314 爆弾投下
「どこまで話したかしら? ええと」
吸血っ子は顎に指をあてて、そのまま考え込み始めてしまった。
うん。
こいつ、さっきまでの話全然聞いてなかったな!
校長先生の長話を聞き流す感覚で、右から左にスーッと耳を素通りしていったに違いない。
「まあいいわ」
よくねーよ!
「現在の世界の状況は、すっ飛ばしましょう。ぶっちゃけ、世界が崩壊間近だとかそういう話されても困るだけでしょ? どうせ聞いたところで何ができるわけでもないんだもの。聞くだけ無駄だわ。詳しく知りたければ後で個別に聞きに来なさい」
だいぶぶっちゃけたよ、おい。
まあ、確かに言う通りなんだけどさあ。
転生者たちの大半は戦う力のない一般人だし。
そんなパンピーに世界の崩壊を止めろとか言っても、何もできることはないって。
どこぞの映画みたいに、落下してくる巨大隕石に穴あけに一般人が宇宙に飛び立つようなことはできんのだよ。
「とりあえずあなたたちが生きているうちにこの星が崩壊することはないわ。だったら気にするだけ無駄よ。そんな死んだ後のことより、あなたたちが気になるのはこのすぐ後のことでしょ?」
吸血っ子が転生者たちを見回す。
さっき山田くんと大島くんを容赦なくはっ倒したので、確認するような吸血っ子の言葉に答える人はいない。
けど、何人かの転生者は雰囲気とその態度で吸血っ子の言葉を肯定していた。
頷いたり真剣な顔して吸血っ子のこと見てたりしてね。
「さっきも言ったとおり、このエルフの里は私たちの手で陥落したの。だからあなたたちの扱いは捕虜みたいなものと思ってちょうだい。ただし、敵兵ってわけでもないから手荒に扱うこともないわ。聞き訳がよければね」
転生者の何人かがゴクリと息を飲んだのは気のせいじゃないと思う。
そりゃねえ?
手荒なことはしないって言いつつ、ついさっき山田くんと大島くんはっ倒したばっかだし。
舌の根が乾ききらぬうちにそんなこと言われても、信用できないって。
従順にしてないと問答無用ではっ倒されるって受け取られても仕方ないと思う。
ていうか、それを狙ってるんだろうか?
うーむ。
吸血っ子がそんな深く考えてるのかどうかわからんなー。
考えなしにとにかく思ったことをそのまま口に出してるだけな気がする。
なんせ吸血っ子だし。
「で、あなたたちの今後なんだけれど、一応あなたたちの希望に沿う形をとるつもりでいるわ。庇護を求めるなら世話を焼くし、出ていきたいっていうのなら好きにすればいいわ。ここに残るっていうのならそれでもいいし。まあ、エルフは皆殺しにしてあるし、結界もないからここに残るのはお勧めしないけれどね」
はい、爆弾入りましたー!
ザワリと空気がざわめく。
たぶん、事前に騒ぐなっていう吸血っ子の言葉がなければ、怒号が飛び交ってたんじゃなかろうか?
ていうか、吸血っ子の抑止がよく効いたもんだと感心するくらいだわ。
エルフが全滅しているという事実を聞いた転生者たちの反応は、一様に混乱だった。
そりゃ、つい昨日まで生きて接していた人たちが、いきなりみんな死にましたって言われたら混乱もするだろうさ。
さっきまでの私たちの口ぶりから、エルフは私たちと戦って敗れたっていうのはわかってたはず。
けど、それにしたって全滅は想像してなかっただろう。
そんでもって、転生者の大半は戦争とか戦いを知らない、平和な日本での暮らしの延長で生きてきている。
衝撃もその分大きい。
転生者たちは、あるものは青ざめ、あるものは鼻で嗤おうとして失敗したりしてる。
「ちょっと」
その混乱した様子を見かねたのか、鬼くんが吸血っ子の腕を引っ張る。
「何よ?」
「今言うことじゃないだろ?」
「今言わないでいつ言うのよ? 隠したってそのうち知ることになるんだし、早めに知っておいたほうがいいでしょ?」
吸血っ子が掴まれた腕を引き剥がす。
鬼くんは反論できずになすがまま腕を引いた。
ううむ。
確かに、転生者たちの混乱具合はあれだけど、いつかは言わないといけないことなんだよね。
転生者諸君には衝撃が強いかもしれないけど、それを慮っていつまでのずるずると言わないでいるっていうのもよくないわなー。
吸血っ子の言う通り、初めの今こそ言っておいたほうがいいことなのかも。
「本当のこと、なんだな……」
吸血っ子と鬼くんのやりとりで、さっきの吸血っ子の発言が嘘でも何でもないことだとわかったらしい。
山田くんがかすれた声でポツリとそう漏らした。
「そうよ。ああ、それ以上口は開かないでね? あなたの主張とか聞く気ないから。あなたに言いたいことがあっても私は聞くつもりなんてないの。もしそれでも聞かせたいなら実力で私を黙らせてから聞かせてちょうだい。どうせできないでしょうけど」
辛辣ー!
酷い!
これは酷い!
山田くん歯を食いしばって泣きそうな顔してんじゃん!
もう少しオブラートに包んであげてもいいと思うんだ。
「終わったことに対してぐちぐちぐちぐちと。女々しいったらありゃしない。文句があるなら止めればいいのに。できなかった自分の不甲斐なさを棚に上げて騒がないでほしいわ」
辛辣ー!
酷い!
これは酷い!
オブラートに包むどころか傷に塩塗りたくっていくスタイル―!
山田くん拳握り締めて震えてるじゃん!
かわいそうに。
「とりあえず、過程はどうあれエルフは滅ぼされた。あなたたちが知っていればいいのはそれだけよ。そして、あなたたちが気にすべきなのはこの後の自分の生活だけ。ここで過ごしたあれこれだとか、責任だなんだ、正義がどうだとか、そんなことはこっちの知ったことじゃないの。あなたたちの中で勝手にやってちょうだい」
バッサリと切り捨て、吸血っ子は山田くんから視線を逸らした。
もう見る価値もないと言わんばかりに。
「この里にはもう人手がない。そのうえ、これまで里を守っていた結界もないから、魔物が入ってき放題。そんなないないづくしの場所でも、愛着があるから残りたいっていう奇特な人がいるなら、その思いを尊重するわ。残りたい?」
吸血っ子の言葉に、何人かの転生者がブルブルと頭を横に振る。
まあ、そりゃそうだ。
「残りたくないっていうのなら、里の外、というかこの森の外にちゃんと連れ出してあげるわ。それから先はさっきも言ったように個々の希望を聞いてからね。なるべく希望通りにしてあげるわ。とは言っても、こっちのできる範囲でっていう話だけれど」
うむ。
一応最低限の生活の保障くらいはできると思う。
豪邸で遊び暮らしたい!
とか言われたらはっ倒すけど。
無理難題を吹っ掛けられない限りは、希望を叶えようと思う。
神言教の力を借りればそう難しくはないっしょ。
「あ、そうだ。帰りたいなら地球に帰ればいいんじゃない?」
ん?
は?
「帰れるの!?」
さっきは声を出すことを我慢した工藤さんが、思わずといった感じで叫びながら立ち上がる。
「できるでしょ?」
吸血っ子がこっちを振り返りながら確認してくる。
え?
イヤ。
ムリだけど?
そう言いたいのに、期待に満ちた転生者たちの視線が、私に思いっきり刺さりまくっていた。
吸血っ子ー。
いらん爆弾を落とすなよ!




