第四十三話 考察
マルグリッドたちがヴィルヘルムを見送り、彼が城に戻った後、わたしはマルグリッドに呼び出された。「詮索はするな」というヴィルヘルムの言葉通り、マルグリッドは会話の内容は聞いてこなかったが、何度も繰り返し「失態を冒してないか」を確認してきた。わたしはどれだけ信用がないのかと、目が遠くなりそうな出来事だったが、マルグリッドなりにわたしを案じてくれているので良しとしよう。結局、何もしていないことを理解してもらえたし。
そして夜。ロジェたちが寝静まった頃合いを見計らってわたしは部屋をいつも通り抜け出して、講堂にいる。目的はもちろん、解読作業を進めるためだ。
金色文字で書かれたメモとペンを取り出し、セッティングを整える。イディがその様子を眺めながらため息をつく。
『今日は大変だったね……』
「そうだね。でもわたしはこれのために生きてる!」
わたしがペンを掲げて笑顔を向けるとイディも釣られて笑った。ヴィルヘルムの襲来というとんでもないことがあったが、それまでにシヴァルディのおかげでアモリを救うことができたし、解読結果が概ね合っていたこともわかった。前世でやり切れなかったことを少しずつでもできていることがこんなにも嬉しく、わたしを満たしてくれる。
『やっぱりリアには敵わないや』
「そう?」
解読ができることが嬉しくてへらりと笑いながら返すとまたイディは笑顔を見せた。
『今日も続きをするの?』
「ううん。森の精霊の記述は直接本人に聞けることも多いと思うし、領主様が欲しい情報がある右側に手をつけようと思う。『しふあるいー』じゃなくて『シヴァルディ』ってわかったし、書いてある内容も少し教えてもらって情報も増えたし」
忘れないうちに得た情報は整理しておきたい。精霊の名前は予測がつかなかったので、仮定で進めていたがやはり間違っていた。これを元に他にも当てはめ修正すると、より正しいものが見えてくるかもしれない。
早く作業がしたくてうずうずしているとイディが上目遣いでこちらを見てきた。
『そっか。ワタシはリアの研究結果をまとめようかな。精霊力使うけどいい?』
イディの唐突な提案にキョトンとしてしまう。今までわたしが作業をしていても見ているか助言するかのどちらかだったが、ここにきて別の作業をすると言ったイディに驚いた。
「別に助かるから良いけど……」
『じゃあ決まり! リアが広げてるメモからまとめていくね』
そろそろ整理したいとは思っていたが、目の前の理解しきれていない優美な文字たちを前に整理などしてられない。一刻も早く解読作業を進めたいと思うのが普通だろう。
そのため、イディの申し出は正直有難い。そう見ると、やはりイディは精霊なのだなと改めて思う。本人に言ったらきっと怒ると思うけれど。
イディはすいーっと文字表の方へと飛んでいくと、それに自身の手を当て始めた。橙色の光が飛んでいるので精霊力を使っているのだろう。
わたしはイディから目の前の精霊殿文字に目を移すと、左手で壁をぺたりと触った。石の材質なので冷たく硬い。文字がある窪みに手が触れると口元がどんどん緩んでいってしまう。
さあ、待っててね。今から読み解いてあげるからね……。
多分、今のわたしの顔は喜びに溢れてるに違いない。
ランタンの明かりがチカチカと点滅し始めた。無常にも終わりの時間を告げられ、わたしははぁ、とため息をついた。まだ良いところだったのに部屋に帰って眠らなければならない。
『もう時間だね』
「好きなことをしてる時間ってあっという間だね」
『そんなもんだよ』
項垂れるわたしにイディは軽く笑った。そして作業をしていた手を止めてイディがこちらへやってきた。
『少しだけランタンに精霊力を注いでもらってもいい? できたところまで見せたいの』
「ん。わかった」
成果報告か、と思いながらわたしはランタンに手を当てごく少量の精霊力を注いだ。すると、新たに燃料を得たランタンは明々と周りを照らし始めた。それをイディは確認すると、右手の人差し指で丸を描くように振った。
『こんな感じでまとめたんだけど……』
「おお……」
振って出てきたのは印字のように整った金色のプロヴァンス文字の羅列だった。内容は旧プロヴァンス文字について。わたしのように書き殴りではなく、報告書のようにきちんと整理されている。
イディってこんなこともできるのか……。
春乃の時も教授に提出するためにレポートを作成していたが、ここまでの出来栄えではなかった。わたしが舌を巻いていると、イディがある箇所を指差した。
『ここは他の書き方もあるから注釈をあとで入れるね。……それで、これが完成したらリアの精霊力を使って本にしない?』
「本?」
思ってもみない発案にわたしは聞き返してしまった。それに対して、イディは満面の笑みをしながらこくこくと頷いた。
『精霊道具を作る延長で、精霊力を込めて本を作るの。年月が経っても劣化することがないから良いんじゃないかなって』
「そっか……。紙に直接書かなくて良いし便利かも」
本は正しく保存しないと駄目になってしまう。湿気や日当たりなど配慮しなければならないことはたくさんあるのだ。しかし、精霊道具ならば壊れにくいというし良いのではないか。ランタンのように精霊力を吸い取って持っておけば持ち運びしやすい。あと、印刷技術がまだ発達していないようなので手書きでいちいち書かなくても良いのが素晴らしいと思う。その時間を取るくらいなら解読したい。
『今日まとめたのは旧プロヴァンス文字だから、明日にはもう一度推敲して完成かな。その時も精霊力を使うけど、作らせてね』
「うん、もちろん。ありがとう、イディ」
わたしはそう言ってポケットから事前に採っていたテオの実を取り出した。軽くて硬い殻を割り、中身をイディに手渡した。『ありがとう!』と嬉しそうに破顔して両手でテオの実を持ち、舐め始めた。相変わらず苦いものが好きだなと微笑してしまう。
『あ、リアの方はどうだった?』
ぺろぺろと舐めながらイディがわたしの作業成果を尋ねてきたので、わたしは今日走り書きした部分を見る。
「『地に力込めん。実り得ん』の続きからやってみた。あの時は必死だったけど、森の精霊の記述を少し解読したら前より慣れた感じがあってやり易かったよ」
『そっかあ。で、精霊様が言ってた儀式のことだった?』
シヴァルディがここの文章の何処かに王族を迎えて行う儀式のことが書かれてあると言っていた。わたしもそれを期待して読み解いていたが、今回はそのような記述は見当たらなかった。もっと先に進んだところにあるのかもしれない。
「なかった。まだ文は続いてるからそっちにあるのかも」
『……そうみたいだね。ほら、ここにも絵があるよ』
わたしが首を振りながら言うと、イディは苦笑しながら文の最後の方を指差した。示す方向に目をやると、森の精霊の時と同様に下に簡易的な絵が彫られていた。
……全く気付かなかった。
イディが指差すところは、人がたくさん彫られていた。講演会のように人が集まり、一点に視線が集中している絵だ。これだけでは何をしているのかはわからないが、これこそシヴァルディのいう儀式なのだと思う。
『本当にリアらしいね。文字しか見えてなかったんでしょ?』
「う……、そうです……」
『それで、なんで書いてあったの?』
呆れ返りながらもイディはわたしに尋ねてきた。わたしはメモの部分に目を落とす。
「地に力込めん。実り得ん、まではやってたからその続きね。……水、力込めん。清らなりなん。大いなる力ほど、良くならん。と。濁点少ないからまだ読みやすかったよ」
『地の次は水かー。水に精霊力を流すと綺麗になるってこと?』
「うん。もしかすると飲水として使えるかも」
孤児院で使っている井戸水は飲用として使う場合、一度煮沸している。しかし、精霊力を注ぐことで綺麗になるのならば手間が大きく省ける。たくさんの子どもがいるので、大量に用意しなければならないのだ。
『それで、精霊力が大きいほど良くなるだろう、ということね。それで、その次は?』
「えっと……、木、草、花、作物、豊かなること、王国、栄えの源ならん。力弱まれば、実り減り、穢れ、王国衰退せん、とここで一区切り」
『精霊力が弱まると実りが減る……って、今のことじゃないかな? ひょろひょろの作物や雑草のこと、ずっと気になってたの』
イディの言葉に確かにと同意する。雑草はともかく育てている意味はあるのかと思う作物は、やはり本来の姿ではなく精霊力が弱まった結果だ。
実際に土に精霊力を注いだから小さかった葉や実は大きくなり、細くて折れそうな茎は太く丈夫になった。精霊力の量で育ちが決まるなら今の状況は結構まずいのかもしれない。シヴァルディが言っていた精霊力が衰えている、という言葉も納得できる。
「地に力込めん、から、やっぱり精霊殿が中心になって土地に精霊力を注いでたのかも。それでいつしか精霊殿が孤児院に成り代わったからなくなって……」
『それで時とともに土地が衰えたの? ……でもおかしくない? そんな大事なことしなくなるなんて』
「……そうだよねぇ。予想だから実際の歴史を見ていかないとわからないね」
わたしの言葉にイディも頷く。わたしは平民でずっとここで暮らしていた。日本と違って等しく教育の機会など与えられていない。だから、実際の歴史が見えたらわかる部分もあるかもしれないが、どうだろうか。……歴史を知る必要があるかも。
「とりあえず今日はここまでしかできなかった。多分、この後に絵が添えてあるから次の文章は儀式のことだと思う」
『決まった時間しか解読作業できないからやっぱり、少しずつしか進まないね。成果、領主様への報告書にする?』
「そうだね……。王国衰退の話を知らせた方がいい……って、紙貰ってない!」
『え?』
報告書を提出するように、とヴィルヘルムに言われたが書くための紙は貰っていない。この世界では紙は、おそらく羊皮紙だ。高価でわたしでは到底扱えるものではない。マルグリッドに頼んでも一蹴にされるか、良くても用途を聞かれるかになるだろう。聞かれても「領主様に報告書を提出します」なんて馬鹿正直に言えるわけがない。
どうしたものか、と考え込んでいると、イディが口を開いた。
『とりあえず、リアは精霊様と繋がっているんだから呼んでみたら?』




