに襲い掛かる。
だが、ブラックは『疾走』を発動しており、降り注ぐ岩や石を難なく躱した。
『疾走』は素早さが二倍になる激レア能力である。
ブラックはアースの魔法を唱えて、無数の岩や石が天井を駆けるモールの体に衝突し、モールは天井から落下した。
シルルンたちは凄まじい速さでモールに突撃してシルルンが剣でモールの体を斬り裂き、モールは胴体から血飛沫を上げて地面をのたうち回る。
ブラックは『強酸』を吐きかけ、液体を浴びたモールは頭が溶け落ちて絶命した。
シルルンたちはモール種たちの死体を引きずりながらトーラスの傍に移動し、シルルンはモール種たちの死体を魔物の群れに向かって放り投げた。
戦闘開始から十時間以上が経過していることにより、空腹状態の魔物たちはモール種たちの死体を奪い合いながら食い散らかしている。
シルルンが魔物の死体を魔物に食べさせているのは、少しでも魔物たちの攻撃の手を遅らせるためである。
シルルンたちが中間地点に戻ると、テックたちが二匹のレッサー ラットに追われており、タマたちがレッサー モール三匹と戦闘中だった。
レッサー ラットは大穴の中では最弱の魔物だが、生粋の魔物使いであるテックとミーラには荷が重い相手である。
シルルンたちはテックとミーラが逃げる方向に先回りし、プルがファイヤの魔法を唱えて、炎に包まれたレッサー ラットは炎に焼かれて地面をのたうち回る。
もう片方のレッサー ラットがシルルンたちに飛び掛ったが、シルルンは剣でレッサー ラットを斬り裂き、ブラックが『強酸』を吐いて、液体を浴びたレッサー ラットは溶け落ちた。
シルルンたちは凄まじい速さで炎に焼かれているレッサー ラットに肉薄し、シルルンが剣でレッサー ラットの体を貫くとレッサー ラットは沈黙した。
タマたちは一対一でレッサー モールたちと戦いを繰り広げており、シルルンたちはマルと戦うレッサー モールの背後に回り込んでブラックが『強酸』を吐き、液体を浴びたレッサー モールは一瞬で溶けて消える。
キュウと戦っているレッサー モールがシルルンたちに背後を取られたことに気づいて反転したが、プルが『ビリビリ』を放ち、稲妻を体に受けたレッサー モールは体が痺れて行動不能に陥った。
シルルンたちはレッサー モールに接近してシルルンが剣の連撃を放ち、レッサー モールは血を撒き散らして肉片に変わった。
タマたちはレッサー モールを囲んで体当たりを繰り出しており、ズタボロにされたレッサー モールは崩れ落ちた。
この様にリザが中間地点から離れるとシルルンたちの負担は跳ね上がり、いつ死者が出てもおかしくない綱渡り状態に陥るのだ。
だが、リザが中間地点に長く滞在すると、トーラス、シレンが対応しきれずに現状の維持は困難になる。
そんな予断を許さない状況が十時間以上も続き、現状を打開する手立てもないシルルンたちは心身共に疲れ果てていた。
「シルルン!!」
リザの悲鳴が洞穴に響き渡る。
シルルンたちは即座にリザの傍に駆けつけると、シレンから少し離れた場所にリザが倒れており、その傍には三匹のモールの死体が転がっていた。
「『麻酔牙』にやられたんだね」
シルルンは眉を顰めた。
リザをもってしても三匹のモールが相手では無傷とはいかなかった。
プニはキュアの魔法を唱え、麻痺毒が浄化されてリザが立ち上がる。
「ありがとう」
リザは瞳に安堵の色を滲ませる。
「マスターの傷も治すデシか?」
プニは暗い表情でシルルンに尋ねた。
「いや、まだいいよ」
(あと2回か……)
シルルンは深刻な表情でプニの頭を撫でている。
リザはシレンの横に並んで魔物の群れと対峙し、シルルンは視線を魔物の群れに転ずると、魔物の群れは通常種が大半を占めていた。
「これはやばいね……」
ブラックから下りたシルルンはブラックにリザたちの援護をするように指示を出し、ブラックはリザたちの横に並ぶ。
「ペッ! ペッ! ペッ! ペッ! ペッ!!」
ブラックは『強酸』を連続で吐き、液体を浴びたモールたちは次々に体を溶かされて地面をのたうち回る。
彼が標的をモールたちに定めているのは、モールたちがアースの魔法でシレンを攻撃する度に、シレンが後退を余儀なくされて中間地点に迫られるからだ。
それはトーラスも同様で、このままではシルルンたちは中間地点だけで戦うことになり、そうなれば対応できなくなるのは必定だ。
しかし、それも時間の問題だった。
リザたちは一斉攻撃を行い、そのあまりの勢いに魔物の群れの前衛たちが総崩れになり、魔物の群れは混乱状態に陥った。
鞄からファテーグポーションを取り出したシルルンは、シレンに飲ませるとシレンのスタミナが全快した。
「これでしばらくは大丈夫そうだね」
シルルンは踵を返して中間地点に駆けていく。
中間地点ではタマたちが二匹のレッサー ラットと戦いを繰り広げていた。
レッサー ラットたちはタマたちの高い守備力の前にダメージを与えることができずに、タマたちに体当たりをくらって力尽きた。
だが、ミーラが苦痛に顔を歪めてしゃがみ込んでおり、シルルンはミーラの傍に駆け寄った。
「す、すみません……私、何もしていないのに迷惑ばかりをかけてしまって……」
あまりの不甲斐なさにミーラは堪えきれずに号泣した。
シルルンは視線をミーラの脚に向けると、脚が毒で紫色に腫上がっていた。
「レッサー ラットに噛まれたんだね」
シルルンはプニにキュアの魔法でミーラの脚の毒を治すように指示を出した。
プニはキュアの魔法を唱えて、ミーラの足の毒は浄化された。
「あ、ありがとうございます」
ミーラは申し訳なさそうにシルルンに頭を下げた。
「と、とにかく、気を強くもってね……ミーラはテックのレッサー ピルパグに乗ってたほうがいいよ」
その言葉に、ミーラは素直に頷いて、テックのレッサー ピルパグの背中に乗った。
「……マスターの傷も治すデシか?」
プニは思い悩んだ表情でシルルンに尋ねた。
「いや、僕ちゃんはまだ大丈夫だよ」
(あと一回か……)
プニの頭を撫でているシルルンの顔が恐怖で蒼くなる。
「……」
プニは露骨に不服そうな顔をした。
シルルンたちがトーラスの傍に移動すると、トーラスは魔物たちの波状攻撃を一匹で防いでいた。
「……トーラスは強いね」
(トーラスだけならこの魔物の群れを突破できるかもしれない……)
鞄からファテーグポーションを取り出したシルルンはトーラスに飲ませると、トーラスのスタミナが全快した。
しかし、これが最後の一本だった。
シルルンたちが中間地点に戻るとブラックの姿があり、ブラックとタマたちはセンチピードを一匹ずつ相手取って激戦を繰り広げていた。
センチピードは凶悪な牙を剥き出しにしてブラックに目がけて突進したが、ブラックは難なく躱す。
ブラックに向き直ったセンチピードがコンフューズドの魔法を唱えて、黄色の風がブラックに襲い掛かるが、すでにブラックの姿はその場にはない。
辺りを見回したセンチピードはタマたちを視認して突進するが、ブラックは凄まじい速さで距離を詰めてセンチピードの背に目掛けて『強酸』を吐き、液体を浴びたセンチピードの殻が溶け落ちる。
怒り狂ったセンチピードはブラックに襲い掛かろうとするが、ブラックの姿は遥か先にあった。
ブラックは前後の長い距離を利用して、センチピードを弱らせながら引きつけて翻弄しているのだ。
「さすがブラックだね」
満足げな笑みを浮かべるシルルンは視線をタマたちに向ける。
タマとマルはセンチピードと戦っているが、キュウはコンフューズドの魔法で混乱し、あらぬ方向に転がって動く気配がない。
タマたちと戦いを繰り広げるセンチピードの背後に回り込んだシルルンは、ミスリルダガーと鉄の剣の連撃を繰り出した。
だが、彼の攻撃力ではセンチピードの背の殻に傷がつく程度のダメージしかあらえることはできなかった。
巨体を素早く反転させたセンチピードは牙を剥き出しにしてシルルンに襲い掛かる。
「ひぃいっ!!」
慌てて横に跳躍したシルルンは牙による攻撃を躱した。
彼のステータスの値は素早さだけは際立っているが、センチピードはシルルンよりも速いのだ。
「ビリビリデス!」
プルは『ビリビリ』を放ち、稲妻が直撃したセンチピードは痺れて動きが鈍った。
「えっ!? 鈍るだけかよ!? テック!! 鋼のクロスボウを返して!!」
声を張り上げたシルルンは全力でテックに向かって走り出した。
テックは鋼のクロスボウと鉄の矢の入った矢筒をシルルンに目掛けて投げ渡し、シルルンは走りながら鋼のクロスボウと矢筒を受け止めて、テックたちとは反対方向の壁際に走る。
「……これはリザかブラックが来ないと勝ち目はないね」
(逃げ回って時間を稼ぐしかないか)
シルルンは難しそうな表情を浮かべている。
麻痺から回復したセンチピードはシルルンに目掛けて突撃し、シルルンは横に跳んでセンチピードの牙を躱しながら鋼のクロスボウで狙いを定めて矢を放ち、矢はセンチピードの頭部を突き抜けた。
センチピードは勢いあまって壁に激突したが、何事もなかったように反転してシルルンに目掛けて突進する。
シルルンは鋼のクロスボウで狙いを定めて矢を放ち、矢はセンチピードの頭部を貫通するが、センチピードは平然と距離をつめて大口をあけてシルルンに噛み付き攻撃を繰り出した。
「……虫の魔物は厄介だね」
苦笑い浮かべるシルルンは横に跳躍してセンチピードの攻撃を避けながら、体を捻って鋼のクロスボウで狙いを定めて矢を放つ。
矢はセンチピードの背中から頭部を貫いたが、センチピードはシルルンに向きを変えて襲い掛かる。
「……」
(センチピードの動きは速いけど直線的で躱しやすい……けど、矢があと六本しかない)
シルルンは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「ファイヤデス!!」
プルはファイヤの魔法を唱え、炎がセンチピードの頭部を焼くのと同時に、シルルンが鋼のクロスボウで狙いを定めて矢を放った。
センチピードの頭部は燃え上がって矢が頭部を貫通し、センチピードはその動きを止めた。
「キシャアァァアアァァ!!」
センチピードは耳をつんざくような奇声を上げる。
「やっと動きが止まったよ」
シルルンはプルの頭を撫でる。
プルは嬉しそうだ。
シルルンは鋼のクロスボウを巻き上げて矢を装填し、センチピードに狙いを定める。
「主君っ!! 危険ですぞっ!!」
ブラックは思念でシルルンに警告し、シルルンは咄嗟に横に跳んだ。
炎に焼かれたセンチピードの叫びに呼応して、ブラックと戦っていたセンチピードがシルルンの背後から突進したのだ。
シルルンは横に跳んだことにより直撃はまぬがれていた。
だが、センチピードの脚爪に脇腹を切り裂かれたシルルンはその場にへたり込み、脇腹から大量出血して地面の土が真っ赤に染まったのだった。
「シルルンさん!!」
蹲るシルルンの周りに広がる血の海を目の当たりにしたテックは鬼気迫る表情で叫んだ。
「そ、そんなっ……」
ミーラは悲痛な面持ちで呟いた。
センチピードは向きを変えてシルルンに目掛けて突進する。
「主君っ!!」
ブラックは凄まじい速さでシルルンに向かって疾走するが、距離が離れすぎていた。
センチピードを翻弄する作戦が裏目に出たのだ。
「ファイヤデス!」
プルはファイヤの魔法を唱えたが、何も発現しなかった。
「マ、マスター……ファイヤが出ないデス……ごめんなさいデス……」
魔力切れに陥ったプルは目を閉じてぐったりとしている。
「しばらく休むといいよ」
シルルンは優しげにプルの頭を撫でた。
シルルンの窮地にタマとマルは必死の形相でシルルンに向かって駆けており、混乱から回復したキュウがシルルンの状況を目の当たりにしてシルルンに向かって猛然と駆ける。
だが、彼らは鈍足だった。
「ヒールで回復するデシ!!」
プニはうろたえて叫んだ。
「……大丈夫だよ」
(ファイヤの魔法の魔力が足らなくて不発に終わったプルでさえ魔力はあるのにぐったりしてる。プニの場合はヒールの魔法を使うと魔力が〇になり即死してしまう可能性がある……マスターとしてプニにそんなことをさせるわけにはいかない)
意を決したような面持ちでシルルンはプニの頭を撫でた。
「……?」
プニは不可解そうな表情を浮かべている。
プニの頭を撫でながらシルルンは鋼のクロスボウを握り締めた。
(頭を射抜いても動きは止められない。だからセンチピードが大口をあけてその身体が伸びきった瞬間に内臓を射抜くしかない……)
決死の形相を浮かべるシルルンは迫り来るセンチピードに鋼のクロスボウで狙いを定めて集中する。
この戦術はセンチピードの内臓を射抜いたとしても、シルルンが食い殺される可能性が極めて高く、シルルンの最後の賭けだった。
センチピードは凶悪な牙を剥き出しにしてシルルンに襲い掛かる。
しかし、プニの精神は混乱状態に陥っていた。
彼は何度もシルルンの傷を回復しようとしたが、全て否定されて納得できないでいた。
(プニの力が足りないからデシか? プニの力はマスターに使ってはダメになったデシか? それとも……でも、このままじゃマスターが死んでしまうデシ!! それだけは絶対に嫌デシ!!!)
プニは泣きそうになりながら心の中で不満を訴えた。
だが、マスターであるシルルンの命令は絶対で抗うことは不可能だった。
「デシデシデシデシデシデシデシデシ――――――ッ!!」
抗うことができない命令に対してプニは、シルルンを想う心で必死に対抗した。
すると、唐突にプニは白い光に包まれて輝いた。
それに呼応するようにプル、タマ、マル、キュウも白い光に包まれ輝いたのだ。
その輝きは一瞬で、シルルンを絶対に死なせたくないという彼らの強い想いが発した輝きだった。
彼らは下位種から通常種へと進化を遂げたのだ。
「サンダーデス!!」
プルはサンダーの魔法を唱え、巨大な稲妻がセンチピードの頭部に直撃してセンチピードの頭部が消し飛んだ。
センチピードは胴体から大量の血を噴出し、地面に突っ伏して微動だにしない。
「ヒールで回復していいデシか?」
プニは嬉しそうにシルルンに尋ねたが、シルルンはあまりの出来事に呆然としていた。
(さっきの輝きはいったい何なの? それに魔力切れだったはずのプルがサンダーの魔法を放った……プルはサンダーの魔法を持ってなかったはずだよね?)
考え込むような表情を浮かべていたシルルンは、はっとしたような顔をした。
「……もしかして進化したの?」
「はいデス」
「デシデシ」
プルとプニは無垢に微笑んだ。
「あはは、まさかとは思ったけどやっぱり進化したんだ」
屈託のない笑みを浮かべるシルルンはプルとプニの頭を優しく撫でる。
プルとプニはとても嬉しそうだ。
「ヒールデシ!! ファテーグデシ!!」
プニはヒールの魔法とファテーグの魔法を唱えて、シルルンの傷とスタミナが全快する。
プルとプニはスライムメイジに進化したことにより魔法力が大幅に上昇しており、使用できる魔法や能力も増えているが、体長は変わらず二十センチメートルのままだ。
タマたちは通常種に進化したことで『鉄壁』に目覚めており、全長は二メートルに巨大化している。
彼らの守備力は六百を超えており、最早センチピードの攻撃力をもってしても物理攻撃でタマたちにダメージを与えることは不可能だった。
ちなみに、『鉄壁』は守備力を二倍にする能力である。
シルルンは視線をブラックに転じると、ブラックだけが進化していなかった。
(個体によって進化条件は違うみたいだね)
シルルンは複雑そうな表情を浮かべている。
炎に頭部を焼かれていたセンチピードは、ようやく鎮火に成功してシルルンたちに向かって突撃した。
「エクスプロージョンデス!」
プルはエクスプロージョンの魔法を唱え、光り輝く球体が胴体に直撃したセンチピードは爆砕して砕け散ったのだった。
シルルンたちがブラックに乗ると、テックとミーラがシルルンたちの傍に駆け寄ってきた。
「き、傷は大丈夫なんですか!?」
テックは緊張に一層顔を強張らせている。
「うん、大丈夫だよ。ヒールの魔法で回復したから」
その言葉に、テックとミーラの顔に虚脱したような安堵の色が浮かんだ。
「この子たちはもしかして進化したんですか?」
ミーラは不思議そうな表情でシルルンに尋ねた。
「うん、ていうか、プルとプニも進化したんだよ」
「えっ!?」
テックとミーラは驚きのあまりに血相を変える。
「あの状況からセンチピードを倒せたのは進化して魔力が回復したからなんだよ。でなきゃ死んでたと思うよ」
「なっ!?」
テックとミーラはプルとプニを見つめて思わず息を呑んだ。
その話の内容から彼らは、主人であるシルルンを護るためにプルたちは進化したのかと驚きを禁じ得なかったのだ。
「じゃあ、僕ちゃんはリザたちの様子を見てくるよ」
シルルンたちは身を翻してリザたちの元に向かおうとした瞬間、意外な魔物が姿を現したのだ。
「トーラス!! なんでここに!?」
テックは信じられないといったような表情を浮かべている。
前方を守っていたトーラスがなぜか中間地点に戻ってきており、これにはシルルンたちも呆けたような顔を晒していた。
テックは思念でトーラスに事情を尋ねると「魔物の群れが急に反転していなくなった」とトーラスは返した。
彼は何かの罠かもしれないとしばらく様子をみていたが、何も起こらないので戻ってきたということだった。
「うん、確かに前方に魔物はいないみたいだね」
シルルンは『魔物探知』で前方を探ると魔物の気配は消えていた。
「ど、どうします?」
テックの顔には薄く笑みが浮かんでおり、シルルンの顔を見つめるミーラの瞳には希望の光が宿っていた。
「……」
(そろそろ部屋が近いはずなんだよね……部屋にたどり着いても意味はないけど、これ以上この場所で戦うのはうんざりだよ)
逡巡したシルルンは結論に達した。
「とりあえず、進もうか。トーラスを先行させてその後を僕ちゃんたちが追いかけるのがいいと思う」
「なるほど、分かりました」
テックは思念でトーラスに命令し、トーラスは歩き出した。
「ちょっと待って」
シルルンはプニにトーラスを回復するように指示を出し、プニはヒールの魔法とファテーグの魔法を唱えて、トーラスの体力とスタミナが全快する。
トーラスは踵を返して先に進んだのだった。
シルルンたちは後方で戦いを繰り広げているリザたちの元に移動した。
リザたちは通常種の数をかなり減らしてはいるが、魔物たちの攻撃は激化の一途を辿っていた。
「ファイヤデス!」
プルはファイヤの魔法を唱えて、激しい炎が魔物たちを包み込んで、五匹ほどの魔物が炭に変わって崩れ去った。
「エクスプロージョンデシ!」
プニはエクスプロージョンの魔法を唱え、光り輝く球体が魔物の群れに直撃して、五匹ほどの魔物が砕け散って即死した。
「リザとシレンを回復して」
「分かったデシ!!」
プニはヒールの魔法とファテーグの魔法を唱え、リザとシレンの体力とスタミナが全快し、リザは戦線から離脱した。
「ちょっとどうしたのよ!?」
シルルンの血塗れのシャツを目の当たりにしたリザは驚きを隠せなかった。
「センチピードにやられたんだよね。さすがに死ぬかと思ったよ」
「けど、すぐにプニちゃんのヒールで治してもらったんでしょ?」
「いや、今だから言うけどセンチピードと戦ってる時にはプニの魔力はヒール一回分しかなかったんだよ。けど、その一回のヒールを使うとプニが魔力切れで即死するかもしれないから使えなかったんだよね」
シルルンは苦々しげな表情を浮かべている。
「なっ!?」
リザたちはガツンと頭に衝撃を受けたような顔をした。
彼女らはプニの魔力は十分にあると勝手に勘違いしており、シルルンがプニの魔力の残量について何も言わなかったのは、自分たちを不安にさせないための配慮だったのだとリザたちは理解したのだった。
だが、リザは訝しげな表情を浮かべていた。
二匹のセンチピードに彼女らが突破された際にブラックが即座に後を追いかけたので、彼女はシルルンとブラックならなんとかなると考えていたのだ。
しかし、プルとプニが魔法を使用できないのであれば話は変わる。
「どうやって切り抜けたのよ?」
リザはいかにも解せないといったような表情を浮かべている。
「センチピードが突っ込んできて僕ちゃんも最後の賭けに出たんだけど、その土壇場でプルとプニが進化したんだよ。あとタマたちも同時にね」
「――っ!?」
その言葉に、リザは放心状態に陥った。
「最後の賭け」という言葉に、そこまでシルルンが追い込まれていたのかと彼女は心を貫かれたのだ。
間接的とはいえその原因を作り出した責任を痛感しているリザは自責の念に駆られたのだった。
「でね、前方の魔物が突然いなくなったんだよ」
「えっ!?」
リザは面食らったような顔をした。
「トーラスを先行させてるんだけど僕ちゃんたちも後を追おうと思うんだよ。いきなり全員で向かったら前方で何かあった時に後方から追ってくる魔物に挟まれて対処するのが難しくなるから徐々に動こうと思うんだよね」
「ふうん、なるほどね」
リザは思わず笑みがこぼれた。
「それでリザとテックとミーラがタマたちの背に乗って中間を走ってほしいんだよ。あとテックがテイムしたレッサー ピルパグも一緒にね。もし、前方のトーラスに何かあったら反転して知らせに来てほしいんだよ。僕ちゃんとシレンはここで戦いながらゆっくり後退するから」
「!!」
その言葉に、ブラックがピクッと反応したがシルルンは気にしていなかった。
「ここで戦うのならシレンと私のほうがいいんじゃないの? 今まで戦ってたから慣れてるし」
「うん、悪くはないけど傷を負ったら治せないでしょ? それにある程度時間が経ったら僕ちゃんたちも反転して全力で追いかけるから、そうなるとブラックとシレンのほうが速いからね」
「……分かったわ」
シルルンに戦ってほしくないリザは反論が思い浮かばずに渋い顔で頷いた。
テックは自身のペットであるレッサー ピルパグに背負わせている荷物を、キュウの背中に乗せ変えた。
これにより、レッサー ピルパグの移動速度の上昇が少しは期待できるだろう。
タマにテック、マルにミーラ、キュウにリザが乗り、リザたちはトーラスを追いかけて出発した。
「うわっ!! 結構、速い!!」
リザは驚きの声を上げた。
レッサー ピルパグはタマたちを必死に追いかけている。
シルルンは思念で「レッサー ピルパグがついていける速さで走って」とタマたちに指示を出した。
タマたちは頷いて、洞穴の奥へと消えていったのだった。
シルルンは踵を返して魔物の群れに視線を転じる。
「ダークネス」
ブラックはダークネスの魔法を唱え、黒い風がシルルンを突き抜けた。
「がぁあああああああああああぁぁ!!」
激しく顔を歪めるシルルンは絶叫した。
「フハハハハハハハハッ!!」
ブラックは凄まじい速さで魔物の群れに突進した。
狂ったようにミスリルダガーと鉄の剣を振るうシルルンは魔物たちを次々に斬り裂いて肉片に変えていく。
「フハハッ!! それでこそ我が主君よ!!」
ブラックの顔は歓喜に満ちていた。
彼は不満だったのだ。
シルルンが後方でちまちまと矢を放ったり、プニに回復を行わせていることをだ。
ブラックは、我が仕える主君なら正面から堂々と敵を斬り裂くべきなのだと常々思っており、彼はダークネスの魔法でシルルンを暴走させたのだ。
ダークネスの魔法は光属性である者に対して効果を発揮する魔法だ。
だが、そうでない者がこの魔法を受けると、副次的効果として強い破壊的衝動に襲われて、これにより自我意識は消失する。
そのため、暴走したシルルンの体はリミッターが外れたことにより、ステータスの値が通常の三倍ほどまで上昇していた。
「マ、マスター、どうしたんデスか?」
「デシか?」
しかし、シルルンは答えられない。
シルルンから返事がないプルとプニは悲しそうな顔をした。
「フハハハッ!! 解る!! 解りますぞ!!」
ブラックは自信ありげな表情を浮かべていた。
これまでシルルンを頭に乗せてきたことにより、彼はシルルンがどう動いてどう攻撃するのかを理解していた。
ブラックはシルルンが攻撃するタイミングで加速して突進することで、シルルンの攻撃力が増加するように動いているのだ。
しかも、ブラックは足が十本以上あるので馬と違い、どの方向にも速度を落とさずに移動することが可能なのだ。
「フハハ!! まさに人馬一体。いや、人ロパ一体とはこのことよ!!」
ブラックは不敵な笑みを浮かべている。
暴走したシルルンは手当たり次第に魔物を斬り裂き肉片に変える。
これに感化されたシレンは防御から攻撃に転じた。
シルルンとシレンの攻撃は凄まじく、瞬く間に魔物の死体が積み上がる。
魔物たちは強引に天井や壁から突破を試みるが、ブラックは壁を駆け上がってシルルンが魔物たちを斬り裂いていく。
シルルンたちのあまりの強さに魔物の群れは徐々に後退し始めるが、ブラックとシレンは攻撃の手を緩めない。
彼らの攻撃は魔物の群れが完全徹底するまで継続され、目前に魔物のたちの姿が見えなくなってからブラックとシレンは反転してリザたちを追いかけたのだった。
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プル スライムメイジ レベル1 全長約20センチ
HP 350
MP 550
攻撃力 10
守備力 30
素早さ 70
魔法 ファイヤ ファイヤボール エクスプロージョン ポイズン アンチマジック マジックリフレクト マジックドレイン サンダー
能力 捕食 統率 HP回復 MP回復 ビリビリ 魔法耐性 浮遊 触手
プニ スライムメイジ レベル1 全長約20センチ
HP 400
MP 500
攻撃力 15
守備力 30
素早さ 65
魔法 ブリザー ヒール キュア ファテーグ パラライズ シールド マジックシールド エクスプロージョン マジックドレイン
能力 捕食 統率 HP回復 MP回復 魔法耐性 瞑想 浮遊 触手
ピルバグ レベル1 全長約2メートル
HP 800~
MP 20
攻撃力 100
守備力 300
素早さ 100
魔法 無し
能力 鉄壁
ピルバグの殻 5000円




