エルロー大迷宮異変調査隊①
とあるおっちゃん視点です
集まった騎士たちを見回す。
俺はついつい出したくなる溜息を飲み込んだ。
ここで溜息を吐こうものなら息子がキレる。
「あー。騎士さんがたよ。あんたらこれから何処に向かうかわかってんのかい?」
俺が呆れた声を出すと、騎士どもの顔が苛立ちに染まる。
ついでに隣にいる息子の顔色も若干キレ気味になる。
あー、すまんすまん。
つい本音が出ちまった。
「案内人風情がわきまえろ。お前らは我らの道案内だけすればいいのだ」
「あー。そうかい。それなら俺はこの仕事、降ろさせてもらう」
「好きにするがいい。他の案内人を頼ればいいだけだ」
「そうかいそうかい」
俺は腰を浮かしかけたところで、息子にぶん殴られた。
「いやー。騎士様がたすみませんね。うちの親父は口は悪いんですけど、迷宮案内人としての腕は本物です。それに、今は反対側の方で流行ってる蜘蛛狩りのせいで、迷宮案内人も不足してるんですよ。うちを降ろすとなると、他の同業者の手が空いてるかどうか」
この野郎。
本気で殴りやがった。
まあ、ここは口の達者な息子に任せるとするか。
大体からしてこいつら、俺がこの業界でどんだけ影響力があるのかわかってねえ。
俺が降りたと知れば、他の連中も降りるに決まってるだろうが。
下調べもなんもせずに来たのかこいつら?
「ふん。まあいい。このまま使ってやるから感謝するがいい」
「はい。それはもう」
めんどくせえな。
「それでは騎士様。迷宮にはいつ入りますか?」
「これからすぐだ」
「なるほど。すでに食料や毒消しなどの準備は万端ということですね。さすがは騎士様」
「待て。食料に毒消し?」
「はい?ご用意されていないんですか?」
息子が心底不思議そうな顔をする。
わかっているくせにコイツは。
「何故調査程度で食料が必要なんだ?」
「え?だって今回調査をする場所は移動に10日間かかりますよ?」
「は?」
ざわめきだす騎士ども。
こいつは本格的にダメだな。
迷宮のことを何も知らずにここまで来たのか。
なんだってそんな無知な輩が迷宮の調査なんて仕事に回されたんだか。
無能すぎて使い物にならないから適当に放り込んだとかじゃねーだろうな?
「騎士様、エルロー大迷宮に入るのは初めてですか?」
「あ、ああ」
「大迷宮は2つの大陸を繋ぐ巨大な迷宮です。水龍の縄張りでほぼ航行不可能な海に代わり、大陸間を行き来できる手段の一つです。ここまではよろしいですか?」
「バカにしているのか?その程度は常識だろう」
「はい。しかし、大迷宮はそのあまりの広さから、それを専門の職とする案内人の案内がなければ、踏破不可能と言われています。お金を渋って我々案内人を雇わなかった人の生還率はほぼ0です。嘘か本当かは知りませんが、昔の勇者様も単身大迷宮に乗り込んで帰ってこなかったとか」
騎士どもが顔を青ざめさせていく。
ハア。
勇者すら生きて帰らなかったという件で、ようやく大迷宮に潜ることの意味を理解し始めたようだ。
「大迷宮は広い上に無数に枝分かれした複雑な構造をしております。迷ったら最後、生きて出てくることはできないでしょう。我々案内人でも全ての道を把握しているわけじゃありません。騎士様、これが何かわかりますか?」
「何だその紙束は?」
「これ、全部大迷宮の地図です。そのほんの一部ですけどね」
息子が取り出したのは、大迷宮上層の案内人がよく使うもっとも安全かつ最短で大陸間を抜けられるルートの地図だ。
それだけで、紙束と言えるくらいの量になる。
上層ですらその全貌が明らかになっていない。
それが大迷宮という場所だ。
「騎士様がたが今回調査に赴く場所は、入口から10日間ほど進んだ位置です。移動に片道10日間。調査に10日間。帰りの移動に10日間。最低でも30日分の保存食料がなければ、途中で引き返すことになります。できれば予備の分として、もう10日間分くらいは持っていきたいところですね」
今回こいつら騎士が派遣されてきたのは、最近迷宮内のある地域で魔物の量が増えているからだ。
その原因調査と、魔物の間引きをこいつらがするわけだが、この調子じゃ、期待はできねえな。
魔物が大量発生している地区はちょうど最短ルートが通っている場所だ。
今後の事を考えると、なるべくなら原因を究明してそれを排除できればいいんだが。
どうなることやら。
「それから、大迷宮の魔物は毒持ちが多いので、毒消しは必須です。あと、光源にその燃料。できれば火を使ったものがいいですね。蜘蛛の巣にひっかかった時火をつけて逃げることができますから。そういうわけですので、騎士様がた、リストはこちらで作成しておきますので、物資の補給をお願いします。一応空間収納のアイテムを案内人の嗜みで持っていますので、運搬のことは任せてください。ああ、それから、手紙をご家族に出されてはいかがですか?長い旅になるでしょうからね」
矢継ぎ早に言われ、騎士どもは呆然と頷くことしかできなかった。
こんな調子じゃ、先が思いやられる。
せめて、家族に出した手紙が遺書にならないようにサポートしてやるか。




