王都の戦い②
シュン視点
「先生。俺はそれでも兄様を助けに行きます」
俺の決意のこもった声に、先生は唇を噛み締める。
きっと、先生も俺が引かないことを分かっている。
「どうしても、行きますか?」
「ええ」
「わかりました。私もついていきます」
「先生、これは俺の問題です。先生が無理についてくる必要はないですよ?」
「シュンくんをこのまま一人で行かせるわけにはいきません」
「一人ではありませんわ。当然私も行きます」
「カティア、けど」
「行かせてください。操られていたとは言え、自分で起こしたことの後始末くらいは、つけるべきです」
カティアの瞳に、俺と同じ決意の色が見える。
つまり、引くつもりはないってことだ。
「わかった。けど、無理だけはしないでくれよ?」
「ええ」
素直に首肯する。
けど、どうにもその言葉は信用できない。
今のカティアは平気で無茶をしそうな雰囲気がある。
「シュンが行くなら、もちろん俺も行く」
「ハイリンスさん」
[安心しろ、嬢ちゃんのことは俺が守るさ]
念話で俺に語りかけるハイリンスさん。
それなら、安心だ。
「それでは、作戦はどうしますか?」
「ユーゴーを落とす。それしかない」
「それは、できません」
先生の言葉。
「ユーゴーくん、いえ、ユーゴーは既にレングザント帝国に転移しています。スーちゃんと一緒に」
「なんだって!?」
「シュン、あなた空間魔法を取得していましたよね?レベルは?」
「ダメだ。空間魔法はレベルの上がりが遅くて、まだ3。とても今から鍛えて転移を覚えることはできない」
アナレイト王国の王城には、カサナガラ大陸に直通する転移陣というものがあるが、それを使ってもレングザント帝国までは距離がある。
どう足掻いても兄様の処刑の日までに、レングザント帝国にたどり着くことは不可能だった。
「逃げましたか」
「ええ。ですから、ユーゴーを殺すことは不可能です」
「殺、す?」
その先生の言葉に、俺は動揺する。
「シュンくん、まさか、これほどの事態を引き起こしたユーゴーを生かしておくつもりですか?」
「いや、でも」
「シュンくん。私は後悔しています。あの時、スキルとステータスを奪うだけの対応をしてしまったことを。あの後ちゃんとケアをしていればこんなことにはならなかったかもしれません。ですが、あの時殺しておけばこんなことにはなりようがありませんでした」
先生のほの暗い目の輝きに、ゾッとする。
先生は、本気だ。
本気でユーゴーのことを殺そうとしてる。
俺だって、ユーゴーのことは許せない。
父上も殺され、スーや大勢の人も操られている。
許せるはずがない。
けど、殺す、ということは考えなかった。
考えられなかった。
こんなことになっても、まだ、俺は人を殺すことを躊躇っている。
「とにかく、ユーゴーを始末するのは、レストンくんを助け出したあとになります。他の案を考えましょう」
始末という物騒な言葉を、俺以外の全員が素直に受け入れている。
これは、俺がおかしいんだろうか?
おかしいんだろうな。
客観的に見ても、ユーゴーのしでかしたことは万死に値する。
だというのに、被害者である当の俺が殺意を抱かないなんて、おかしいんだろう。
けど、やっぱり、脳裏に浮かぶのは偉大な勇者の姿。
ユリウス兄様。
あの人も、人を殺さなかったわけじゃない。
多くの魔族をその手で葬ってきただろう。
それでも、その心の中には、俺と同じような殺人への忌避感があったんじゃないだろうか。
頭を振る。
今はもう一人の兄である、レストン兄様を救出することだけを考えよう。
「兄様の処刑の前夜、兄様が捕われている場所に潜入して脱出。無駄な戦闘を回避するためにも、これしかないと思う」
俺の提案に、各々考え込む。
「問題だらけだな」
ポツリと、ハイリンスさんが呟く。
「どう、問題が?」
「まず一つ、レストンが捕われている場所がわからない。その場所が分からなければ、潜入のしようもない」
「それなら、私のスキルが役立ちます」
ハイリンスさんの言葉に、先生が小さく手を挙げる。
「私には支配者用の特殊スキルがあります。それは、特定のスキルを持つ生物を検索するという能力です。レストンくんのスキル構成は知っていますから、このスキルを使えば場所が分かるはずです」
なるほどと頷く。
先生が短期間で俺たち元生徒を集められた理由がわかった。
そのスキルを使って、俺たちにしか存在しない、あの文字化けスキルを検索したんだろう。
「では、第二の問題点だが、レストンの周りには確実に兵が配置されている。それをどうするつもりだ?」
「俺たちは普通の兵では勝てないくらいの強さです。隠密にも限界があるでしょうから、発見された場合は押し通ります」
今度は俺が答える。
ここにいるメンバーは、人族の中でも指折りの実力者ばかりだ。
普通の兵士に遅れを取るようなことはない。
「確実に罠がある。それはどうする?」
「全て踏み潰します」
言い切る。
それだけの力が、俺たちにはある。
そう信じて。
「では、最大の懸念を言おう。レストン自身が洗脳されていた場合、どうする?」
ハイリンスさんの言葉に、俺は即座に答えられなかった。
それは、俺も考えていたことだ。
ユーゴーのあの性格からして、俺の最も嫌がることをしてくる。
そして、それはレストン兄様を洗脳し、助けに来た俺達を、レストン兄様に襲わせること。
もっと最悪なのは、レストン兄様に、俺たちの目の前で自害を強要すること。
襲われたくらいなら、取り押さえればそれで済む。
けど、自害は妨害することが難しい。
どちらにしても、兄様が洗脳されてしまっていた場合、厳しい状況になる。
「俺に、考えがあります」
けど、俺にはある秘策がある。
できれば使いたくないけど、もしもの場合は出し惜しみしている場合じゃない。
「もし兄様が洗脳されてしまっていた場合、俺に任せてくれませんか?」
「それで、どうにかなるのか?」
「はい」
断言する。
もう、誰もユーゴーの好きにはさせない。
「あとは、兄様以外の人たちの救出ですね」
俺の言葉に、皆が難しい顔をする。
「シュン、それは無理だ」
「どうしてです?」
「今回の件でどれほどの人が捕まったかはわからないが、大人数になることは間違いない。それを護衛しながら脱出する余裕はない」
「ですが」
「シュン、私もハイリンスさんと同意見ですわ」
「カティア」
「シュン、私たちは神ではありません。出来ることと出来ないことがあります。全てを救おうとしても、逆に被害を広げるだけです」
カティアの言葉に反論しようとして、その手がきつく握り締められていることに気づく。
そうだ。
カティアの両親や公爵家の人々がどうなっているのか、カティアは一切語っていない。
カティアの様子から、なんとなく察しはつく。
けど、彼らを救おうとは言っていない。
カティアは、両親を救うことを諦めている。
救いたいはずなのに。
「わかった。今回救出するのは、レストン兄様だけだ」
断腸の思いで、口にする。
俺だって、クレベアがあの後どうなったのか、気になる。
スーや他の洗脳された人たちも救いたい。
けど、それは叶わない。
それが出来るだけの力が、ない。
「ユーゴーがいないのは好都合ですわね。けど、シュン。もしもの時のために、鑑定はこまめにかけておきなさい。転移で戻ったということは、転移で戻っても来れるということですわ。いつの間にか私たちの誰かが洗脳されていたという事態にもなりかねませんから」
「ああ。そうだな」
「先生。そういうことですので、シュンの鑑定を受け入れてください」
カティアの鋭い言葉。
そうか、カティアの狙いはこれか。
先生の顔色が変わる。
「どうしました?何もやましいことがなければ、鑑定を受け入れてもいいはずですわよね?それとも、見られてはいけないことでもあるんですか?」
「それは…」
「先生。今ここでシュンの鑑定を受け入れないのでしたら、あなたと行動を共にすることはできません」
カティアの言葉に、先生はしばらく押し黙ったあと、力なく頷いた。
「どうぞ」
先生の言葉に、俺は鑑定を発動させる。
高いステータス。
高レベルなスキル。
予想していただけに、驚きはない。
そして、先生が隠したがっていたものも。
「大丈夫だ。先生のステータスに不審な点はない」
「そう。シュンがそう言うのでしたら。信じますわ。先生、疑ってごめんなさい」
「い、いえ。大丈夫です」
頭を下げるカティアに、逆に先生が慌てる。
[どうしてです?]
[何がです?]
念話での先生の問いかけに恍ける。
[わかっているはずです]
[予想してましたから]
そう。
予想は出来ていた。
先生のスキルに、禁忌があるのは。
[シュンくん、あなたまさか…]
先生の念話を、意図的に無視する。
今考えなければならないことは、どうやって兄様が捕らえられている場所まで潜入するかだ。




