最終決戦⑤
じ、10分くらいの遅刻ならセーフということで……。
シュン視点
断続的な地響きと、それに伴う音。
俺は思わず顔を上げ、上を向いてしまう。
「心配するな。たとえ上層が崩落して来ようとも、我らが守ってやる」
あまりにも俺が頻繁に上を気にしていたためか、火龍グエンさんが安心させるようにそう言ってきてくれた。
「す、すいません」
「なに、謝る必要はない。人の身ではこの規模の戦いに恐れをなすのは仕方がないことだ」
恐縮して謝る俺に、グエンさんは優しく言ってくれた。
上を気にしているのは俺だけじゃない。
同行しているカティアやスー、ロナント様も、厳しい表情で時折上を見つめている。
感じられるのは地響きや音だけじゃない。
そこで戦っている二者の、その圧倒的なまでの力の本流もだ。
水龍イエナさんと、ソフィアとの戦いが始まっていた。
この中層、その上に当たる上層で。
エルロー大迷宮の広さは、俺もエルフの里に向かう道すがら通ったことがあるので知っている。
その広大な大迷宮を水没させるというのも、それを防ぐためになだれ込んできた水をすべて凍結させるというのも、規模感が大きすぎて現実味がない。
だが、それがこの戦いなのだ。
改めて、俺の力では到底この戦いの役には立てないのだと思い知らされる。
俺の役目は、こうしてグエンさんたちに守られながら、最下層最奥を目指すことだけなのだ。
今俺たちは、中層を龍形態になったグエンさんの背に乗って進んでいる。
上層に海底から穴を開け、海水を流し込んだ後。
その混乱に乗じてロナント様の転移で中層の入り口のすぐ近くに移動し、そこからグエンさんの背に乗って進んできているのだ。
イエナさんを囮にして。
イエナさんによる上層の水没は、豪勢すぎるほどの目くらまし。
本命はこちらというわけだ。
「イエナさんは大丈夫でしょうか?」
万里眼を発動し、イエナさんとソフィアの戦いを見る。
両者の攻防が激しすぎて、俺にはなにがなんだかわからない。
二人の速度が速すぎて目で追うのもつらいし、一回一回の攻撃の規模がでかすぎて、俺にはどれが牽制でどれが本命の攻撃なのかもわからない。
おそらく、スロー再生にしても、解説がなければ二人の戦いを理解できないだろう。
それほど高度な戦いだった。
俺にはどちらが押しているのかさえ判別できない。
「負けるだろうね」
「え!?」
あっけらかんと言い放ったのは闇龍レイセさん。
仲間の敗北を予知しながら、その口元には小さな笑みさえ浮かんでいる。
その態度にはどこか余裕がある。
ということは、負けるにしてもなにか策があるということだろうか?
無事に生き延びるような策が。
だが。
「ま、イエナはこの中じゃ一番のしっかり者だ。自分の役割はよく理解してるだろう。きっと死ぬまでにかなりの時間を稼いでくれるさ」
あっさりと、俺の考えを否定するレイセさん。
俺はそのレイセさんの態度に唖然としてしまった。
仲間が死ぬというのに、あまりにも軽くないか?
「レイセ」
俺と同じように感じたのか、グエンさんがたしなめるようにレイセさんの名を呼ぶ。
「グエン。イエナは役目を全うして逝くんだ。ならば残される僕らは彼女を誇りに思いながら、よくやったと笑って見送るべきだと思わないかい?」
「む……」
レイセさんのその言葉にグエンさんは押し黙ってしまう。
俺もまた、レイセさんのことを冷淡な人だと思ってしまったことを恥じた。
逆だ。
この人はどこか人を食ったような雰囲気だけど、その胸のうちには極まった覚悟があるようだ。
「ならば僕らも僕らの役目を全うすることこそが、イエナに対する最大の餞さ」
でなければ、こんな言葉はするっと出てこないだろう。
「そうだな。その通りだ」
俺が古龍の方々と出会ったのはつい数日前だ。
その短い付き合いの中でも、古龍全員が強い覚悟をもってこの戦いに臨んでいることがわかる。
俺とは大違いだ。
だからこそ頼もしい。
「うぅ。熱い。つらい。帰りたい」
訂正。
一人、氷龍ニーアさんだけはちょっと頼りないかもしれない……。
いや、中層の熱気を抑えてくれているのはニーアさんなんだけどさ。
マグマが溢れるこの中層では俺たちはいるだけで体力を奪われていってしまう。
特に、純潔を取得するためにスキルのほとんどを失ってしまったカティアは顕著だ。
中層にいるだけで死にかねない。
それを緩和してくれているのがニーアさんだ。
氷龍であるニーアさんが中層の熱を中和するように冷気を出してくれているおかげで、俺たちはダメージを受けずにすんでいる。
ありがたい、んだが、俺たち以上にニーアさんが熱さでだれていて、大丈夫かこの人? と思ってしまう。
「ニーア。シャキッとせよ。そろそろ目標地点に到着するぞ」
グエンさんが呆れたように言いながら前方を見据える。
目標地点、そこで俺たちは下層へと通じる穴を開ける予定だ。
このまま中層を馬鹿正直に進むのではなく、中層と下層の通路が上下で重なる地点にショートカットを作ろうというのだ。
上層から下層まで一気に繋がっている縦穴も存在しているのだが、教皇の見立てでは十中八九そこには罠が仕掛けられているだろうとのこと。
おそらく、そこに残りのクイーンが待ち構えているだろうとのことだった。
だったら、そこを避けてしまえばいい。
俺はなんとなく大迷宮の壁なんかは破壊できないと思い込んでいた。
ゲームの固定観念だな。
しかし、その固定観念を取っ払ってしまえば、こういう方法もとれる。
もっとも、それは穴を開けるくらいなら容易い力を持った古龍たちがいてこそだ。
「よし。ここだ」
「うむ。ちょうど地上での戦いもひと段落したようじゃ。儂は迎えに行ってくるとしよう」
そう言ってロナント様が転移で消えていった。
ああ言うということは、地上での戦い、風龍ヒュバンさんと雷龍ゴーカさんがクイーンに勝利したということだろう。
転移ができるロナント様ならば、二人をすぐにこちらに合流させることができる。
転移って、割と反則だよな。
「では、連中が来るまでに穴を掘ってお「させないよ」っ!?」
その時、俺には何が起きたのか、理解できなかった。
ただ、目を焼くほどの火炎がほとばしり、思わず目を閉じ、開けた時にはグエンさんの背から落とされて中層の地面に叩きつけられていた。
「うぐっ!」
呻きながらそれでも状況を確認しようと、立ち上がりながら周囲を見回す。
そこで、俺はグエンさんと対峙している男がいることに気づいた。
「京也!」
それは、京也だった。




