第二十四話 事実
「ディミトリエ様? 私が無知で申し訳ありませんが、この子はリアでは?」
驚き声を失っているわたしを見ながらマルグリッドが信じられないという表情をしながら孤児院長に尋ねる。
わたしは今までずっとリアと呼ばれてきた。このリアという名前は愛称的なものだと思って過ごしてきたが、何か常識的なものが違うようだ。孤児院に新しい子が来ても基本先輩であるアモリがわたしの分の紹介をしてくれていたので自分で名乗ることはなかった。だからオフィーリアという名前を出すことはなかったし、ツッコまれることもなかったのだ。
マルグリッドの「リア」という言葉にさらに何か思い出したかのように孤児院長は手を叩いた。
「そうだ、リアだ! リアと名付けたのはこの私だ。オフィーリアという貴族らしい名前は捨てられ平民になる子どもに必要ないからな」
「確かにオフィーリアという名前は貴族がつけるような名前ですが……。では何故この子がブルターニュの家の子だとわかるのでしょう?」
「この子どもが捨てられ届けられた時、着ていた衣服にブルターニュ家の家紋が刺繍されていた。小さな子どもだったためブルターニュ家に連絡を取ったが『やっと跡取りが産まれ、その子に魔力供給をしていくのでオフィーリアにはもうできない。だから引き取ってくれ。死んでしまっても構わない』と言われたのでな」
突然降ってきた事実に理解が追いつかない。わたしの記憶に貴族の家で過ごしたというものはない。物心ついた時にはもうこの孤児院にいたのだ。だから突然、「元貴族です」と言われても信じることができない。しかし当時を知る孤児院長がここで敢えて嘘を吐く必要性もない。
「知りませんでした……。何故それを教えてくださらなかったのですか?」
「平民に落ちる子どもなのに教えてどうなる? マルグリッドも当時、ここに隠されたばかりだったではないか」
「それは……」
マルグリッドが口籠る。愛人の子どもという立ち位置で正妻から隠れるために孤児院に来たと以前言っていた。そんな不安定な状態のまだ若い彼女に真実を伝える必要性もない。
「……マルグリッドが魔力供給を担ったから結局死なずに済んだのか。幸運の持ち主のようだ」
何を考えているのかわからない笑顔を浮かべて孤児院長は自身の顎を撫でた。利用価値を見定めるその目に背筋がぞくりとして震えた。
「死ななかったのならば除籍もされておらんだろう。除籍のためには死に石が必要なのだからな」
質問がこちらからできないのでわからない単語が出てきて戸惑う。
……しにいし? 死ぬ石?
『精霊力を持っている人間は死んだらその流れが止まるから心臓の部分が固まって石になるの。それが死に石』
初めて聞いた言葉に首を捻っているとイディが教えてくれた。けれど除籍の詳しいことがわからない。イディも除籍のことは言ってこなかったのでそれは貴族関係のことなのだろう。
とりあえずわかることはわたしは元貴族であるブルターニュ家の子どもだったが捨てられたということだ。物心ついた頃には孤児院だったので衝撃はあるが、悲しみは今のところ湧いてこない。もしかすると実感できていないだけかもしれないが。
「しかしお前はオフィーリアではなく、平民のリアだ。出自を知ったからと言って何か変わるわけでもない。わかっているな?」
「はい、わかっております」
孤児院長の言葉にわたしは再び頭を下げながら言った。そうすると孤児院長は「わかっているなら良い」と満足げに言った。
「もうすぐ領主が視察に来る。お前が料理を作りなさい」
「はい、かしこまりました」
「もう下がれ」
命じられたのでわたしは「はい」と返事をして立ち上がると来た時と同じ扉から出て行く。部屋を出て扉を閉めた瞬間に緊張が一気に解けてへたりと座り込んでしまった。
『大丈夫!?』
イディが心配して寄ってきてくれたのでわたしは頷く。死の不安から一気に解放されたのと出生のことをいきなり突き付けられたので疲れてしまったのかもしれない。
「帰ってきたぞ!」
「おい、大丈夫か!?」
扉の音に気付いたのかドミニクたちが駆け寄ってきた。
「緊張が解けてしまって……。すみません」
「いいんだ、気にするな」
そう言ってわたしの腕を掴んでゆっくり立ち上がらせてくれた。ドミニクの態度はこの部屋から連れ去られる前とは打って変わった優しいものだったので少し戸惑ってしまう。その戸惑いが伝わったのか、ドミニクは頭をガシガシと掻きむしりながら「あー……」と何か言葉を探し始めた。
「その、な……、俺は貴族様の料理を長い間作っていたが直接呼ばれることなんてなかったんだ。あの部屋は貴族様たちがいらっしゃる場所だし、何かしでかした時に連れられる部屋は別だ。──お前はあそこでお褒めの言葉をいただいたんだろう?」
わたしは頷いた。ここに勤めて長いドミニクはあそこの部屋がどこに繋がっているのか知っていたのだ。だからわたしがどのような扱いになるのかもわかっていたのか。
「お前が作った料理は美味かった。常識外れだが、それ以上だ。料理人として悔しいくらいだ。けれど俺は自分の料理人としての誇りばかりに目を向けてお前の邪魔ばかりしようとしていた。すまなかった」
そう言ってドミニクは頭を下げた。わたしは驚き慌てた。
「あ、頭を上げてくださいっ!」
「いや、料理人としてその誇りを傷つけてしまった。そして自分自身が成長するまたとない機会をふいにしようとした。許してほしいなんておこがましいが……」
「い、いいんですっ! もういいですからぁ!」
その後何度も懇願してやっと頭を上げてくれた。
殺される可能性のある中、中途半端な邪魔はされたが殴られたり料理を捨てられたりはしなかったので怒りはない。どちらかと言うと面倒臭かったのが本音だ。まあ今も面倒臭いんだけど。
「今回のことはもういいのですが、貴族様に楯突くのは死に直結なのでこれからこういうことはしないでください」
「も、もちろんだ」
わたしにはため息をつきながら言うと、ドミニクたちはこくこくと頷いた。わかってもらえたようで良かった。
「あと、今日作った料理の作り方を簡単ですが教えます」
「え、いいのか? 料理人としてそんな大切なものを教えてしまって……」
「いいんです。まずわたしは料理人ではないですし、もうこんな風に孤児院長に呼ばれるのは心臓が持ちません」
わたしがやりたいのは文字解読だ。料理は気持ち良く解読作業をするためにしたことなので、製法を秘匿したいというそこまでの気持ちはない。どちらかというと広まってほしいくらいだ。
あと孤児院長のあの目が忘れられないので、自分の料理人の腕が上がったならば諦めてくれるだろうという打算的行動もあるけれど。
「ありがたい! こちらとしては願ったり叶ったりだ!」
嬉しそうにドミニクが言うのでわたしはにんまりとしてしまった。面倒になりそうなことは先に手を打っておいた方がいい。
今日は孤児院長の食事会のことがあったから仕事はある程度免除してもらっている。今から帰って残り少ない仕事をやり切ってもいいが、後々のことを考えたら調理法を教えておいてもいいと思う。
「では説明しますのでできるだけ覚えてくださいね」
わたしは服の袖を捲って調理台の方に向かった。
その後鐘二つ分くらいの時間をかけてドミニクたちに今日作った料理を含めて数品のレシピを提供した。素材の味を活かすような味付けや調理法を伝えたら今までにないものだったらしく、かなり驚いていた。実際に夕食に出すものを一緒に作り、味見させるとその重要性がわかったようだ。
「本当にすまなかった。俺たちにここまで……」
「いいえ、いいんです」
わたしの欲望のために貴方方を利用してますとは正直言いにくいので笑顔で誤魔化しておく。
これで孤児院長の食事の質は向上したので満足はしてもらえるだろう。
「……なあ、また教えてもらってもいいか? 料理人として成長したいんだ」
今日のことで学ぶ機会を得たと思ったのかそんなことを頼んできた。若干厚かましい気もするが、新しい料理に孤児院長が食い付いていれば今回のように手を回してわたしを呼び出させて作るということはなくなるかもしれない。
「わかりました。ただわたしのような子どもがこの階に行くのは難しいので孤児院の方に来てもらうことになりますがよろしいですか?」
「ああ、もちろんだ。食材も少ないが幾つか持っていく」
ドミニクが快諾する。
またわたしも孤児院では仕事があるので教えてほしいときは誰か職員に一報を入れてほしいという注意事項も伝えると了解してもらえた。
「じゃあまた連絡させてもらうが、よろしく頼む」
「はい、わかりました」
わたしはそう言うと厨房から外に出る扉に手をかけた。




