第二十話 プローヴァの記憶
『なるほど、そういうことか。それならば納得できる』
「……信じていただけるのでしょうか。御伽噺のようなお話しですのに」
『そうだな。しかし信じるしかあるまい』
「…………では、プローヴァ様もお話ししていただけますか? 聞きたいことがたくさんあるのです」
そう、聞きたいことだらけだ。何故このようなことになったのか、わたしのこと、初代王ラピスのことなど、詳しく聞こうと思ったらどれだけの時間が必要になるだろうか。
精霊王の受け答えをみるに敢えて隠していることがあるようだが、一つひとつ気になることを聞いて潰していかなければならないだろう。知りたいことが知ることができるならばそれで良いのだ。
精霊王はわたしの要望を承諾するように『ああ』と低い声を響かせて頷いた。
『……では、其方は何が聞きたい? やはりこの眠りについてか?』
一番聞きたいことを察してか精霊王はそう尋ねてきた。
わたしは聞きたいことを改めて考える。
まずは精霊王が聞いてきた、精霊たちが眠ることになった経緯だ。この世界の人間で知る者はいなさそうだし、正しい歴史をきちんとコンラディンたちも知っておく必要があると思う。歴史は繰り返さぬように人々はずっとそれを学び続けているのだから、公表するにしろしないにしろ大切なことだとは思う。
他に今後のこと、だろうか。わたしたちが考えていることを精霊王に伝えて協力、というか理解を得なければならない。精霊王を交渉の盾にするつもりだし、まあ何というか失礼な気がしてならないからだ。シヴァルディとの約束でこの地を何とかしたいという気持ちはあるので、それを彼に精一杯伝えるしかない。
あとは初代王ラピスのことだ。これは個人的な理由から聞きたいのだが、どうも精霊王はラピスの話題はあまり出したくないような感じがある。偉大なる王を「友」と呼んでいるので、不仲というわけではないようだが。
……とりあえず正史の方を聞く方が良いだろうな。これは話してくれそうだし。わたしは肯定し、お願いします、と頭をぺこりと下げた。精霊王は一つ咳払いをし、『……では』と話し始めた。
────この国が安定し始めた頃だろうか。多大な精霊力を持つことになるラピスの子孫たちは短命だったため、人間視点から見たらどうかはわからぬが、短い期間で王が代替わりすることは当たり前に近かった。そのため王はできるだけ多くの子を成し、一番伸び代のある子だけに次期国王の教育を施していた。
ある代の国王の息子に、珍しく微々たる量しか持たぬ子どもが誕生した。確か名は……プラヴァスと名付けたはずだ。
勿論、精霊力の器が小さければ国王になることは叶わない。兄弟の臣下として生きていくことになるだろうと両親も考えていた。そのために教育もきちんと施されていた。
……しかし、彼はそれに納得していなかったのだろう。
「精霊王プローヴァの間……! これで歪んだこの国の在り方を変えることができる……!」
プラヴァスは兄弟の中でもずば抜けて賢かった。例え国王の息子と言えども、この部屋は歴代の国王しか知らないはずの場所だ。次期国王でない彼が知っているはずがない。しかし、彼は様々な情報を掛け合わせて私が眠るこの部屋を探し出したのだ。
ラピスが外部からの侵入を阻むために工夫をしてくれたのだが、それは意味を成さなかったということだ。
もしこの光景が見えていたならば、プラヴァスを遠ざけるように父親に進言していただろう。だが私には見えなかったのだ。
「精霊王プローヴァ! 出てきてくれ! 話がしたい!」
『……プラヴァスか。何故ここがわかった?』
「それはどうでも良い。所詮結果でしかない。……プローヴァ、この国は何故精霊力なしでは栄えていけぬのか?」
この地は精霊力を注ぎ続けなければ荒れ果てることは明確なので、私は首を横に振った。
「父上を初め、この国の者たちは精霊に頼り切っている。統一前はそのようなことなどなかったのに!」
『それは、この地の……』
「力を持たぬ私に対して皆が白い目を向ける。役立たず、王族生まれなのに下位精霊さえ呼び出せない、生きてはいけないと陰口を吐く。そんなに力が多いことが大切なのか?」
私の声など届いていないようだ。ただ精霊王という肩書きを持つ私に鬱憤をぶちまけたいのか、プラヴァスはひたすらに今までの苦境を話している。少ない力しか持てず、しかし王族という立場である彼にとって生まれてから今までの時間は苦痛以外の何物でもなかったのだろう。聞いていて気分の良いものではなかった。
「……それで、私は何故この国の人間が精霊の力を当たり前に求めるのか考えた。そしてその答えは、精霊王プローヴァ、貴方だ!」
『……どういうことだろうか?』
プラヴァスが言いたいことが見えない、読めない。精霊とともに生きることで人々はより良く生きることが可能になった。精霊道具を作成し、それを使い生活を豊かにしている。私はそれに干渉していないので、彼が言う答えが私であるはずがないのだ。
「わからないのか? その貴方の大きな力だ。──その、予知の力」
『……予知の力がどうしたというのか』
「その力があるからこの国は大災害を逃れることができている。それは人々の命を守っていることになるのだ。そんな貴方の持つ力を国民は目の当たりにして、貴方の配下である精霊たちを放っておくだろうか? さらにより良い暮らしを求めるのは目に見えている」
私は目の前で持論を述べる彼をただ見つめるしかなかった。本来困らないほどの精霊力を持てるはずだったのにそうならなかったプラヴァスにとって、この持論は自分を保つためにあったのだろうと今になって思う。
何故皆は精霊と協力関係を結ぶのだろうかと考えに考えた結果、私という大きな存在があるが故と無理矢理結びつけることになってしまったが。
『国民が安寧に暮らすことは良いことではないか? ラピスも其方の父親、ベバイオンもそう願っている。だからベバイオンはこの地を飛び回っているだろう?』
「父などほぼ会うことはない! 私のことなど考えてはいないのだ!」
『そのようなおかしなことはない。ベバイオンは自分の子どもたちを大切に思っているぞ!』
現国王であるベバイオン・プロヴァンスは慈愛に満ちた国王であると思っている。プラヴァスが生まれた時、その身に宿す精霊力の少なさを心配し、行く末を憂いていた。どうすればより良く生きることができるのかと心を砕いていた様を見ていた私にとって、プラヴァスの言葉は異様に感じた。
確かにベバイオンはこの地に精霊力を注ぐために城にいること自体少ない。……会話不足か、と原因がすぐに頭をよぎったので、私は違うということをプラヴァスに伝えた。
しかし頭に血が上った彼には私の言葉など届かなかったのだ。
「全ては予知の力を持つ精霊王プローヴァがいるからだ! だから父上も母上も兄弟も、この城に仕えるものも、国民も皆! 精霊といるのが当たり前でお互いに頼り切ってしまう。そして格差が生まれる! 私のように虐げられる人間が出てくる! そんなことあってはならないのだ!」
プラヴァスは叫んだ。今まで蓋をしてきた気持ちを吐き出すかのように。
そしてプラヴァスは一本のナイフを取り出した。
『な……、やめなさい。無駄だ』
「怖気付いているのか?」
『無駄だと言っている。そんなことをすればお前の命はないのだぞ』
精霊は基本不死だ。殺そうとしても死ぬことはない。土地の精霊力が尽きてしまえばその生を終えることにはなるが、ラピスがそうならないように整えてくれ、それを歴代の王たちは守っている。もし私を殺そうとすれば、まだ見たことのない精霊の呪いが発動してしまう。跳ね返りが基本だが、どう影響するのか読めない。
精霊の呪いのことを知らないのか、と言おうとしたところでプラヴァスは鼻で笑った。
「脅しか? それこそ意味のないことだ。……プローヴァ、お前がいなくなれば統一前に戻り、素朴だが皆が平等に暮らすことができるはずだ」
『それは不可能だ』
「不可能ではない!」
そうプラヴァスは私の言葉を否定すると、一気にこちらめがけて走ってきた。
────しかし、その刃は私に刺さることは決してない。




