クリスマスを楽しみましょう
リズがミニスカサンタの服を着たエリーナが見たいとうるさいので……
クリスとエリーナが結婚して一年が過ぎた冬。暖炉の火で温かくなったサロンで、エリーナとクリスとリズがお茶をしていた。いつもはリズが給仕をしているのだが、今日はとある新作ケーキの試食も兼ねているので、一緒にお茶を頂いていたのだった。そのケーキを作ったマルクが「専門外なので自信はないのですが」と言いながら出したケーキを見て、エリーナは目を輝かせる。
「あら、クレームブリュレをケーキにしたの?」
四角く切り分けられたケーキの表面は茶色く、香ばしい甘い香りがしている。そこには雪をイメージしたのか、白い粉砂糖がふわりとかけられていた。生地は黄色く、プリンのようだが艶はない。うずうずと待ちきれないエリーナは小さなフォークを片手に、そっと切り分けた。
「思ったより硬くて、しっとりしているのね」
見た目からもっとプリンに近いのかと思っていたエリーナは、興味深そうに手元のケーキを眺める。形、質感、色、香り、そして味と、リクエストであるプリンを楽しめる新しいケーキを全力で楽しもうとしている彼女の姿に、エリーナが大好きなクリスとリズは緩む頬を抑えきれない。
そしていよいよ、エリーナは切り分けたケーキにフォークを指すと、口に運んだ。不思議そうな表情がパッと華やかなものになり、満足そうにもう一口とフォークを伸ばす。
「おいしいわ」
口に入れたケーキはひんやりとしていて、しっとりなめらか。プリンのような卵と牛乳の優しい味に、バニラの香り、忘れてはいけないほろ苦いキャラメリゼ。これぞ、新しいプリンのようなケーキだった。
エリーナがおいしさのあまり、夢中で食べ進めるのを見て、クリスとリズも食べ始める。
「……へぇ、これはまた濃厚だ。焼いているんだよね」
おいしー! とパクパク食べるリズとは逆に、クリスは興味深そうに作り方をマルクに訪ねた。
「はい。カタラーナと言いまして、プリンの材料に小麦粉を足して焼いたものを冷やしております。食べる直前にキャラメリゼをして粉砂糖を振っておりますので、表面は少し温かいんです」
「マルク、このケーキおいしいわ。食感がプリンではないけど、プリンケーキはたまに崩れて食べにくいから、こういうのもいいわね」
プリンはプルプル弾力派のエリーナも、ケーキとなればプリン生地の難しさを認めざるをえない。下をスポンジやタルト生地にしたケーキも作ってもらっているのだが、少々食べにくいのだ。それが、このカタラーナは生地はしっとりと固め、しかも味はプリンと最高の組み合わせとなっている。
「これなら、カフェ・アークでも出せそうだ」
クリスも新作の案が出来て嬉しそうに微笑む。マルクは「恐縮です」と軽く頭を下げ、早々に二切れのカタラーナを完食したエリーナの視線を受け、いつものプリンを用意する。そしていつも通りのお茶会となり、マルクも交えてこの一年のことを話しだした。もう冬も終わりが近く、新しい年ももうすぐだ。
そんな話をしていた時、「あっ」とリズが何かを思い出したように声をあげた。三人の視線がリズへと向けられ、マルクが「どうした?」と声をかける。
「大変マルク!」
「え?」
「冬の終わりにはクリスマスがあるじゃない!」
忘れてたわと騒ぐリズに、クリスとエリーナが「クリスマス?」と不思議そうな顔をする。
「リズ、クリスマスって何?」
「二ホンの文化かい?」
リズが突飛なことを言いだすときは、たいてい日本が関係していることが多く、すでに慣れた二人だった。リズは突然騒ぎ出したことが恥ずかしくなり、少し頬を赤らめて紅茶を飲むと、「そうなんです」と話し出す。
「クリスマスは12月25日で、恋人と過ごす日なんです。ロマンチックなデートをして、おいしいケーキを食べて、プレゼントあげる。そしていい子にしていた子供たちは赤い服を着たおじいさんに、プレゼントをもらう日なんですよ~」
「いやいやリズ、違うだろ」
と、マルクが反射的にツッコミを入れるものの、クリスとエリーナにキリストの誕生日云々と話しても意味が無いと気づき、言葉が続かない。だがリズは「そうですよね!」と気づいたようで、手をパンと打ち鳴らす。
「24はクリスマスイブで、友達同士や家族でクリスマスパーティーをすることもありますよ! 楽しい日なんです!」
「何そのリア充のクリスマス……」
クリスマスの由来云々の前に、思わず素の感想が出たマルクだった。
「え、しないんですか?」
「俺は社会人で一人暮らしが長かったから、クリスマスなんか普通の日と変わらなかったな」
「あ……」
リズの漏らした声の後に、「彼女もいなかったんでしたね」という言葉を正しく聞き取ったマルクは、笑みを濃くして後で説教と圧をかけた。それを感じ取ったリズは「あはは~」と笑って、エリーナたちに向き直る。気づけばエリーナはケーキ二切れに加え、プリンを二つ食べきっていた。クリスが三つ目のプリンに手を伸ばしたエリーナの手を止めている。
「ということで、今年はクリスマスパーティーをしましょう!」
「別にかまわないけど、何か用意するものはあるかい?」
プリンを食べるのを止められたエリーナが恨みがましい視線をクリスに向けているが、リズとクリスは気にせず話を続ける。
「そうですね。お料理はお祝い事のときのような感じで、少し豪勢にするくらいでいいと思います。鳥の丸焼きは外せませんね」
「夜会の時のような感じかな」
「はい、それでいいと思います。それと、クリスマスにはある特別な衣装があって、アイシャちゃんに作ってもらいたいです!」
特別な衣装という言葉に対し、クリスはおもしろそうに笑みを深め、エリーナは水面下での攻防の末獲得したプリンを食べる手を止め、何の衣装か予想できたマルクが渋い顔をする。
「じゃあ、明日にでもアイシャを呼んで話し合おうか」
「よろしくお願いします!」
衣装よりプリンのエリーナは「お任せするわ」と三つ目のプリンを食べ終わると口直しに紅茶をすすった。翌日、マルクの予想通りミニスカサンタを提案したリズと、足の露出をさせたくないクリスの間で論戦が行われるのだが、また別の話。
多少の紆余曲折があり、衣装の準備も進めばはや24日。クリスマスパーティーと銘打った夕食会に先立って、クリスマス衣装のお披露目会が開かれた。お披露目会というより、可愛い衣装を着たエリーナを愛でる会である。この年の10月にハロウィンという日本のイベントを体験させられたエリーナは、変わった衣装でも気にすることなく楽しんでいた。
「クリス、どんな顔をするかしら」
鏡の前で全身をチェックしたエリーナは満足そうに口角を上げる。
「今回も自信作ですので、きっとご満足いただけると思います!」
デザインから仕立てまでをアイシャが、生地の入手にはミシェルも関わってくれたらしい。エリーナは着心地が抜群の衣装に、今度ミシェルにもお礼をしようと心に思う。
そして、サロンで待っていたクリスの反応は。
「……うわぁ。これは、思ったよりも…………すごくいいね」
ソファーでお茶を飲んでいたクリスは噛みしめるように感想を述べ、じっとサンタ衣装のエリーナを見つめていた。クリスは最終デザインをチェックしていたが、紙で見るのとエリーナが着ているのとでは天と地ほどの差がある。
「ちょっと、クリス……見過ぎじゃない?」
熱い視線を送られ、エリーナは恥ずかしくなって頬を赤らめた。その表情が赤い衣装と相まってさらに可愛くクリスの目に映る。アイシャが作りあげたサンタのコスチュームは、上は白いファーが首回りと袖についたポンチョで、ドレスとはまた違う印象を与える。胸元には白いリボンがついていて、リボンの先にもファーの丸い飾りがあった。
そしてリズとクリスとの間で毎度攻防が繰り広げられるミニスカ問題は、太もも丈の裾にファーがついた赤いミニスカートタイプのワンピースドレスの下に乗馬用のズボンを穿くという折衷案となった。この乗馬用の黒いズボンも伸縮性が優れ、かつ熱を逃がさない素材をミシェルが用意したのである。茶色いミニブーツと赤い三角の帽子にも白いファーがついていて、可愛さを詰め込んだ衣装となっていた。
「すごいのよ、このズボン。動きやすくて、乗馬の時楽そうなの」
エリーナはクリスの前で体をねじったり跳ねたりして動きやすさをアピールする。その度にミニスカートが揺れ、クリスの視線が奪われた。
「……うん。可愛い、すごく可愛い。でも、絶対他の男には見せない」
「あら、心配しなくてもクリスの前でしか着ないわよ」
結婚しても変わらないクリスの溺愛っぷりである。二人は見つめ合って熱い空気を醸し出すが、そこにもう一つ衣装を持ったリズが割って入った。
「じゃ、クリス様もサンタになってくださいね!」
「ん? 何それ」
「ふふふ、こっそりクリス様の分も作ってもらったんです」
ジャジャーンとクリスに見せたのは、赤くて白いファーのついたサンタ服の上下。
「さぁ! これを着てクリスマスパーティーを始めましょう!」
実は、アイシャとの秘密の話し合いの中で、サンタの他にトナカイやクリスマスツリーの衣装にするという案もあったのだが、冷静になった二人は無難なものにしたのだった。だがリズはトナカイを諦めきれず……。
「私はこのカチューシャをつけて参加しますね! 他に付け髭もありますよ!」
侍女の制服を着たリズの頭には、布で形作られた角が二本。
「トナカイ……は、鹿のようなものなのね」
「この世界でも探せばいるかもしれないな」
そしてサンタの衣装を着たエリーナとクリス、トナカイの角のカチューシャをしたリズ、そこにエリーナは可愛らしいがクリスの圧力が怖くて視線が定まらないマルクが加わり、楽しいクリスマスパーティーが開かれたのだった。シャンパンがグラスに注がれ、クリスとエリーナも教えられた言葉で乾杯の挨拶をする。
「メリークリスマス!」
その後、エリーナはお色直しとして悪役令嬢の衣装で登場し、クリスが遠い目をしたのだった。
「ねぇ、クリス。衣裳部屋の奥に懐かしいものがあったの」
「ん? あぁ、リズが発案したクリスマスとかいう時の衣装か。懐かしいね」
時は流れ、長女のアイリスは5歳、長男のユアンは2歳になっていた。結婚してから10年が経ち、毎日があっと言う間に過ぎていく。
子どもたちはすでに寝ており、二人はお酒を飲みながらゆっくりと話をしていたのだ。
「そういえば、クリスマスの日にはこの服を着た人が子どもたちにプレゼントをあげるのよね。ねぇ、今年はアイリスたちにプレゼントをあげない?」
「リズたちはあれから毎年クリスマスパーティーをしていたっけ。最近は魚の旗を家の屋根につけたり、化け物の仮面をつけたりもしてるけど……」
リズとマルクの夫婦は家を日本風にしただけではなく、日本のイベントも楽しみ始めた。なかなか風変りなものが多くて、二人も楽しませてもらっているのだ。
「二人とも毎日頑張っているし、いい子にはプレゼントをあげないと。もうすぐ25日だし、ちょうどいいでしょ?」
「わかった。それなら用意しておこう」
アイリスとユアンには色々な世界を知ってもらおうと、日本の文化はもちろん他国の文化も教えている。二人はいたずらを企む子どもみたいに笑うと、お酒を飲みながらプレゼントは何がいいかと話し始めるのだった。
そしてクリスマス前日の夜遅く。二人はサンタの衣装に身を包んで、そっと子どもたちが眠る寝室のドアを開けた。クリスはサンタの服の上下に付け髭を、エリーナはミニスカサンタに乗馬服のズボン、そしてトナカイのカチューシャを頭につけていた。二人のミッションは、子どもたちに気づかれずに枕元にプレゼントを置くことだ。
床は絨毯が敷かれているので足音は立ちにくいが、二人はそろっと足を進めていく。二つ並んだベッドの手前にはユアンが、奥にアイリスが寝ている。
「可愛い顔で寝ているわ。本当にクリスそっくり」
瞳の色はエリーナと同じ紫だが、他はクリスをそのまま小さくしたような顔立ちだった。エリーナは小声でそう呟くと、静かに枕元にプレゼントを置く。
「そうだね……。まぁ、中身は僕に似ないでほしいけど」
「ふふふ、そうね。ミニ魔王が生まれてしまうもの」
昔も、そして今も魔王と親しい人たちの間で呼ばれていることをからかうと、クリスは勘弁してくれとエリーナの額を優しく小突いた。クリスからすれば、中身まで自分に似れば確実にエリーナの取り合いが始まるため、絶対に阻止したいのだ。
そして二人はアイリスが眠るベッドの側に近づき、同じように枕元にプレゼントを置く。
「これで、準備は完了ね。明日の朝が楽しみだわ」
「あぁ、喜んでくれるといいね」
二人が満足そうに微笑み合ったその時、「だれ?」と寝ぼけた声がすぐ近くから聞こえた。顔が凍り付き、二人がゆっくりと声をした方に視線を向けると、アイリスが眠そうに目をこすりながらベッドに体を起こしている。
(どうしよう起きてしまったわ!)
(まずい! バレる前に逃げないと!)
二人は目で会話すると逃げようとするが、その前にアイリスが顔をあげてしまった。
「……え、赤い」
ごまかすか逃げるか迷う二人の前で、アイリスは恐怖で顔を強張らせ叫んだ。
「きゃぁぁぁ! オニ! わ、わたし、いいこにしてたわ! や、やさいもちゃんと、たべて、お、おには、そと! ふ、ふくはうち!」
アイリスが泣き叫び出したのと聞きなれない言葉に思わず二人は固まってしまった。そこに叫び声で目を覚ましたユアンも、暗闇に浮かぶ赤い姿を見て泣き叫ぶ。
「うわぁぁぁん! おかしゃまぁぁ! おとうしゃまぁぁ!」
二人の叫び声を聞いて、侍女が控える隣の部屋からは物音が聞こえ始め、外からは警戒を告げる鐘の音が響き、松明の明かりが近づいて来た。
(た、大変なことになったわ!)
エリーナとクリスは声を出すわけにもいかず、慌てて部屋から飛び出すと血相を変えて走って来た護衛兵と使用人たちに事情を説明し、急ぎ服を着替えて泣き叫ぶ我が子の下に駆けつけたのだった。
「お父様~! さっき、オニがいたのです! 怖かったぁぁ!」
クリスは泣くアイリスを抱きかかえて頭を撫で、内心「すまなかった」と謝り、エリーナも泣きじゃくって抱き着いているユアンの背中を撫でて「来年は直接渡そう」と心に強く誓うのだった。
翌日、騒ぎを聞いたリズに大笑いされ、毎年この時期になると話のタネにされるようになるのである。
皆様、メリークリスマス! サンタになってくれているお父さん、お母さんたちもメリークリスマス!




