第十話 城での披露の宴
「まあ素敵ですね! オフィーリア、綺麗ですよ」
「そうだな。良く似合っている」
玄関近くの部屋である来客室に通されると、正装をしたアルベルトとクローディアが待ち構えていた。アルベルトのジャケットとクローディアのショールは翠色で、この領地の色、つまりシヴァルディの色を意味する。わたしの衣装についているリボンも翠色をしているので、公式な場ではその色を纏うのが正式なようだ。
お世辞にしか聞こえない褒め言葉に礼を述べると、二人は目を細めて喜んだ。
「オフィーリア、十歳になったのでこれから外に出ることもあるだろう。そのため護衛のための武官を一人、付けることになった」
アルベルトがそう言うと、彼の背後から一人の若い男性が出てきた。黒みを帯びた深く艶やかな紅色の髪を短く刈り込んだ好青年で、脇には剣を引っ提げている。日頃からきちんと鍛えているのか、体が引き締まっている。男性はわたしの前までやってくると、右手を胸に当て、左足を一歩引き、頭を下げた。男性バージョンの礼だ。
「初めまして、オフィーリア様。私はメルヴィル・シャルパンティエと申します。この夏に十八になりました。オフィーリア様の身に危険が及ばぬように努めますので、どうぞよろしくお願いいたします」
そう言って、メルヴィルと名乗った男性は物柔らかな笑顔で挨拶をして、目線を下げる。十八歳と言っていたがもう少し若く、成人したてくらいだと思っていたが違っていたようだ。わたしの護衛の武官だということなので、中位貴族より下の貴族だと判断し、わたしは礼をせずにメルヴィルを真っ直ぐに見据えた。下の者に頭を下げるのは良くないと言われているが、こればかりは前世の習慣もあってか慣れない。
「顔を上げてください。……メルヴィル、大変なお仕事かと思いますがよろしくお願いしますね」
「誠心誠意尽くすつもりです。有難いお言葉ありがとうございます」
メルヴィルは顔を上げてにこりと笑った。それに応えるように無理矢理口を吊り上げて笑って返したが、きちんとできただろうか。二人をちらりと見ると、笑顔で頷いていたので及第点は貰えたようだ。
「メルヴィルとの顔合わせも終わったので、城に行こうか。……オフィーリア」
「はい、お父様」
「わかっていると思うが、城での言動には十分気を付けるように。オフィーリアを見ている者の中には悪意を持つ者もいるのだからな」
具体的な名前は出さないが、第一夫人、その一派を指すことは明らかだ。この半年の間、勉学だけでなく貴族の派閥も少しだけ教えてもらったので、どの家が味方なのか、中立なのか、敵なのかはある程度わかっている。ただ一度も会ったことがないので、顔と家名は一致しないのが難点だ。だからアルベルトは改めて忠告しているのだ。
わたしは口元をきゅっと引き締めてゆっくり頷いた。そのぴりっとした緊張感を保ったまま、わたしたちは屋敷を出て、護衛と側仕えを引き連れて城へと向かう。
城へはアロゴーヴァという馬のような牛のような生き物が曳く車に乗って行く。わたしが孤児院を出てプレオベールの家に向かう時に乗ったのもそれだ。基本的に筋肉量が多い雄が車を曳き、脂肪量の多い雌は栄養分を多く含んだ乳を出すため家畜として飼育されている。だから馬でもあるし、牛でもある不思議な生き物だ。
プレオベールの家から城までは遠くない。屋敷から城が見えるくらいには近いので、車を使うとすぐに到着した。アルベルトに手を貸してもらって車から降りると、壮大な玄関口が目に入る。
『凄いわね……。さすが、城だわ……』
イディが口をぽかんと開けてその玄関口を見つめる。プレオベールの家もなかなかに大きく感じたが、城はそれ以上だ。たくさんの人々を迎えることもあるため、そうなっているのは理解できるが実際にその場に立つと圧巻だ。
「オフィーリア、口が開いていますよ」
クローディアの厳しい声ですぐに口を閉じてぴんと背筋を伸ばし、二人に続いて中へ入っていく。中もきちんと整えられ、無駄なものが置かれていない。きょろきょろと辺りを見回したいところだが、苦言を呈されるのでぐっと我慢し、奥へと入っていく。
奥の部屋は大広間で、もう既に多くの着飾った貴族たちで溢れていた。こう見ると、白い衣装を着ている子どもは目立つので同世代の子どもがどこにいるのかわかりやすい。
「さあ、オフィーリア。貴女は主役なのですから前へ行きましょう」
「はい、お母様」
アルベルトはヴィルヘルムの補佐があるのでここで別れ、わたしはクローディアに導かれてずんずん奥へと進んで行く。前の方に行くと舞台になっていて、椅子が八つ並んでいた。おそらくそこに十になる子どもが座るのだろう。十人弱と聞いていたが、八人か。
「お披露目では一人ひとり、魔力量の測定を行います。今年の冬はアリーシア様のお子も十歳になるので、オフィーリアの順番は最後から二番目です」
お披露目は下位貴族から順に上がっていく形で行われる。魔力、正しくは精霊力量の多さは貴族の地位で比例しているのでだんだん多くなっていく形になるはずだ。
そして、気を付けろと言われていた第一夫人の二人目の娘がわたしと同い年なため、お披露目を迎えるのだ。派閥的に交わることはないので、今後顔を合わせる機会はないと思うが、十分に注意しておく必要がある。
「魔力量の測定はどうやってするのでしょうか?」
「魔道具を使用するのでオフィーリアはそれに触れるだけでいいのですよ。ヴィルヘルム様が差し出すので、それに合わせて触れば魔力量に応じて光りますから」
「わかりました」
特にお披露目の中で気を付けないといけないことはないようだ。それならば変な言動を取らないように意識をそちらに向けておくだけで良い。わたしは笑顔で頷いていると、舞台上にヴィルヘルムとアルベルトが現れて、アルベルトが声を上げた。
「今年、十になる子どもたちよ。前へ集まりなさい」
その言葉を聞いて、白い服を着た子どもたちが壇上へ上がっていく。左端から下位貴族なので、わたしは順番を待って右端から二番目の席に座った。そして、わたしの右隣に薄い金色の髪の少女が座る。来た、と自然とぐっと拳に力が入ってしまう。
「では、十の子どもの披露の宴を始めるとしよう」
ハッと顔を上げるとヴィルヘルムが声を上げ、開始の言葉を述べた。舞台下を見るとたくさんの貴族たちがこちらを見つめている。
「今年、十になる子どもは八人だ。……では、キール家のドロテーア。来なさい」
一番初めに呼ばれた下位貴族のドロテーアは緊張した面持ちで席を立ち、舞台の中心にいるヴィルヘルムの元へと向かう。ヴィルヘルムは黒いバトンのような塊を差し出すと、彼女はその塊に触れた。すると、ほんのりとライトが点くようにその塊の中心にある宝石のようなものが白く柔らかく光った。……なるほど、それが精霊力を測定する精霊道具か。
「ドロテーア、其方をジャルダン領の下位貴族に迎えよう」
「ありがとうございます」
ドロテーアはヴィルヘルムの言葉にホッとした声で謝意を述べると礼をした。そして、すぐに後ろを振り返り、他の貴族に向けても礼をした。するとぱちぱちと拍手が送られ、ドロテーアは舞台下へと降りていく。
流れはわかった。
しばらく見ていると、測定する道具の光り方がだんだん強くなっていることがわかる。光の強さで力の量を判別するのか、可視化できてわかりやすい。
「ねえ」
右隣から小声で声をかけられたので、隣を見ると少女がこちらを見つめていた。この少女はもちろん、第一夫人の娘だ。そしてすぐにわたしは、この少女が領主一族であることを思い出して、スッと目線を下にした。
「……何でしょうか、リオレッタ様」
目上なので無視するわけにもいかず、わたしは同じ小声で第一夫人の娘であるリオレッタに用件を尋ねる。第一夫人に探ってこい、と言われたのだろうか。それならば向こうに有益な情報を落とさないように気を付けなければならない。息苦しくなってきた。
「貴女がオフィーリア?」
「そうでございます、リオレッタ様」
「ふーん……。顔を上げなさい」
わたしがゆっくりと顔を上げると、リオレッタの薄い緑の瞳にわたしの焦り顔が映った。リオレッタはじろじろとわたしを品定めすると、キッと強い眼差しを向けてきた。
「精々勉強に励むといいわ、孤児院上がり」
「……肝に銘じます」
わかりやすいリオレッタの牽制の言葉にひくりと顔が引き攣りそうになる。しかし言い返すこと自体あり得ないので、何とか笑みを浮かべつつ失礼にならない返事を返した。わたしの返事が面白くなかったのか、リオレッタはふん、と鼻を鳴らして前を向いてしまった。とりあえず何とかやり過ごせたようだ。
「……次、プレオベール家のオフィーリア」
リオレッタとやり合っているうちにわたしの番が回ってきたようだ。わたしは席を立ち、舞台の中心へと向かった。先程のこともあってか心臓がバクバクしているのがわかる。静まれ静まれと気持ちを落ち着かせながら、ゆったりとした足取りでヴィルヘルムの元へと向かう。
「……大丈夫か?」
わたしの顔色が悪かったのか、先程のやりとりを目の端で確認していたのか、それはわからないがヴィルヘルムが小声で尋ねてきたので、わたしは小さく頷いて差し出された精霊道具に触れた。光らせて礼をしたら終わりだ。
「……え?」
目の前で急に起こったことに驚き、わたしは思わず声を漏らしてしまった。




