最終決戦㉒
シュン視点
「勝った……?」
若葉さんの体が粉々に砕け散った。
レイセさんは俺の慈悲の力で蘇った直後、下半身がない状態で若葉さんに飛びつき、噛みついた。
慈悲の力で蘇ったとはいえ、そんな状態で長く生きていられるはずがない。
若葉さんに振り払われた直後、レイセさんは再び息を引き取った。
そして、そのレイセさんが加勢だその一瞬を、俺は見逃すわけにはいかなかった。
何か考えがあって飛び出したわけじゃない。
ただ、本能的に今しかないと、剣を振りかぶって突撃していた。
若葉さんが放った迎撃の魔法を、カティアの結界が防いだ。
きっと、いくつもの幸運、偶然が重なり、俺の剣は若葉さんに届いた。
『惚けるな! 小僧! 早く扉へ! システム中枢に急げ!』
グエンさんの怒鳴り声が念話で伝わってくる。
そうだ! ボケっとしている暇はない!
若葉さんを倒した今、扉までの道は開けている。
「行かせない!」
いや、まだこの人がいた。
魔王その人が、椅子から立ち上がり俺たちの前に立ちはだかっていた。
だが、その顔色は悪く、無理をしているのは一目瞭然だ。
感じられる力も弱々しい。
おそらくこの人も元は俺たちなんかよりずっと強いんだろう。
だが、理由はわからないが相当弱体化している。
ならば、俺たちでも勝てるかもしれない。
「押し通ります!」
「させる、かああ!」
魔王が力を振り絞るかのように叫ぶ。
直後、あんなに弱々しかった気配が、急激に膨れ上がる。
その威圧感はクイーンタラテクトをはるかに超えている!
ま、ずい……。
まだ、こんな力を……!?
「がっ!?」
しかし、魔王は直後地面に倒れ伏した。
急激に膨れ上がった強烈な気配も霧散する。
「う、ぐぅ!」
魔王は立ち上がろうと腕に力を込めているようだが、痙攣するように体を震わせるだけで立ち上がることはできない。
どうやら、最後の力を振り絞ってなお、立ち上がることさえできないほど衰弱していたようだ。
「こん、な! 私たちは! 負けるわけには!」
声を出すのもつらいのか、その言葉の音量自体は小さい。
しかし、その執念、気迫は大きい。
大きすぎる。
これが、世界を敵に回してここまで戦い抜いてきた、魔王の気迫。
カティアはその気迫に押されてしまっている。
「行こう」
そのカティアの肩を叩き、俺は魔王の横を走り抜ける。
「待、て! 待てぇぇ!」
魔王の悲痛な叫びを背に受けながら、それでも俺は足を止めずに走る。
魔王が覚悟を決めてこの戦いに臨んだように、俺もここで止まるわけにはいかないんだ。
カティアと二人、扉の前にたどり着く。
扉に手を触れれば、扉が光り輝き、自動で開いていく。
そして、扉の先には、それまでとは全く異なる景色が広がっていた。
それまでの洞窟とは違う、床も壁も天井すら隙間なく覆う魔法陣。
「きれい……」
思わずと言った様子でカティアが声を漏らす。
カティアの言う通り、魔法陣が敷き詰められたこの部屋はきれいだった。
だが、その部屋の中央にいる人を見て、その感想は変わる。
『熟練度が一定に達しました』
『レベルが上がりました』
同じ声が無数に響いている。
それは俺が今世で慣れ親しんだ、神言の声と一致する。
その声の主は、部屋の中央にまるで磔にされるように浮かんでいる女性で間違いないだろう。
その女性の下半身は、存在していなかった。
それなのに、その女性は生かされ、ここで神言を言わされ続けている。
彼女は、いや、あの方こそが、女神サリエル様。
これが、こんなものが、女神様に対する仕打ち、なのか……。
女神様は、ここで、ずっと、ずっとたった一人で、その体を削られながら、この世界を支えていたのか。
さっきはきれいだと思ったこの部屋が、醜悪な牢獄のように思えてくる。
……それ以上に醜悪なのは、その女神様を見捨てて、自分たちだけ生き残ろうとする俺たち人類、か。
魔王があれだけ必死になって、女神様を解放しようとしていた理由がわかってしまった。
百聞は一見に如かず。
どれだけ人類が女神様に不義理を働いていたんだと聞かされても、こうして実際に見てみなければ、その悲惨さは伝わってこない。
俺はそれを目の当たりにしていた。
「それでも、申し訳ありません。俺は、やるしかないんです」
あえて口を開いて、言葉にして決意を表明する。
ここまでの道のりで犠牲になった人たちのためにも。
俺がここで日和るわけにはいかない。
早速システム崩壊を止めたいところだが、どうすればいいんだろう?
ここに来て何をすればいいのかわからない。
教皇がいれば何をすればいいのかわかったかもしれないが、彼はおそらく今動ける状態じゃない。
調和という反動の大きなスキルを、若葉さんの攻撃から俺を守るために使ってしまっている。
一度使っただけで全身血だらけになるようなスキルを、二度も使ってしまっているんだ。
最悪、死んでしまっているかもしれない……。
それは教皇だけの話じゃない。
最後、俺にげきを飛ばしたグエンさんも、その前に若葉さんの攻撃をしこたま受け、地に伏していた。
ヒュバンさんやニーアさん、スーもクイーンタラテクトという神話級の魔物と今も戦っている。
ここでもたもたしている間にも、誰がいつ死んでもおかしくはない。
とにかく、手当たり次第に試していくしかない。
とりあえず、まずは真っ先に目につく女神様だ。
女神様の体に触れれば、何かわかるかもしれない。
システム中枢と言うのは、そのまんま女神様自身のことを表しているのかもしれないし。
そう思って一歩を踏み出した、その直後。
天井から何かが降ってきた。
それは白い蜘蛛だった。
体長一メートルほど。
大きさ的には、タラテクト種の子供、スモールタラテクトと同じくらいだ。
その白い蜘蛛の前足の鎌が振るわれる。
「がっ!?」
剣でガードしたが、それをものともしないすさまじい膂力で俺はカティアもろともぶっ飛ばされ……。
そして呆気なく意識を失った。
お待たせしました。
21時、0時にも更新します。




