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第二十三話 オフィーリア


『何とか切り抜けたわね。これもマルグリッドのお陰ね』

「うん……、本当にそれ」


 わたしはフラフラになりながらも何とか立ち上がり、スカートを(はた)く。全て終わった後、マルグリッドに謝礼をしようと心に誓い、使った用具の後片付けをしようと竈の方に向かう。


「イディ、残ったご飯、持てる?」

『もちろん!』


 足りなくなるのは困るので多めに作ったので余ってしまった。どうせ捨てることになるので持って帰っても文句は言われないだろう。しかし、この手で持って帰るのはさすがに何か言われかねないのでイディに隠してもらってしれっと持ち帰ることにした。

 イディは右手を一振りすると、鍋に残っていたスープやソース、そして少量のカツが消えていった。うん、イディは万能だ。


『あとで食べるのが楽しみ〜』


 ご機嫌なイディが微笑ましくて笑みを浮かべ、汚れた鍋を洗いに行こうと鍋を重ねて持つ。この部屋の端の方に水場があり、排水も整っていそうなのでそこで作業をさせてもらおうと思い、そちらに足を向ける。


「……おい」


 呼び止められ振り向くと、ドミニクが立っていた。その彼の手にはパミドゥーのソースが付いた皿があった。


「このソース、パミドゥーで作った、と言ってたな。……何故こんな味わいになる?」


 ドミニクの目が真剣だ。極めたいと思った時の熱意がこもった瞳は真っ直ぐわたしを捉えている。


「旨味を引き出すための調理法が(かなめ)なんです」

「調理法だと……?」


 ドミニクの問い返しにわたしは頷く。


「調理法にひと手間加えることで素材の旨みを引き出してくれるんです。今回で言うと……」

「料理人はいるか!?」


 バタバタと慌てた足音とともに焦った声が部屋に響く。声のする方に目を向けると、ついさっきまでここに来ていたアルヴェーンがズカズカとこちらに向かってきていた。貴族相手なので目線を合わすと不敬のためわたしは慌てて目線を下げる。


「お前だ、来い!」

『え! 何!?』


 目線を下げていたので急に視界に入ってきたアルヴェーンの手に対処できず、成すがままに引っ張られる。子どもの体なので抵抗することもできず、そのままずりずりと引きずられていく。


 え!? わたし、何かしたの!? 料理くすねたのバレた!?


 さーっと顔の熱が下がっていくのかわかる。料理をくすねたけれど誰も作った量は見てない。だからバレるはずなどない、けれど。

 ぐるぐると頭の中で何かしでかしたか考えているとぐいっと思いっきり引き寄せられたかと思うとそのまま肩を掴まれて座らされた。


「お前が料理人か?」


 幅のあるはっきりとした声の主は離れているが正面にいた。そしてその近くにマルグリッドが座ってこちらを心配そうに見ていた。

 わたしはその目線にハッとして慌てて下を向いた。ここは別れた後にマルグリッドが入っていった部屋で、ちょうど今貴族たちが集まっているということを瞬時に理解した。


「はい」


 わたしは返事をすると、声をかけてきた男性は「そうか」と呟く。この男性にはどういうわけか既視感を感じた。一瞬しか顔を見ることができていないが、どこかで見たことがある気がする。


『この人、リアの記憶で見たよ。……孤児院長だ』


 イディの言葉にハッとする。

 そうだ、孤児院長だ。年に一度見るくらいなので朧げだったがはっきり思い出す。遠目から見ていた孤児院長は紺色の髪に少し吊り上がった目を持つ初老の男性だ。そして今、正面にいるその男性と特徴が完全に一致した。


 孤児院長に会うだなんて、聞いていませんけど!


 マルグリッドも孤児院長に会うまではないと言っていたはずだ。何があったのか全く整理できず、頭が混乱している。


「噂になっていた料理を食べたが、あれはとても美味かった。今まで味わったことのないものであった」

「あ、ありがとうございます」


 突然の褒め言葉にますます混乱する。戸惑いつつも礼の言葉を言い、感情が伝わらないようにさらに頭を低くして表情を隠した。


「子どもだとマルグリッドから聞いていたが、まだ成人前の子どもか……。成人が近いのならば私の専属料理人として雇いたかったが、まだ成人までかかるのか?」

「この子は次の冬でやっと十になりますわ。成人まであと五年もありますのよ」


 私の代わりにマルグリッドが孤児院長の問いに答えてくれた。この雰囲気から察するにわたしを自分の料理人として雇いたかったのでわたしを確認するためにここに呼んだようだ。


「それは残念だが、まずは領主視察時の料理はあの子どもに作らせることにしよう。孤児院では子どもらが食事を用意しているのだったな?」

「はい、十を超えた子どもらで回していると報告がありますが、当日だけでも作らせたら良いでしょう」


 孤児院長の言葉に別の男性が答える。

 これはマルグリッドの話の通り、わたしを領主のご機嫌取りに使うということで良いだろう。料理に不備はなく、気に入ってもらえたようなので一先ずは死亡エンドを回避したことにわたしは少しホッとした。


「しかし本当に残念だ。なかなかの上玉であるし、料理の腕も良い。成人が近ければ私の元に置いておくのにな」


 ガハハと下品に笑う孤児院長が不快でわたしとイディは顔を(しか)める。これがこの孤児院のトップとは思いたくないくらい気分が悪い。


「ディミトリエ様、この子は平民ですが魔力持ちですわ。なので領主様の許可がないと手元に置くのは難しいかと」

「なんと、そうだったか! それは希少だな」


 マルグリッドの言葉にディミトリエと呼ばれた孤児院長は驚きの声を上げる。普通ならば平民は魔力を持たないので成人後は特例がない限り働くために斡旋された仕事を受け出て行くが、わたしやアモリのように魔力持ちはまず領主の許しを得なければならないのかと初めて知る。


「そうなるとますます欲しくなるな。魔力持ちであるし、その能力もその辺の子どもより飛び抜けておる」

「恐れ入ります」


 孤児院長に目をつけられてしまった。

 それは困る。わたしは成人後、領主の元で働いて、領主が持っているかもしれない王国統一前の文献を漁る予定なのだ。ここで孤児院長のところで働くことになったらわたしの大きな野望が潰えてしまう。

 しかし、わたしがそんなことを考えていることを知るはずもない孤児院長は続ける。


「成人後に引き取れるよう事前に根回しをしておこうか。私にはかのお方がついておるしな。──そういえば名前を聞いていなかったな。お前、名前は何と言う?」


 このままだと領主にアピールする前に根回しされて将来の可能性を潰されそうだ。けれどわたしの身分では言い返すこともできない。どうしようと焦るがこのまま黙っているのも良くない。機嫌を損ねたらいけないタイプの人間だ。


「……オフィーリア、と申します」

「……ん?」


 渋々言ったわたしの名前に孤児院長が反応する。周りの貴族たちもざわついている。わたしの名前は何かおかしいだろうかと急に不安になった。


「顔を上げて顔を見せなさい。特別に許す」


 孤児院長の言葉にわたしは恐る恐る顔を上げる。わたしの顔に孤児院長をはじめとする貴族たちの視線が突き刺さる。


「この子どもが孤児院に来たのはいつだ、マルグリッド」

「……わたしがこの孤児院に来た年ですわ」

「ということは、七、八年前か……。オフィーリア……、おお!」


 思い出したかのような声に皆の視線が孤児院長に向く。


「オフィーリア・ブルターニュか! ブルターニュ家の捨て子の!」


 孤児院長の言葉が部屋に響いた。

 どういうことなのか理解できないわたしは目をぱちくりとさせた。


(⊙ω⊙)

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