第六章 戦乱の高嶺に咲く華 9
「王さま、イルケル王さま」
寝所の外からの側近の声にイルケルは重い頭を起こした。
深酒がもたらす倦怠感と頭痛の中で昨夜の屈辱を思い出した。
呼び出しを拒否をして自国へと帰った小国の貴族女たち、あの高慢な顔を思い出すと周囲の目など関係なく殺しておくべきだったと思う。
キュプ王国を甘く見た者たちへの見せしめは絶対にしなくてはならない。
「王さま、王さま!」
「何だ、うるさいぞ!」
「ファウンランドの王が、ハイネルド王が参りました」
「な、なんだと?」
跳ね起きると急いで身繕いをしながら執務室へと向かった。
「どういう事だ。暗殺はどうなった?」
「それが待ち伏せていた者たちの目をかい潜って海中より軍港へ浮上して来たとの事です」
「海中・・・だとぉ?」
「はい、遺物・・・もしかしたら古代兵器の可能性もある奇妙な形の小型の船です」
「それでハイネルド王は今どこに居るのだ?」
「大通りからパレード用の開放型馬車でこちらへ向かっております」
「ならばすぐに狙い撃て!殺してさえしまえば後はいくらでも何とでもなる」
「そんな・・・!!近隣各国の王族や観衆の面前で・・・それに巻き込んだりす・・・」
「巻き込んでも構わん!何人死んでもいい!すぐやるように指示しろ!!」
怒鳴りつけられた側近が慌てて駆け出すのを横目で見ながらイルケルが執務室に入った。
誰も入れぬように鍵をかけるとカーテンを開けて大通りに目を向ける。遠くに人だかりがかすかに見えた。
「あれか・・・」
そう言うと窓の脇にある鳥かごから1羽の猛禽を取り出した。じっと鳥の目を見つめ、やがて宙に放った。それと同時にイルケルは椅子に崩れ落ちた。
鳥へと乗り移ったイルケル、いやアモンは猛禽の翼を折れんばかりに羽ばたかせた。
内壁関門を飛び越えた先に行列の先導隊が行進して来るのが見えた。
アモンは教会の打ち鐘尖塔に止まり羽を休めた。遠くには報告にあった小型の船が見える。
(なるほど報告にあったように奇妙な形をしている。まるで不格好な腸詰めのようだな)
馬車の上から手を振って応える金髪の若者がハイネルドなのだろう。隣に居る甲冑を身に付けた赤毛の女は親衛隊長のリンダ・リンクスか。だがその周りを取り囲んでいる女たちは何者なのか?緑色の髪の種族など聞いた事がない。
思案しつつ眺めていたアモンの視界の端で何かがキラリと光った。目を向けたその先に古代兵器を構えた兵士が居た。
およそ50人ほどの兵が建物の上から馬車を狙っていた。万に1つもハイネルド王が生き延びる事など出来ない。これで和平など吹き飛ぶし、最高指導者を失った小国など恐れる事もない。
だが昏い喜びに満ちたその心に一瞬不安の影が差した。アモンの脳裏にレントの姿が浮かび上がった。
なぜ今あの若者の事が気になったのか、アモンは心の奥底で知っていた。
アモンは後にも先にもあのような男に出会った事がない。あの若者だけは数十万の敵に囲まれても敵国の王の首を刎ねる事が出来るだろう。
(だが、永遠に生きられる訳じゃない。それにいつかは古代兵器で仕留める事も出来るだろう)
アモンは不吉な予感を振り払うように翼を広げると甲高い鳴き声をあげた。




