第六章 邂逅の獣 7
アスタクリスが改めてメイドたちに黄金の花びらを過分と思えるほど渡し、その上で退職を促した。
彼女としてはこの先長くはない自分に見切りをつけて新たな仕事や暮らしをして欲しいという気持ちなのだろうが、メイドの誰1人として首を縦には振らなかった。
口々に王女を褒め讃え、最期の時まで傍に置いて欲しいと懇願した。
その様子を見ながらエリクシアはそっと王女の部屋を辞した。
すっかり暗くなった街道を歩きながらエリクシアが心の中でレントに話しかけた。
《レントよ、お前はこの世界について何をどこまで知っている?》
《ほとんど何も知らない。君の同胞にエリクシオンと言う魔獣が居るって事と、この国がミクラと言う名前でグレイブと敵対している事、ミクラスワルツと言う名前の居住型の巨大兵器がある事ぐらいかな》
《敵対?別にグレイブと敵対などしておらぬぞ。それにミクラスワルツと言うのも初耳だ》
《ふむ?多少時系列にくい違いがあるんだろうな。じゃあ逆に教えて欲しいんだがグレイブ国には轟天号って名前の搭乗式多用途ミサイルはあるか?》
《・・・ある》
《ナビアンドロイドはS・ルクレだな?》
《いや、ナビアンドロイドが姿を模して居るのはグレイブの救国の王女シルク・ル・クレープ様だ》
《なるほど?なんか知ってるのと色々違うな。ところでエリクシア、どこに向かってるんだ?》
《鍛冶屋と服屋だ。どうも知性を得た途端に素の姿で歩くのが気恥ずかしくなってな》
《それはいいが金はあるのか?》
《あ、しまった!金とは縁のない暮らしをして来たせいですっかり忘れていた》
《顔を利かせて信用購入出来る店は無いのか?》
《おおレントよ、良い所に気付いてくれた。あるぞ、あるぞ!》
そう言うといきなり駆け出し、城の正門横にあるミクラ国軍屯所へ飛び込んだ。
エリクシアを見知ってるであろう兵士たちが気安く声をかけてくる。
「ようエリクシア、冷えたミルクでも飲みに来たのか?」
「おお、エリクシアじゃねえか。エリクシオンは一緒じゃないのか?」
無言でツカツカと正面の大きな机に向かうと、エリクシアが両手を置いて頭を下げた。
「みなさんお願いです。我に、・・・我に剣と衣をお与え下さい!」
「な、エリクシア!お前言葉が・・・!お前とうとう人を喰っちまったのか?」
「摂食進化したいからってそれはダメだろう」
「王女に固く禁じられているのを忘れたのか?」
驚いて口々に詰め寄る兵士たちにエリクシアが慌てて否定した。
「違います。違います!食べたのは海神トリトンの賜り物です」
「トリトン?」
「例の金色の人魚です」
「な、なんだってー!」
矢継ぎ早に質問責めにされながらエリクシアがこれまでの経緯を兵士たちに説明した。
その間にも圧縮革の革帯と麻布の短衣を着せられていった。
「この足には靴は無理だな、足首を固定できるサンダルがあるからこれで我慢してくれ」
「おうおう、立派になったなぁ」
「まるで獣人の歴戦の戦士だな」
兵士たちが口々にエリクシアの姿を褒める。
屯所内の奥で満足げにその様子を見ていた古老の兵士が立ち上がると、エリクシアに近づいた。
地位のある男なのであろう。他の兵士たちとは違い豪奢な装備を身に付けていた。
その小さな体には不釣り合いな大剣を鞘ごと引き抜くとゴトリとテーブルの上に置いた。
「お前の手では剣は扱いが難しいかも知れんが取っておけ」
「こ、これは?」
「俺の自慢の剣だ。ほんの少しだがアルム鋼も錬り込んである」
「アルム鋼ですって?そんな貴重な剣を我のような者に・・・」
「お前のような者に数打ちの駄物を持たせたら数日で折ってしまうだろう。いいから遠慮するな、持ってけ」
「わ、我は・・・・ぐ、うぐ・・・うう・・・」
「男がこんな事で泣くんじゃねぇよ。ところで腹は減ってないか?メシを食っていけ、な?」
「・・・はい、・・・はい!」
王女の病気を治す手立てを見付けられなかった事には触れず、皆が優しい言葉をかけてくる。
あまつさえ家宝とも言える剣をも無造作に差し出す。
王女の病の治癒方法を探り出すべくエリクシアは気持ちを新たにした。
「ほら、ここに座れよエリクシア」
「今日からは手掴みじゃなくナイフとフォークを使え」
「熱いから気を付けろよ」
エリクシアは目に涙を浮かべながらスプーンで肉汁を口に運んだ。
「どうだ?熱くないか?」
「おいしいです、ぐ、ぐす、・・・すごくおいしいです」
「そうか、そりゃ良かった。・・・うん?なんだ?あの足音は?」
荒々しい靴音が聞こえると同時に扉が乱暴に開けられて数人の兵士が飛び込んできた。
何事かと訝しむ間も無く、飛び込んできた兵士が青い顔をして叫んだ。
「グレイブ国にて軍事クーデターが発生!王族は行方不明、グレイブ国は我がミクラ国に対し隷属を要求して来ました!」




