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第六章 邂逅の獣 5

 無言で石畳を往くエリクシアに誰もが道を開けた。

実際エリクシアの獅子の顔と白く大きな体は周囲を威圧する為にあるようだった。この小城の主と言っても

通用するだろう。

アーチ型の飾り扉の前で足を止めると無言で召使いたちが扉を開けた。

さきほど目の敵のように悪態をついて門前払いをしようとしていたメイドとは大違いの対応であった。

1歩部屋に足を踏み入れたエリクシアの鼻腔に死の匂いが漂っていた。

メイドの1人がベッドに駆け寄り小さな声でやりとりした後、エリクシアが手招きされた。

ベッドに横たわっているのはまさしくアスタクリスであった。

だがレントの見知っているアンドロイドとは比べるまでもなく痩せ衰えて、その顔には死の翳が差していた。

エリクシアを見つめる笑顔は慈愛に満ちていた。


「久しぶりですねエリクシア。私の最高傑作、私のかわいいやんちゃ坊主」


 鼻先を優しく撫でるアスタクリスがエリクシアの目に知性の光を見て取った。


「お前・・・もしかして話せるようになったの?」

「・・・はい、我が主」

「そう。お前、・・・人を食べたのですか?」

「いいえ、金色の人魚より賜り物を頂いたのです」

「まぁ!それは私も1度見たいと思ってた。本当に居たのね」

「はい、トリトンと言う名の海神でした」

「まさか金色の人魚、トリトンを食べたんじゃないでしょうね?」

「実は我が主に食べさせようと何日も狙っておりました。しかし噂とは違い万病を治す効果は無く、病気治療のヒントをもらっただけでした」

「病気治療?私の?」

「はい。我が主の病は天界から迷い込んだ羽衣蛙と言う透き通った水色の蛙に寄生されたせいだと言っていました。何か心当たりはありませんか?」

「水色の蛙・・・そう言えば花祭りの時にガラス細工のように美しい蛙が居たのでつい触ってしまったのだけれど・・・そう、それが原因だったのね」

「トリトンに聞いても治療法は未だ不明との事でした。しかし我が必ずや我が主の病を治してみせます。ですからどうか心を強くお持ち下さい」

「エリクシア、あなた言葉が話せるようになった途端に饒舌になったわね。あなただって寿命がもうすぐ尽きるでしょうに」

「あ、いえ、我はそのような・・・」

「ふふふ、でも楽しいわ。あなたとこうやって話が出来るようになるなんて思わなかったもの。ねぇ、あなたの知ってるいろんな話を聞かせてちょうだい」


 促されるままにエリクシアは自分の寿命が賜り物によって少し延びた事、財宝病の症状の事、やがて捕食によって得た役に立たない能力の事など、とりとめもない話をし、アスタクリスがその度にうんうんと優しい笑顔で頷いた。陽が西に傾き始めた頃、アスタクリスが咳き込んだ。口を押さえた指の隙間から黄金の花びらがベッドに飛び散った。


「楽しすぎて少し無理をし過ぎたようね。少し休みます。あ、でもその前にメイド長をここに呼んでちょうだい」

「今すぐに、・・・ですか?」

「ええ、今すぐによ」


 命令を受けたメイドが飛び出していってから間も無く重そうな体を引きずるようにしてメイド長がやってきた。中に入るなり目の合ったエリクシアを憎しみの色を浮かべた目で睨みつける。

その上で今度はわざとらしいほど恭々しく王女に片膝をついて敬意を示した。


「お呼びでしょうかアスタクリス王女」

「あなたにはエリクシアとエリクシオンが来たら通すように言っておいた筈だけど、なぜここ2ヶ月もの間門前払いをしたのかしら?」

「それは変ですわ王女様。私は門前払いなど1度だってした事はありません。以前と変わらず来ればお通しします。けれど、まったく姿を見せない者を通すなど無理でございます」


 言葉とは裏腹にその目には王女に対する侮りとあざけりがあった。

顔に死相が現れて、もはや間近にせまった死を迎える他無い者への嘲笑がそこにはあった。


「なるほど、よくわかりました。メイド長、あなたを今この場で解雇します」

「解雇?ですかぁ?私は王室より命を受けてあなたにお仕えしております。いわばあなたの頭の上で命令と業務が回っているのです。つまりあなたに私を解雇する権限などありません」


 勝ち誇った顔のメイド長にアスタクリスが呆れたようにため息をついた。


「解雇すると言ったのは私の温情なのですよ」

「温情?何の権限もないあなたが?」

「その安物宝石を散りばめた頭で少し考えてご覧なさい。私が今この場であなたの首を刎ねても王から処罰など一切受けません。でもあなたは違うわよね。私に害を成したら一族郎党断罪されるわよ」

「わ、私を脅すのですか?」







「脅す?この私があなたごときを?身の程を知りなさい!」


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