第六章 邂逅の獣 8
エリクシアは防波堤の上で大石を抱えると海へ放り投げ、大きな声でトリトンの名を叫んだ。
兵士の話を聞くなりレントが再び海へと向かうようエリクシアに頼み込んだのだ。
まだ夜も明けぬ時間に呼び出されたトリトンが海から顔を出し、エリクシアに嫌な顔をした。
「いやまぁ、困った事があればまたいつでも来るように言ったが早すぎないか?」
「すまぬ。実はレントに色々と聞かれたんだが我には分からぬ事が多すぎてな、代わりに教えてくれまいか?」
「そんな理由でこんな時間から海に石を投げ込んで起こしたのか?」
「怒らないでくれトリトン、我が知りたい事でもあるのだ」
「まーったくしょうがないなぁ。で?何が知りたい?」
「グレイブと我がミクラ国との国力の差、クーデターを起こした軍部の首謀者の名前と性質、能力だ」
「ミクラと比べたらグレイブは国土で5倍、国力で12倍・・・しかしとうとうクーデターを起こしたのか。首謀者はエイボンだな」
「エイボン?」
「ああ、グレイブ軍司令の魔道士だ。野心家でもあり古今随一の魔法と剣の使い手だ。うん?どうした?」
「レントが我の頭の中で文句を言っているのだ。剣に頼る魔法使いも魔法に頼る剣士も中途半端でとことんの所では何の役にも立たんと言っている」
「その何の役にも立たん奴に勝てる者が居ないんだからしょうがないだろう。どれ、面倒だからレントと直接話すか、こっちに来いエリクシア」
近付いて来たエリクシアの額に爪を当てて切り下げると再び目が現れ、レントが喋れるようになった。
「エイボンがミクラ国でクーデターを起こそうが街娼のヒモになろうが、実際お前には何の関係も無いと思うのだがどうなんだレント?何が気になる?」
「およそ7000年後の僕の世界での話なんだがアスタクリスを模したナビアンドロイドが言ってたんだよ。敵対国、恐らくグレイブの事だと思うがそこの属国になったってな」
「王女のナビアンドロイドなど無いハズだぞ?」
「だからさ。年代的に彼女が作られるのはずっと後なんだ。つまりグレイブがミクラに対して隷属を要求して来るのもまた今ではない」
「それはつまり、本来の歴史が変わったと言う事か?」
「恐らくそのエイボンって奴が原因で・・・な」
「言われてみればエイボンには謎が多いな。ほんの5年ほど前に宮廷に紛れ込んだと思ったら王妃に取り入って恐ろしい速さで臣下としては頂点とも言える立場にまで出世している」
「その前は?」
「実は知らないのだ。そこそこ名のある魔法使いやら剣士なら私が知らないハズが無いのだが、余程その実力を地方の田舎で埋もれさせていたのだろうな」
「全知の海神トリトンが知らない。・・・そんな事があり得るのか?」
「・・・確かに、・・・妙だな」
「うまく説明できないんだが僕自身この世界に来た理由の1つにそのエイボンって男が関わっている気がするんだ。凄くそんな予感がする」
「だが所詮は他国の事変だし実際には侵攻などして来ないかも知れない。そうそう本来の歴史が大きく変動するとは思えないし、それにお前1人で何が出来る訳でもあるまい」
「そうだなぁ。第一この体は僕ではなくエリクシアの物だしなぁ」
「だが逆に考えればクーデターを鎮圧なり失敗させれば両国の関係も良好になるだろうし、私の知らない方法でアスタクリス王女の病を治す事が出来るかも知れないな」
「それは・・・有り得るな」
「どうする、行くか?」
「行くも行かないも無い。頭の中でエリクシアが早く行くぞと急かしてる」
「じゃあ餞別代りに私の魔法をいくつか使えるようにしてやろう。レントはまた奥に引っ込んでてくれ」
トリトンが指で額を撫でて目を消すと、そのまま手のひらを頭に乗せて呪文を唱えた。エリクシアの頭が幾度となく緑色の光に覆われて夜の闇を照らした。
「これでよし。エリクシア、すぐに行くのか?」
「ああ、たった今覚えた飛行魔法でひとっ飛びにグレイブに行く」
「ならばその前にエリクシオンも連れて一緒に行くがいい」
「エリクシオン?あやつを?」
「そうだ。彼はきっと役に立つ」




