エピローグ
本日三話更新。三話目。
最終話。
「それで? 満足いく結果になりましたか?」
「ええ、まあ。及第点と言ったところですね」
満開に咲き誇った花々が存在感を主張する庭園。
その中央に据えられたテーブルにて、二人の女性がお茶会を楽しんでいた。
一人は邪神D。
もう一人はメイド服を着た大和撫子のような女性だ。
「かくて世界は一柱の神の献身によって救われた。めでたしめでたし」
「戦争の傷跡はありますが、おおむねハッピーエンドですか」
「でしょうね」
「それにしても、世界の存続と人類の存続、両立できるのならば最初からそうしていればよかったものを。無駄に戦争を起こしたようなものではないですか」
「ああ、それは不可能だったのですよ」
「というと?」
「まず前提条件として、戦争前だとエネルギーが足りません。両立させるには足りない分のエネルギーをどこからか補充する必要がありました。だから戦争の犠牲や、黒龍ギュリエディストディエスを限界まで追い込んでエネルギーを吐き出させたわけです」
「ああ、なるほど」
「戦争があったことで両軍死に物狂いで戦ったおかげで、スキルやステータスも向上し、その分回収されるエネルギーも爆発的に増えましたしね」
「ふむ。ですが、あれは最初、戦争を起こさずにこっそりと計画を進めようとしていましたよね?」
「そこはどちらでもよかったんだと思いますよ。あれにとってあの星を救うのも人類を救うのも、結局のところ魔王アリエルの願いをかなえるため。星のことも人類のことも究極的に言えばどうでもいいんです」
「だからこっそり進めて結果人類の半数が死んだとしてもよかったと」
「でしょうね。それだと私が面白くないので介入しましたが」
「相変わらず趣味の悪い」
「魔王アリエルに女神サリエルとの別れの挨拶をさせてあげた、心優しき私が趣味が悪いなんて酷いですね」
「ああ、あれはいい演出だったと思いますよ。あれで魔王アリエルも報われたでしょう」
「女神サリエルはもともとシステムから解放されたらそのまま死ぬ定めでしたからね。システムを支え続けた対価として、別れの挨拶くらいはプレゼントしてもいいでしょう」
「その対価が魔王アリエルと黒龍ギュリエディストディエスへそれぞれ一言ずつだけ、ですか。もう少し上げても罰は当たらないのでは?」
「一言だからこそ伝わるなにかもあるのですよ」
「そういうものですか」
「これであの世界の物語はひと段落、ですね。それなりに楽しめました」
「やっぱり悪趣味ですね。あの世界、これから先が大変じゃありませんか?」
「それはそうでしょう。突如スキルやステータスがなくなった世界で人類は生きていかなければならないのですからね。これから待っているのは激動の時代でしょう」
「その激動の時代に転生者たちは放り込まれるわけですか」
「それもまた人生ですよ。何が起こるかなんてわからないのですから。激動の時代を潜り抜けて立身出世するか、ひっそりと身をひそめるか。道半ばで倒れるか。それぞれの人生を歩めばいいと思います」
「放任主義ですねえ」
「そもそもあれの庇護を受けていた今までがヌルゲーだったんです。前世と今世合わせれば三十路を超えているんですから、自分のことくらい自分でやってもらわなければ私が面白くありません」
「最後が本音ですね?」
「もちろん」
「ま、実際のところ、あれのおかげで転生者たちはエネルギーを剥奪されずに残されていますからね。スキルがあったころよりも不自由にはなったでしょうが、それでもその他の有象無象よりも強い力を持っているのは確実です」
「ええ。残念ながら山田くんは慈悲の使い過ぎでもう活躍の機会はないでしょうが、他の転生者たちには期待しています。今後も私を楽しませてくれるだろうと、ね」
「あなたのお眼鏡にかなう転生者が果たしていますかね?」
「少なくともあれと同じ陣営で唯一の生き残りであるソフィアさんには期待していますよ。彼女なら将来何かしら起こしてくれそうです」
「……たしかに」
「とは言え、大きなイベントが終わってしまいましたからね。今までのようにがっつり見物するつもりはありません」
「そんな暇もないでしょう。働け」
「……はい」
「今のような休憩時間に少し覗くくらいなら許します」
「……はい」
「それで? これはどうするつもりですか? 今言ったように構っている暇はありませんよ?」
バンバンとメイド服の女性が虫かごを叩く。
「まあ、誰か適当な眷属に預けます。さすがにここまで弱体化してしまうと、力を取り戻すのも一苦労でしょうからね。私がつきっきりで見ていることもできません」
「妥当な判断です」
「と、いうことです。わかりましたか? 白織」
わかりましぇーん!
どうして私は虫かごの中に捕らわれているんでしょうねえ!
はい、このお茶会に似つかわしくない虫かご、その中に私はおります。
ちっちゃい指先に乗るサイズの蜘蛛の姿でね!
システムを崩壊させたあの時、実は私は生きていた。
エネルギーを振り絞ったのは嘘じゃない。
ただ、このミニボディの分体にあるエネルギー以外をね!
他の分体に使ってたエネルギーも根こそぎ使っちゃったんで、ホントにこのミニボディ以外は全滅している。
そしてこのミニボディに宿っているエネルギーは、見た目相応に低い。
指で潰されたらそのままプチっていってしまうくらいの脆弱さだ。
だけど、それが逆にいいのだ。
だって、ここまですればDにだって私が死んだって思わせられるから!
そう、私は死んだふり作戦を実行したのだ。
あの戦いでエネルギーを限界まで振り絞り、力尽きたと思わせるために。
実際エネルギーは振り絞ったし、何なら本体が山田くんにやられるという予想外の出来事のおかげでマジで死にかけた。
が、そのおかげでよりリアリティーのある死んだふりができたはずだ。
こんなちっぽけな蜘蛛ならば、いくらDでも死んだふりをした私を見つけることはできまい!
……そう思ったのに、なぜ、私は、こんな虫かごに捕らわれているの?
どうして……? なぜ……?
「まったく。私が死んだふりくらいであなたみたいな面白い存在を逃がすわけがないじゃないですか」
ひえ!?
なんか恐ろしい執念を感じる。
それを証明するかのように、メイド服の女性は私のことを哀れんだ目で見ている!
「これから長い付き合いになるんですから、よろしくお願いしますね? 蜘蛛さん」
は、はは、は……。
こ、こうなるのが怖かったから逃げ出そうと死んだふりをしたっていうのに……。
どうやら私の受難はまだ始まったばかりのようだ。
くっ! だが私は諦めんぞ!
いつかこの魔手から逃れてやる!
そのためにもまずは力を身につけなければ!
ていうか失った力を回復させなければ!
私の冒険はこれからだ!




