第三章 少女時代 3
5日後、ネスカリカを後にしたサンドラ達が旧ザモラ国近郊に到着した。
ファウンランドへの抵抗組織の鎮圧援護、表向きは客将としての扱いである。
到着するなり宿舎にもたらされた報告にサンドラが考え込んだ。
「若先生、どうされました?」
「ファウンランドのルーゼン中将は愚直と言う言葉以外に形容し難い人物だ。それが配備に遅れてまだ到着していそうだ。どうも解せない。」
「それはまぁ・・・・でも来なければ配置されている兵を率いてザモラの残党を殲滅、鎮圧すれば良いだけではないのですか?」
「まぁ、最悪の場合そうするしかないであろうな。」
浮かない顔をするサンドラが思案深げに続けた。
「このあたり一帯はザモラの首都に近いところだった。それがわずかひと月足らずで平定されたというのも信じがたいのだが・・・・」
「例のファウンランドの悪魔の騎士、ですか?緑の鎧に身を包み、アバドンの化身と言われて恐れられたらしいですね。」
「それとルーゼンの遅延に何か関係しているような気がしてならないんだ。」
「それを言ったらワルキューレが居たとか瞬間移動する王族が居たとか、今回は妙な噂が多いですね。」
「剣技を磨くためには未知なる強敵と剣を交えるのが一番だ。・・・実は期待しているのだよ。予感がするんだ。」
「予感・・・・ですか。」
「ああ、肌が粟立つような猛者と剣を交える事になりそうな予感だ。」
供の2人がやれやれと言うように顔を合わせて肩をすくめた。
「あと2日待って来なければ私が駐屯している兵を指揮する。鎮圧し次第ファウンランドへ詰問と報告に出向こう。」
「あの・・・詰問と言いながらアバドンの化身と立ち会う気じゃないでしょうね?」
「それならばむしろ抵抗組織の側に協力した方が早いじゃないか。いや、・・・そうだな。それも良いかも知れんな。」
「やめて下さい若先生!!」
慌てた供の1人が取り乱した声で叫んだ。
「む・・・いや。冗談だ。」
残念そうにサンドラが言った。
それでも名残惜しそうに腕に装着した篭手をさすりながらつぶやいた。
「さっそくこの武器の使い勝手を試したかったのだがな・・・・」
来訪者の遺物、報酬の一部としてネスカリカから持ち出した発掘品である。
「お前たちで試しても良いが殺してしまうかも知れない。」
そう言って軽く振り抜いた拳の先に歪んだ空気の揺れが見えた。
揺れはそのまま衝撃波となって宿舎の壁を激しく揺らした。
「若先生、やめて下さい!宿舎が倒壊します!!」
「あれはダメこれはダメとまったくうるさい奴らだ。もういい、寝るから出て行け。」
そう言うとサンドラは不貞腐れたまま毛布を被って背中を向けた。
精霊の騎士、しかも緋線の黒騎士がやって来たと言う噂が付近一帯を駆け巡った。
無地の鈍銀鎧と赤銅鎧が通常とされている中での黒鎧、それも頭首の剣聖ハンニバルと、特に許された数名のみが着用を許された緋色の縁取りが施された黒鎧である。
抵抗組織の立て籠る砦の中でもその話で持ちきりだった。
「おい、これってやばいんじゃねぇのか?」
「いくら国の再興の為とは言え皆殺しされるのがオチだぜ。」
「ハンニバル本人が来てるって話が本当なら殺される前に逃げるべきだ。」
逃げ去ろうとする雰囲気を察して、かつてのファウンランド方面軍司令官がうろたえた声で居合わせた者達に訴えかけた。
「待ってくれ、これは我が軍を動揺させるための策だ。」
立ち止まった兵が訝しそうに問いかけた。
「動揺させる為の策・・・・ですか?」
「そ、そうだ。考えても見ろ。奴らにとっては陥落した首都を整備し、落ち着かせ、人民を手懐けるのが最重要課題だ。」
「そ、そりゃまぁ・・・そうかもしれませんが・・・・」
「だろ?我ら義賊を鎮圧させる為の兵力の余裕も、民心を逆なでするような行動も取れる訳がないんだ。」
なるほどと居合わせた者たちが納得した。
「だからこそ来もしない精霊の騎士の噂を立て・・・・」
その時後ろで突然の轟音と地響きがして司令官が話しやんだ。
へし折れた丸太の壁と屋根のポッカリと空いた場所に、緋線の黒鎧を纏ったサンドラが感心したように左手に装着した篭手を眺めて立っていた。
「ハ、ハ、・・・・ハンニバルだぁあああ!!!」
先を争って兵たちが逃げ出す中で、供の2人が両脇から元司令官を押さえつけて、椅子に腰掛けたサンドラの前まで引きずって行った。
「悪魔の騎士の事、その他すべて話せ。」
「は、・・・話したら命を助けていただけるのですか?」
サンドラは答える代わりに元司令官の頭の手をやると、無造作に髪を引きちぎった。
「質問に質問で返すな。早く言え。」
初めはポツリポツリと、次第に熱を帯びて元司令官が語った。
およそ人の力では不可能な事を次々とやってのける悪魔の騎士の事、川に架かっていた橋から巨大な丸太を引き千切って振り回しながら突進した事や、首切り用の戦斧2丁を軽々と振り回し、周囲の装甲兵を鎧ごと潰して打ち殺した事。
巨大な鋏のような剣の演武が速すぎて、まるで繭を纏った蚕のように見えた事。
「それは確かにすごいな。」
「悪魔の騎士だけじゃないんです・・・・」
元司令官はファウンランドの指揮官が歳若い王族であった事、策略軍略共に神がかっていた事、そして間近で斬りかかった時に半分透き通った姿になって分散し、直後にあらぬ方向から斬撃を繰り出してきた事などを話した。
また、暗殺、破壊工作、隠密として名高い『猟犬』が付き従っていた事にまで話が及ぶに至り、供の1人が太い息を吐いた。
「若先生。これはなんとも・・・・凄い事になりましたな。」
「ああ、これは大陸の統一もあるやも知れんな。」
やがて話がワルキューレ、リンダの事に及んだ時サンドラの片眉が大きく上がった。
機会がありさえすれば翼をもぎ取り陵辱するつもりだと言った元司令官を見る目が氷のように冷え切っていた。尚も得々と話す元司令官の喉に手をかけた。
「もう充分だ。後は永遠に黙れ。」
そう言うと力任せに喉を引き裂いた。
テーブルクロスで手を拭くと近場にいた兵に首を晒すように指示を出す。
手近の羊皮紙にペンでサラサラと文章をしたためた。
ーこの者人心を惑わし己が欲心の為にかつての王を売り、また偽兵を以て国内外へ混乱を及ぼした罪量り難し、依ってここに梟首するものなり。ー
「まぁ、こんなものだろう。」
そう言うと布令として張り出すように指示する。
首を掻き切り、退出しようとする兵を呼び止めた。
「荷担した者の罪は問わない。変わらずに民と共に国に尽くせと書き添えてくれ。」
椅子から立ち上がり、大きく伸びをするとサンドラは供に指示を出した。
「じゃあ今夜ファウンランドへと出発だ。お前達、今のうちにしっかり寝ておけよ。」
2人はやっぱりなと言う風に顔を見合わせて肩を落とした。




