第六章 邂逅の獣 3
自分の身に起きた変化に呆然としたままのエリクシアにトリトンが重ねて問い質した。
「さてと、では答えてもらおうか。なぜお前はボクを食おうとしたんだ?どうした?もうお前は考えた事を口に出して言う事が出来るようになったであろう?答えよ、白い獅子よ」
「我が・・・・、我が食べるのではない。金色の人魚を食べればどんな病気も治ると聞いた。我は・・・我が主の病を治したいのだ」
「ああ、なるほどな。ボクについてそう言う噂があるのは知っている。それでお前の主はどんな病気に罹っているのだ?」
「医者も学者も治せない病だ。唯一の治療法は金色の人魚、お前を食べる事だと聞いた」
「具体的に話せよ。ボクに治せる病気なら治してやるよ」
「ほ、本当か?この7日間、我はお前を捕らえようとしたのだぞ?」
「だが躊躇ったな。昨日までのお前なら襲いかかって来た筈だ。そしてボクも昨日までのお前なら絶対に力になろうとは思わなかった」
そう言ってトリトンが海から出て防波堤に上がった。
「お前の名前はエリクシア、主はアスタクリス王女だな」
「なぜそれを知っている」
「知ってるさ、お前も王女もエリクシオンも有名だからな。だが少し待て、ちょっと気になる事がある。どれ、少し痛いがじっとしてろ。白い獅子、動くなよ」
トリトンがエリクシアの額に鋭い爪を突き刺してゆっくりと縦に切り裂くと、金色の泡が額から溢れ出した。
「中に閉じ込められし者よ、目を開けろ」
その言葉と共に水の中から引き上げられるような感覚がレントを襲った。
急速に光の中に引き込まれ、眩しい光の中に目が慣れると自分が防波堤に居るのを知った。
エリクシアの額には縦に第3の目が開けられていた。
「ほほう、やはり別の時別の場所から来た来訪者か。とすれば未来の流れを変える道筋を辿る為に連れて来られたのだな」
「僕は・・・多分その為にここに来たんだと思います」
「なるほどなるほど、では今日この時、君は何が起きるかを知っていたね?それでどうだね、本来ならば起こった出来事が起きたかね?」
「いいえ、起きませんでした。かつての記憶だとエリクシアはあなたの片目を引き裂き、以後あなたが姿を現す事はありませんでした」
「ふむふむ、ありそうな事だな。ところで君はエリクシアだった頃の記憶をすべて思い出したのかね?」
「いいえ、ぼんやりと懐かしさがあるぐらいであなたとの出来事もとっさに部分的に思い出したに過ぎません」
「そうか・・・ところでエリクシアは捕食進化をする珍しい合成生物でね。実の所あと少ししかない寿命が今のでかなり伸びた筈だ。これがどう言う意味合いを持ってくるのかは知らないが少なからず未来の道筋が変わる事だろう」
「どう変わるのかまったく想像もつきませんが、より良い未来へと向かってくれればと思います」
「ああ、ボクもそう思っているよ。・・・さてと、君の名を聞いておこうか」
「僕はレント、レント・オルフィスです」
「レント君か。君の本来の人生もより良い方向に向かってくれる事を願っているよ」
トリトンは指を舐めると額をひと撫でした。傷と共に第3の目が閉じ塞がれ、レントは再びエリクシアの中に埋没していった。
人格が入れ替わるのを見て取ったトリトンがエリクシアに問いかけた。
「さてエリクシア、それで?王女はどんな病気なのだ?」
「我が主は・・・アスタクリス王女は咳と共に黄金の花びらを吐き出します」
「黄金の花びらを吐き出すだと?・・・それは恐らく財宝病だな」
「財宝病?」
「ああ、罹患した経緯を話してくれ」
「およそ3ヶ月ほど前、春の花祭りに行った日の夜から高熱を出されるようになりました。雨に濡れたせいだろうと見立てられましたが容態が重くなるばかりで、3日目ぐらいに咳き込んだ時、色とりどりの透き通った宝石を吐き出しました」
「ふむ・・・やはりそうか」
「高熱にうなされるようになり食は細くなったのですが、なぜか水を大量に飲むようになりました」
「間違いない、王女は羽衣蛙に寄生されてしまったな」
「はごろも・・・ガエル・・・・ですか」
「天界の泉に住むと言われている透き通った水色の蛙だ。まれに雨と共に地上へ落ち、虹と共に天へと帰ると言われている」
「そんな物がなぜ我が主に?」
「恐らくその春の花祭りの時に雨と共に落ちて来たのを王女が触ってしまったんだろう」
「トリトン様、どうすれば治りますか?」
「この病気は数十万人に1人、数百万人に1人どころじゃない。・・・数百年に1人と言う奇病だ。ボクも未だかつてこの病気を治す方法を聞いた事が無い」
「そんな!」
エリクシアの絶望した顔を横目に見ながらトリトンが声を絞り出すようにして苦しげに告げた。
「高熱に冒され・・・衰弱して死ぬと体から羽衣蛙が抜け出して空中に消える。すまない・・・ボクにはこれしかわからないんだ」




