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初恋の人との婚約を破棄されましたが、彼にそっくりな貴方はどなた?


ヴァンデル王国の王太子アルフレヒドは自身の誕生日を祝う夜会で、ルイーゼ ガーネット侯爵令嬢を睨みつけた。


彼の片腕には、ピンクブロンドの小柄な美少女、ロザリー クロフト男爵令嬢が勝ち誇ったような余裕の笑みを浮かべ、ぶら下がっていた。


「ただいまを以て、ルイーゼ ガーネット侯爵令嬢との婚約を破棄する」


その言葉を呆然と聞き、ルイーゼは人前も憚らず真珠のような涙をポロポロと流した。


「そんな、そんな・・・私は幼い頃にお会いした王太子殿下との結婚を夢見て今まで努力し続けてきたというのに」


ルイーゼが力無くその場に倒れそうになったところを、彼女の弟であるリカルド ガーネット侯爵令息が支えた。


「まぁ、みっともない・・・」


ロザリー クロフト男爵令嬢は見下すようにルイーゼを見た。


確かにみっともないだろう、人前で体を支えられながらポロポロ泣いている令嬢など。


しかし、その場にいた者達はルイーゼに同情した。

それほどまでにアルフレヒド王太子を愛していたのだと、令嬢の涙は人々の哀れみを誘った。


アルフレヒドはそんなルイーゼには見向きもしなかったが。


アルフレヒドの側近達はルイーゼが王太子妃教育のため、貴族の子女が通う王立学院には通えず、ひたむきに自国や周辺国の語学、歴史、文化、作法などを王宮で学んできた様を見てきた。


それに対しアルフレヒドは、学院で学びながら未来の側近を選定したりするため、比較的自由な生活を送れていた。

彼はそこでピンクブロンドのロザリー クロフト男爵令嬢に出会う。

彼女はもともと平民の出で、上位貴族の令息や王太子に対しても気さくに振る舞っていた。

アルフレヒドやその他一部の令息らは、身の回りにはいないタイプのクロフト男爵令嬢に惹かれ傍においた。

一国の未来を担う王太子としてはいささか配慮に欠けた振る舞いだ。

アルフレヒドはそんな調子で若さゆえか彼女に夢中になりすぎ、婚約者たるルイーゼのことを顧みることはなかった。



やがてルイーゼは落ち着きを取り戻し、目の前のアルフレヒドに訊ねた。


「ところで・・・貴方はどなたでしょう?

王太子殿下と顔が瓜二つですけれど、影武者の方ですか?」


と、なんともとんでもないことを口にする。

これには彼女を隣で支える弟も驚愕した。


「な、何を言う。私は王太子アルフレヒドだ!」


彼は目を見開いてルイーゼを見る。


「いえ。貴方は私の知る王太子殿下ではありません。

私の目は節穴ではありません。

幼い日に婚約した折、ご挨拶いただいたのは、貴方と顔こそ同じでしたけれど別人です。

国王陛下、こちらは影武者の方ですか?

影武者の方に婚約破棄を伝えさせるほど、王太子殿下は私のことをお嫌いなのでしょうか」


それだけ言葉にするとまた泣いてしまう。

己の発した言葉に傷ついてしまったようだった。


ルイーゼは顔合わせの時、王太子に心惹かれた。とても誠実な人だった。それなのに、その本人に再び会うことなくそっくりさんに婚約破棄されることは許し難いことだった。



国王は、彼女の言葉にハッとした。

確か婚約の顔合わせの日、アルフレヒド王子の虫の居所が悪く人前に出せる状態じゃなかったのだ。

そこに、隣国に嫁いだ王姉に預けていたアルフレヒドの双子のラルフレートがたまたま里帰りしていた。

同じ顔だからとアルフレヒドの振りをするようラルフレートに言い聞かせて、代わりに顔合わせをさせたのを思い出したのだ。

入れ替えていたのをルイーゼに気づかれないため、この顔合わせ以来あえてルイーゼとアルフレヒドの二人が顔を合わせる機会は持たずにいた。

同じ城にいれば、いずれ自然に親しくなるだろうと。


誤算だった。

自然と親しくなるどころか、出会ってもいなかったとは。


それなのに幼い日以来、会っていないラルフレートと目の前のアルフレヒドが別人と見抜いているとは・・・。

顔だけなら周囲も見分けられる者はいない。


それを見抜くとはなんと聡明な令嬢なのだ。



国王は、頭の中で思考する。


ルイーゼの王太子妃教育は、完了している。


彼女は五年という長い時間をかけ教育を受けた。


貴族子女が通う王立学院への入学を諦め、学友もできない、ただ将来王太子妃引いては王妃として生きていくために厳しい教育に耐えてきた。


現時点で、彼女の代わりはいない。


アルフレヒドのわがままで相手をすげ替えられるものでもない。

教師陣をして才媛と言わしめたルイーゼと同じ教育を、これから五年以上かけてアルフレヒドに引っ付いている頭が軽そうな令嬢に施す?

無理だ。

教育が終わる前に、わしの寿命が尽きる自信しかない。


国王は頭の中である策略を思い巡らす。

そうだ、もうこれしかない。

国王は決断した。



「アルフレヒドよ、汝は誠にその隣にいる令嬢との婚姻を望んでおるのか?」


「はい父上、我が伴侶は彼女の他には考えられません」


「左様か・・・」


国王の言葉を聞き、アルフレヒドは自分の望みが叶えられることを確信した。

そのため意識を隣の令嬢に移し、続く国王の言葉を聞き逃した。


「それは、今の立場を失うことになってもか?」

重々しい威厳に満ちた態度で王太子に問う。


アルフレヒドは聞いていなかったのを(おくび)にも出さず、さも聞いていたかのように返事をしてしまう。

「えっ? あっ・・・はい。私は彼女と結婚します」


国王は、重々しく頷く。

よく響く声で集まっていた貴族達に告げた。


「では、ただいまを以て、アルフレヒドの王太子としての位を解くものとする」


「えっ?」

アルフレヒドはいきなりの父王の宣言に、血の気が引き足元が崩れた。


「新たな王太子は追って皆に紹介しよう。ルイーゼ嬢、先程の事はさぞショックだったろう。そなたに悪いようにはしない。今日のところは帰ってゆっくり休みなさい」


ルイーゼは国王の言葉に反応できない。

そんなルイーゼを国王は労りを込めた微笑みでみつめた。


そして、国王はもはや息子を顧みることなく退出した。



呆然としていると、彼女の弟が耳元で囁く。


「姉上、今日のところは我々も帰りましょう」


リカルドは、片手で姉の肩を支えたまま、もう片方で左手を取り呆然としたままの彼女を退出させた。

姉弟は多くの衆目を集めたが、彼女は知る由もなかった。




その後しばらくして、ある発表がされた。


『王子は双子として生まれた。

双子は一緒に育てない方が良いとの言い伝えから、一人は隣国に嫁いだ王姉の元へ預けていた。

今回のアルフレヒドの王太子退位により、隣国から双子の弟ラルフレート王子を呼び戻すことにした。

ラルフレート王子を王太子とし、ルイーゼ ガーネット侯爵令嬢はその婚約者とする。


なお退位したアルフレヒド王子は、ロザリー クロフト男爵令嬢と婚姻し、一代公爵とする。

公爵家の領地は与えられない、北方王領地の管理人とする。

政治への関与も一切認めない』




その知らせの後、ルイーゼは新たな婚約者と会う機会を設けられた。


彼こそ、幼い頃に婚約者として顔合わせをしたその人だった。


「ルイーゼ ガーネット侯爵令嬢、ラルフレート イルデ ヴァンデルです」


「覚えております。

本当のお名前はラルフレート様とおっしゃるのですね。

幼い頃、顔合わせ致しました折からお慕いしております。

私は、貴方様の隣に並び立てるようこれまで必死に努力してきたのです」


ルイーゼは、初めての顔合わせの際、ラルフレートに一目惚れした。

その容姿のみならず、佇まい知性、全てに惹かれた。

この方の隣に並び立つ女性となりたい。

その一心で、厳しい王太子妃教育に立ち向かえたのだ。



「私こそ、幼き日に会った貴女を好ましく思ってました。

再びお会いできた事嬉しく思います」


二人は、出会った幼い時から互いに好感を持っていたので、それが恋心に進展するまでさほど時間はかからなかった。


国王も、ラルフレートの優秀さは隣国公爵家に嫁いだ姉より聞かされていた。

姉が言うにはラルフレートの周囲では、余りの優秀さに隣国で要職に就いて欲しいという声が多く、ヴァンデル王国には帰らないでほしいと惜しまれたそう。


ラルフレートはヴァンデル王国に戻ると積極的に王族としての仕事を覚えていった。

三ヶ月もしないうちに、重鎮達は彼の仕事ぶりに魅了されたかのように信頼を寄せていく。

ヴァンデル王国になくてはならない存在になるのに時間は掛からなかった。


ラルフレートはルイーゼとの時間も大切にした。

互いを知れば知るほど、二人の愛情は深まっていく。

二人の仲睦まじさは、見ている人達を微笑ましい気持ちにさせた。


以前の王太子妃教育中のルイーゼを見てきた人々は、彼女の幸せそうな笑顔を見て喜んだ。


やがて二人は結婚。

ルイーゼの努力とラルフレートの優秀さもあり、ヴァンデル王国は周辺国にも一目おかれるほどの外交力を発揮するとともに、国内も豊かさを誇る素晴らしい国となる。




そして何より政略結婚にも関わらず、二人は愛情溢れる幸せな家庭を築いた。






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