第六章 戦乱の高嶺に咲く華 11
カッと目を見開いたイルケルの顔を重臣たちが心配そうに覗き込んでいた。
猛烈な吐き気を催し、イルケルはうずくまると激しく嘔吐した。
(危なかった、本当に今度こそ死んだかと思った)
体中の毛穴という毛穴から脂汗が噴き出すのを感じた。体の震えが止まらない。顔から汗と涙が溢れ出す。
「イルケル王、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だ。だがどうやって入った?」
「申し訳ありませんでした。呼びかけてもお返事が無いので衛兵に命じて斧で扉を叩き壊して入りました」
「ああ、構わん。お前の忠誠心、嬉しく思うぞ」
「ありがとうございます。・・・ところでハイネルド王が密殺人を逆に倒して門にたどり着いたとの知らせが入りました」
「ああ、知っている。ワシ・・・私も見ていた」
差し出された布で顔を拭いながら、イルケルは密殺人があっという間に馬車に乗り合わせた娘たちに屠られる様を思い出した。そして思い出しながらも、何かを失念しているもどかしさを覚えた。
いったい何だろう、そう思っている所にけたたましく兵士が駆け込んできた。
「イルケル王!!ファウンランド国王が広間にやってまいりました」
「わかった。すぐに準備をしよう」
ため息混じりにつぶやくと式典用の服に着替えた。
着替えるかたわらテーブルに置かれたパンケーキをひとくち食べ、コーヒーに口をつけた所でまた別の兵士が駆け込んできた。
「あ、あ、あの、イルケル王。調印式の広間が大変な事になっております」
「大変な事?いったいどうした?」
「いえ、あの・・・」
「早く言わんか!どうしたのだ!」
「私の口からは、その・・・」
「ええい、もういい!私が直接この目で見るわ!!」
イルケルはカップを放り捨ててそのまま広間に向かって歩きだした。
慌てて重臣たちもそのあとを追うように広間に向かった。怒りの形相で広間の入口まで来たイルケルは扉の両脇に立つ兵士に命じた。
「扉を開けろ」
「王さま、今少しお待ち・・・」
「うるさい、今すぐ開けんと死罪にするぞ!」
気圧された兵士によって開かれた扉から1歩広間に踏み出したイルケルは、そこに信じられない光景を目にした。調印式のテーブルは広間の中央に、そして各国の来賓はそれぞれの立場や思惑を表明する為に任意で立ち位置を決められる事になっていた。
つまり両国に対して中立ならテーブルの中央付近、キュプ王国を支持、または協力するのなら奥に立つ事になっている。そしてファウンランドに協力するのならば・・・
果たして各国の来賓の8割ほどが広間の入口に近い所に立っていた。
奥に立つ者はほんの数名、しかもキュプ王国に攻め込まれたら逃げ場のない辺境国とひとたまりもなく攻め落とされるような弱小国だけだった。
更にファウンランド側に立つ者の中には腰に剣を帯びた者まで数名居た。
これは調印、和睦が不首尾に終わった場合、命をかけてもハイネルド王を守ると言う意味である。
明らかにイルケルの昨晩の振る舞い、そしてハイネルド王を暗殺しようとした卑劣な行為に対して義憤に駆られての行いである。
「どうしたキュプ国王。お前が着席しないと司祭が調印式を執り行う事が出来ないではないか」
イルケルは自分を指差してそう言ったハイネルドを目にして、自分が何を忘れていたのかをやっと思い出した。
緑髪の娘が自分に向けて四角い金属板を撃ち込んできたのはなぜか?
それはこの男が猛禽に乗り移った自分に対して指をさしたからだ。
ではなぜこの男は自分を指さしたのか?
それはこの男が自分の正体を知っているからだ。
気が付くとイルケルはかすかに震えていた。そんなはずがないと思うほどに恐怖が募っていく。
体の震えを悟られまいとゆっくりと椅子に腰掛けたイルケルにハイネルドが話しかけた。
「しかしまぁキュプ国王、ええとイルケルだったか?」
「あ?・・・ああ」
「先ほどは失礼した。もうすでに死んだかと思って心配したよ」




