最終決戦⑨
メラゾフィス視点
この世は不公平だ。
ステータスの高さが、スキルの強弱が、そして種族の差が、顕著に表れる。
弱い者が強い者に勝つことは難しい。
隔絶した力の持ち主に挑んでも、勝利することは難しい。
この戦場において、その隔絶した力を持っていたのはクイーンタラテクトと、それと対峙していた古龍二体。
クイーンタラテクトが敗北し、古龍二体が次の戦場に向かったことで、この場で蹂躙劇が起こることはなくなった。
もし古龍二体が残って、こちらの掃討に取り掛かっていれば、被害は甚大となっていただろう。
そうならなかったのは僥倖であり、こちらに都合がよかった。
隔絶した力の持ち主と戦っても、勝敗を覆すことは難しい。
それは数で攻めようと変わりはない。
ステータス千前後の者たちが、その十倍のステータス一万前後の者に十人がかりで挑もうとも、勝利することは難しい。
鎧袖一触にされてしまうだろう。
強固な個体が存在する戦場において、その個体をいかに打倒するかが鍵となる。
が、強固すぎる個体がいた場合、どうしようもないことが多い。
この戦場にはすでにそうした強固すぎる個体はもういない。
しかしながら、個人の戦闘力の差は依然存在している。
こうなってくると、いかにして戦闘力の高い相手を抑えるかが重要となってくる。
そうなると、自然と強い者たちは強い者たち同士で戦うようになってくる。
強い者に弱い者を当ててもろくにダメージを与えられないまま瞬殺されてしまうことが多いからだ。
とは言え、数の暴力というものも侮れない。
たとえ一人が与えられるダメージが微々たるものだとしても、それを何十人、何百人が繰り返せば、ダメージの蓄積は無視できない。
すでに数の上では逆転されてしまっていた。
地面を埋め尽くすほどいたタラテクトはほとんどが死に尽くし、屍をさらしている。
残っているのはグレータータラテクトや、アークタラテクトなどの強力な個体ばかりだ。
その強力な個体も、奮戦しているが数の暴力に押され気味となっている。
グレータータラテクトには多くの人間たちが取り囲み、少しずつダメージを与えている。
アークタラテクトには人族や魔族の中でも特に秀でた戦闘力の者たちが、突貫で拙いながらも連携して対処に当たっている。
その中には見知った姿も散見される。
バルト様はまだしも、サーナトリア様やコゴウ様が参戦しているのは少々意外だった。
かつては同じ魔族軍の軍団長として轡を並べた仲だが、今はこうして敵対している。
それに思うところがないわけではない。
しかし、私はお嬢様にどこまでもついていくと誓った。
旧知の仲とは言え、容赦するつもりはみじんもなかった。
それは、転生者であろうと変わりはない。
「こうしてあんたと対峙するのももう三度目だな」
「そうだな」
相対するのは転生者の少年と少女。
タガワクニヒコとクシタニアサカ。
彼らとは三度まみえている。
一度目は彼らの住む部族の集落を壊滅させた時。
その時はまだ幼かった彼らを、転生者だからという理由で見逃した。
二度目は先の大戦の折に。
成長した彼らと刃を交えた。
そして、此度が三度目。
今残っている両軍の戦力から考えて、私の存在は向こうにとっても無視できない。
うぬぼれではないが、おそらくこの戦場に残った両軍の中で、最も戦闘力が高いのは私だろう。
だから、こうして転生者二人が私を止めに来た。
「加減はできない」
私は二人に忠告する。
これまでは、転生者ゆえに殺さぬようにしてきた。
だが、此度の戦いにおいて、それはしない。
転生者の多くはこの世界のことを知らず、ただ巻き込まれていただけだった。
しかし、もうそうではない。
自ら戦うと決めた相手に、手加減をする必要はない。
元より私は殺さないように手加減ができるほど器用ではないのだ。
やるのであれば、殺す気でやる。
「望むとこ……」
クニヒコの威勢のいいセリフは、途中で不自然に途切れた。
クニヒコの体がゆっくりと倒れる。
「ごめん、クニヒコ」
クニヒコを後ろから昏倒させたアサカは、そう謝った。
「……どういうつもりだ?」
「降参します」
アサカは淡々と告げた。
「あたしはまだ死にたくないし、クニヒコにも死んでほしくないから」
アサカは倒れたクニヒコを担ぎ、こちらに背を向けて歩き出した。
堂々とした敵前逃亡だ。
しばし、呆気にとられる。
しかし、アサカの判断は正解だろう。
私はこの二人に個人的な恨みはない。
向こうは私に対して恨みがあるだろうが、私としては率先して殺したいとは思っていない。
それがわかっているから、アサカはこうして堂々と背をさらしているのだろう。
そして、戦えばほぼ間違いなく、私が二人を殺す。
私は殺さぬよう手加減ができるほど器用ではない。
やるとなれば、確実な方法で相手を死に至らしめる。
私とあの二人のステータス差を考えれば、おそらく勝負は一瞬で決まったことだろう。
私が彼らを殺すことによって。
故に、戦いが始まる前に降参をしたのは正解だ。
最初からこの戦場に来ないのが最適解だったのだろうが、クニヒコの様子から見るに、それはできなかったのだろう。
去っていくアサカの背を見送る。
戦わないこともまた、立派な選択だと私は思う。
彼らの故郷を滅ぼした私が言えた義理ではないが、あの二人の未来に幸があることを祈る。
メラゾフィス VS クニヒコ&アサカ
因縁の対決、結果メラゾフィス不戦勝




