第六章 栄誉無き軍神 7
呆れ顔のレントが深々とため息をついた。
そもそも何故自分はこんなにもアクタクリスに感情移入しているのだろうか?
そして何故彼女の名前や生い立ちを知っているのか。
と、不意に人の気配を感じてレントが気配のする方へと顔を向けた。
コツコツと言う足音と共に黒い長衣を着た男が1人、レントたちの方へと歩いてきた。
特に驚きもしないアクタクリスと同様にレントもまた驚きはしなかった。
アマイモモと同質の雰囲気を持っている。恐らく上位に在る存在なのだろう。
「何度か出会った事がある人たちの仲間ね。私たちはさまよい歩く者と呼んでましたが」
「上位者・・・ですね」
端整で特徴のない顔立ち、柔らかな物腰が逆に彼らの特徴だといえる。
ありふれたその顔は恐らく今後どこかですれ違ってもそれと気付く事は無いだろう。
目的を持って近付いて来た時に初めて上位者だと気付くことになる。そう言う存在だった。
「レントさんとアクタクリスさん。こんにちわ」
「あなたは?アマイモモ・・・じゃあないですよね?」
「彼はまだあなたに召喚された事によるショックで引き籠っていますよ。ああ自己紹介がまだでしたね。私はジョンと言います。」
そう言って差し出された手を見ながらアクタクリスが冷たく言った。
「気を使わなくて結構よ。私はあくまでもレプリカの機械人形なんですから人として扱う必要は無いわ」
「いいえ、アクタクリスさん。あなたはもう機械人形などではありませんよ」
「だったら人だとでも?」
「そうですね。広義で言ったらそういう事になるでしょう」
「そう。まぁいいわ。それで今日は何?レント様とのお話はまた別の時にしていただけないかしら?」
「いいえ、アクタクリスさん。今日はあなたに会いに来たんです」
「私に?いったいどういう事かしら?」
「じゃあ逆に僕は外した方が良いかな?」
「いえ、レントさんも一緒に聞いて下さい。何しろあなたが彼女に人間の感情を芽生えさせたのですから」
「僕が?」
「そうです。兆しはありました。命令によらず人を殺害する自律行動、あらゆる感情の高まり、そして今回レントさんをミクラスワルツへと招いた矛盾行動」
「それで?人としての感情を持った私に上位者であるあなたがわざわざ会いに来た理由を伺おうかしら」
「あなたと言う存在を惜しむ故に来ました」
「惜しむ?」
「ええ。いま人として生きる事を選べばあなたはその身を滅ぼす事になります。それをお知らせに来たのです」
「つまり芽生えた感情を消すと言う事かしら?」
「そう、そう言って良いかも知れませんね。もっともあなたが同意すればの話ですが」
「人として生きる事を選んだら私は必ず滅びるのかしら?」
「そうです。確実に、そして人として滅びます」
「人としての感情を消したらどうなるのかしら?」
「今から数千年の後、再び人としての感情を持ちながらも、もっと高次の存在となります」
「数千年ですって?」
「ええ。その間は再び永い半休眠の状態になって貰う事になります」
アスタクリスはジョンに背を向けて虚空を見つめた。その目は遠く、遥かな過去を見ていた。
「初陣を飾る事無く、ただの1度も戦う事も無く虜囚の辱めを受けた怒りと絶望はどうなるのですか?」
「その数千年の間に浄化されるでしょう」
「そうですか。・・・私は今のこの感情を消す気にはなれません。むしろ相手が何者であれ戦って滅びるのなら本望です」
「動かす事の出来ない確実な死が訪れても、ですか?」
「ええ。確実な死が訪れても、です」
「それこそまさに人の感情であり矛盾行動ですね」
「いけないかしら?」
「いいえ、それはそれで素晴らしい決断だと思います」
「せっかく来て下さった上にとても魅力的な申し出ですが、お引き取りください」
「そうですか。とても残念ですが・・・仕方がないですね」
「お断りはしましたがジョンさんのお気持ちはありがたく思います」
「そうだ、最後にひとつだけ。なぜレントさんがあなたの事を知っていたのか、なぜあなたがレントさんに興味を持ったのかお伝えします」
ハッとなったレントがジョンに尋ねた。
「僕もその事が凄く気になってたんです。ジョンさん、知ってるんですか?」
「もちろんです。アクタクリスさん。彼は、レントさんはかつてのあなたの下僕、エリクシアの魂の1部を持つ者です」
「エリクシアの?ああ、だからこんなにも懐かしく私に優しく感じたのですね」
「残念ながらエリクシオンの魂の1部を持つ者の方は不在ですがね」
「ああ、エリクシオンの方は勘弁してよね。あれは失敗作だったわ」
「きっとそう言うだろうと思っていました」
その言葉にアクタクリスが、そして言ったジョン本人もがクスクスと笑い出した。
「エリクシア?エリクシオン?いったい何の事なんですか?」
「レントさんには後でお教えしますよ。さて、私はこれで失礼しますがレントさんも一緒に連れて行っても良いですか?」
「ええ、彼がエリクシアだと分かっただけでもう充分ですわ」
「そうですか。では・・・」
ジョンがそう言うと一瞬にして青い扉が目の前に現れた。
「あの、最後にもうひとつだけいいかしら?」
「もちろん構いませんとも」
「上位者は、いえジョンさんはどうして私などの所に来て下さったんですか?」
「疑問に思うのももっともですね。基本的に私たちは人の生き死にや国の盛衰には干渉しませんからね」
言葉を切って暫しの沈黙のあとに、意を決したようにジョンが続けた。
「あなたが感情を持つに至った時の流れが私にはとても尊く思えたから、そして栄誉無き軍神の気高い心に感動したからです」




