第十四話 一部解読、から疑問
あれから数日経った。
夜に抜け出して講堂に向かう生活は変わっていないが、二回ほどアモリたちが寝静まるのを待っていたらそのまま寝て朝を迎えてしまっていた。飛び起きた時の絶望感は忘れられないが、仕事もしているし連日夜更かしをしているのもあるから休息も必要なのだと自分に言い聞かせた。
その二回以外はコツコツと解読作業に励めた。作業時間も鐘二つ分と決めて作業することにした。イディに言われて知ったことだが精霊力の量を調整してランタンに注いでおいたら予約タイマーのように明かりが消えることがわかった。今までの行動から体力と精霊力量が続く限り、解読作業に勤しんでしまうのでそうすることで一人でに倒れてしまうことを防ぐことができた。
しかし、不思議なのが精霊力を使っているのに若干疲れ具合がマシになってきている気がするのだ。初日は疲れて眠りこけてしまったが、今では疲れはあるが倒れるほどまでいかず部屋に戻ることが多い。もしかするとこの生活に慣れてきているのかもしれないが。
昼間はいつも通り孤児院での仕事をこなしている。もちろんマルグリッドの貴族対応講座も始まった。寝込んだ代償である数多い仕事も少し他の子どもたちに分配されて減り、鐘一つ分の時間は今後の雇い主になるであろう貴族の基礎知識や振る舞い方法を学んでいる。
マルグリッドが以前言っていた通り、貴族のほとんどは平民自体を下に見ている、というより別の生物と見ていると言った方がしっくりくる。目は合わせず、目線を低くするのが基本の姿勢だ。別世界の人間であることを意識して接した方が良いのだろう。
ではなぜマルグリッドは孤児たちに対して分け隔てないのか。マルグリッドは貴族の出だと言っていたが、わたしが思うにある程度の年齢まで平民として育っていたのではないかと推測している。
育った環境というのはかなり大切だ。価値観というものをそう簡単に変えることはできない。貴族のこと、平民のこと、両方を知っているからこそ作られる価値観をマルグリッドは持っているのだと思う。あと、マルグリッドが漏らしていた正妻から隠さないといけない存在ならば母娘ともに認められない出自の可能性は高い。
さて話が逸れてしまったが、わたしは朝は仕事、夜は抜け出して解読作業と意外に充実した生活を送っているのだ。
「ん……、これは……」
『どうしたの? リア』
今は待ちに待った解読作業中だ。夜更かしすることが連続だったので少し頭がボーッとしているが、ペンを片手にわたしは固まる。金色の文字列は規則正しく並び光り輝いていて、その光は近くのランタン同様くらい明るい。だいぶ記録量も増えてきたので整理が必要だろうか。
呟きからわたしは動かなくなったのでイディは壁に彫られた文字たちに背を向けこちらにやってきた。
「いくつかの文字がよく出てくるな、と思って」
『どれ?』
「こっからここまで。だからもしかして母音を表すのかなと。種類もそこまで多くないから、精霊殿文字は表意文字じゃなくて表音文字だと思う」
わたしは金に光る七種類の文字を指差しながら言う。
念のためもう一度復習しておこう。表音文字は書いた通り、音を表す文字。わかりやすい例がひらがな、カタカナだ。ちなみに表意文字はこれも書いた通り、意味を表す文字。文字単体で意味がわかる文字のこと。いい例が漢字だ。一文字で表す意味が大体読み取れるのが特徴だ。ただし種類が多くなりがちなので覚える量も多くなる。解読となると骨が折れる作業になるだろう。
しかし今回の精霊殿文字は見た感じ種類も莫大ではなく、決まったものしか使われていない。おそらく表音文字が主体なのだろう。しかも母音が入っていることが多いので、アルファベットのように組み合わせて一つの発音、それらを合わせて一つの単語となると推測している。旧プロヴァンス文字はひらがなのような五十音程で構成されていたので精霊殿文字はがらりと雰囲気が変わる。ローマ字表記をしている、と言った方がわかりやすいだろうか。
さて少し目星はついたので、精霊殿文字しか書かれていない文書の中で比較的使われる回数が多い文字が並んでいるところを選んだ。わたしの仮説が正しいか答え合わせをするためにパズルのように当てはめていく。慣れないので時間がかかるが、間違いのないように丁寧に進める。
『当たりなのかしら。言葉にはなってるけど……』
イディがわたしのメモ書きを覗きながら不思議そうに言った。わたしは手元に書かれた解読後の文を声に出して読んでみた。
「ち、に……、ち、か、ら、こ、め、ん。み、の、り……、え、ん」
『どういうことなの?』
「うーん……」
漢字のように文字自体に意味をなさないので音だけで判断しなければならない。意味がわからず読むとさらに意味がわからない。わたしは考え込むようにして手の甲を自分の唇に押し当てた。
「ちからは、力のことでしょ? ちって何? 血? でも、血に力を込めんってどういうこと?」
『みのりは、実りよね。植物とかの。実りえんって何だろ』
所々はわかる単語なのに一つの文章となると意味が繋がらない。でもわかることが増えてきているのは良い。このわかっていく感覚が心地よいのだ。
わたしは楽しさに口端を上に吊り上げると、わからないので全体的に意味を捉えてみようと試みた。
「ち、に力を込める。実り……、……あ!」
実りという言葉から連想されるもので考えていたら突然閃いた。
『わかったの?』
「実りだから大地だ! 地に力を込めん、だ。で、実りえん、じゃなくて実りを得る、……それで実り得んだ」
『おおおー! リアってばすごーい!』
だいぶ意味がはっきりとしてきたので満足感でわたしの心は満ちていく。完全に理解できるまであと少しだ。
『でも力って何だろうね? 実りを得るための力でしょ?』
「確かに……」
イディに指摘されてそのことに対して疑問に感じた。わたしは軽く息を吐いて再度思考を始める。
そのままの意味の力では意味がわからないので別の意味の力だろう。わたしは考えが及ばないのでイディに聞いてみる。
「ねえ、イディ。地面に込められる力って何があると思う?」
『うーん……、物理的に畑仕事の腕力かと思ったけど実りに繋がらないから、精霊力のことじゃないかな?』
「精霊力って地面に込められるの?」
イディの推測にわたしは疑問に感じたことを聞き返した。するとイディはゆっくり頷いた。
『ここでは微量だけど精霊力が含まれているみたい。だからかな、リアが知ってる野菜じゃなくて変わった野菜たちが育つのかも』
「そういうことなの。それ以外に力で思い当たるのもないしね」
味は似ているけれど見た目も育ち方も全く異なる野菜だったので、イディにそう言われてやはり意味があったのかと納得する。前世では精霊や魔法などは御伽噺の世界だったが、それがある世界ではそういうものも栄養として必要なのか。
ということは大地に精霊力を込めることは可能なようだ。
『精霊力が豊作に繋がるなら凄いことじゃない? 明日やってみようよ』
「そうだね。でも何でそんな凄いことが知られていないんだろう?」
『わからない。これを読み進めたらわかるかもしれないわね』
育てていた菜園の野菜の収穫量は正直少ない。割りに合っているのかと思うくらいだ。しかし精霊力を地面に流すと実り豊かになるのならば、実際に行っているはずだがそのような行為をしている様子はない。この孤児院で精霊力を持っているマルグリッドも菜園に出てくることはほぼほぼないので知らないのだろう。
なぜ知られていないのか。この壁文字が古いものだからか? マルグリッドも文字の存在に気付かず、模様だと思い込んでいる。どちらにせよこのまま解読を続けたら何かわかるかもしれない。
まあそんなことなくても、わたしは解読するけどね。関係ない!
均一な大きさで彫られた文字たちをうっとりと見つめて撫でた。言葉遣いも古く読みにくいので確実に古い時代に彫られたものだろう。ということはこの孤児院自体も古いのか、後付けで建てられたのかどちらかだ。
いろいろと考えることが多い。考えていると、チカチカ明かりが付いたり消えたりを繰り返し始めた。
「もうこんな時間?」
鐘の音は聞こえなかった。そのくらい集中していたのだろうか。
わたしは目を閉じて目の前に広がる金色のメモ書きを取り込んだ。念のため確認すると綺麗にそのまま保存できているようだ。そして、ランタンの揺らめく精霊力を自分の中に取り込むのをイメージすると、するするすると染み込むように入っていった。ランタンが消えたことにより、明かりがなくなり講堂はほんのりと明るい月明かりのみになった。
「疲れた……」
『明日、畑仕事するときに試してみるんでしょ? それならすぐ寝て体力も精霊力も回復させた方がいいわ。多少マシになったと思うけど減ってるのは間違いないんだから』
「うん、そうする……。帰って寝る……。明日も仕事あるし……」
倒れそうになる程ではないが疲労感はある。イディはこれを精霊力を使う代償だと言っていたので、早く回復させるために休むのが良いだろう。
わたしは見つからぬように細心の注意を払って部屋に戻り、さっさと布団に潜り込んだ。
明日は実験だ……。
大地に精霊力を流すと本当に実り豊かになるのだろうか。半信半疑になりながらも、わたしは眠りへ落ちていった。
久しぶりの解読シーンです。オフィーリア良かったね。
少し解読が進んだので次の日実験します。
ブクマ、評価、応援いつもありがとうございます。
また、誤字報告もありがとうございました。助かります。




