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第二十話 カンペ作り


 来客用フロアの厨房を出てそのまま真っ直ぐマルグリッドの部屋に戻ってきた。


「献立作りの参考になりましたか?」


 席に着いて一息つくとマルグリッドがそう尋ねてきたのでわたしは「はい」と返事をした。


「スウスウは初めて飲みましたが濃厚で甘味もあって飲みやすかったのでそれとポゥを合わせたスープと、カロを揚げたカツを作ろうかと思います。あとは野菜を使って付け合わせを」

「スウスウはお茶に入れて飲むものですが、料理にも使えるのですか?」


 この世界ではお茶の味を変えるために入れているのか、と改めて知るが甘く牛乳に近いのでポゥの甘みと良い相性だと思う。わたしはこくりと頷くと続けた。


「相性はあると思いますが味をしっかり整えると旨味が出ると思います」

「では、カツ……とは? どういうものなのか想像できないのですが……」

「カロの肉に小麦粉をまぶして、溶き卵を潜らせ、パン粉を付けて高温の油で揚げます。そうすると外はサクサク、中はカロの肉の旨味がたっぷり詰まったものになるんです!」


 カロの肉は食べたことがないが、前世で食べたチキンカツの味を思い出し、その美味しさをマルグリッドに説明する。しかしマルグリッドはなかなかイメージできないのか首を傾げている。確かにイメージするのは難しいのかもしれない。


「あとその上にパミドゥーのソースをかけようと思います。前差し上げたスープをさらに濃厚にした感じのものです」

「ああ……、あの美味しかったスープですね。それもきっと美味しいのでしょうね」


 パミドゥーのスープを食べたことを思い出しているのかソースの味はきちんと想像できているようだ。


「リアが作りたい料理はわかりましたが、それをどのように説明しますか? 孤児院長に呼ばれない限りは会うこともないので難しいと思います」

「配膳の方に説明するんですよね……。それをどうしようかと悩んでいるのですが……」


 ポゥのポタージュ、カロのカツ、パミドゥーのソースがけと言われても訳がわからないだろう。また調理法を説明しても少し複雑で理解しにくいので、覚えられず状態になるのは目に見えている。わたしが孤児院長に呼ばれ直接説明しない限りきちんとした説明は伝わらないと思う。


「私が説明できたらいいのですが、覚書(おぼえが)きがないときちんとできる自信がありませんし、私も出席者側なのでそれも難しいですし……」


 マルグリッドが困ったように言った言葉を聞いてわたしは閃く。


 そっか! こっち側が説明を書いてそれを読んで貰えばいいんだ!


 貴族ならばプロヴァンス文字が読めないということはないだろうし、わたしも配膳の役を務める方も安心して仕事をすることができる。


「先生、事前に手紙を書いておいてそれを読んでもらうというのは失礼になりませんか?」


 マルグリッドはわたしの話を聞いて両手を前で合わせて微笑んだ。


「それは良い考えですね! それならば失礼にはなりませんが、説明して書いたものを渡せばなお丁寧で良いと思います」

「良かった……」


 私の提案が受け入れられたことに安堵しホッと息を吐いた。その案がいけるなら事前に言葉を吟味し書くことができるし、正確な説明をしてもらえるだろう。最悪その手紙を孤児院長たちに差し出してもらえれば何とかなると思う。

 料理の説明という課題が解決したことであとは料理の作成に全ての意識を注ぎ込めるようになった。料理を気に入ってもらえなければ死活問題だ。ただの平民の孤児の子どもをわざわざ呼び寄せて食事会をするのだから孤児院長の顔に泥を塗ってしまうことになると死に直結する。私の背筋が自然と真っ直ぐに伸びていく。


「では先にその献立と説明を書いておきましょう。……アリア」

「はい、マルグリッド様」


 マルグリッドがアリアに声をかける。すぐに返事が返ってきたので、わたしは立ち上がり壁際へと下がっていく。そしてその後に扉が開く音がしたので、わたしはそのまま目線を下げた。


「ここに書くものをお願いできるかしら。……そうね、少し大きめが良いのかもしれないわ」

「わかりました。今すぐ用意いたします」


 そう言ってアリアの足音は遠ざかっていく。

 そしてしばらくそのままの状態で過ごすとまた足音が近づいてきた。カタンカタンとインクや筆を置く音が聞こえた。


「こちらになります。それでは私はこれで失礼します」

「ええ、ありがとう。助かったわ、アリア」

「お気になさらないでください」


 アリアの足音が遠ざかりパタンと扉の閉まる音がするとわたしは顔を上げた。

 机の上には前見たものと同じインクとペン、そして木札が置かれていた。羊皮紙が出てくるかと思ったが、やはり高価なものなのか安価で繰り返し使える木札で基本対応しているのだろう。


「リア、おいで」


 マルグリッドに呼ばれてわたしはすぐに元の席に戻った。マルグリッドはペンを手に取ってインク壺にペン先を浸した。


「リアは字が書けませんよね。なので代筆します。さあ言ってください」


 ……実は書けます。むしろ旧字体まで読めるし書けます。

 しかし孤児院での暮らしでは文字を習うこともなかったのでマルグリッドはその事実を知らない。春乃の記憶を思い出したことによる副産物なので正直に伝えるわけにもいかず、わたしは誤魔化すように笑った。


 ポタージュの説明はそこまでいらないと思うけど、カツの説明はきちんとしてたほうがいいな。


 見慣れないものならなおさらどのようなものが入っているのか気になるだろうと思う。わたしはそれぞれの料理を頭の中で調理して方法や材料を確認していく。


「では……、ポゥのポタージュの方から……」


 大体のイメージはついたのでわたしはゆっくりとだが材料や簡単な調理法を説明していく。マルグリッドはそれを聞いて即座に文章に(したた)めてくれた。

 特にカロのカツの方は何度も確認して調理法を伝えていく。おかしなところがないかマルグリッドにも見てもらったが大丈夫そうだ。

 そしてパミドゥーのソースのことを木札に書き留め終えてマルグリッドとわたしは一息ついた。


「ありがとうございました。以上です……」

「なかなか多くなりましたね……」


 品数はたった二品だが、木札いっぱいに書かれた文字を見てどっと疲れが襲ってきた。しかし、これを全て覚えて説明する方が大変なのでまとめて良かったと思う。

 しかし、マルグリッドが書いた文字は本当に綺麗だ。均一のとれた字なので読みにくくない。初めて見る人の手で書かれたプロヴァンス文字なのでまじまじと見つめていると、なんだか嬉しくなって疲れが少しマシになった気がする。


「ではこれは当日まで私が預かりますね。当日、厨房に連れていく時に渡しますね」

「ありがとうございます」


 マルグリッドはそう言って書いた木札を横に寄せた。わたしは一つ礼をして感謝を述べるとマルグリッドは優しい顔になった。


「もうすぐ暮れの鐘が鳴りますが、リアは仕事に戻ってくださいね。今日、勉強会はできませんでしたが、明日最後の確認をしましょう」

「はい」


 返事をして立ち上がる。そしてそのまま退出させてもらった。部屋の外にはアリアがいたので目線を低くして通り抜けていく。

 廊下に出るとわたしは深く息を吐いた。


『お疲れ様』

「ありがと……」


 イディが姿を現して(ねぎら)ってくれたのでわたしは疲れた声が出てしまった。食事会もマルグリッドの部屋も貴族が相手なので気軽にできず、ずっと緊張しっぱなしだ。けれど対策を事前に考えられるのはありがたい。わたしは心の中でマルグリッドに感謝した。


『そうだ! 今さっき、ドミニク……だっけ? その料理人が言ってた野菜のことまとめた方がいいと思うんだけど……、どう?』

「そうだね、いいかも!」


 イディの提案に賛成する。

 今後食事の当番に当たることになるならばそれを見て調理することができる。もう巻き込まれるのはごめんだが、また貴族に料理を振る舞うことになっても慌てて聞く必要も無くなる。あってほしくないが。


「じゃあ暮れの鐘がなるまで人目に付かないところでやっちゃお」

『そうね』


 まとめると言ってもあの精霊力を使って文字を書いておくしか方法がないので人目につかないところが望ましい。保存さえしておけばあとで整理することもできる。

 仕事も今日はマルグリッドの口添えで少し免除してもらえたのでもう終わっている。


「人目につかないからやっぱり寝起きする部屋かな。夕食終わるまではみんな仕事してるし」

『外だと誰に見られてもおかしくないし、講堂は少し遠いもんね』


 イディが頷くとわたしは自分の部屋に向かって歩き出した。マルグリッドの部屋から自室までは少し離れている。

 食堂の前を通りかかると夕食の準備が着々とされていたので急がなければならなさそうだ。


「大変なことになったなあ……」

『人間は美味しいものに目がないのよ』


 ……ああ、早く文字解読したいなあ。

 そんなぼやきが廊下にぽつんと響いた。


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