第六章 戦乱の高嶺に咲く華 2
突然の恐怖に体を震わせながらピサロが叫んだ。
「お、お前はぁ、謁見の礼儀を、し・・・知らんのか!」
「あん?礼儀だぁ?いきなり斬り殺そうとする奴らにそんなもん必要無いだろ」
「オレは、いや、余はネスカリカの教皇猊下であるぞ!膝をつけ、頭を下げよ!」
クロロがその言葉にじわりと殺気をこみ上げた。
問答無用に殺そうとした挙句にこんな言葉を発するなどクロロには理解できなかった。
「・・・坊主が偉そうにオレに口を利くのか。腹を括って言ってるんだろうな?」
「ぼ、坊主だと?貴様、余が教皇猊下であると知って・・・」
まくし立てるピサロが話し終えるのを待たずに鋼の籠手を装備した右手で頬を張り飛ばした。
玉座から転がって倒れたピサロの頭から宝冠が宝玉とコードを撒き散らしながら転がった。
何らかの催眠効果、或いは洗脳効果のある遺物である事は明らかであった。
クロロは後ろを振り向くことなく声を張り上げた。
「アーク、交渉は決裂だ!お前は船に信号を送れ!」
「アイアイサー」
指示を受けたアークがポケットから分厚いカードのような物を取り出して中央のスイッチを押す。
「オッケーですよ、副団長。これでロングスピア号は自爆します」
言い終えるとカードを投げ上げて抜き打ちの剣で十字に斬り裂いた。
「ふっふふふ、これで贅沢に死ねそうだ。アーク、お前は血路を開いて団長の元に戻れ」
「あ、それがダメなんですよ」
「ダメ?何がダメなんだ?」
「ここにはキュプ王国のお偉方も居るだろうから逃げる事は許さないそうです」
「な?お前・・・いったい何を言ってる?」
「滞りなく船を引き渡せればよし、万が一いくさになった時は船を自爆させて死ぬまで斬れと言われました。キュプの腰抜けどもに背中を向けるな、とね」
「いやいや、わかるけどよぉ、どっちにしろ船の爆薬量で半径5キロは更地になるんだからキュプも坊主も関係なく死ぬぞ?」
2人の会話にピサロが口を挟もうとしたその時、聞き慣れない言語と明らかに秒読みと思えるカウントダウンが大音量で周囲に流れた。
遠目にキュプ王国の鎧を身に付けた高官らしき者たちが席を蹴って逃げ出すのが見えた。
同時に広間に居合わせた5千人もの群衆がパニックを起こして騒ぎ出し、我先にと逃げ出す。
クロロがゲラゲラと笑いながらピサロの顔を覗き込んだ。
「お前ピサロと言ったか?せっかくのキュプとの同盟関係を台無しにして悪かったな。だがまぁあんな腰抜けどもを仲間にしても碌な事にならねぇ。かえって良かったんじゃねぇか?」
「だ、だまれ。お前のような下賎な者に政治のなんたるかなど分かるまい」
「ふーん、まぁいいけどお前を置いて逃げる連中は政治のなんたるかってのを知ってるんだろうなぁ。だからお前を置いてったんだもんなぁ?」
「き、貴様・・・!」
「見捨てられて哀れだなぁおい」
トドメとも言えるクロロの言葉にピサロががっくりと肩を落とした。
「副団長、死体蹴りとか追い打ちかけるのやめといて下さいよ。恨まれますよ」
駆け寄ってきたアークにたしなめられてクロロが苦笑いをした。
「すまんすまん、悪い癖だな。勘弁してくれよピサロ、悪気は無ぇんだ」
「もういいから帰りましょうよ。我々を殺す気はもう無いでしょうからさっさと自爆装置を解除して行きましょう」
「わかったわかった、うるさく言うなよ」
クロロを促して去りかけたアークが思い直して振り向いた。
「ピサロさん、今回の事は・・・」
「な、なんだ。無かった事になどせんぞ、この屈辱は・・・」
「運が良かったと神に感謝の祈りを捧げるべきです。我々でなく団長が来ていたらあなたの命はもちろんの事、ネスカリカ自体が滅ぶ事になったでしょう」
「貴様、脅しのつもりか!」
「いいえ、事実です」
数分の後カウントダウンの音響が止まった。それと同時に2人が立ち去るのを呆然と見ていたピサロが屈辱に震えた。生かしてはおけない、その思いだけが心を埋め尽くした。
意を決したように立ち上がると高台へと駆け出した。
「思い知らせてやる。思い知らせてやる!ネスカリカの脅威を知らしめてやる!!」
港を一望出来る高台にたどり着くと、石造りのアーチ型のオブジェに近づいた。四角く窪んだ穴に持っていた金属棒を差し込む。低い地響きとともにアーチが反転して漆黒の鉄塊が地面からせり出した。
計器類の並んだ座席に座ると電子画面に映る風景を拡大、移動させる。
「どこだ?どこだ?」
操作していた指がピタリと止まった。
「見つけたぞ、余を軽んじたその罪、死して償うが良い」
画面の中には早舟に乗り込もうとするクロロとアークが写り込んでいる。
「神のイカヅチを受けるが良い、消し炭にしてくれるわ」
画面の船に焦点を当てたその時、ピサロの右頬を突風がかすめた。
その直後、背後からの爆風と爆音にピサロは座席から吹き飛ばされた。地面に転がったまま目をやると鉄塊の一部が抉り取られ、後ろの岩山が崩壊していた。
「いったいこれは・・・」
そうつぶやきながら海の方角を見た。その時水平線で何かが光った。
光を見た直後、横に鎮座していた鉄塊が消滅した。
「提督、本当に殺さねぇでいいんだべか?」
「ああ、いいんだ。あいつらには生きて恐怖を語ってもらう必要があるからな」




