流され男の行く末は
「コーデリア様、ありがとうございます。このような場所まで足をお運びいただき、ありがたいかぎりです」
「やめてください、アーバード公爵。私に対し、そのようにかしこまる必要はありません」
コーデリアの訴えが、寒々しい牢へと響いた。
ザイードの死から十日後。
その後の騒動がようやく少しだけ落ち着いた今日、コーデリアは牢中のアーバード公爵を訪ねていた。
牢に置かれているのは、粗末な寝台と机だけ。
貴人が収監されるにはあまりにもみずぼらしい一室だが、この牢に入ることを求めたのは公爵自身だった。
「ですが私はいまや、ザイード殿下を弑した大罪人です」
「ザイードは生前に遡り王族の籍を抹消され、反逆罪の烙印を押されています。今議論されている公爵への処罰も、最終的にこの先一年前後の謹慎に落ち着きそうです」
「それでも、私が手を下した瞬間、確かに殿下は王太子でした。それに殿下は、私と公爵家が主君にと仰いでいた人間です。主の命を奪う大罪を犯した以上、罪人に変わりはありません」
王家への忠義を貫く姿勢は、数十年にわたり身を粉にして王国に尽くしてきた公爵らしいものだった。
「こんな大罪人の私に、コーデリア様は減刑を嘆願してくださったそうで、ありがたいかぎりです」
「公爵の国政への貢献、そのご高名は、かねてからお伺いしています。貴方のような方を失うのは、この国にとって痛手です。それこそ、優秀なあなたが甥にあたるザイードを助け支持していなかったら、もっと早く、ザイードは王太子の座を追われていたはずです」
「…………それこそが、私の一番の罪だったのかもしれません。ザイード殿下の王族としての資質を疑いながらも、彼は王太子であり妹の息子だから、という理由で従っていたつけが、娘に降りかかってしまったんです」
悲痛を揺らめかし、公爵が弱々しく微笑んだ。
「娘はあなたと同い年にも関わらず、とんでもなくわがままで愚鈍な少女でした。ですがその責任は、全て父親である私にあるのです。私の間違った愛し方が、ついにはカトリシアの命を奪うことになったのですよ」
「違います、決してそんなことは――――――――」
「私のような罪人のことまで思いやってくださる、あなたは大変優しいお方だ。………きっとわが家とは違い、ご両親の教育がよかったのでしょうな」
「………………そんなことはありません。むしろ、だからこそ私は………」
誰にも聞こえない小さな声で、コーデリアは呟いた。
コーデリアが公爵の減刑を申し出たのは、彼の貴族としての能力を惜しんだのもあるが、それだけでは決してない。
愚直なまでに娘を愛す公爵の姿に、感じるものがあったからだった。
「コーデリア様、私はこのように父親失格の男ですが、それでも公爵家を預かる者としての矜持は、持ち合わせているつもりです。ご恩は決して忘れず、牢から出た後には、コーデリア様とレオンハルト殿下にお仕えし、国政へと尽くしたいと思います」
そうすることこそが、カトリシアを死なせた私に残された唯一の償いの道でしょうから、と。
公爵はそう語ったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「コーデリア助けてくれ!! 早くこんなとこから出してくれっ!!」
次にコーデリアが訪れたのは、トパックの牢だった。
鉄格子にしがみつき、こちらに手を伸ばす元婚約者の姿に、コーデリアはため息をつく。
罪を悔いるアーバード公爵と、あまりにも落差が酷かった。
「トパック、あなたへの処罰が確定したわ。生涯、牢の中で過ごすようにというお達しよ」
「死ぬまで⁉ そんなの酷すぎるじゃないかっ!!」
「死罪にならなかっただけ、上等だと思うわ」
「死罪⁉ 僕が何の罪を犯したっていうんだ⁉」
わめきたてるトパックに、コーデリアは無表情で罪を告げる。
「私を拉致監禁した誘拐罪。王族であるレオンハルト殿下を陥れようとした偽証罪。未遂ではあってもザイードの水道橋破壊工作に加担した国家反逆罪。……………どれ一つとっても重罪じゃない」
「け、けどそれは全部‼ 王太子であったザイード殿下にそそのかされ強要されたからでっ……!!」
「そんな言い訳が通用すると思っているの? あの日あの場には、ザイードだけでなくレオンハルト殿下もいらっしゃったわ。本当にザイードに脅されていたというなら、レオンハルト殿下に助けを求めればよかったじゃない。にも関わらず、あなたがザイードに従い続けていたのは、ザイードにつく方が、あなたにとって都合が良かったからでしょう?」
「…………っ!!」
「そもそも、あなたがあの日私を拉致しなければ、レオンハルト殿下が矢傷を負うことも、その後の騒動も全て存在しなかったはずじゃない」
「悪くないっ!! 僕は何も悪いことはしていないっ!! 全部全部、ザイード殿下の意思に従っただけでっ………!!」
「それが罪だと、まだわからないのかしら?」
コーデリアは冷ややかな目でトパックを見た。
「誰かの命令に従うこと、流されて生きること。それが必ずしも悪だとは、私はそう思わないわ」
「ならどうしてっ…………!!」
「従う相手を間違ったからよ。あなたがプリシラと出会うまで平穏に、それなりに常識人として生きてこられたのは、両親の意思に従っていたからでしょう? あなたは伯爵家の跡継ぎとして期待されていなかったと嘆いていたけど、裏を返せばそれは、跡継ぎとしての教育や重圧を負わなくても良かったということよ」
「それが、今何の関係があるっていうんだ⁉」
「わからない? あなたのご両親は足りなかった部分はあれ、確かに息子であるあなたのことを愛してくれていたの。でも、ザイードやプリシラは違うわ。二人とも、自分自身しか愛せない人間よ」
「自分自身しか愛せない………」
「そんな二人が、あなたの幸せを考えるわけないでしょう? その事実に気づこうとせず、甘い言葉に流される選択をした時点で…………あなたはどうしようもなく間違ってしまったのよ」
コーデリアは告げつつ、トパックの両親の嘆きを思い出した。
『婚約破棄に引き続き、またも息子が迷惑をおかけし申し訳ない限りだ』
『甘く頼りないところのある息子に、しっかり者で政治感覚に優れたあなたが伴侶になればと、そう望んだ婚約だった』
『だがそこで、あの馬鹿息子は妹君に目移りしてしまった』
『あなたには申し訳ないと思いつつ、息子の望みならばと、婚約破棄を認めてしまったんだ』
『それがとんでもない過ちだったと、今では深く思い知っているよ………』
『そして一つ、頼みがある。こんなことを願える立場ではないとわかっているのだが………』
すっかり憔悴しうなだれるトパックの両親は、見ていて辛いものだった。
「トパック、今日私がここに来たのは、あなたのご両親に頼まれたからよ」
「父上たちに………?」
「あなたはこれから生涯、誰と会うことも許されず牢に入れられるわ。だから最後に、ご両親に伝える言葉を聞きに来たの」
「っ……!! なら伝えてくれっ!! 早くこんな牢から出してくれ!! 父上たちが本気で僕を愛しているならできるはずだろう!?」
「……………本気で言っているのかしら?」
「当たり前だ!! かわいい息子が罪人扱いされてるんだぞ!? 親として助けるのが当然だろう!!」
「言いたいことがそれだけなら、私は帰らせてもらうわね」
牢から背を向けると、トパックの懇願と、そして罵り声が響いた。
コーデリアは、トパックの両親の言葉を思い出す。
『息子が牢に入れられるのは身を切られるように辛いが………。だが、息子は許されざる罪を犯したんだ。きちんと罰を受けさせることこそが、きっと息子への最後の愛なのだろうな………』
そんな両親の思いを踏みにじるように、トパックの罵声が背中を追いかけてくる。
――――――――――流され続け、都合のいい言葉しか聞こうとしなかった男は、ついには牢獄へと流れついたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
明日、明後日と少し忙しいので、次話は火曜か水曜になる予定です。
よろしくお願いいたします。
以下、ちょっとして本話の補足です。
アーバード公爵の処遇について
彼の処遇については悩みました。
ザイードは元とはいえ王太子であり、公爵は明確な殺意を持って人を一人殺しています。
更に公爵自身、カトリシアを育て間違ったことへの深い罪悪感と自責の念もあったため、公爵自ら贖罪のため死罪を望むのもありうると思いました。
ですが、それではちょっと後味が悪いかなと思ったのと、公爵は貴族としての責任感も強いので、生きて国のために働くことで償いとする選択もありうるな、ということで現在の処遇になりました。
トパックの流れてきた道筋について
本話のコーデリアのセリフにもあるように、少し前までの彼は、頼りないところはあるもののまずまずの常識人でした。
しかし、トパックは流されやすい性質であり、朱に交われば赤くなるを地で行く人間です。
プリシラになびきザイードにそそのかされ、どんどん行動が常軌をいつし、転がり落ちていきました。
ただ、彼の場合はザイードやプリシラと違い、心の底では自分の行動が間違っていると気づいています。
だからこそ罪悪感と後悔からめをそらすために、「自分は悪くない」と繰り返し叫んでいたんです。
トパックは付き合う人間によって性質が変わる人間ですので、もしプリシラになびかずコーデリアと結婚していた場合、妻の尻に敷かれつつそれなりに幸福な一生を送れたはずです。
自己愛の塊であり破滅すべくして破滅したザイードとは違い、少し選択がずれていたら幸せになれていた可能性のあるトパックの破滅の方が、個人的により残酷だなと思っています。




