第十九話 精霊王に明かします
ランタン一つの明かりを頼りにわたしは長く感じる通路をゆっくりと慎重に歩いていた。人ひとりすれ違えるかどうかの狭めの通路で暗いため、かなりドキドキしている。緊張感というか、恐怖感を感じる。わたしは暗所恐怖症だっただろうか……?
真っ直ぐにひたすら進んでいると、昨日見た白壁にぶち当たった。これは壁のように見えるが、実はフェイクのようなものですり抜けることができる。この壁の役割は良くわからないが、侵入者を厳選することができるようにする工夫なのかもしれない。
わたしは右手を伸ばし、壁をすり抜けられるか確認をした上で進んだ。勿論阻止されることなどない。
「昨日とは全く違う景色ね……」
部屋に入り、第一声がそれだ。昨日は慌てて部屋を後にしたのできちんと見ることはなかったが、昨日の殺風景な部屋とは全く異なっていた。
まず緑が多い。土色だった地面は芝生を敷いたのかと勘違いしてしまうほど、緑で覆われていた。ザッザッザッと土を踏みしめる音などせず、草を踏みしめた時に感じる柔らかさがあるくらい伸びている。そして、台座の周りはたくさんの色とりどりの花々がこの部屋を飾るかのように咲き誇っている。プレオベール家の庭にあるような小花だけではなく、大輪の花も多く咲いている。花畑に来たかと錯覚してしまうほどだ。さすがに屋内だと思うので蜜を求めて虫は来ていない。天井はおそらくガラスのような透明なものに覆われているのでそこからもくることはできないはずだ。
わたしは部屋の中心に置かれている台座にゆっくりと近づいていく。昨日ここに精霊力を大量に注いだ結果、精霊王プローヴァが姿を現している。
緊張が高まっていく。
わたしはランタンを消し、宝石のような輝きを持つ蒼い玉へ小さな右手をゆっくりと伸ばす。玉に触れるか触れないかくらいでカッと白い閃光がわたしを襲ってきた。突然のこととあまりの眩さにきゅっと反射的に目を瞑ってしまう。
『来たか、無色の娘よ』
発光が止み、昨日聞いた声が聞こえた。わたしは慣らすように瞼を上げると、老人と思わせるかのような白髪の男性が目の前に立っていた。しかし顔立ちは若めだ。精霊王というのだから老人のような年老いた存在かと思っていたが、そうではないのか。昨日は焦りと疲れと様々な要因が重なってあまり考える余裕がなかった。そう考えると、今は随分冷静でいられていると拍子抜けしてしまいそうだ。
わたしは精霊王をまっすぐに見据えた。
「プローヴァ様……、約束通り参りました。改めてご挨拶させてください。わたしはオフィーリアと申します。今日はきちんと時間を取っていますので、いろいろとお聞かせくださいますね?」
『そのつもりだ。しかしその前に今、プロヴァンスの土地はどうなっている? 眠りが深かったので随分の時間が経っているだろう?』
目覚めの時も尋ねていた土地のことを聞きたいのか、精霊王は瑠璃色の瞳をこちらに向けてくる。台座に輝く玉のように美しい。
「眠られてから約二千五百年ほど経過しています。プロヴァンスの土地については……、ええと、精霊力のことでしょうか? それとも……」
『精霊力だ。眠りにつく前に急いで処理し、強制的に眠ることになったのでわからないのだ。娘から聞くのが一番だろう? だが、それほど眠っていたということは……』
「はい、予想通り枯渇に近い状態になっています。生き残った王族の方が誤魔化しながら守ってくださったおかげで完全に失われた状態ではありませんが……」
わたしの言葉に精霊王の眉がピクリと動いた。そしてスッと音もなくわたしに近づいてきた。
彼の睫毛が真っ白であることがわかるくらいに距離が近い。近くで顔を見ると整った顔は美しい。事前知識などなければ、男性か女性がわからない。本当に中性的だ。
『王族……? ラ……ラピスの子たちが生き残っているのか?』
「傍系の一部が生き残り、それが今も続いています。……しかし、どういうことでしょうか?」
精霊王の言葉からやはり当時の王族たちが死亡したことを彼は知っているのがわかり、わたしは尋ね返した。精霊の呪いという言葉が関係していると考えると、ヴィルヘルムの言う通り、当時の王族が呪いに関わったということだろうか。
わたしの考え通り、精霊王は言いにくいのかわたしから視線を逸らした。
『呪いが起こったのだ。最高位である私が起こした呪いだ。反動は途轍もなく大きく、広範囲だった。そのため友であるラピスの子たちを手にかけることになってしまった……』
「精霊の呪いは跳ね返りだと聞いています。ということは、当時の王族のどなたかがプローヴァ様に手をかけた……ということで間違いないですか?」
『…………そういうことになる』
弱々しく肯定する精霊王に、わたしは深いため息をついてしまった。このようなことさえなければ精霊たちはこの地を去ることなく、今も幸せにこのプロヴァンスの地で過ごせていただろう。
王族の人間なのだから本やら伝聞やらできっと精霊の呪いについても知っていたはずだ。何故そんな馬鹿な真似をしたのか全く理解できなかった。
精霊王は自分を殺そうとした犯人を言いたくないのか、悲しみの表情を浮かべながら黙っている。何故庇うのか?
「一体誰がプローヴァ様を? わたしにはその行為が愚かであるとしか思えません!」
『愚かか……。そうだな。知っていれば誰もが愚かな行為だと思うだろう』
「知っていれば?」
『それで、其方はラピスの子なのか? ラピスの子でしか知り得ないことをたくさん知っているようだが……。しかし……髪と瞳がラピスの色ではないな』
そう言って精霊王はわたしの目をじっと見つめてきた。おそらく銀の髪も見ているが、瞳を射抜くように見つめられることなどそうそうないので、ドキドキとしてしまう。恋愛的な意味ではないけれど。
精霊王の問いに対する答えはNOだ。彼の言う通り、わたしの髪と瞳から見ても王族の色ではない。もし春乃の容姿ならば近いものがあったけれどね。わたしは首を横に振った。
「違います。わたしはジャルダンが治める土地で生まれました」
『……ふむ、やはりか。色々とおかしな点があるな。そのジャルダンで生まれたのならばその生まれの色はシヴァルディの色に染まるはずだ。しかし、其方の生まれの色自体が無色だ。友、ラピスと同じくな。……オフィーリア、隠していることがあるだろう?』
「隠していること、ですか?」
精霊王の言う隠していることはきっと転生のことだろう。またはそれに近い何か。敢えて何も知らない体で話していたが、彼には視えているのだろうか。
わたしが問いかけで誤魔化した行為に対して、精霊王は怒るわけでもなく、ただ瑠璃色の瞳を細めた。口元は少し上に上がる。わたしの動揺が読み取られたのだろう。
『私が眠りにつく前に見た画は、黒色のクセのある長い髪と奥二重の焦げ茶色の瞳に、小さな鼻に薄い唇を持つ女性が私を起こす場面だった。私はその娘はラピスの子孫だと望んでいたが、どうやら違っていたようだ。……オフィーリア、私の見た女性に覚えがあるだろう?』
「…………」
正直どのように答えたら良いのかわからず、口籠もってしまう。
その容姿から思い浮かぶのはどう考えても、卯木春乃でしかない。ということは、精霊王の予知通りならば春乃が精霊王を目覚めさせるはずだったと言うことだ。しかし春乃はわたしの前世となっていて、大学院の研究室で死んでいるはずだ。
……もしかしてイディのことか? イディならば同じ容姿だし。けれど彼女は小さき存在になっているし、人間ではなく精霊だ。精霊力を生み出せない彼女が精霊王を呼び覚ますのはそもそもおかしい。
考えれば考えるほど訳がわからなくなってきた。もう精霊王は何か勘付いているようだし、正直に言ってしまう方が話も早くて良いのではないか? 彼が誰の味方なのかはっきりするまではわたしの秘密を明かすわけにはいかなかったけれど、わたしの仮説を証明するためにはこのことはいずれ彼に明かさなければわからないことだとは思うし、このタイミングでも良いのかもしれない。知ったところで何があるかと言われても非現実的だから信じてもらえにくいしね。
『沈黙は肯定と受け取るが』
「そうですね。……プローヴァ様の言うその女性はもう一人のわたしです」
わたしの曖昧な言い方に、精霊王は不可解だと言わんばかりの表情を浮かべた。そして『もう一人の、其方? どういうことだ?』と詳細を尋ねてきた。
わたしは一度深呼吸をして、自分の気持ちを整える。イディとシヴァルディしか知らないことを話すのはやはり緊張する。
「お話ししますが、わたしはこの秘密をこの地の人間に明かしてはいません。ですので、プローヴァ様もこのことはどうかご内密に……」
『わかっている、ラピスの時もそうだった。秘密は守ろう。私はこの地を守りたいだけだ』
精霊王の言葉にわたしはひとまず胸を撫で下ろした。彼は友と呼んでいるラピスの子孫たちの味方ではなく、プロヴァンスの地を守ろうとする味方ということか。それならば何とかなるだろう。
「ありがとうございます。これでお話できます」
『……では、聞こう。もう一人の其方とは何だ?』
「本当にそのままの意味ですわ。その女性はわたしがオフィーリアになる前の姿です。……わたしには前世の記憶があるのです」
わたしの言葉に精霊王の瞳は揺らぎもしなかった。予想できていたのか驚きの声もない。




