第六十九話 温度差
ヴィルヘルムは自分の立ち位置や貴族たちの座る位置などを、ジギスムントはシヴァルディに関して書かれている壁文字を、わたしは創世記の書かれている壁を各々しばらく自由に見ていると、扉の外でベルが鳴る。その音に反応したマルグリッドはすぐに扉を開け、誰が来たのか確認しに行った。そしてしばらくした後、彼女は再び講堂に入ってきて、ヴィルヘルムに報告する。
「下位貴族の方々が到着されたとのことです。ヴィルヘルム様、どうされますか?」
「もうそんな時間か、コンラディン様方もそろそろ来られるだろう。準備をしようか。叔父上は控えの部屋に下がっていてください」
「ええ!? もうですか? もう少しで森の精霊様の「叔父上が残っていたら下位貴族が萎縮するので退出してください」
ジギスムントの反論に被せてヴィルヘルムはきっぱりと指摘する。
基本的に入場の順は位の低い者からだ。位の高い貴族を待たせるというのはマナー違反らしいので、わたしやヴィルヘルムは後になる。もちろん王族であるコンラディンとフェシリアはその後だ。ジギスムントは領主なのでわたしたちと同じタイミングなはずだが、彼はマナーなど関係ないと言わんばかりに難色を示している。ジギスムントの正体は秘密とはいえ、彼の服装はどう見ても位の高そうな人間だ。そんな人間が残っていては下位貴族たちが萎縮する未来しか見えない。あまりにも可哀想である。
「ですがもうすぐでシヴァルディ様の逸話が読め「言うことを聞いていただかないと儀式に参加させませ「すぐに出ます」
納得がいかないのかブーブーと文句を垂れていたが、ヴィルヘルムの強い脅し文句を聞いた瞬間に態度を改め、動き出す。儀式参加権の威力は抜群である。
そそくさと講堂を出て行ったジギスムントの後に続いて、ヴィルヘルムも出て行く。わたしは一応婚約者の立場もあるので一緒にお出迎えになる。
少し歩いたらジギスムントと別れ、来た道を戻っていく。進行方向に翠色のポンチョのような羽織を着た女性と夫婦らしき二人の男女が歩いてくるのが見える。彼女らがわたしたちの姿を捉えるとすぐに廊下の端に寄って、目線を下げ頭も下げ、挨拶をしてくる。その夫婦が下位貴族だと気付いたのは彼女らの前にやってきた時だった。ああ、もう始まるなと実感させられた。
玄関口へ到着すると、既に中位の貴族の車が停められ、続々と降りてきていた。ヴィルヘルムは適当な挨拶を簡単にしていく。わたしは口を開くなと何故か厳命されていたので、微笑みの仮面を貼り付けて礼だけする。その姿はきっとロボットに見えるに違いない。
その挨拶の中で「何故こんなところに……」「平民がいるところなど……」と嫌味たっぷりな言葉がたまに聞こえ、怒りが湧く。孤児院という場所が忌避されているのは仕方がないことだろうか。平民がいるから、教育されていないから、そんな理由で嫌な顔をされるのはあまり良い気分はしない。一刻も早く環境と考えの矯正を願うところだ。ここは孤児院ではなく、領主が暮らす精霊殿だったし。
他にもヴィルヘルムではなく、わたしを見ては「か弱そう」や「大人しそう」などとあまり褒め言葉でないものをかけてくる者もいた。それは知らんがな、と気にすることもなく笑顔で対応する。どうせ旧アリーシア派か、ヴィルヘルムに取り入りたい貴族のどちらかだろう。ヴィルヘルムも特に言い返すことなく、笑みを浮かべて流しまくっているが、たまにわたしの髪の飾りに触れてくる。せっかくセットしたんだからやめてほしいんだけど、と抗議の目線を送っておいたけど。だが挨拶をしているうちに気付けばその声も聞こえなくなっていた。
そして一番最後に白を基調とした車が到着する。白のものを堂々と使えるのは王族しかいない。そして中からコンラディンとフェシリアが優雅な動作で降りてくる。
「出迎え感謝する」
「いえ、ご足労いただきありがとうございます」
ヴィルヘルムが一歩前に出て礼をする。コンラディンは緊張しているのか動きも表情も硬い。
「ジャルダンの貴族は既に講堂で待機しております。どうぞこちらへ」
「ああ、打ち合わせ通り頼む」
ヴィルヘルムが行き先を指し示すとコンラディンは頷く。それを確認してヴィルヘルムは先導し始めた。わたしもフェシリアも後に続く。
「……お祖父様、珍しく緊張なさっているの。今日儀式を行うのはわたくしですのにね」
祖父の様子を見てフェシリアが苦笑しながら耳打ちしてくる。ジャルダンの担当はフェシリアだったので、見ているだけになるはずのコンラディンが緊張するのは確かに変だ。いや、もしかして子どもが上手くやれるか心配しているからそわそわしているのか? 前世の自分に子どもがいたことはないが、母親が「見てるだけってのが怖い!」と叫んでいた気がする。そういう感じだろうか。
「今回もうまくできるか不安ですが、お祖父様を安心させられるよう頑張りませんと」
「そうですね。ですがフェシリア様はきちんとお役目を果たせておりますよ」
「まあ! 嬉しいお言葉です! これでさらに頑張れそうですわ!」
フェシリアは胸の前に手を合わせて小さく跳ね、喜びを示した。
彼女はこの後も他領で儀式を行い、大地に精霊力を注いで回らねばならない。ジャルダンではコンラディンがいるが、おそらく次からは一人だろう。そう考えると祖父の安心をここで勝ち取っておかなければならない。国王候補として相応しい姿でなければ、この大切な行為は任せられないはずだ。
そんなプレッシャーと戦うなんてわたしにはできないことだ。こういう人が国を治めるべきなのだろう。
「フェシリア」
「あ、申し訳ありません……。オフィーリア様の激励が嬉しくて、つい……」
「もうすぐ神聖な儀式だ。気持ちを引き締めよ」
騒ぐ声が大きかったのか、コンラディンが顔だけ振り返って注意する。少し余裕のなさそうな声色にフェシリアは萎縮した。
孫の心配はわかるけど信じてあげるのも大切だと思うのだが、さすがに急に口を挟むことはできない。助けてあげたいけれどごめんね。
一応は後で小声でフォローの言葉をかけておいたが、彼女に効いたかはよくわからなかった。でもアダンではきちんとこなせたし大丈夫だと思う。
そういっている間に講堂に繋がる扉の前までやってきた。ヴィルヘルムは立ち止まり、コンラディンたちの方に振り返った。
「こちらが講堂になります。我々は先に入りますので扉が開いたらお入りください」
「わかった。だが昨日言った通りフェシリアが行うので私は付いていくだけだ」
「そうでしたね。ではよろしくお願いします」
昨日コンラディンと打ち合わせしていたのか。聞いていなかったのだが、前日にしておく方が当日スムーズなのは間違いない。
ヴィルヘルムはフェシリアとコンラディンに頭を下げると、控えていたアモリに合図して扉を開けさせる。開ける前までは各々雑談をしていたのだろうが、ヴィルヘルムが足を踏み入れた途端静かになる。領主の権力って凄い。しかしヴィルヘルムは気にすることなく、翠色の絨毯をの上を歩いて行った。わたしはもちろん金魚の糞のようにくっついていく。
するとヒソヒソと囁き合う声が聞こえる。内容まで聞こえないが、彼らの表情を見るにあまり良くない内容なのはわかった。しかしそれを今ここで指摘するわけにもいかず、居心地の悪いままわたしは長椅子の一つに着席する。その端を見るとジギスムントがかなり難しい顔をして座っていた。ヴィルヘルムはそのまま講壇の前までやってくると、キラキラとした笑顔を見せ皆を黙らせた。
「本日はよく集まってくれた。感謝する。先日より王家の方々がジャルダンに到着された。フェシリア様のみだと伺っていたが、コンラディン様も急遽参加となった。これはジャルダンを想ってのことなのだろう」
空気が一瞬にして変わり、ざわめきが広がる。そりゃ現国王が来たってなると驚くよ。しかもサプライズ。
ヴィルヘルムは空気を正すために咳払いをし、「静かに!」と一喝する。すると面白いくらいにすぐしん、とした静寂が再び生まれた。
「王族の方々が来られたのは精霊復活のため、およびこのジャルダンの地がさらに繁栄するためだ。精霊のために深く祈り、その想いを届けてもらおうではないか!」
アダン領ならば歓声や拍手が上がるが、ジャルダン領では反応がイマイチである。本来、こちらの反応が普通なのだ。そう考えると割とわたしはアダン領に毒されている気がする。そんなことをぼんやりと考えていると、後ろから声が上がる。
「ヴィルヘルム様、何故ここでしなければならないのか!」
「城でも同様な場所があるというのにわざわざここでする理由がわからない。平民が出入りしているのだぞ?」
場所かー、とあまりの階級主義に呆れてしまう。ここでしかあの儀式は行えないのはわたしたちはよく理解しているが、他の貴族たちはそうではない。ただ祈るだけならば別にヴィルヘルムが住む城でも良いのだ。端に座る精霊崇拝者はビキビキとこめかみに青筋を立てている。あんなジギスムント見たことがない。ヤバい。
ヴィルヘルムは目をスッと細め、発言した中位、上位貴族を冷ややかな目で見つめる。その冷酷な視線に貴族たちはヒッと小さな悲鳴を上げた。
「まずここでなければならない理由は王家が指定したからだ。それ以上もそれ以下もない。そして其方らが気にする平民だが、ここに来るまでに目障りになるような奴は居たか?」
威圧するかのようにヴィルヘルムは低く吐き捨てる。その周りの温度はマイナス氷点下だと思う。
ヴィルヘルムの問いかけに誰も何も言えず、緊迫した空気がその場を支配した。
「居なかったろう? きちんと言い聞かせ、教育すれば問題ない。利点だけ追い求めて、欠点や汚点を排除しようとするのはどうか。王家がわざわざお越しくださるのに嫌だとか平民がだと? 笑わせる」
貴族たちの言い分にだいぶ腹が立っていたようだ。眉を寄せ、不機嫌な顔を見せている。
精霊が戻ってくるかもしれないとなった時、真っ先に儀式をしてくれと懇願したの貴族たちだ。それで会場が精霊殿となると文句を垂れる。甘い汁を吸っているだけではないか。
『バカだね』
『ヴィルヘルムは準備をきちんとしていましたのに……。ここまで堕ちましたの?』
精霊たちは辛辣ではっきりした物言いしかしないが、本当のことだから仕方ない。ヴィルヘルムはできるだけ反論の声が小さくなるように平民たちの教育や貴族と平民区画の分別に取り組んできたのだ。おかげで今回大きな衝突も起こらなかった。
では、他の貴族たちは努力をしたか? 答えは否だ。何も努力せず文句だけ一丁前に言う。本当にあり得ないと思う。
「精霊復活のためにも我々が一致団結しなければならない場面だ。こんなところで足の引っ張り合いをするわけにはいかない。機会をふいにしたいのか」
ヴィルヘルムの静かな怒りが飛ぶ。彼に近いわたしは自分が怒られているような錯覚に陥り、震え上がる。精悍な顔付きの人が怒ると本当に怖い。他の貴族たちもそう思っているのか、何も言わないし逆らわない。ヴィルヘルムは答えを拒否と受け取り、優しそうに見える笑みを貼り付けた。




